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十二月十一日。
その日、阿部は何よりもむしろ期末試験の勉強で頭が一杯になっていた。部活は当然とうに休みで、今日明日を乗り越えればなんとか冬休みがやってくるのだ。いや、阿部の試験の出来には関係なく、冬休みは誰の上にも平等にやってくるのだが(というか、田島の頭の中なんか既にそっちに半分飛んでいるような気もして仕方がなかったが)、折角の休み、通知票に赤があるのとないのとでは気分が相当に違うものだ。
勿論というかなんというか、部活は試験休みに入っていたが、野球部の面子は相変わらず集まって勉強会を行っていた。家では絶対に集中力が途切れているだろう田島と三橋(というか、この二人と集中力という単語は、間に野球という触媒がないと結びつかない類の代物であるようだ)に赤点を取らせない(イーコール、冬休みを補講で潰させない)為にも、是非とも集まって勉強をする機会は必要であった。
初めて勉強会をしたのは忘れもしない三橋の誕生日だったが、あれから季節がぐるりと回った阿部の誕生日(そう、今日は阿部の誕生日だったのだ!本人すら、朝出かける時に親からプレゼント代わりの小遣いを渡されるまで気付いていなかったが)の勉強会の会場も、奇しくも同じく三橋の自宅だった。
日曜日だったので、私服で適当に集まってきた面々は、まず三橋の母からホットケーキと紅茶のお十時のおやつ(お前のウチって日曜日にはこんなの出んの?!と目をきらきらして田島が聞いていたが、三橋はち、がう、とくべつ、と首を振っていた)の接待を受け、それぞれの得意不得意に合わせて顔をつきあわせて(今日は時間に余裕があるというので、阿部は田島と三橋にじっくり数学を教えるという大事業に取り組んでいた)勉強をしていると、結構すぐに昼が来て、三橋の母が再び出前を取ったらしいカツ丼と天丼(花井はもの凄く恐縮していたが、ひとつ余った余分は三橋とのジャンケン争奪戦の上田島が獲得した)を運んできて、晩ご飯食べられる子は食べていってね、すき焼きにするから、と機嫌良く言い置いた時に、阿部はすいません、俺は、と辞退した。
「あら、阿部君残れないの?残念」
「スイマセン、今日家で両親と食う約束してるんで」
誕生日などとうっかり漏らすとまた浮き足立ちそうな面々を前に、自分の分を用意してもらったりしたら悪いかなと思ったとはいえ、阿部は内心冷や汗をかいた。頼む、誰もこれ以上追求してくれるな、と。言ったこと自体は嘘ではなく、阿部や弟よりむしろ自分の為にホールケーキを嬉々として買ってくる母親に、夕食には帰ってきてね、と念を押されていたのだった。
阿部の祈りは天に通じず(誕生日なのに!)さらりと水谷が追求してくる。
「え、どうしたの、なんかあんの?」
「いや、なんかがある訳じゃ」
「阿部んちって、日曜は家族で夕食、とかいう決まりでもあるわけ?」
興味津々の水谷は、栄口とやっている古文に飽きてきているらしい。天丼のエビの尻尾を蓋の裏に先に外して置きながら(変なところ神経質だなと阿部はその様子を見ていた)更に聞いてくる。
「子供じゃあるまいし、ネェよ」
「じゃ、いいじゃん。阿部いねェと三橋がつまんないよ。なぁ?」
突然話を振られ、阿部の隣でひたすらカツ丼攻略にかかっていた三橋は、う、うぇ?!と奇怪な叫び声を発して顔を上げ、困ったように阿部の顔を見た。
「聞いてなかったんなら、イイ。…ベントウついてんぞ」
「う、うぉ」
頬にくっついた米粒をばたばたしながら取ろうとして、余計に数を増やした三橋に溜息をつき、阿部は指を伸ばして米粒を取ってやって、ついでにティッシュで顔も拭いてやった。
「あ、ありが、と」
「イーエ」
言いながら取った米粒を口に運ぶと、何故か周囲がガタッと音を立てて一斉に引いた気がするが意に介せず、阿部は自分の分のカツ丼の蓋を開けて、真ん中のを一切れ、三橋の丼に放り込んでやった。三橋は例えようもなく嬉しそうな顔で、阿部くん、いい、ひとだ!ありがとう、ありがとう!と何度も繰り返したので、気にするなと少し笑って、向こうの方で田島が三橋だけ贔屓だ!と言いながら花井の丼に箸を伸ばそうとして、お前は二つ食ってるだろうが!とどやしつけられるのを綺麗に意識の外に飛ばした。
誕生日おめでとう、と言われるよりも、贈り物よりも。三橋にただ、「ありがとう」と言われる方が、阿部にとってはずっと嬉しいプレゼントであるのだと、改めて気付いた冬の一日のことだった。
ちなみに後日、誕生日が発覚した後で皆に散々水くさいと責められる羽目に陥ろうとは(三橋なんか自分は阿部に祝ってもらったのに、阿部くんのお祝い、できなかった!と殆ど涙目だった!)、神ならぬ阿部には未だ計り知れぬ出来事でもあったのだった。
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+++END.
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