○ニール・ディランディ(その夜)編
「ったく、ほんとにあんたって男は」
呆れたようにぼやいているが、これは照れ隠しだ。
グラハムは、先だってのバレンタインデーの時に、女子職員一同から貰ったチョコレートをどこかで人にあげていたと言っていたのだが。
昼間、同じマンションに住む隣の部屋の少女が尋ねて来て、バレンタインデーにチョコレートを沢山貰ったの、と言っていた。
日系の少女で、越してきたばかりなのだが少し引っ込み思案で、ニールには残念ながらまだ懐いてくれていないが、グラハムの方は何かの拍子に普段の姫呼ばわりをやらかした現場を目撃され、あの見てくれも相まって、「あのひとは王子様!」と刷り込まれているようだった。
古今東西、金髪碧眼のプリンス・チャーミングを嫌いな女の子はいない。……例え中身がどんなに残念でも、だ。
グラハムも自分から人に好かれようとする事はないものの、慕ってくる人間を拒む質ではないので、それなりに仲良くしているようであった。
そんな訳でチョコレートを貰った少女は当然ホワイトデーを返さねばならぬと思ったらしく、お返しに、と母親と一緒に焼いたのだというクッキーを持ってきてくれたのであった。
グラハムからはパイロットだというのだけ聞いていたのか、飛行機とお星様の形のそのクッキーの上に、チョコレートでいびつに描かれた「ありがとう」の文字がなかなか感動的だった。
そんなこんなで、……なんだか迎えに行きたくなってしまったのだ。
揃って帰って来て、家に入る前に揃って隣の家に礼を述べに立ち寄って、グラハムはデートの約束をさせられそうになり、慌てて彼も一緒でいいかい、などとニールを巻き込もうとしたところ、王子様には従者がついてるんだねと言われてしまってニールはちょっと斜めに傾いでしまったが。
そんなあれこれを思い出しながら、帰宅早々着替えに入ったはずの寝室で既にベッドに押し倒された相手の頭を、ニールはわしゃわしゃと撫でた。
「おい、そこのタラシ王子」
「……不本意な呼ばれ方だな、姫」
「姫じゃございません、お着きのものでございますー」
「拗ねているのかね、可愛らしい」
「拗ねてねえっつーの。あんた、世間一般のイメージってもんをもうちょっと分かれよな……」
首元に押しつけられている金髪がくすぐったくて、ニールは小さく笑いながらぎゅっと男を抱え込む。当然、グラハムからは抗議の声が上がった。
「何をするのだね、動けないではないか」
「ていうか、お前こそ飯にするのか俺にするのかさっさと決めろ、俺は滅多にしねえ遠距離散歩で腹減ってんだよ」
グラハムもどこまで本気なのか、ニールに抱きついたまま、性的な触れ合いには発展していない。
そろそろどちらにして貰うか決めて貰わないと、この後の予定が立てられない。そんな思いを込めて聞いてやると、ふむ、とグラハムは呟いた。
「デザートに彼女からの心づくしの焼き菓子があると言っていたな」
「んー、……そうだなあ」
ぼんやりと、そういえば昔妹が焼いた生焼けのクッキーをよく食べさせられていたなあ、などと思って居たニールはやや反応が遅れた。
グラハムが何事か察したのか、急に瞳に宿る熱の温度を変えて、ニールの青い目を覗き込んで来る。
「なににしても、まずは君を頂戴しようか。冷める前に」
「飯喰ってる間くらいで冷めねえっつー……」
普段通り軽口で返しかけて、ニールははたと気がついて顔を赤らめた。
グラハムが気付いてにやりと笑う。
「確かに、十分楽しませて貰えそうだな」
「ばっか、やろ……」
ホワイトデーに俺もケーキとか用意してたのにな、あんたが旨いって言ってたちょっと遠いケーキ屋のやつ、とぼやきながら、ニールは体の力を抜いた。
「それは楽しみだ」
「バカ言え、オンナノコの手作りにゃあ勝てる気がしねえよ。あー、俺も馬鹿な気起こさなくて良かった」
「そうかい? 前に作ってくれた少し香ばしいクッキーやココア無添加のチョコレート色のケーキ、生プリンなどもなかなか味わいがあって面白かった」
「全部覚えてんじゃねえぞコラ!」
もう二度とお前のために甘いもんなんか作らねえ、と基本が左党な男は怒ったように呟いた。
「それでもまあ、……断言しよう、君自身が一番甘い」
「そんな口説き文句で差し引きゼロになると思うなよな……」
はあ、とため息を吐いて、ニールはもういいからさ、と男の耳元で囁く。
「……さっさと抱き締めてくれないか、俺が冷めてしまう前にさ」
「君が冷めてしまう? それはとんでもない話だ」
早く温め直さなければ、と嬉しそうに手を伸ばしてくるグラハムの抱擁を受け入れて、ニールはこういう日もいいもんだな、と小さく微笑んだのだった。
―――MISSION EXCEED.
GOAL !!