オサナナジミ〜IN BONDAGE TO SOMEONE〜

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I wish I'm in bondage to you, that it is  my only  desire.

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ジリリリリリリリリリ……

 規則的な機械音を立てる目覚まし時計を手探りで止める。

「…ああ?!まだ六時じゃねーかよ、誰だこんな時間にセットしやがったやつは……」

 愚痴をこぼすが、本当は分かっている。

 海外にいる両親は問題外として、この世にアイツしか居ないじゃないか。オレの寝室まで入って、目覚ましをセットすることが許されている人間など。

 薄く開いた寝室のドアからはベーコンを焼くいい匂いが漂ってくる。急速に空腹を覚え、オレは体を起こした。

「おはよー。起こしに来たんなら目覚ましなんてかけねぇで本人が来いよなぁ!」

 素早く着替えて階段を下り、食堂のドアを開けつつ憎まれ口を叩く。

「そんなこと言ったって、ぴくりともしなかったのは新一の方でしょ?全く、また遅くまで本読んでたんでしょ!!さっさと顔洗って、ご飯食べてね。片づかないから。」

「へーい。卵、半熟な!目玉二つな!!」

「わかったから!もー、言ったそばから新聞なんて広げて〜。」

 お小言を頂戴するのも毎日のことで、結局は容認されているのだけれども、それでも蘭はやっぱりオレを叱る。

 ……コナンだった時のように。最も、あのときはこっちも食卓で新聞、なんて真似何があってもしなかったけどさ…。

 オレはついこの間まで、「江戸川コナン」と言う名前と小学生の体を持っていた。探偵を副業のようにしていたオレは、とある大きな犯罪組織と関わって、薬を飲まされて体が縮んでしまったのだ。

 結局は組織は壊滅、オレは元の体に戻ってメデタシメデタシ、だったのだけど。

 エンディングは、まだ続いている。

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Days come back to my life. But, You and I don't  replace before. ...never and ever. 

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「恥ずかしい。」

 初めて蘭にこういわれたとき、目をぱちくりさせたことを覚えている。

 まさか、そんなことを言われるとは思ってもみなかったから。

 それは十年近く前のクリスマスイブの話。当時小学生だったオレと蘭はいわゆる幼馴染みというやつで、オレにとって蘭は側にいないとどうにも落ち着かない、そういう存在だった。ほとんど毎日一緒に遊んでいたし、しょっちゅうお互いの家に泊まりあいっこしていたし。ほとんど兄妹のような、そんな感じだったと思う。

 勿論と言って良いのかどうか、お風呂だってずっと一緒に入っていた。

 そしてあの日、オレの家でやったクリスマスパーティの後、泊まっていくことになった蘭に一緒にお風呂に入ることが「恥ずかしい」と告げられてしまったのだ。今になってみると小学校に入ってまで男の子と一緒にお風呂に入るのは確かに恥ずかしいと思う。いくら仲のいい相手でも。

 けれども、当時のオレにはなんで恥ずかしいのか全然分からなかったから(この辺、男よりも女の子の方が先に大人になるという話が頷ける)何となく、蘭に見捨てられたような、一人置いてけぼりにされたようなそんな気持ちになったのも無理はない。

 あの日、蘭はオレの「兄妹」じゃなくなった。そのまま、いつしか時は過ぎ…蘭はオレの妹でもなければ幼馴染みとも少し違う、例えるなら

『大切な人』

 という表現が一番しっくりくるような…そんな、相手になっていた。

 ふと、思い立ってオレは聞いてみる。

「そう言えば蘭、お前24日の予定は?」

「へ?」

 唐突なオレの質問に、蘭が目を丸くする…が、しかしすぐにちょっと残念そうな(多分)表情とともに、こう答えた。

「多分、園子と約束してるクリスマスパーティにでなきゃいけないと思う。お父さんも出るって言っていたし…」

 言外に『もうちょっと早く言ってくれれば…』という響きがある。しかし、そもそも蘭がその約束をしたとき、オレはまだコナンの体だったし、いつ元に戻れるかも分からない状況だったものだから先約の入れようがなかった。だったら園子とでも遊んでいてくれた方がオレの目が届く分、いくらかましだよな、って思ってたし。

 ……知っていて、聞いたのだけど。

「…そっか。」

「新一は?」

「オレは…確か、その日は親父とお袋が帰ってきてると思うから家族でクリスマスじゃねーの?タルイけど。」

「ふうん。」

 関心の無い振りをしながら、蘭の手は黙々とトーストにバターを塗っている。その指がちょっと小刻みに震えているのを見ながら、オレは苦笑して続けた。

「…ま、どうせクリスマスイブなんてどこも一杯だろうしな。お互い家族サービスに努めようぜ。…ってなわけでな、蘭。」

 蘭が顔を上げるタイミングに合わせ、オレは極上の笑顔を作った。

「25日26日。後27,28,29…年末まで全部、空けとけよ。何なら新年も。冬休みの残り全部、オレにくれ。」

「…何でそんなに幅があるのよ…」

 指折りながらしれっと無茶なことを言うオレに、蘭がジト目と文句をよこす。

「そりゃ勿論、事件で呼び出されたら次の日になるから。」

 即答するオレに、蘭が頭を抱えた。

「最近、なんか開き直ってない?新一。」

「うるせぇよ。どうする?蘭。」

 だめ押しのように、特上の笑顔。蘭はため息をつきながらも「分かったわよ…」と首を縦に振った。相変わらず、蘭はオレのことをいの一番に優先してくれる。しかしこれでも、蘭は他人に聞かれるとオレとは付き合っていないと言い張るらしい。

