オサナナジミ〜STEP BY STEP〜

one

 今更、どんな顔して出ていけるっちゅーねん!

 平次は、東京駅のホームでため息をついた。彼の連れはも同じ新幹線で大阪に帰る予定だから、同じホームの中程でベンチに腰掛けている。もしかしたら、また泣いているかもしれない。そんな幼馴染みの様子を柱の陰から見ながら、服部平次はまた大きなため息をついた。

 ことの始まりは、今回の東京旅行。とある大きな組織との関わりで「江戸川コナン」という小学生の体にされていた彼の親友(注:平次ビジョン)工藤新一の家に何度目かのお泊まり会を計画した平次は、受験生とは思えない頻度で通う東京行きのチケットを買いに行っていた。隣には、これまた何度でもつき合わされる幼馴染みの遠山和葉の姿。

「なぁ…あんたほんまに受験生の自覚あんの?」

「一応。」

「一応って!一応でどないすんのん!あんた志望校帝丹やろ?あそこめっちゃ難しいんとちゃうん?」

「せーやーかーら、下見やって、下見。受験の下見兼ねてんのんや。それなら文句はないやろ?」

「せやけど…」

「それに、お前やって東京の学校受けるいうてたやん。丁度ええやろ?あの工藤の彼女のねーちゃんに連絡して下見に連れてって貰えや。」

「うーん…」

「なんや、歯切れ悪いなぁ。イヤなんか?」

「別に、イヤやあれへんけど…」

「なら決定な!はよ工藤に電話せな!」

「電話なんかかけてからチケット買いにこんかーーーいっ!!」

 すっぱーん!と小気味良いツッコミの音が鳴り響いたのは、ついこないだの話なのに。

 東京旅行も、初めは上手くいっていたのだ。何のかんのいいつつも人の良い新一は快く(注:平次ビジョン)二人を家に泊めてくれたし。和葉一人ではなんだから、と新一の彼女の毛利蘭も泊まりに来ていたし。挙げ句の果てに新一がコナンと化していた事件との繋がりで知り合った少年、黒羽快斗とその彼女の中森青子まで巻き込んで、工藤邸は時ならぬ合宿所と化していたのだ。

 ちなみにこの三組は全て、幼馴染み同士である。

 新一と蘭、快斗と青子は付き合っているが、平次と和葉はそうではない。

 その違いが、あの悲劇を生んだのだった。

*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+

two

「せやけど、ほんっま工藤は元に戻れてよかったと思てるのんちゃうん?」

 明日は大阪に帰る、という日。男同士で勉強会と称して机を寄せて、実は単なる井戸端会議と化している雰囲気の中。アーモンドクラッシュポッキーで新一を指し、平次がからかうように言った。

「あったりめーだろ。何言ってやがるんだよ。」

 新一は片手の文庫本から頭を上げようともしない。女達は夕飯の買い出しも兼ねた買い物とかで、今日は午前中からずっと不在だ。蘭が居ないと、新一は何処までも辛気くさい存在になるのは最早、周知の事実。快斗などは相手にせずにせっせと次の手品のタネとやらを作る作業に励んでいる。元々、天才探偵と名打たれる頭脳の持ち主の新一と平次、そして外見からは到底想像できないが実はIQが400もあるという快斗に受験勉強など必要ないに等しい。自然、話題は勉強以外のことばかり。

