『恋愛食中毒』
―――――あんな男と恋なんてできないわよ。
でも、結婚相手の条件としては理想的だったから。
だから。
・・・それだけでも、ないけれど。
好きになった瞬間に手の中からこぼれ落ちていった運命の人は、甘くて痛い傷だけを残していった。光太郎さんのことを考えると、体のあちこちがしくしく痛み出す。
―――――まるで、タチの悪い食あたりみたいよ。
胃の当たりを掌で押さえながら、小さく悪態をつく。
―――――光太郎の、バーーカ。
こんないい女振っちゃって。
あ、振ったの私だっけ。
・・・・・・
もー、なんでもいいや。
心に穴が空いたみたい、とはよく言うけれど、そんな軽いもんじゃない。
ぼーっと、煙草ふかして、パチンコでもやってないと、現実忘れないと痛くて痛くてたまんない。
助けてよぉぉ。
小さい呟きは、CR機のアタリの音に呑まれて消えた。
勝ち負けなんてどうでも良い。私は義務的にレバーを弾く。
マズイ恋愛、食べちゃったなぁ・・・
・・・ううん、最初からそうじゃ、なかった。きっと。
賞味期限が短いのに気付いてなくて、ぐずぐずしているうちに食べ頃を逃しちゃっただけ。
後から気付いて慌てて食べても。
―――――そりゃ、食あたりするわぁ。
思い出すのは最後のキスのことだけ。
光太郎さんのビックリした顔、硬直する体。まん丸に見開かれた目。
本当なら、今頃は、毎日だってキスしてもらえる筈だった。ううん、キスだけじゃない。毎日抱きしめてもらって、一緒に話して一緒にご飯食べて一緒に眠って・・・・・・
ずうっと、一緒に。・・・・・・居たかったよ。
―――――会いたいよぉ。
中国に行ったっきり、連絡一つ寄越さないんだから。
―――――別れたんだから、仕方ないんだけど。
でも、『元気にやっています』の一言くらいあっても良いんじゃない?仮にも、元・婚約者に対してさー。
本当のところは、分かってるのよ。そんなことしたら里心がついちゃうからしないんだって事くらい。
だけどせめて。
薄情さを、責めさせてよ。私の中に残っている、貴方の存在を確かめさせて。
―――――ねぇ。
「あーあ、もうすぐ冬なのにー。寒いなぁ。」
心が。
「オトコ欲しいよぉー。」
もうしばらく、恋愛はいい。
「誰でも良いんだけどねぇー。」
誰でも良い、訳がない。
「ゼータクは言わないから、ま、そこそこの条件だけクリアしていてくれればねー。」
光太郎さんじゃなきゃ、駄目。
ああ、重症だわ。この食あたり。まだまだ回復の見込みなさそう・・・
この長い長い冬が明けて、春になる頃には。立ち直っているかな。
光太郎さんの名前一つでシクシク痛む体も。
泣き出しそうになる心も。
そうしたら。その時は。
「・・・とりあえーず!!お金貯めて、あのヘタレ男が大口叩いて出ていったに見合うオトコになっているかどうか、一発確かめに行ってやろうじゃない!!中国ぅ?!元客室乗務員をナメるなよーーーーーーーーっ!!!!!」
パスポートだってちゃんといっぱい期限余ってるんだからねっ!!・・・あ、虚しい。
拳を握りしめながらそうパチンコ屋でくわえ煙草でそう誓う私は、やっぱりどこから見ても「全然ダメダメ」なのであった。
―――――そうしてこのまま、この恋を消化しきれないまんま。
次の春が、やって来る。
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