 オレが、ちゃんとした言葉を口にしてないから。

 けれど。まだ、言えない。

 馬鹿馬鹿しいかもしれないけれど、オレは蘭を一生離すつもりはない。…だったら。最初の告白くらい。蘭の記憶にずっと残るようなモノにしておきたいじゃないか。

 でも、形式がどれほどのモノか、ともオレは思っているが。こうやって一緒にいて、ずっと……それだけは、絶対約束されて居るんだから。

 もう二度と、壊したりはしないから。…誰にも。壊すことなどさせはしないから。

 いつ頃からか、蘭のことを思うと、体中が甘い糸で絡め取られたような感覚に襲われる。腕も、足も、指も、首も、間接のあらゆる部分にそれは絡みついて、オレから正常な思考能力を奪う。もっともっと、絡め取って欲しい、と。けれど彼女は、けしてそれを望まない。オレは…残念に思っている自分に、愕然とする。オレのことだけ見て、オレのことだけ考えて欲しい。笑っちまうくらい、そんなことばっかり考えている。

 彼女が蜘蛛なら。オレは蝶になりたい。

「…どうしたの?新一。気分でも悪いの?」

 黙り込んだオレを不審に思ったのか、蘭が顔をのぞき込んでくる。

「や、別になんでもねーよ。そろそろ出ないと、遅刻するぜ?」

「のんびりコーヒー飲んでた人間が何言ってるのよ〜っ!!あ、お弁当!忘れないようにね!!」

「わーってるよ!今日、何?」

「…聞いたら楽しみ半減するでしょ〜?!秘密!!推理しなさい名探偵!!」

 舌戦の応酬をしながら、超スピードで支度をして玄関のドアをくぐる。…蘭と、一緒に。

 いつでも何処でもどんなことでも、蘭と、一緒に……

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Although, so what?

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「工藤くん。」

 突然の声に思考を破られて、オレははっと我に返る。

「…ごめん、聞いてなかった。何?」

「もう。あのね、私の友達に工藤君にこれ、渡してって頼まれて…」

 顔だけしか覚えて無いようなクラスメートの女に渡される一通の手紙。以前のオレなら喜んで受け取っていた、だろうが。以前と違って、今のオレには手紙の数で蘭の気を引く必要はない。オレはあっさりとこう言い渡した。

「あ、悪ィ。オレさぁ、そういうの受け取らないことにしたんだわ。」

「ええ?!何で…って原因は一つかぁ。やっと付き合いだしたのね。蘭ちゃんと。」

 手紙を引っ込めながら、彼女が苦笑する。

「ん…まぁ、そんなとこ。」

「分かった。彼女には言っておくから。ごめんね、工藤君。」

「いや。」

 ぱたぱたと立ち去っていく少女には何の関心もそそられず、オレは手に持つ文庫本に目を落とした。元の体に戻ったとはいえ、まだ完調とはほど遠い。何せ一気に7歳から17歳の体に戻ったのだ。節々は急な成長から来る成長痛で痛みが走ることがあるし、なんとなくだるいことも多い。…最も、一月ほどでそれも取れるとオレを看た医者は言っていたが。なのでこの年末年始は大人しくしていようと心に決めていた。探偵だって、体が資本だからな。当然食欲も…実は、ない。蘭が作ってくれるモノなら喉は通るけど。そのことを何よりも知っているうちの両親が蘭に泣きついたお陰で、オレは現在三食全て蘭の手料理、という贅沢極まりない状態だが。

「新一。」

「ん?」

 耳慣れた声に反応して、弾かれるように顔を上げる。蘭がオレをのぞき込んでいる。

「新一、お昼食べないの?」

「え?もう昼休み?」

「…あんた、授業ぜんっぜん聞いてなかったでしょ。ホントに。長期休業して復学したとこなんだから、授業くらい聞くそぶりしなさいよね。」

「いいじゃん。校外模試、全国トップ圏内だったんだから。」

「…相変わらず、嫌みなんだから。もう。」

 そう。誰に文句も言わせず蘭と一緒に進級するには、そのくらいする必要があったからな。…っていうか、全国一位の所に、なーんか見慣れた名前があってそっちの方がオレはイヤだったが。