「やから、そーゆー意味やのうて。」

「ん?」

 うざったそうに返事をする新一に、ニヤリと笑いつつ平次が訪ねる。

「あのねーちゃんとの仲。やー、なっがいこと我慢してたもんなー、工藤。もー今なんかめっちゃつっぱしってんのとちゃうんか?ねーちゃん夜も眠られへんとか。」

 いひひひひ、と品のない笑い声をたてる平次に、新一があきれたように言う。

「おーまーえ。俺はともかくアイツは受験生だぜ?そんな無節操な真似できるかってーの。」

「なんやしょうもな。期待して聞いたのに。」

「そうそう、無駄だぜ平ちゃん。なんせこいつ、突っ走りすぎて今お触り禁止令出てるらしいから。」

 横合いから入った突然の茶々に、新一が慌てた。

「なっ!黒羽、てめーなんでそんなこと…!あっ!蘭のやつ、青子ちゃんに喋ったなぁ?!青子ちゃんから聞いたんだろう!!」

「うっひっひ〜、はずれ〜。蘭さんが電話してきたとき俺も後ろにいたんです〜。自重しなきゃ駄目だぜ、名探偵!」

「だぁぁぁぁっ!!お前にだきゃ言われたかねーっ!大体、お前いつ電話かけても青子ちゃんちに居るじゃねーか!そっちこそどうなんだよっ!」

「俺?俺はどこぞの誰かと違って清く正しく美しい交際中ですから信用ありますし〜〜〜。」

「あっ、怖くて手が出せないんだ。ほっほー。あの気障が身上の天下の怪盗キッドがねぇ〜。」

 新一が快斗の副業のことを引き合いに出してあげつらう。快斗が真っ赤になって反論した。

「なっ、馬鹿、ちげーよっ!!人の話は聞けよなぁっ!!俺はあんな幼児体型まだまだ……」

「青子ちゃんに言ってやろ。『快斗くんはー、青子ちゃんが可愛くてー、めっちゃ手が出したいんだけどヘタレさんだから出せないんでー、そっちからアプローチお願いしますー。』って言っていましたーって。」

