I believe there's never too late
-ショウネンハァト-

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 そう、未だ決して遅くはない筈なんだ。



「……三橋、行くぞ」

 こっちの道は今日は通行止めらしい。この上なく低気圧な口調で言うなり、阿部はくるりと向きを変えて歩き出した。
 今日は厄日だ。花井は思いっきり桐青を引き当ててくるし。

「え、えぇ?!」

 三橋は、阿部と、目の前に現れた人影との間でキョロキョロオドオドする羽目になってしまう。

「あ、あべ、くん」

 だって、この人待っててくれたみたい、と三橋が口にする前に、立ち塞がった壁の方が反応する。

「待てよタカヤ!シカトかよテメェ!」
「なんですか知らない人」
「知らない人ってなんだ!相変わらずクッソナマイキなやつ…!」

 阿部の絶対零度の視線にもめげず、榛名がずずいと阿部に向かって詰め寄った。

「なぁ、タカヤ」
「ヤです」
「まだオレはなんにも言ってないだろ?!」
「アンタの言うことがいっぺんでもロクな事だった試しがあったか?!」

 或る意味見事に息の合った元バッテリーの舌戦のキャッチボールを、三橋が目を回しながら必死で追っている。
 阿部と榛名の顔を交互に見るのに首を振り続ける三橋には阿部が先に気付き、ぽん、と三橋の肩を叩く。

「三橋、お前こんなヤツの側に寄るな。ノーコンがうつる」
「お。おぉ?!」
「うつるか!」

 ぐい、と自分の方にあたふたする三橋を引き寄せて背中に庇う阿部と、危険な病原菌扱いされた榛名の視線がバチバチと火花を散らす。
 三橋はもうすっかりどうして良いか分からなくなったらしく、阿部の後ろでやめようよ、阿部君、とシャツを引っ張っている。

「それで、こんな遠方までわざわざなんの御用でしょうか武蔵野第一のハルナモトキサン」

 おどおどする三橋をさっさと解放してやろうと思ったのか、阿部がわざとらしくバカ丁寧に榛名に用件を尋ねる。

「お前、オレの名字覚えてたの」
「アンタはボールコントロールを覚えられなかったけどな」
「なっ、オレの名前は変化球と同レベルかよ!」
「スイマセンね、オレアンタほど成績悪くなかったんで残念ながら受験で高校入れちゃって」
「…お前、マジで性格悪くなったな」
「いいえそんな必要に応じて」

 早く言いたいことを言って帰れといわんばかりの阿部の態度に顔を顰めつつ、榛名がこほんと咳払いをして徐に用件を切り出した。

「ん、今日は、お前をオレの休日中の専属捕手に指名してやろうと……」

 言いかけた瞬間、阿部が三橋の肩を押してくるりと踵を返して歩き出す。

「さ、三橋、待たせたな。可哀相な人の妄想には付き合わずに帰るぞ」
「…って、話の途中で帰るんじゃねーよテメェら失礼だな!待てよ、タカヤ!」
「どちらのタカヤさんをお探しで?」
「転校しろとか言わないだけものすげー譲歩じゃねェか!感謝してもいいと思うぞ!」
「つーか、誰がいつ譲歩しろとか頼んだよ!」

 何時何分何秒地球が何回回るとき!と殆ど子供のような言いがかりを付ける阿部と全く人の話を聞いていない榛名の、その話の内容に三橋はびくっと竦み上がり、何か言おうとしたのだが、当然のように口達者な人間相手に三橋が口を挟めるわけもなく、阿部の後ろでぱくぱくと金魚のように口を開閉させる。

―――あ、阿部くんが、と、とられちゃう!

 阿部を止めるためにシャツを引っ張っていた指先に、じんわり力が入る。
 今は反発してカッとなって言い返しているが、冷静になると今の榛名の誘いに阿部がぐらつかないわけがない、と蚊帳の外で居て結構冷静に話を聞いていた三橋は焦り、せめて誰か来ないか、花井や田島は、と周囲をきょろきょろ見回した。

 その、定まっていなかった視点が一人の人影を見つけ、三橋はその人物を呼び込もうとして、彼の名前も知らないことに気付く。

 う、うぁ、こまった、どうしよう、あの人をよばない、と、阿部君がとられ、ちゃう。

 大きな目を涙目にしかけて精一杯開いて視線を送り続けたのが良かったのか、その人影はこちらに気付いて走ってきてくれた。

「はーるーなー!居たーっ!お前、フラフラーっとどっか行くから探してたら…!他校生とトラブルは厳禁だろー?!」

 眼鏡を掛けた少年の登場に、榛名が「げっ」という顔になる。
 三橋も先頃、榛名と出会ったトイレで一緒に顔を合わせた、前に見た試合でブルペンで榛名の相手をしていたキャッチャーだ。

「あ、秋丸」

 走ってくるなり、秋丸は慣れた調子で阿部と三橋に頭を下げる。

「どこのどなたか知りませんけどごめんなさい!こいつこういう物言いで、悪気はきっと多分ちょっとしかないんです!」

 榛名の言い分を聞かず一方的に謝る秋丸に、榛名が抗議の声を挙げる。

「おい!お前フォローしろよ!」
「はいはいはい分かったから行くぞ!」
「ちょ、オレはまだタカヤと話が終わってな」
「キャプテンが!集合って言ってるんだよ!」
「なんだよ…!くそ、タカヤ、また来るから」
「こなくていーよ」

 加具山先輩とか必死で探してるのにお前はもうー!と榛名の背中をつつき、帰るぞ!と腕を掴んで歩き出す。
 榛名は思いきり嫌そうな顔をしながらも、言われるがまま一緒に歩き出した。その秋丸を、今度は阿部が引き留める。