「でも、あの模試凄かったね。快斗君。全国一位!青子ちゃん、鼻が高いだろうなぁ。」

 ぴくっ、とオレが肩を震わせる。快斗というのは本名黒羽快斗という少年で、なんとあの天下の怪盗キッドの正体である。あのヤロォ、今まで校外模試なんて受けたことさえ無かったクセしやがって人が受けると聞いたとたんにアレかよっ!!あー、腹が立つ。

「…あんなやつの話、すんじゃねーよ。胸くそ悪ぃ。」

「新一、テストでも負けるしキッドは捕まえられないし、大変だね?」

「うるっせー!!」

 しかもご丁寧に前日に怪盗キッドの名前で鳩にくくりつけた予告状まで贈ってきやがって。なーにーがー『終了の鐘が聞こえるとき貴男は一時の夢を見るその頂点が砂上の楼閣とも知らずに』だっ!!詩じゃねーかよっ!手抜きな暗号送って来やがって!!その場で電話かけて問いつめたら『ああ、勉強してて飽きてテレビつけたらノストラダムスの番組やっててさぁ。お前も見たら?面白いぜ『驚き桃の木20世紀』。えーと、チャンネルは…。』だぁっ!?大体、そんなら名前欄に怪盗キッドって書いて提出しやがれ!!クッソ、来年こそはあの顔、引きつらせてやるからな……

 オレがそう零すと、蘭は苦笑しながら「楽しそうだね。」と感想を漏らした。…おい、もうちょっと取り合ってくれよ。

「まぁ、良いじゃない。屋上行こう?園子も待ってるから。」

「ん。」

 カタン、と席を立ち上がるオレと弁当箱を二つ抱えて教室を出てゆく蘭には、最早からかいの言葉すらかからない。これでも帰ってきた当初はすげぇ冷やかされてたんだけどな…お前らも、もうちょっと関心持ってくれよ。そりゃあまぁ、久々に蘭と高校生の体で出会えたオレのテンションがちょっとばかり高かったのは、認めるけどさぁ……

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It is no use crying over spilt milk. ...Because, I can't  help fell in love with you.

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 はっきり言って、屋上を選んだのは失敗だったと、オレは思う。寒いなんてもんじゃねーぞ、12月の屋上なんて!!園子といい蘭と言い、なんで生足で平気なんだよ。…オレは一人コートにくるまって弁当を広げている間抜けな姿だ。蘭が苦笑しながらポットの熱いお茶を勧めてくれた。

「蘭、あんた相変わらず用意がいいわねー。あ、次私にも頂戴ね。」

「いいわよ。新一、ちゃんと残さず食べなきゃ駄目よ。」

「わーってるよ!」

「しかし、新一君も以外と根性無いわね〜。脱ぎなさいよコートなんか。」

「イヤだね。オレはお前らと違ってデリケートなんだよっ!!」

 反論しながら箸を動かす。残すも何も、そもそもオレの好物しか入ってないんだよ。と突然、園子が驚いたような声を上げた。

「あれっ!新一君、いつからトマト食べられるようになったの?」

 …目聡い奴…これだからイヤなんだよな、幼馴染みってやつは。聞こえなかったフリ決行のオレに代わって蘭が答える。

「今でもあんまり得意じゃないんだけどね、中のぬるぬるの所が入ってなかったら食べられるみたい。」

「はー。蘭、あんたいい母親になるわよ〜。着々と旦那の躾、進んでるじゃない。あ、その春巻き一本頂戴。」

「いいわよ。はい。躾だなんて、別にそんな…」

 はぐはぐと自分の分の春巻きにかぶりつきながら、オレは心の中だけでこう呟いた。

 いや、十分躾られてると思うけど。

 オレくらい手間の掛からない旦那になりそうな男はいねーぞ?弁当箱だって自分で洗うし(とは言っても蘭が居るときは任せてるけど)メシだって自分で作れるし(でも蘭の作った方が好きだからほとんどやんねーけど)洗濯だって(でも蘭が居るときは以下略)掃除だって(でも蘭が以下略)買い物だって(でも以下末梢)………まずい、任せっきりか。

「新一、おぬし何か良からぬことを想像していたな、今。」

 ぴっ、と箸でこちらを指しながら園子が言う。どうやらオレの顔色は赤くなったり青くなったりしていたらしい。

「…箸でさすんじゃねーよ、何にも。別に。」

「嘘おっしゃい。どーっせ、『蘭が白いエプロンつけてオレを一生躾てくれたら…』なーんて妄想してたんでしょこのむっつりスケベ。」

「おめーなぁ!言うに事欠いて人を変態みたいに言うなよなぁ!」

 多少なりと身に覚えのあるオレがムキになって反論する。

「ああ〜ら、新一君、蘭が絡むとただの変態に成り下がるって評判だけど?」

「どーこでっ!!!」

「ご近所中の噂よ、噂。」

 オレと園子の舌戦をにこにこと嬉しそうに蘭が眺める。幼稚園のころからいつも、俺達はこんな感じだ。昼食を食べ終わって一息ついた頃、(蘭達は何処からともなく食後のおやつと称してポッキーだのチョコレートだのを出してきたのでそれを摘みながら。オメーら太ってもしらねぇぞ…)オレのコートのポケットの中で何かが振動した。