「うううううううるせーっ!!」

 ぎゃいぎゃいと言い合う二人に、仲間はずれ状態の平次からぽつりとツッコミが入った。

「仲が良うてええのう……なんや俺まで一人モンなんが寂しぃなってきたわ。彼女つくろかなー。」

「はぁ?」

「何だって?」

 ほぼ同じ顔をした新一と快斗が同時に振り向くと、まるで双子のようだ。

「お前ら、カッちゃんとタッちゃんみたいやな。」

「誰も『タッチ』なんかしらねーって。」

「そうそう。」

「そういえば、あれも幼馴染みだよな、タッちゃんと南。」

「十分知ってるじゃねーか、黒羽……」

「まぁ、基本だな、同じサンデーのお馴染みさんとしちゃ…じゃなくて、平ちゃん、お前だって居るじゃん。可愛い彼女。」

「そうだぜ。お隣さんなんつー羨ましい設定、こっちに回して欲しいよな。」

「ああ?和葉かぁ?あれは、なんつーかちょっとちゃうんやよなぁ…」

「って言ってキープしてるわけだ。ずっりー。」

「マジでこんな男の何処が良いんだか、和葉ちゃん。」

「やかましわ。アイツは関係ないって何遍言うたらわかるんや。お前ら自分が彼女もちやからって一人モンいじめんなや。決めたわ。俺、大学入ったら一番に彼女作ったる!」

「…ってお前、そんなこと意気込まなくても…」

「つか、大学ってそーゆーところじゃ。」

 新一と快斗のツッコミなど気にも止めず、平次は一人悦に入ったように語り続けた。青ざめたように制止のサインを送る新一達にも気づかずに。

「そうやそうや、まずはかわええ彼女や。東京の女の子はめっちゃ別嬪多いしな。」

「…悪かったな、別嬪が少ない関西の出身で。」

「そないなことはあれへんけど、やっぱり人が多いと違うわ…ってげっ、和葉。」

「なんやねん『げっ』って。そないにアタシがおったら困る話でもしてたん?」

「あ、いやその、ちゃうねん。」

「何がちゃうんやねん。アタシみたいな不細工とちゃう彼女が欲しいいう話してたんとちゃうん?ええよ。別に。別嬪の彼女でもなんでも作ったらええんちゃう?!」

「やから。落ち着けって和葉。」

「怒らせたんはアンタやろっ?!」

「ま、まぁまぁ、落ち着いて、和葉ちゃん。」

「そうよ、服部君いつもの照れ隠しだって。」

 慌てて蘭と青子が制止に入る。

「もー、何の話してたのよ、新一!」

 蘭に睨まれ、新一があっさり白状する。

「服部が和葉ちゃんと上手くいかないんで俺らに八つ当たりして彼女欲しいって騒いでんだよ。」

「あ、阿呆!工藤!お前探偵のくせに真実をねじ曲げて伝えたらあかんやんか!」

 焦る平次を後目に、快斗も嬉々として平次を売り渡す。

「そーそー、僻まないで欲しいよな。自分が上手くいってないからって。」

「ちゃーうーって!!俺と和葉はそんなんちゃうんやって!!」

「ならどんなんなんだよ。」

 あっさりと新一に突っ込まれ、

「せやから幼馴染みやって!ただの!!」

 と平次がムキになって反論する。

「あー、なっつかしいなぁ。その言い訳。俺らもよく言ってたよなぁ、新ちゃん。」

「ホントだよな、黒羽。あーやって誤魔化したつもりなんだよな。こうやって見てるとばればれなのにな。」

 しかし、幼馴染み上がりの二人は馬耳東風。平次が更に焦って言い募る。

「あーもう、聞けや!人の話!」

「……もうええよ。」

 ぽつりと呟かれた低い声に、その場の人間が声を失う。

「もうええって。平次がアタシのことなんてなんとも思てへんのなんか昔からやし。アタシ、ようわかってるし。アタシの方こそ東京の学校受かったら平次なんて目でないくらいめっちゃかっこええ彼氏つくったんねん。やから、全然気にしてへんよ、平次。」

「そ、そうか?」

 どうやら分かって貰えたらしい、と勝手に解釈した平次が心底ほっとしたように言う。

「そ、そうやでー、和葉。東京来たら俺なんかよりええ男ぎょうさんおるで、ゼッタイや!お前みたいなんでも必ずええ男釣れるって!俺が保証したる!」

「ちょっと、服部君。」

「それちょっと酷いんじゃない?!」

 見かねた蘭と青子から抗議の声が挙がるが、和葉を怒らせた、という思いで頭が回っていない平次の耳には届かなかった。

 そして、平次は。東京に来る一週間ほど前に、悪友連中に吹き込まれた考えを、何の気なく…本当に、なにも考えずに口に出した。

 悔やんでも悔やんでも、決して取り消せない、あの一言を。

「ちゃうて。これが和葉の為なんやって。ゼッタイ。大体、”……”。」

 その言葉を聞いた瞬間。

 和葉は「どあほっ!!」と叫んで平次の顔をはり倒し、泣きながら走り出していった。

*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+

three

『幼馴染みにはまって恋愛するなんて、世界狭くなるだけとちゃうか?』

 どうして、自分はあんな残酷なことが言えたのだろう。

 しかも、得意げに。

 元々、和葉は幼馴染みだ、と否定する俺に向かって、悪友共が言った言葉だった。

「おう、そうそう、そうや、そんなん格好悪いやんか、なぁ!」

 同調して笑って。本当は、和葉が一日だって側にいないと、不安だったのは自分のくせに。

 彼女も東京の大学を受けると知って、ほっとしたくせに。

 和葉にずっと、幼馴染みとしてでもなんでも、側にいて貰いたかっただけの、くせに。

*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+

four

「お、おい、待てや、和葉…」

 呆然として立ちすくむ平次の胸元が、急に引き寄せられた。

「何や、快ちゃ……」

 バシン!!

 右ストレートは、平次の頬を掠めて、壁にヒットした。ぱらぱらと、微少な壁土の粉末が舞い落ちる。

「な…」

「お前、今、なんつったよ。」

「はぁ?」

「『はぁ?』じゃねーよ間抜けな声だしてんじゃねーよっ!!てめぇ、今の、俺達に対する最大の侮辱だぞ。何か。お前、俺と青子が世界が狭い恋愛してるってのか。くだらない恋愛だって言いたいのか、俺達目の前にして幼馴染みは恋の対象にならないなんて分かったような偉そうなこと抜かすのか、てめぇっ!」

