○ニール・ディランディ(翌朝)編

「ん……」

 瞬きをして、部屋の中が明るくなっているのに眉を顰めた。眠りに落ちた記憶がないので、これはグラハムと過ごす夜に時々起こる、気を失ったまま朝まで……というやつか、とため息を吐く。
 自覚すると、体の節々が痛い。もう俺だって、つうかあいつこそ若くねえのに、と心の中でぼやき、でも手加減されるのも、とちょっぴりだけ思い。……ついでに昨夜の諸々を思い出して、シーツの中で一人悶えた。

「百面相は終わったかね、ニール」

 その時、隣でまだ寝ているはずの金髪の男からそんな声が掛かり、ニールはびくっとして男を睨み付ける。

「……趣味悪ぃ」
「そんなことはない、私は自分の趣味には自信を持っているぞ、なんせ生涯の伴侶に君を選んだ」
「そこが一番趣味が悪いだろ。考えてみろ、俺を恋人にして、誰かに羨まれた事はあるか?」

 少し意地悪く聞いてやると、グラハムはふむ、と呟きながらニールの方を向き直った。きらきらと朝から無駄に輝く整った美貌と緑柱石の瞳がなかなか心臓に悪い。

「まあ、些か世間の趣味とはずれているのかもしれないが、それは世間の方が君の魅力を理解していないのであって、しかしながら私は今のところ君を独占するに至っているので、ライバルを増やさない為にも世界はまだ君の魅力に気づけない未成熟なままでいいとも考えている」
「って、それ結局あんた一人しかいねえってことだろ……」
「何を言うか、かなり違うぞ。私だけだということだ」

 朝からこの無駄に弁の立つ男と言い合いをしても無駄だ。脳細胞の無駄遣いだ、と理解したニールは、ため息を吐いてもう一度ごそごそとシーツの中に潜り込んだ。
 まだ少し寒い季節、この体温の高い男が隣に寄り添ってくれている間は、正直起きる気になれない。
 それでも、何か最後に一言くらい言ってやろうとニールは口を開く。

「ったく、あんたのその凝った趣味はどっから来たんだか」

 親の顔が見たい、と言いかけて、ニールは瞬時口を噤んだが、グラハムが察する方が早かった。

「遺伝ではない、ということはつまりやはり君を愛しいと思うこの気持ちは世界で唯一の」
「お前その無駄に前向きな思考どうにかしろ!」

 前言撤回、やっぱり親の顔が見たい、と堂々と言ってやってから、ニールは思いついたようにグラハムに言った。

「そういやあんた、孤児だって結構堂々と言ってるな」

 軍隊の事になど興味はないが、やはり出世に不利だったりなどしないのだろうか。軍閥やコネの話もあるだろうし、と思ったニールに、グラハムは肩を竦める。

「まあ、同情は本意ではないが、隠す必要性も感じないし、それに……」

 そこで言葉を切り、グラハムはシーツの中でごそごそと体勢を変えた。先程より幾分遠く聞こえる声が、万が一、と呟く。

「私が有名になればなるほど、惜しいと思ってくれる人が現れるのではないかと、そう思っていた」

 静かな声を聞いて、ニールは言葉を詰まらせた。
 グラハムが経歴を包み隠さずいつも口にするのには、そんな事情があったのだと、気付いても良さそうなものだったのに、気付けていなかった自分に少し口唇を噛む。
 グラハムのあの押しの強い性格だから、何を言うのも平気なのだろうと、そんな風に思っていなかったかと言われると何も言えない。

「そうか。……そうだよな」

 だから、それだけを呟くと、グラハムは微かに笑ったようだった。

「そうだよニール。……そうだな、希望はいいものだ、……最も素晴らしいものだ」

 聞いて、ニールは思わず苦笑を浮かべる。気まずい空気にならないように、仕掛けられた言葉遊びに乗ることにした。

「……あんた、また俺の読みかけの本読んだだろう」
「おや、気付いたか」

 くすくすと笑っている背中を見ていると、ニールは内心で込み上げるものがあって、抑えきれずにそっと腕を伸ばした。
 背中から抱きつかれ、グラハムが驚いたように動きを止める。ニール、と名前を呼ばれて、ニールは小さな声で呟いた。

「……あんたに言い忘れたけど」
「?」
「今更取り返しに来られても、……その、困る、から」

 もう返せねえしな、と背中越しに呟かれ、グラハムはこれは一体何の僥倖かと瞬きをして、振り返って抱き締めたい衝動と戦い続けていたのだった。


―――OVER.



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