「ん?電話かな。」

 ポケットを探って携帯電話を取り出す。着信表示を見ると、どうやら相手は…

「新一、電話出ないの?」

「……今、学校だし。」

「珍しいわね〜、警察からの電話だと授業中でも出るくせに。」

「るせぇ。黙ってろ園子。」

 ひょい、と園子がオレの手元を覗き込む。オレは慌てて電話を隠したが、一瞬遅かった。園子が突拍子もない声を上げる。

「『宮野志保』ぉ?誰なの、それ。…新一、もしやアンタ浮気してるんじゃないの?!」

 ぴくっ、と蘭の肩が震えた。やばい、こいつこの間の事件の後からオレと灰原のこと、疑ってるんだよな…あいつがオレと一緒にいた小学生『灰原哀』だってことも、黒の組織絡みだってことも洗いざらい話したじゃねーかよ、オレ。

「ちげーよっっっっ!!!こいつはこないだまでの事件で関わった相手で、化学者で…何でもねーんだよっっっ!!」

「じゃあここで出てみなさいよ。やましいことがないんなら。」

「…くっ」

 オレは、園子のジト目に耐えきれず通話ボタンを押した。うう、蘭の方が怖くて見られない。

「もしもし?」

『工藤君?』

「ああ。何の用だよ。お前、警察病院の中なんじゃないのか。大丈夫なのか、電話したりなんかして。」

『…本来私と一緒に入院してなきゃならない人に言われたくないわね。…折角人が最新情報教えてあげようっていうのに、随分な言いぐさじゃない。』

「…はいはい、何だよ。最新情報って。」

『例の薬…APTX4869の解毒剤のことだけど。どうやら副作用はなさそうだって。だから、貴方も安心して普通の生活に戻ってくれて構わないわよ。』

「本当か、それ?!…サンキューな、灰原!!」

『だから、私はもう宮野志保だって何回も言ってるでしょう。工藤君。…蘭さんは、お元気かしら?』

「へ?蘭?…ああ、元気だけど。」

『…ちょっと、代わってくれない?』

「え…?」

 蘭に?しかし、オレが聞きただすより早く、被せるように再び灰原は『お願い』と繰り返す。オレは手招きで蘭を呼んだ。

「なぁに?」

「はいば…宮野が。お前に代わって欲しいってさ。」

 何なの蘭も知り合いなの〜?と叫ぶ園子を置いて、蘭が携帯電話を受け取る。

「…もしもし?毛利蘭、ですけれど。」

『……』

 携帯電話から漏れてくる灰原の声では、会話の内容までは聞き取れない。蘭は一言、二言相づちを打った後、俺達を残して立ち上がり、屋上の別の場所に移動した。どうやら聞かれたくない話になったらしい。オレと園子が顔を見合わせる。

「…新一、あんたほんっとーーーに心当たり無いわけ?」

「ねーよっ!オレが聞きてぇよっ!!」

 ああ、何を話してやがるんだ。蘭に妙なこと吹き込んだら只じゃおかねーからな、灰原…

「何でも良いけどこれ以上蘭を泣かしたら承知しないわよ!!」

「るっせー、分かってるよそんなことっっ!!」

 ぎゃいぎゃいと言い合う俺達の元に、電話を切ったらしい蘭が戻ってきた。心なしか、少し頬が上気している。

「はい、新一、ありがとう。」

「いや…なぁ、蘭。今の…」

 差し出された電話を受け取りつつ、オレはおずおずと今の電話の内容について聞き出そうとした。その時。

-----キーン、コーン、カーン…

「あっ。次って家庭科じゃなかったっけ、園子?」

「え?ええ、確か。」

「移動しなきゃ。また後でね、新一!!」

「お、おい、待てよ、蘭…」

 無情にも鳴り響いたチャイムの所為で、オレは蘭に電話の内容を聞きただすチャンスを失った。

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Why do you tell a lie? I'm so sad, I can't believe your honesty ..........

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 放課後。オレは相変わらず文庫本を片手に、空手部の練習が終わるのを待っていた。蘭は女子空手部の主将だし、そうそう部活を休むわけにもいかない。オレの方はと言えば探偵業を始めてからは全くの帰宅部で、しかも少なくとも来年までは体調をおもんばかって余程のことがない限り探偵の依頼は入らない約束になっているから余計に暇な身分だ。なので、こんな風に悠々と蘭を待っていられる…心の中は沸き立っていても。

 オレの頭の中は、未だに昼の電話の内容で一杯だった。園子もどうやら聞き出すのに失敗したみてーだし…さんざ、オレに『聞き出したら私にも教えるのよっ!!』って念を押して帰りやがったからな…実家の方で用がなきゃ、園子も多分残っていただろう。蘭は、一旦こうと決めたことには物凄く頑固な面があるから。心配、なんだよな…変なこと言われてないか……