「か、快斗!」

 青子がおろおろとした声を出すが、平次の胸元を掴んでつるし上げている快斗の眼差しには容赦がない。日頃のポーカーフェイスも何処へやら、怒気を完全に露わにする快斗。呆気にとられたのか、腰を浮かしかけた新一もそのままで固まっている。

「大体お前和葉ちゃんの気持ちに気づいてなかったなんて言わせねーぞっ!『お前の気持ちなんて下らない』って言われたときの相手の気持ち、考えたかお前、ああっ?!」

「落ち着けって、黒羽。」

「お前も怒れよ新一っ!こいつ、誰に吹き込まれた偉そうな考えだかしらねーけど、最低…」

「だから、落ち着けって。まずはこいつに和葉ちゃんの後追わせるのが先決だろ。」

 そう言って、平次が今まで見たこともないほど酷薄な光を目に浮かべ、こう言い放った。

「……聞いたとおりだよ、服部。おめー、探偵のくせにそんなこともわかんなかったのか?」

「……すまん。」

「謝るのは俺じゃなくて和葉ちゃんだろう。さっさと行けよ。連れて帰ってくるまで、俺んちには入れねーから。」

「…わかった。」

「俺らだって、言われたことあんだよ。その台詞。だけどなぁ、だからって…格好悪いから、辞めちまうもんなのか?そんなもんなんかよ、お前の気持ちってよ。」

 まだ収まらないらしく、ぶつぶつ零す快斗を制して、新一が顎をしゃくる。

「さっさと、行け。言って置くけど、仲直りしない限り俺達とはこれっきりだと思えよ。」

 平次は弾かれたように立ち上がり、走り出していった。

*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+

five

「か、快斗ぉ…」

 怯えるような幼馴染みの声に、快斗ははっと我に返る。

「あ…俺。悪い、青子、びっくりさせるつもりじゃ…」

 今更のようにおろおろと狼狽える快斗。

「黒羽も大概人間できてると思ってたんだけどなー。気勢削がれちまったよ、俺。」

 からかうような口調で新一が言う。

「うう、うるせー!」

「青子ちゃんが絡むとほんっとポーカーフェイス崩れるのな、お前って。」

「だぁぁぁっ!お前にだけは、言われたくねーっ!!!」

*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+

six

 アタシは、ひたすら走っていた。

 ここが何処なのかもわかれへん。…ううん、わかってもどうでもええねん。もう。

 平次は、アタシの思いなんか邪魔なだけや思うてた。

 それだけで、十分や。もうこれ以上へこまさんといて。

 アタシには、平次しかおらんかったのに。

 平次は、アタシだけはいらんかった。

 アタシだけは、恋愛対象としては見てくれへんって言うた。

 もう、めちゃめちゃ最悪や。今まで生きてきた中で、最低の話や。

 もう二度と、平次の側にもおられへん。

 彼女作って、幸せそうにしとる平次なんかみとうもないわ。

 ああ。

 もういっそ、どっか外国の学校でも受けて、めっちゃ遠い平次のおらん国に行ってしまおうか。

「あっ!!」

 舗装された道路の煉瓦のとれた部分に足を引っかけて、体勢を崩す。何とか転びはしなかったものの、走る気持ちは萎えてしまった。

「もう、ほんま、めっちゃ最悪やわぁ……」

 荒い息を押さえながら立ち止まると、それまで我慢していた涙が止めどなく溢れてきた……

*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+

seven

「どこやねん、何処行ってしもたんや、和葉のやつ…」

 俺はひたすら工藤の家の周りを走り回っていた。

 俺の足と和葉の足や、ちょっとくらい遅れたかて追いつく、と思っていた。

 が。

 土地勘のなさは、思った以上のハンデとなって俺に襲いかかってきた。

 わからへん。

 皆目見当もつけへん。

 どっちへ行けばいいのか、和葉の行きそうなのはどっちか…そんなことすら俺にはわかれへんかった。