「あの」
「はい?」

 眼鏡の少年が振り返ると、阿部は淡々と話を切り出す。

「その人、ちゃんと繋いで見張っておかないと、公式戦でもカンケーなくイキナリ居なくなるんで」
「なっ、お前なに人のこと」
「……宜しく頼みます」

 榛名の言葉には耳を貸さず、ぺこりと頭を下げると、秋丸という眼鏡の少年は分かりましたとちいさく笑って頷き返した。

「そっか、君が榛名ご自慢の『タカヤ』君か」
「秋丸!」
「榛名が、お世話になったそうで。ありがとう。感謝しているよ」

 じゃあね、と言いながら榛名を引きずって歩き始める秋丸の隣で、榛名が阿部に向かって更に食い下がった。

「遅くないぞ!諦めないからな!タカヤ、お前絶対オレを選ばなかったこと後悔させてやるからな!」

 阿部は榛名には視線もくれずににこやかに秋丸にだけ手を振り、唇だけで呟いた。

「するか、バカ」

 塩でも盛大に撒き散らしたそうな顔をして、阿部はやっと三橋を振り返る。
 三橋は、ぼんやりと榛名達が消えた方を見送っていたので、その癖毛に手を伸ばしてぐしゃっと混ぜ返した。

「帰るぞ」
「う、うぇ?」
「なにぼやっとしてんだよ。置いてかねェから、ちゃんと着いて来いよ」
「う、うん!」

 声をかけてゆっくり歩き出すと、三橋もぽよぽよと着いてくる。
 阿部の背中を見て口を開いたり閉じたりを何回か繰り返していたが、暫くして、ねぇ、阿部君、とおずおずと三橋は小声で切り出した。

「あ、あの」
「なに?」
「よ、よかった、の」
「なにが?」
「は、はは、榛名、サン」
「アァ」

 心配そうな顔はしているけど、ひとつ間違うとオレが怒りそうなことを聞けるようになっただけ進歩したな、と阿部は苦笑した。
 どこが気に入ったのかは知らないが、三橋は結構榛名のことを尊敬しているらしい。タイプが全く違うのに、投手ってホントに変な人種だよな、と阿部などは思う。

「気にすンなよ。デカイ子供がオモチャがなくなってダダこねてるだけなんだから」
「う、うぇ?」
「それに、オレはもう用済みだって言われただろ」
「え、ふぇえ?!」

 三橋があんまり驚いた声を挙げるので、つい阿部も足を止めてしまう。

「お前、気付いてなかったのか。あのキャッチャーに牽制されただろうが」
「き、きづかな、かっ、だ、だって、か、カンシャ」
「感謝してる、ってことはもうオレの出番は終わってるってことなの。……仕方ねェなぁ、お前は」

 苦笑して、再び先に立って歩き出す阿部の背中が少し寂しそうだ、と三橋は思った。

 なにかいわなくちゃ、と思って、それでも上手い言葉が見つからなくて困る。

 榛名のような太い芯柱を引き抜かれた後の阿部の中のぽかりと空いた空洞は、三橋などではなかなか埋められるものではないのだろう。

 三橋は暫く躊躇ったが、やがて決意したようにきゅっと唇を引き結んで顔を上げる。

「あ。あべ、阿部、くん」
「なに?」

 振り返った阿部の顔の、目はやっぱり直視出来なかったけれど、その下くらい、阿部の顎の辺りを必死で見ながら(それも段々阿部の喉、胸元、シャツの第二ボタン、ベルトのバックル、スニーカー、と下がっていったが)三橋はつっかえつっかえ、はっきりと決意を露わにする。

 阿部の抱えた空洞がどんな大きいものであれ、そこを埋めたいなどというのは、おこがましい話だろう。もし三橋になにかできるとしたら、阿部のミットに向けてボールを投げるくらいで。

 そう、自分は、ただ、無心に―――投げる、だけだ。

「阿部君には、お、オレが、投げるから」

 みはし、と言いかけた阿部がくしゃっと表情を緩めて、ぽん、と三橋の肩を叩く。

「わーってるよ。お前の球はオレが全部受けてやるよ」
「お、おぉ!」

 三橋がきらきら瞳を光らせながら嬉しそうにぶんぶん頷く。なんだかよくわからないけど、阿部君が笑ってくれてよかった、と思い切り顔に書いてあるのに阿部は吹き出しそうになるのを必死で堪えていた。

「さ、ホントに行かないと、みんな待ってんぞ」
「お、おう!」

 コレはコレで結構幸せな、阿部隆也少年十五歳であった。





 ちなみにその頃、そうだ西浦と合同練習とか申し込めばいいんだよオレって頭いい!と悦にいる榛名に、まぁその位の犠牲は仕方がないか、ていうか合同練習でも相手方のキャッチと組めるわけがないのにホントバカだなーとは思いつつ好きにすればと秋丸が相槌を打っていたのを、西浦バッテリーはまだ知らない。







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+++END.

 

 

夏大の抽選会のその後捏造。榛名さんは阿部君に未練たらたらだとイイと思います。
キャッチの方がその辺は冷静なの。
三橋君は榛名さんのコトは本能的に気に入っているみたいですが、
阿部君相手にはこのへんはどーんと構えていて欲しいです。
うちの女房は浮気はしません!みたいな。(やかましい)
見ていると意外に三橋は冷静ですよね、というか、榛名相手には敵わないと諦めているのか。
阿部君は逆にヤキモチ妬かれないでホッとしたような物足りないような気分になって欲しいです。
・・・振り回すなよ三橋。←そこか。

 

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