「あれ?工藤君帰らないの?」

 さっきから女の子にひっきりなしに声をかけられる。その度に、「ああ、ツレ待ってるから」と返事をする。…何でも良いけど、目立つんだよな、体育館の前って。丁度自転車置き場からの通り道になんだよな…

「おう、工藤!嫁さん待ってるのか?!」

「うるせー早く帰りやがれ!!」

 男共の揶揄の声を一蹴する。ああもう、どいつもこいつも突然からかいに来やがって。…部活、五時半までだっけ?後十分、どっかで潰してこようかなぁ…と、先程から思ってはいるのだが、オレの足はこの場所を動かない。もし、オレが居ない間に蘭が帰ってしまったら。今までは特に約束なんてしなくても教室で待っていれば蘭が迎えに来てくれて、大抵一緒に帰っていたが。今日ばかりはちょっと心許なかった。

『今日はここまで!!お疲れさま!』

『お疲れさまでした!!』

 その時、体育館の一角、オレが待っている道場のある場所の窓から、空手部の練習終了の挨拶が聞こえてきた。やっと終わったか…オレははたはたと体育館の中へ駆け込み、がらりと道場の扉を開けた。

「蘭!!」

「…しんいち。」

 胴着姿のまま、蘭が驚いたように振り返る。そりゃあまぁ、今までオレがこんな風にお目見えしたことなんて殆ど無かったから、驚きもするわな。周囲の部員達も固まっている。…蘭の体には汗で胴着が張り付いていて、オレはちょっと目のやり場に困った。

「蘭、待ってるからさ、一緒に帰ろうぜ。」

「…うん、いいよ。じゃあ、校門の所でね。」

 交わした会話は、たったこれだけ。けれど、オレはその声の調子に酷く安心した。

「ああ。」

 それだけ言って、再び扉を閉める。中から女の子の喚声や蘭が冷やかされる声が聞こえてきたが、そんなことはもう、どうでもよかった。

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I am a boy , just awake a love.

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「お待たせ。…新一、今日はどうしたの?」

 オレの背後から声が掛かる。ゆっくりと振り向いて、声の主を確認した。

「蘭。」

 さらさらの長い髪が、風に嬲られて広がっている。夕焼けに綺麗に映える微笑みはどこか困っているようで、オレの心を切ない痛みが掻き立てていった。

「新一が、わざわざ迎えに来るなんて、珍しい。」

「…蘭に、置いて帰られそう、だったから。」

 取り繕うのも忘れて、本当の心を口に出す。蘭はちょっとだけ馬鹿ね、と呟いてまた、笑った。

「…遅くなっちゃうね。晩ご飯の買い物もして、帰っちゃおうか?何が食べたい?新一。」

「…蘭。」

 オレの即答が聞こえなかったようで、蘭がなに?と聞き返してくる。オレはちょっと目を閉じた。人目がなければ。此処が、屋外じゃなかったら。間違いなく、オレは彼女を押し倒して……一つ、首を振る。いきなりこんなことでどうするんだ、オレ。

「…そうだな。何か、暖かいのもがいいな。鍋、とか。一緒に食べていくんだろ?蘭。」

「う…ん、どうしようかな。今日はお父さん帰ってくるらしいし…」

 今ひとつ歯切れの悪い蘭を相手に、オレはいつもの駄目出しをした。

「一緒に、喰ってけよ。オレ、一人で鍋なんかつつくのやだ。」

 ふてくされるように言うと、蘭の態度が目に見えて柔らかくなる。彼女の場合、こんな風にわがままを言うような感じで母性本能をくすぐるのが一番正しい戦法なのだ。

「…しょうがないなぁ。何がいい?キムチ鍋?水炊き?すき焼き?ちゃんこ鍋?土手鍋なんかも温かくて美味しいよね〜。」

 てってっ、とオレを置いて歩き出す蘭の後を追いかけながら、オレは『…鳥団子のはいってるやつ。』と注文を付けた。

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You are my only beloved, and only treasure for my life.

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「なぁ、蘭。」

「なぁに?」

 蘭の作った夕食の食卓を囲みながら、オレは口を開いた。

「お前、灰原に何を言われたんだ?昼間。」

 単刀直入なオレの問いかけに、蘭がぱたっ、と取り皿に運びかけていた白菜を落とす。夕食の買い物の最中も作っている間も食べ始めてからも蘭の様子に何一つ変わったところはなく、どうやらオレと灰原の仲を云々するような内容(勿論潔白なので言われるようなことな何もないのだが)でなさそうなことだけは何となく見当が付いたが…只でさえ蘭が絡むと曇りがちになると噂のオレの推理能力も、そろそろ限界値を迎えていた。