「すんません、こっちに髪の毛ポニーテールにしてリボンつけた女の子走って来ませんでしたか?…見てませんか、すんません。」

 これで何度目になるか分からない質問を繰り返し、平次は当てもなく彷徨っていた。

*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+

eight

 どれくらい、時間が経ったのだろう。和葉は自分が座り込んでいたことにも気づかなかった。

 ちゃんとベンチに腰掛けているあたり妙に冷静な自分を感じ、自嘲気味に笑う。

「さて。帰ろうか。蘭ちゃんたち、心配しとるといかんし……」

 涙を拭って立ち上がる。ポケットから鏡を取り出し、自分の顔を見た。

「うっわー、泣き腫らしとるわ。最悪やー。不細工やなぁ。」

 その辺の冷水機でハンカチを濡らし、瞼に当てる。熱を持った瞼に冷たいハンカチが気持ちいい。

「もうちょっと腫れが引かな帰られへんよな。心配かけてまうわ。」

 呟きながらもう一度ベンチに腰を下ろす。

「ホンマ、東京まで来てアタシは何やっとんやろなぁ……」

 東京まで。あのアホ男について、こんなところまで来て。蘭や青子達と話しているのも楽しいが、やはり東京までわざわざやってくる一番の理由は、平次の側にいたかったからで。

「あーもう、ほんっま、最悪。」

 再び泣きそうになるのを何とか堪える。ここで泣いてしまっては何のために目を冷やしているのか分からない。

 そのまま、15分ほども座り込んで居ただろうか。

「……そろそろ、ええかな。」

 呟いて、立ち上がる。瞼の火照りも随分収まった。

「…かえろ。」

 とぼとぼと元気なく歩き出す和葉の前に、人影が立ちはだかった。

*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+

nine

「ああ、何かそう言えばさっき女の子が一人走っていったよ。あっちの方だったかな?」

「ホンマですか?ありがとうございます!!」

 そのころ、平次はやっと掴んだヒントを元に公園内を彷徨っていた。

「和葉〜?!どこや和葉!!」

 周囲の人間から集まる奇異の眼差しさえ意に介さず、平次はひたすら公園内を周回していた。がさがさと茂みを掻き分ける。きっと泣いているに違いない和葉の性格からして、人気のない方へ行くのではないかと推理したためだ。自分でも滑稽なようだが、今はただ手がかりが欲しかった。

「和…」

 いくつめかの茂みに迷い込んだとき。平次はやっと、目の前に目的の人物を発見した。

「和葉!!」

 喜んで駆け寄ろうとしたとき。平次の目に、和葉の前に立って何事か言いながら笑いかける男の姿が飛び込んできた。二言、三言言葉をかけられた後、和葉がぽつりと呟くのが、聞こえた。

「…ええよ。別に。付き合っても。」

 平次の視界が、白熱した。気がつくと、和葉と件の男の間に体を滑り込ませていた。和葉が驚いた声を上げる。

「へ、平次、あんたどっから。」

「……やないか。」

 低く、威嚇するような声。日頃は陽気な笑いを湛えた目元が、鋭い光を帯びて相手を刺す。和葉に声をかけていた男が思わず後じさった。

「あかんやないか。兄ちゃん、どんな台詞つこたかはしらんけど、ちょっとこの子は訳有りでなぁ。俺が怒らせてしもうたんや。自棄になって付き合うたる言うてるだけやから、本気にせんといてくれるかぁ?」

「そ、そんな。だって、彼女さっき彼は居ないって自分で」

「せやから、アンタもわからん人やなぁ。喧嘩中やったんやて。些細な事なんやけどな。やから、黙って見逃したるわ。人の女口説いてたことはな。なぁ、黙ってどっか行ってくれへんか?」

 顔は笑っていても、目が笑っていない。背中に庇われた和葉が、抗議の言葉を口にしかけて、止めた。青年はしばらく顔色を白黒させていたが、やがて諦めたように一つ頷くと、何処ともなくそそくさと立ち去ってしまった。一つ息をついて、平次が振り向く。和葉は俯いて肩を震わせていた。平次が心配げに声をかける。

