The Eclectic
-アイマイスギルボクラ-

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 ぱしん!とミットが大きく乾いた音を立てる。

「―――ットライク!」

 よし、とマスクの下で阿部は笑う。頬が、口元が緩んでくるのを隠しながらマウンドに返球する。

 三橋が視線をこちらに戻すのを見て、サインを送る。三橋と組むようになってから、殆ど迷いはない。

 こくり、と三橋が頷く。―――首も、振らない。

 ぱしん!と次の球もミットに収まる。
 ここの所立て続けの練習試合、今日は午後からの三橋の登板。珍しく快調にストライクの山が出来ている。
 相手は三橋の投げるリズムに巧く併せられず、結構な空振りをかましてくれる。
 キモチイイだろ、と阿部は心の中で三橋に向かって呟いた。キモチイイだろ、ピッチャーにとっちゃ、空振ってくれる方がキモチイイもんな。
 どうしても普段は打たせて捕ることも多いから、こういう組み立てになるのは珍しい。だからといって、気は抜かないが。

―――え?

 阿部は、ついつい目を疑ってしまった。三橋の顔が、バッテリーを組む阿部でも滅多に見られないような満面の笑みになっている。マウンドでは笑顔がイイね、と以前三橋に言ったことはあったが、それにしたって。
 相手がむかつくとか不審を通り越して、不気味に思うだろそれじゃ、と考えながらも、つられてミットの下で阿部まで口元が緩む。

(つぎは、まっすぐ、な)

 サインを送ってミットを構えると、三橋はこくりと一つ頷いて、おおきく振りかぶってまっすぐ、球を投げた。
 軽やかな笑い声さえ聞こえるような軽快さで相手のバットを空振りさせ、阿部のミットに三橋の球が届く。

「ットライク、バッターアウト!」

 よし、交代、と阿部が腰を上げて、ついでに三橋の方を見て、吹き出した。
 三橋は、ものすごくつまらなそうな顔をしている。頬がぷっと膨らんでいないのが不思議なくらい。

(分かってるって、もっと投げたいんだろう?交代するの、イヤなんだろう?)

 ほんとしょうがねェな、うちの投手は。野球は投げるだけじゃないのに。バッターボックスに立ったらバッターやれよ、って言ってんのに、さ。





 ほてほてと歩いてマウンドを降りてくる投手の背中を軽く叩いて活を入れる。

「ホラ、三橋」
「ふえ?」
「カオ、緩みすぎ」
「う、うぉ」
「投げんの楽しいのは球受けりゃ分かってるから、焦るな、な?」

 言いながら顔を覗き込んで笑ってやると、三橋はおどおどと視線を逸らした後、かくりと少し項垂れて、呟いた。

「オレ、もっ と、投げ、たい」
「投げさせてやるから。野球はちゃんとヤレ。な?」
「うん」

 今回でもう一点追加点欲しいところだよな、と阿部は呟き、三橋の全身を見下ろす。

「汗かきすぎてないか?」
「う、ぉ」
「着替え持ってきてっか?ベンチ戻ったらとりあえず水分補給して、ちょっと落ち着け」
「う、で、で  も」
「…ああ、お前がじっとしていられないのは見りゃわかるから。せめて、座れ。な?」
「う」

 言いかけた台詞を全て持って行くような会話はいつものことだ。三橋がこくんと頷いた。
 こいつ、返事はやたら素直なんだけど、どこまで本気で承伏してんのかわかんないんだよな、と注意深く見守りつつ打順の回りそうな阿部は防具を外す。
 手伝おうか、という労力を倍増しそうな申し出は慇懃に断り、お前はアクエリでも飲んでこい、とベンチの奥へ追いやった。

「…ったく」

 自分より打順が後の田島や花井とじゃれている(いや、寧ろ遊ばれている?)のを見ていると、口元が緩む。
 いかんいかん、試合中なのに気を引き締めて、とぱちんと頬を叩いたら、モモカンが意味深にこちらを見てにやにや笑っているのと目が合ってしまった。どうもこの人は何を考えているかよく分からなくて、底知れない。
 というか、阿部程度では読み切れない思考回路をしている。まぁ、カントク向きなんだとは思う。作戦とかサインとか、あっさり読まれても困るから。

「阿部君、楽しいよ、ねぇ?」

 ほら来た。楽しそうねぇ、じゃなくて楽しいよね、だ。限定かよと内心舌打ちしつつ、否定できないので頷く。

「野球やってますから」
「キャッチャー、楽しい?」

 ホラ来た。その誘導尋問になんかひっかかるものか、と阿部は胸を張って答える。

「サイコウ、ですよ」
「いいお返事でした。頑張ってきてね」
「ハイ!」

 折良く打順が回ってきたので、阿部は身支度を手早く整えてベンチを出る。出がけに三橋が寄ってきたので、ぽんと肩を叩いた。

「オーエン、してくれよな」
「うん!」

 三橋がそれはそれは嬉しそうに微笑む。さっきのマウンドの上でと遜色ないくらい。
 阿部は、三橋と野球とのその蜜月にほんの少し嫉妬しながら、バッターボックスへと向かう。なにがなんでも塁に出て、三橋の辿々しい「ナイスバッチー!」の掛け声を聞くために。

(オレの投手はオレの、なのに。なんか、野球の神様にばっかり独占されてて、悔しいじゃん?)