「…、灰原さ…宮野さんに?」

「ああ。教えてくれよ。正直、オレ見当もつかねーわ。」

「うん…」

 なるべく口調を荒げないように、さり気なく聞いたつもりだったが…蘭が俯く。ため息を付いて、彼女に甘いオレは助けの船を出した。

「…まぁ、どーしても言いたくねぇんなら、良いけど。」

「…そんなことは、無いんだけど…」

 もごもごと蘭が呟く。

「…じゃ、何?」

 じっと見つめられて、蘭が観念したように箸を置いた。

「やっぱり、言わなきゃ駄目?」

「駄目。…気になるだろー?」

 さっさと吐いて楽になっちまえ、と言われて、蘭が口を開く。

「あのね。…」

 そこまで言って、また躊躇う。オレは急かさず、辛抱強く続きを待った。

「あのね…あの…新一が、その、子供から、大人に戻って、も、何の影響もなさそうだ、っていう話…」

「と?」

 間髪入れずに先を促す。そこで話を止めようとしていた蘭が困ったような表情を更に強めた。

「と…あの、だから、えーと。新一の、生活上の諸注意について。ほら、面倒見ているの、私だから。」

「……蘭?」

 ますます不審気な顔をするオレの前で、蘭ががたんと席を立ち上がった。

「あ、水が足りない。お鍋焦げ付いちゃう。ちょっと待っててね。」

「おい、蘭!」

 ぱたぱたと、逃げるようにオレの背後の流しへと走り去る蘭に、これは長期戦になりそうだとため息を付きながらオレは再び箸を動かし始めた。もういくつ目か覚えていない鳥団子を取り皿に移し、箸を立てる。その時、ふわりと…オレを背中から。包み込む、腕があった。五秒ほどかかって状況を理解し、オレが全身を真っ赤に染め上げる。

「ら、ららら、蘭?!」

「…ちょっと、こっち向かないで。そのまま、聞いてね。」

 耳元から声が聞こえ、オレは危うく鼻血を吹きそうになる。オレを後ろから抱きしめる格好のまま、蘭がぽつぽつと話し始めた。

「…新一、にね。言いたかったことがあったんだって、宮野さん。元の体に戻る前から、伝えようと思ってたって。でもね、新一はどうしてもその言葉を言わせてくれなかったって。」

「灰原、が。…」

「だから本当は邪魔してやろうかと思ったけど、あんまり新一が嬉しそうな顔してるから、何にも出来なくなったって、つい薬の完成を急いじゃったって、宮野さん、笑ってた…」

「……」

 あのときの状況を思い出す。警視庁の実験台の上で。元の体に戻ってはしゃぐオレと対照的に、淡々としていた灰原。

「新一、体が元に戻って一番最初に、なんて言ったか、覚えてる…?」

「え?…えーと。」

 蘭に言われて、オレが再び記憶を探る。薬で体を大きくする反動の痛みを抑える麻酔から目覚めたあのとき、オレは、確か。喚声を上げて、灰原に感謝の言葉を伝えて、それから…

 オレの頬がまたもや熱を帯びた。

『これでやっと、蘭を守ることができる。蘭の側に、戻ることも、離れないでいることも…できるんだよな!!』

 うわあああ、オレってなんて正直者…じゃなくて灰原ちくりやがったな…じゃなくて!硬直したオレの様子には構うことなく蘭が話を続けた。

「それを見て、もう、諦めたって。宮野さん。…この人の耳には何も入らないんだからって。…だから、後は頼むって…。」

「そっか…」

 元に戻らない頬の熱を持て余しながらオレがやっとそれだけを言う。…灰原のやつ、これじゃあオレが蘭にメロメロなのがバレちまうじゃねーかよ…構わないけど。

「本当は、言いたくなかったけど。…新一は、少しは宮野さんのこと、好きだったの?」

 わたついているそこに突然質問を振られ、オレは吃驚して振り返った。蘭の表情は、何故だか暗い。

「何で?オレが?いやまぁ、美人だし頭がいいのは認めるけど。仲間だぜ、灰原は。」

 もしかしてまだ心配しているのかと思い、オレは殊更軽い口調で告げた。

「…新一、今の私の話、聞いてた?」

 蘭がちょっと困ったような表情で言う。

「聞いてたさ、勿論。…その…灰原も、余計なこと、…じゃなくて。何かご意見したかったんだろ?オレのあまりのはしゃぎっぷり見て。」

「ねぇ、新一…私ね、新一を頼むって言われたのよ?…」

「そりゃあまぁ、オレお前の言うことなら聞くからな。」

「そうじゃなくて!」

 蘭が首を振る。オレは首を傾げた。蘭が言いたいことが伝わらない。他に、何があるというのだろう。

「そうじゃなくて…何?」

 心底不審そうな顔をするオレに、蘭がゆっくりと、語りかけてきた。

「ねぇ。新一は…新一は、とても残酷だね。」

「な…」

「でも、とても嬉しいの私。それが。私も、凄く嫌な女なの。」

「ら…」

 まるで謎掛けのような言葉に戸惑う。

「…私ね、新一。私、新一が好き。」

「!!」

「新一のことが、すきなの…」

 告白と同時に、ぽろぽろと大粒の涙を零し始めた蘭に驚愕する。

「な、何で泣くんだよ、蘭!」

 弾かれるように椅子を立ち上がり、蘭を抱きしめる。

「蘭、蘭…泣くなよ。オレも…オレだって、ずっとずっと昔から、お前のこと、好きなんだからさ。だから…泣くなよ。」

「違うの。そうじゃないの。」

 ふるふると腕の中で首を振る蘭。

「何が、そうじゃないんだよ。」

 ちょっと不服げにオレが言う。両思いだって確認したのに、何が不満なんだ?

