○アレルヤ・ハプティズム編

「ええと、……こんにちは、ご無沙汰してます」

 少しだけ照れたように微笑み、黒髪の青年は、手にしていた紙袋をグラハムに差し出した。

「あ、あの、これ……。今日、バレンタインデーのお返しをする日だって、聞いて」
「それは嬉しいが……。わざわざこちらまで届けに来てくれたのか?」

 受け取りつつも驚いた顔を正直にすると、ケーキです、とアレルヤは付け加えるように言った。

「マリーに作って貰いました、から」

 はにかんだように言った青年の言葉を聞いた瞬間、グラハムの動きが止まった。

「もしや、……君が言っているのは、ピーリス中尉のことか」
「ええ、そうです。僕のマリーの手料理をお裾分けなんて、本当はすごくいやなんですけど、マリーが貴方から貰ったチョコレートをとても気に入って、何かお返ししたいって言って、だから僕が代わりに届けに来たんです」

 グラハムは黙って手元の箱を見た。グラハムとて噂だけは聞いたことがある、今は亡き連邦軍の猛将、「ロシアの荒熊」ことセルゲイ・スミルノフ大佐の率いる連隊を、食中毒という名前の謎の腹痛で一週間壊滅させたという、もしやあの伝説の超兵の最終兵器だろうか、これは。
 意を決し、グラハムは顔を上げた。

「……アレルヤ・ハプティズム、だったか」
「はい」
「その、君は日常的にピーリス中尉の手料理を……?」

 尋ねられて、まさか、とアレルヤは赤くなって手を振る。

「ぼ、僕はその、マリーが怪我でもしちゃいけないって、刃物も触らせたくないくらいなので、食事当番の時は僕が全部マリーの分もやるんです。マリーが見ててくれるだけで僕は料理をする弾みが付きますし、マリーは最高ですし、マリーが美味しいもの食べてる笑顔が見たいし、マリーは宇宙で一番可愛いし、それにその、マリーも僕の手料理が世界で一番美味しいって……」

 聞いていたグラハムはつい遠い目になった。今の発言の間だけで何回「マリー」という単語を聞いたものか。
 そうか、他人から聞くと嫁自慢というのはかくも耳障りなものか、と初めて少し自覚しそうになったグラハムだったが、いや、私のニールに対する愛はむしろ世界中に伝導するべきものだ、ただの嫁自慢とは違うのだ、と思い直す。
 その後で、アレルヤに向かって口を開いた。

「折角のピーリス中尉、……いや、マリー嬢の手料理、君も一緒にどうだ」
「え? いや、僕は……」
「夕食はニールに用意して貰うから、デザートは君の持ってきてくれたこのケーキで、愛妻達の心づくしを味わおうではないか」

 ニールが聞いたら誰が誰の愛妻だいい加減なことを言うなコラ、と言いそうなことを胡散臭い笑顔で告げると、一瞬ロックオンの手料理ってあの伝説の……と腰が引けたアレルヤも、マリーの手作りケーキ食べたさからか、恐る恐るながら歩き始めた。

「お。お礼にコーヒーくらいは僕が入れます」
「是非、そうしてくれ」

 きっとそのコーヒーが一番美味しいのだろうが、さて何人がコーヒーまで辿り着けるのかな、と思いながら、グラハムは夕食の人数を増やしてくれるようにパートナーへのメールを打ったのだった。

 その後、グラハム達の家に辿り着いたアレルヤが超兵の能力を駆使してニールのトンデモレシピへの介入行動を開始したことは言うまでもない。
 デザートのケーキについては……いずれ別の場所で語られるべき物語である。





―――MISSION FAILED.



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