 気合い充分の金属バットは、澄んだ快音を響かせて白球を相手の手の届かない外野に届けた。

 三橋の少しまだ照れが混じる声は、ばっちり耳に届いた。





「さ、しまってこー!」

 再び防具を身につけて、阿部はかけ声を掛ける。追加点も手にしたので声も軽快だ。ナインはそれぞれ返事と共にポジションに散っていく。三橋も、とてとてと走ってマウンドに登っていった。
 とん、と上で足踏みして、自分のポジションを探しながら、またどんどん顔が崩れていく。見てられねェな、もう、と阿部は彼の名前を呼ぶ。

「三橋!」

 ミットを構えると、投球練習、と気付いた三橋がボールを握って構える。この試合、三橋は未だ一点も取られていない。
 だから阿部は、五回が終わった時点で三橋をどう上調子に乗せるかを真剣に考えていた。ひょっとしたら、三橋に。初完封をプレゼントできるかもしれない。
 慎重に、焦っても欲張ってもだめ。じっくりと一球ずつ三橋の球を受け、いけるんじゃないかと思う。いや、このまま行かせてみせる。

「みはし!」
「う」

 バッターがボックスに立って、ぱしぃんとグラブにボールを受けた瞬間から、三橋の目の色はすっと変わる。
 チームメイトでただ一人、背中ではなくてその三橋の表情の変化を見ていられる阿部は、その変化にいつも溜まらなくぞくっとするのだ。

(流石に、眸が、違う)

 きりきりと引き絞る弓のように三橋が集中していくのが分かる。ミットの真ん中に、痛いような突き刺さる視線を感じながらサインを送る。

 三橋が、頷く。迷わずにざっと足が上がる。―――白球が、矢のように放たれる。

 ああ、好きだな、と思う。投げているときの三橋のことは。

 いいや、投げているときの投手は、誰であっても、例え榛名でも、本能的に嫌いになれない人種なのかもしれないが。捕手というポジションにいるやつは。




「オイ」

 マウンド上に走り寄って、口元を手で隠すようにリアクションをすると、三橋は慌てながら素直に従った。

「次、悪いけど打たせて捕るから、そのつもりでな」
「う、 え」

 途端、へにょっと下がった三橋の眉毛に、阿部がいやまて、ゴカイすんなよと慌てる。

「ああ、分かってっから、お前のチョーシがいいのは。ちょっとデータ欲しいんだ、ダメか?」
「そ、んな、オ レに、わざわざ、聞かなく て、もっ」

 オレは阿部君のサインには首を振らないよ、とちょっと拗ねたような上目遣いで言われ、阿部は思わず苦笑した。
 どこが気にしてないんだか。首振らないだけで、ミット越しに三橋の御機嫌なんて分かるんだってば。

「オレの仕事はお前を気持ちよく投げさせることって言ったろ?」

 その代わり次からは出来る限り三振狙わせてやるから勘弁な、と言われ、三橋はまあるく目を見開いた。

「あ、べくん、なんでオレの考えてること、ぜんぶわか る、の?」
「そりゃ」

 阿部は特に気負いもなくさらりと三橋に笑顔を向けながら答える。

「名捕手は、サインだけじゃなく心も盗むもんだからな」

 けれども、途中で自分の言っている台詞の恥ずかしさに気付いた。
 途端、言いながら、自分でも段々顔に血が昇ってくるのを感じる。勿論、言われた三橋の顔はとうに真っ赤っかだ。

「あ、っ、あ、あべ、く ん」
「…行くぞ、ホラ!」

 くるりと背中を向けると、サードの方からマウンドでいちゃつくなバッテリー!と声がかかる。お前が煽るなよ田島、と阿部は焦った。
 ああくそう、練習試合だってのに、相手の選手呆れて見てるってば。高々十数メートルの距離がえらく長く感じて、阿部は早々にマスクで顔を隠し、しゃがみ込む。

(さて、もう声なんてかけなくても、分かってるよ、な)

 マウンドの上で、三橋がしっかりと頷いた。



 そしてこの日、三橋は初めての完封勝利を手にしたのだった。







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+++END.

 

 

阿部は三橋のことだけ考えていればいいのです。
他のことなんか考えなくていいのですよ!(笑)

 

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