「…そうじゃなくて…私、狡いのよ。」

 蘭がオレの体を突き放す。立ちつくすオレの前で、蘭は俯いて言葉を続けた。

「狡いの。新一が、好きでいてくれるのは…不安なこともあったけど、何となく分かっていたの。分からないはずが無かったの。なのに、甘えていたの。いつか、新一から…言ってくれると、思ってた。待っていたの。それを。新一に好きだって言われるのを。」

「それは、…そんなの。オレの方こそ、言うつもりだったさ。いつか、必ず。」

「そうじゃなくて!幼馴染みの方が居心地が良くて、「いつか」言われればいいなって。私。…自分が、どんなに恵まれているか知らないで。」

「らん。」

「新一、宮野さんが新一のこと、好きだったって分からなかった?今の話で。」

「!?なぁ、それが、何の関係があるんだよ。オレが好きなのは蘭だよ。蘭、だけなんだ。」

「そうね…他の女の子のことなんて、全然目に入っていない。私、嬉しかったの。それを聞いて。新一が、私しか見ていないって聞いて。なのに、自分からは何もしないで…新一が言ってくれるのを待っていて…他と私は違うのよっていう優越感、無かったなんて言えないよ私。もし本当に新一が私のこと好きなのかどうか分からなかったら、とっくの昔に告白してるはずだもん。」

「おい、蘭。待てよ。何言ってるんだよ?それこそ他の奴なんか、関係ない話だろう?!お前とオレとだけの問題じゃねーか!」

「うん、だけど……だけどね、宮野さんの話を聞いていて思った。新一は、私だけのものじゃないんだなぁって。このままだったら、いつ誰かに持って行かれても私、文句は言えないんだなぁって危機感持っちゃった。ぼぉっとしていて、相手から言わせようなんて怠慢、するべきじゃ無かったんだって。そんな傲慢な考えじゃ、駄目だったって。私が一言言えば、貴方の喜ぶ顔が見られるのに、それをしなかったのは、私だもの。だからね、ちゃんと、直ぐに本当は…私から言わなきゃいけなかったんだね。…ねぇ、新一。」

 蘭が顔を上げて、にっこり笑った。泣き腫らしていたけど、目は真っ赤だったけど…すげぇ綺麗な笑顔に見えて、オレは絶句する。

「私、新一が好きよ。昔から、ずぅっと…大好き。」

 オレの頭が思考を止めた。蘭を引き寄せて、抱きしめる。何も考えられずに、オレの口が彼女に好きだと繰り返し囁き続ける。

「蘭、オレも、オレだってずっと…好きだったよ、蘭。好きなんだ…」

「こんな私で、いいの?」

「バーロー、オレにお前しか居ないことなんて…一番良く、分かってるだろ?!何年、一緒にいると思ってるんだよ!!」

「うん…うん。」

「悪ぃな、気、使わせてよ…オレもさっさと言えば良かったな。好きだって。」

「ううん。」

「蘭。」

 首を傾げる蘭にオレは心から微笑みかけた。

「一緒に、いよう。これからも、ずっと。」

「…ハイ。」

 ぱぁぁっ、と雲間から射す光のように晴れ渡った笑顔を見て。オレは、この上ない幸せな気持ちでそっと彼女に顔を近づけた。

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I am mad for my girl. 

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「……私ずっと思ってたんだけど。」

「なんだよ?」

 隣を歩いていた蘭が唐突に口を開いたので、オレは片手のペーパーバックから顔を上げる。蘭が心底呆れた顔をした。

「もう、ほんっと新年早々懲りないわよねぇ、あんたも。いい加減その本から顔あげなさいよ推理オタク。」

「るせー、もう後ちょっとなんだって…今いいとこなんだよ…なのにオメーが初詣行きたいなんつーからわざわざこうやって出てきたんだろうが。」

 本当のところは、晴れ着姿の蘭をまじまじと見つめるのが照れくさくてカモフラージュ用に読んでいるようなフリをしているだけで、全然前には進んでないのだけれど。オレはあえて憎まれ口を叩く。

「もー、たまにしか一緒に出かけられないんだからこんな時くらい付き合ってよね!」

 振り袖で決めてきたらしい蘭はお冠だ…実際、よく似合っている。さっきからすれ違う男の殆どが振り返ってるの、分かってんのかね、こいつは。しかし、オレは特大のため息と共にこう言い放った。