「いけるか?和葉。」

「……って何やの。」

「ああ?」

 ドスの利いた声で何事か問いただされ、平次が聞き返す。和葉がきっと顔を上げた。

「『人の女』って何やの!!勝手にあんたの女になんかせんといてくれる?大迷惑や!!大体あんたついさっきまであたしになんか興味もクソもあれへんって言うてたやないの!蘭ちゃんや工藤君達に何言われたかはしらんけど、アンタみたいに意見ころころ変えられたら一緒におってこっちが迷惑するわ!!嫌いやもう!!大っ嫌いやあんたなんか!」

「おいおい、和葉…」

「何やのホンマ!訳わかれへんわ。平次と一緒におるとほんっま苦労してばっかりやん!もうイヤや、あたしこそ他に彼氏作りたいわ!別にあんたやのうたって世界は広いんやからええ男はあっちにもこっちにもようけおるは……」

 引き寄せられて、和葉が息を詰まらせた。

「駄目や。」

「…何が。」

「駄目や!!オレが他に彼女作るんはようてもお前が他に彼氏つくるんは絶対駄目や!!」

 和葉がカッとなって平次を突き放す。

「何やねんそのクソ勝手な理屈ー!!」

「やかましい!女がクソクソ連発すなや!!下っ品やなぁ〜!」

「お互い様や!アンタとずーっと一緒におったさかい汚染されてんのや!!この病原菌!!」

「人のことようまぁそこまで糞味噌に貶せるなぁ!!お前みたいな女、彼女にしようっちゅー奇特な男に同情するわっちゅうかだせんわ他の男の前になんか恥ずかしゅうて!!」

「なんやて?!あたしこそアンタみたいな不良品幼馴染みとしてこの世の中の女の子毒牙にかけさすわけにいかへんわ!」

「せやな。」

 急に。それまでの言い合いの雰囲気とはうって変わって柔らかくなる平次の瞳に、和葉が一瞬気を取られた。

「…何よ。」

 激しくなる鼓動を悟られないために、わざとぶっきらぽうな物言いをする。平次が両手をブルゾンのポケットに突っ込みながら下を向いた。

「…やから。」

「何。言いたい事があるならはよ言いな。」

 和葉の言葉には応えず、くるり、とそのまま身を翻して歩き出す平次。やがて、肩越しに低い声が耳に届く。

「…オレには、そもそもお前しか残ってへん、ちゅーこっちゃ。」

 一拍置いて、和葉の頬が赤く染まった。小走りに走って追いつき、平次の腕を取る。

「うわ、なな、なんやねん!」

「平次、顔赤いよ。」

「お前に言われたないわ!そっちこそ真っ赤やないか!!」

「うん。」

「…ったく…はよ帰って工藤達と晩飯や!!ええな!」

「うん。」

「何、笑うてんねん。不気味なやつ…」

「うん。へへ、なぁ平次。」

「うん?」

「もしかして、あたしのことずっと好きやったん?」

「…思い上がんな、ど阿呆!!」

「あたしは、ずーっと好きやってんけどな。」

「…ばればれや。」

「気づいてへんかったくせによういうわ。」

「…ポーカーフェイスや。」

「それ使い方まちごうてるって。」

「あ、さよか。」

 二人は夕暮れの公園を、腕を組みながらいつものように口げんかをしつつ歩いていった。

*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+

ten

 …そして、話は冒頭に戻る。

 何とか告白らしきモノをして和葉を連れ帰ったはいいが、その後平次は結局一度も和葉の顔をまともに見られない。

「ああ。オレの根性なし…」

 東京駅に着くまでは見送りの新一達が居たから何とかなった。(それにしても夕べの男部屋の名探偵工藤新一&怪盗キッドの最強タッグによるダブル尋問アタックにはすさまじいモノがあったが。防戦一方の平次は結局明け方まで一睡もできなかった。)しかし、改札をくぐってしまえば後は和葉と二人きり。平次には、どうして良いものやら見当も付かない。今まで通りにボケツッコミをやればいいのか、それとも新一や快斗のように彼女にメロメロ甘甘な言動をかますべきなのか。しかし後者は自分にはとてもじゃないが無理難題と言うモノである。それで、結局新聞を買うだのジュースを買うだのとなるべく和葉の周りに近づかないようにしてうろうろうろうろ。流石の服部平次もこと色恋に関しては形無しであった。

「こんなことしたって、結局は新幹線乗ったら隣同士やのに…オレのアホ…」

 おりしも二人の座席は全席指定「のぞみ」号の隣同士。大阪まで三時間強、嬉し恥ずかし二人きり(…って他人もおるっちゅーねん!!)

