『寝ても覚めても』

 

 

 

 

 三蔵一行は現在、砂漠のまっただ中である。どのくらいまっただ中かというと、ここ三日ほどがんがんと暴力的に大地を照らす太陽と、だだっ広い地平線の他、何一つ見ていない。カーキ色一色の世界の中、全員の疲れ(というよりは欲求不満)はピークに達していた。

 

「お早うございます。」

 ある朝。いつもはきっちりと誰よりも早く起きている八戒が今日に限って寝坊した。

「おー早ぅーっす。どーしたんだよお前?」

 一年に一回あるかないかの『八戒より早起き』という偉業(?)を成し遂げた悟浄が幾分嬉しそうに声をかける。

「あ・・・悟浄、お早うございます。」

「・・・どーした?体調でも悪ィのか?」

「いえ、別にそういうわけでは・・・」

 心なしか顔色の良くない八戒に顔をしかめる悟浄。笑って否定しかけた八戒であったが、同じく早起き組の三蔵(悟浄が入れさせられた入れたらしいコーヒーをさも不味そうに啜っている所だった)にちろりと視線で射すくめられ、苦笑しながら口を開いた。

「・・・ちょっと、夢を見まして。」

『ほぉ。』

 それで?と言いたげな二人の口振りに慌てて八戒が手を振る。

「いや、そんな面白い夢じゃありませんでしたから!!」

「へっぇえ〜、俺たちのメシと引き替えなんだろーが。聞く権利くらいあると思うけど?」

 あーあ、俺の愛しい目玉焼きちゃん、と思いっきり嫌味なため息をつく悟浄。

「でも・・・本当に面白いものじゃ・・・」

「面白いか面白くないかはこっちが決める。話せ。」

 どうやら結講退屈気味だったらしい三蔵の鶴の一声で、八戒は渋々口を開いた。

「後で怒ったりぜーったいしないで下さいね〜?」

「やかましい。」

「いーから早く離してみろって。な。」

 ここしばらくの娯楽不足が相当堪えているらしい。自作のコーヒー(らしい黒い液体)を渡し、いっそ生き生きと聞く体勢になる悟浄。(と三蔵もちょっぴり。)

「ええ、実は、僕たちの夢なんです。」

「俺たちの?」

「はい。」

 にっこりと、でもさもおかしそうに八戒が笑う。

「でもね、その僕たちは僕たちであっても僕たちじゃないんです。」

「・・・は?」

 ぽんっ、と頭の後ろにクエスチョンマークを灯らせる悟浄に苦笑しながら、八戒が続ける。

「まず、悟浄は気が弱くてくそ真面目な河童。」

「げ。」

 想像不能だぜ、と滅茶苦茶イヤそうな顔をする悟浄。

「でね、僕は好色で大食らいで怠け者の豚。」

「・・・逆じゃないのか?」

「さぁぁぁんんんぞぉぉぉぉ〜〜〜〜〜」

 あっさりと言い放たれて悟浄が恨みがましい目を向ける。

「悟空はとっても強くて我が儘で、天真爛漫な猿。」

「・・・・・・まんまじゃねーか。」

「流石にあいつは夢でもパーソナリティが変わらんらしいな。」

「で、・・・・・・」

 続けかけて、言い淀む。

「で?」

 最後に残った一人が無表情のまま先を促す。

「で〜・・・三蔵は、ですねー、お坊さんなんですけど、その、なんてゆーか。」

「なんてゆーか?」

 悟浄が面白がって口まねをする。八戒は覚悟を決めたようにコーヒーを流し込むと、一気に喋った。

「三蔵は、ですね。女性的な顔立ちの穏やかな超美形ででもすっごいお人好しで優しくて騙されやすくってめちゃめちゃ真面目に修行中のお坊さんででもって僕たちは三蔵のお供の真っ最中なんです!!」

『・・・・・・・・・・・・』

 一瞬の沈黙の後、悟浄が派手に吹き出した。

「・・・だから夢だって言ったでしょう?」

「ぶははははははは〜〜〜〜〜〜〜〜、でもそれってば愉快すぎよ?八戒、それ願望じゃねーの?ぎゃはは、ひー、あーおかしい!!三蔵が、さんっぞうが、『穏やか』!!『騙されやすい』!!『お人好・・・

バキューーーーーーーーーーン!!

「・・・ちっと黙ってろ。」

「・・・ハイ。」

 問答無用で予告無しに拳銃を発砲する現実の『三蔵』に、悟浄は慌てて口を閉じた。

「・・・で?」

 一人さっさと安全地帯へ逃げ去っている八戒に向かって三蔵が訪ねる。

「は?」

「どうだった?」

「どうだった、とは?」

 

 すっ、と向き直る。紫紺の瞳が深さを増す。

「俺たちは、楽しそうだったか?」

 間髪を入れずに、八戒が即答した。

「ええ、そりゃあ、もう。」

 

「・・・そうか。良い夢だったな。」

 とだけ呟くと、三蔵はくるりと体を返した。ぷっ、と八戒が吹き出す。

「・・・・・・全くです。」

「何なんだぁ?」

 危うく凶弾の餌食になるところであった悟浄が不審顔で八戒の側に近づいてくる。

「言葉通りですよ。」

「あ?」

「僕たち四人は、寝ても覚めても人格が変わっても、いつでもどこでも一緒で愉快な旅をしているんです。」

「・・・なるほど。」

「あはは、正夢で前世とか来世だったりしたらどうします?」

「ぞっとしねぇな。・・・御免被る。」

「全くです。」

 

 三蔵は一人まだ惰眠を貪る悟空を起こしに行ったらしい。向こうの方から

『起きろ馬鹿猿。・・・撃ち抜かれたいか?』

 などという物騒なモーニング・コールが聞こえてくる。

 

「・・・そうだな。良い夢だな。」

 その様子を見つめていた悟浄も呟く。

「でしょう?」

「・・・・・・面白くは、ねーけどな。」

 ばさっ、と垂れてくる髪の毛を掻き上げながら付け加える悟浄に、「だから面白くないってはじめに言ったでしょう?」と八戒が苦笑しながら言う。

「八戒ー、腹減ったー!!朝メシなにー?」

 三蔵に叩き起こされて身支度を整えた整えかけた悟空がぱたぱたと走ってくる。

「お前なぁ、今まで寝くさってて第一声がそれかいっ!!」

「うるせぇよ!なぁ〜、腹減ったよ、八戒!!」

「そうですね、それじゃあ・・・ちょっと早めのお昼ご飯にしましょうか。悟浄も、三蔵もまだでしょう?」

「やったーーーー!!」

 八戒の提案に悟空は目を輝かせ、残る二人も賛同の意を表明した。

「ごっはん、ごっはん♪」

「あはははは、本当に悟空はそればっかりですねぇ。」

「脳味噌に栄養は回ってねぇけどな。」

「どーゆー意味だよ悟浄!」

「額面通りだよ。あ、体にも回ってねぇか?ちび。どこで消費してるんだか・・・」

「悟浄〜〜〜!!!!」

「あははは、まぁまぁ。」

「うるさい、貴様らまとめて一遍死ぬか???!!!」

 

 銃声と姦しい喧噪。煙草と酒精と硝煙の香り。死と隣り合わせの日常。

 けれどもいつも顔ぶれは同じ。

 寝ても覚めても。

 

 

 

 

 

 

>>END.

 

 

 

 

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