「たまにって…この年末年始はず〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと飽きるくらい付き合ってやってただろうが!!誰だよ花札五十オチなんて付き合わせた奴は!!」

「私。」

「ほらみろ。三十でやめとけつったのに意地張って勝つまでやろーとすっから徹夜になったんじゃネェかこないだ!」

「そうだっけ?」

「買い物にも付き合ったし映画も見たしメシも食いに行ったし!紅白も一緒に見たしカウントダウン行ったしおせちも雑煮も一緒に喰ったし!初詣だってこうやって来てるし!文句は言わせネェぞ……」

 そう。結局あの後、本当に体調を気遣われていたのか単に平和だったのかオレに全く事件の依頼は入ってこず、蘭に向かって「全部予定を空けておけ」などと豪語した手前、オレは空けさせた分だけきっちり彼女におつきあいさせられている訳である。…まぁ、いやじゃねーけど。こんなにべったり蘭と居られることなんて、今まで無かったからなぁ、実際。文句一ついわず黙々と(むしろにこにこと)蘭の後に付き従っているオレを、カウントダウンイベントに一緒に来ていた園子の奴が下僕呼ばわりして大笑いしてたっけ…

「ん〜、随分待たされてたからなぁ、私。もうちょっと付き合って貰ったって罰は当たらないと思うけど?」

 しれっと言われて絶句する。その話持ち出すのは反則だよなぁ…

「たしかに、その通りでございます…。」

 かくん、とうなだれてペーパーバックを閉じる。全面降伏。彼女には敵わない。

「しゃあねぇ、こうなったら鏡開きだろうが七草粥だろうがバーゲンだろうが、次の事件まで全開で相手してやるよ。とりあえず初詣の後、どうする?」

「そりゃ、勿論。」

 にっこりと蘭が微笑み、しゃらり、という衣擦れの音と共にオレに腕を絡ませてくる。

「初デート、よ。」

「…オッケー。」

 思わず見下ろした彼女の左腕の先、その手の薬指に光る小さな石の付いた銀のリングが視界に入って、オレは目を細めた。クリスマスの贈り物として買った物で、そんな大した物じゃないけれど、箱を開けてオレが指にはめてやった時から、蘭がこの指輪を外している姿を見たことがない。

「新一、何にやけてるの?」

 オレの顔は相当緩んでいたのだろう、蘭が不審げに問いかけてきた。

「いや、やっぱりよく似合ってると思ってさぁ。当座に選んだにしちゃ。天才だな、オレって。」

 蘭が自分の指輪に目をやり、赤くなる。

「な、何言ってるの!バカ!!」

「るっせーよ。…着物でもちゃんとつけてくれてるんだな。」

「…いつも外さないでつけているようにって言ったの、新一じゃない。」

「ああ。それ、無くしても、壊しても良いからな。そしたら、また新しいの買ってやるから。そんなもん、いくらでも。だから、ずっとそこに指輪ははめておけよな。そっちの方が大事なんだから。」

 そうだ。モノやカタチは重要じゃない。要は、蘭とオレとを繋ぐ糸がまた一本、増えることが重要なんだ。

 いつか、ちゃんとしたの用意するまでな、と小声で呟いたのが聞こえたのか、どうか。蘭はもう一度、満面の笑顔を浮かべて頷いた。

「さ、ちゃっちゃとお参り済ませてなんか喰いに行こうぜ…オレ、腹減ってるんだよな。」

「ハイハイ。」

 蘭と腕を組んで雑踏の中を歩き出す。幼馴染みじゃない二人の初めての一年が幕を開けようとしている。

 これからもこうやって、オレと彼女との間の見えない糸が増えてゆく。太いのや、細いのや、一本ずつ、一本ずつ…

 そうしていつか、甘い罠に全てを絡め取られて動けなくなる予兆がある。オレの一挙手一頭足まで、彼女が支配する日が。

 オレは、その日をずっと、待っている。期待している。そうしたらもう、死んだって離れてなんかやらない。生まれ変わってでも、追いかけてやるさ。心の中で呟いて、オレは彼女の蜘蛛の糸のような細い黒髪に、そっと顔を寄せて口づけた。

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And then. They lived happy ever after.

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 最終章は真打ち登場。工藤新一。このクソ甘い文章を書くのに、私は何回頭を掻きむしったことでしょう。え?甘くない?むしろ酸っぱい?……ほっとけ(笑)平次の時は束縛らしきモノは無かったですよね。快斗の時は「い〜い湯だなハビバノンノ♪(違)」と称される二人の世界。で、今回は水飴ですか蜂蜜ですか蜘蛛の糸ですか新一君!(笑)密度濃すぎ。サブタイトルは「束縛されて」です。あーあ、ミズドのシナモンロール食べて歯の根ががちがち言ってるときのような気分よ……