 一人ボケツッコミさえかましながら、平次は冬眠あけの熊よろしくそう広くもないプラットホームを右往左往している。勿論、和葉が笑いを堪えるような表情でそれを見守っていることになど、気づきもしていない。

「なぁ、平次。」

 突然声をかけられ、平次は文字通り飛び上がった。

「う、うわああああ!!何や、なんやねん!!!急に声かけんなや!びっくりするやろ!」

「うん、ごめん、平次…もしかして、昨日は気を利かせてくれただけで、ホンマはあたしのこと、イヤやってんかな、って。」

 俯いて、小さな声で告げる和葉。本当は笑いをかみ殺しているだけなのだが、平次はモノの見事に引っかかった。

「ち、ちゃうねんちゃうねん!!その、あの、なんでそんなこと言い出すんやねん!」

「せやって、平次あたしのことなんてさっきからちっともかもてくれへんし、昨日からなんや避けられてるみたいやし…」

「あ、あ〜、それは……」

「…やっぱり昨日のこと、無かったことにしよか?」

 小刻みに震える和葉の肩(くどいようだが単に笑いを堪えているだけ)に、平次は後頭部を殴られたようなショックを受けた。

「何、言い出すねん和葉!ちゃうわ!避けてなんかあれへん!あの、どないしてええかわからんかっただけやて!」

 がくがく、と肩を掴んで揺さぶる。

「頼むから、無かったことにしょうなんて言わんといてくれや、なぁ!!」

「…平次、イタイ。」

「あ。すまん。」

 小声で告げられ、平次が慌てて手を離す。かりかりと頭をかく照れくさそうな姿に、和葉が堪えきれず笑い出した。

「〜〜〜!!ああもう、我慢でけへん!おかし〜!!あの、平次が、平次が〜!」

「!!なんやお前、泣いとったんとちゃうんかい!」

「あたしが?なんで?」

 その辺で平次も騙されていたことに気づく。

「和葉!お前なぁ!!!」

「『頼むから、無かったことにしょうなんて言わんといてくれや』やって、平次のくせによういわんわ!」

「…やかましい!!!いてまうぞコラァ!!」

「いやぁ、平次に襲われる〜!」

「誰がお前みたいな性悪女襲うかぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 顔を真っ赤にしながらつかみかかる平次と、涙を流して笑い転げながら逃げまどう和葉の二人は、どこからどう見てもじゃれ合う仲良しカップルにしか見えなかった。このままこの二人の舌戦は新幹線まで持ち越され大阪までノンストップで続くどころかこの先一生続くのだが。

 結局の所、西の名探偵とその彼女が幼馴染みから少しでも成長できたかどうかは、今ひとつ曖昧なままである。

-----これから先の、二人の成長に期待。

*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+

>>END

>>BACK

*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+

やから、平和創作はどうやら苦手みたいなんやって!(笑)関西弁、一応日頃使っている言葉遣いの筈なんですがなんせ大阪じゃ無いので突っ込まないでください。(笑)結局のところこの二人を書いていると夫婦漫才一直線になんのよ…もうええわ。(笑)平次、一番彼女しか見えてない度は低い分、恋愛感情のバランスが取れていてイイデスネ。おっとこまえやし。でも和葉ちゃんの方が余程男前…(笑)おかしいなぁ。なんでこないなるんやろ。次回、これがためにこんなめんどくさいことを始めた快青。快斗、この話でもええとこぶち壊れていますが、まぁその辺は勘弁してください(T_T)