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だから、オレに見合う男になってみせろよ。
「阿部君、いっしょにかえろっ!」
パタパタとしか形容しようのない足音を立てて、三橋が嬉しそうに阿部の所まで走ってきた。
「いいけど、オレ部誌書かなきゃだから、ちょっと待って貰ってていいか?」
「うん、いい、よ!」
三橋はとてもいい返事をして、嬉しそうに椅子を引き、阿部の隣りに腰を下ろす。
「へへ」
「どうした?」
その顔が、ふにゃんという形容詞を伴って緩むのに、阿部が不審の声を上げる。大体において三橋の思考回路はよく分からない。
いや、単純と言えば単純なのだが、いっそ潔いまでに直球に来過ぎて、癖のある人間(いや、三橋にもかなり癖はあるのだが)ばかり相手にしてきた阿部はいっそ戸惑ってしまうのだ。
大体において、花井や自分のような相手に併せるタイプは人付き合いにおいては損な方だ、と阿部は思っている。花井は長男(聞くと頃によると下は妹二人だそうだ)だし、阿部も長男(とはいえ男兄弟だが)だ。男女取り混ぜた沢山の兄弟に囲まれて、更に最強末っ子キャラの田島や典型的甘やかされた一人っ子の三橋のようなキャラにはとにかく弱い。とことん弱い。同じ弟キャラでも水谷や栄口は姉持ちの弟らしくどこかおっとりしているが、三橋や田島に至っては自分が愛されるのは当然と思っているというか、誰かに愛情を奪われた経験がないのがありありと分かるというか。
この間花井に、お前、親から二言目には『お兄ちゃんだからしっかりしなきゃ』って言われた口だろ、と聞いたらお前もだろうと言い返された。同病相憐れむというか、三つ子の魂百まで、持って生まれた根っこはもう動かしようがない。
田島は花井一人じゃ追いきれないから泉も足して田島番、阿部は三橋番、と部活内での役割分担も既に決まっている。つか、三橋番てなんだよ、オレは番記者か?という疑問は抱かないことにする。
たまに、田島や三橋くらい周囲を気にせずにいられたらいいだろうなとは思うが、思うだけである。
そんな風に思っている阿部自身、長男気質らしいせっかちさや独裁者ぶりが結構発露されて、周囲はやれやれこれだから男兄弟の一番上はよ!と思うのだけれど、本人は気付いていないのだからおあいこのようなものだ。
とにかく、三橋の思考は阿部には読み辛いものであるので、思い切って探りを入れる。
「どうした?なんか、嬉しいことでもあったのか?」
「ふぇ?」
どうも、三橋ワールドに旅立っていたらしい三橋が阿部の言葉にびっくりして振り向いた。阿部の質問は一瞬遅れて理解したらしく、えとえと、とあたふたしながら考え始める。感情を言葉にしてまとめるのに、ワンクッションかかるらしい。
初め頃は苛々したが、この頃は阿部も随分三橋口調に慣れてきて、待つことができるようになった。キャッチャー・阿部の恐るべき順応性の高さである。
「あ、あのね」
「うん」
三橋コンピューターがようやく演算を終えたらしく、ぴよぴよと口元が動き出すのに、阿部が短い相槌で先を促す。
「お、オレ、友達に、かえろって、言って」
「うん」
「待ってて、とか、言われること、なかったから」
そこで、阿部は首を傾げる。口を挟もうと思ったが、もう少し三橋の好きに喋らせてみることにした。
「だって、阿部君は、先にかえれ、でも、悪いから、でもなくて、待ってろ、って」
言って、また嬉しそうにそこでふにゃっと笑い、締めくくる。
「阿部君も、オレと一緒にかえりたい、って思ってくれたんだなって、嬉しいなって」
がたり、と阿部は座っていた椅子から崩れ落ちそうになった。つまり、三橋語を総合すると、部誌を書いていた阿部が一緒に帰るつもりで待っていろ、と言ったのが嬉しいあまり、待つことまで楽しくて仕方がないらしい。
ああもう、恥ずかしいやつ!と阿部は心底頭を掻きむしりたくなった。これが部活中なら野球絡みもあったりして、元々体育会系スポコン気質の阿部の方もテンションが上がっているから三橋のストレートな愛情表現(と、いうとちょっと違うかもしれないが)にもなんとか耐えきれるのだが(それでもたまに失速するが)、こんな素面に近い状態でまっすぐを投げてくるのは止めて欲しい。
照れ臭くて、顔が真っ赤になっている。俯いて言葉を発しない阿部に、しかし三橋は不安を掻き立てられたようだった。
「ああ、で、でも、オレは待ててうれしい、けど、阿部君はもしかしてオレが待ってたら邪魔だとか急かされるとか」
「おーちーつーけ、三橋。居残りに付き合わせんじゃないんだから、悪いなんて思ってねぇって」
ぐるぐるとマイナス思考が回り始めた三橋が泣き出す前に焦って顔を上げて宥め、すぐ書き上げるから、すぐな!と言い渡して部誌に向き合う。今日の練習のまとめなんて記憶にも浮かんでこないが、適当に書いて仕上げてしまおう。
「さて、っと。終わったぜ、三橋。帰るぞ!」
言いながら荷物を持って立ち上がると、三橋もお、おう!と勢いよく立ち上がった。
「阿部君、帰りにコンビニよって、いこう?」
「お前な、さっきオニギリこっそり三つ食べてなかったか?マネジが数間違えて一個多く作ってたからって」
「う、うぁ」
「そーゆーときは素早いんだよな、お前」
「あ、阿部君、見て、たんだ」
「ったりめーだろ、オレはお前の捕手だからな」
「ほ、捕手ってすごいんだね!」
「まぁな」
本当は初めに数計算してオレも狙ってたんだよそのオニギリ、とは言わず、尊敬したような眼差しの三橋に苦笑してみせる。
「だからお前、オレに隠し事はナシだからな、オレはなんでもお見通しなんだから」
「う、ううー……」
―――おい、あるのか、なんか。
困り顔の三橋にツッコミを入れたい気分に駆られながら、阿部はほら、行くぞ!と三橋を急かす。
「コンビニで何買うんだ?」
「オニギリ!シーチキンマヨネーズと、コンブ!」
「…まだオニギリ食うのかよ」
オニギリの中身の話など取り留めもない会話をしながら、少しずつ、三橋への理解を深めていく自分を阿部は素直に嬉しいと思った。三橋は、与えただけのものを、ちゃんと阿部に返してきてくれる。いや、むしろ些細なことでもびっくりするぐらいの反応をしてくれる事からすると、倍返しに近い。
もう、なんだか相手が遠くて声も届かなくて言葉も通じない、まるで一方的な片思いみたいな、あんな悲しい思いはしないで済む。三橋と居られれば。
―――オレは、オレが、このオレがつくしてやるんだから。三年間、全部。だから三橋、お前も、オレに見合うだけの男になってみせろよ。
心の中で思いながら三橋の相変わらず一見頼りないマシュマロのようなふにゃふにゃの笑顔の鼻をつまんでやると、三橋が息が出来ないようなへにゃへにゃした真っ赤な困った顔をしたので、阿部は思わず吹き出した。
阿部があんまり嬉しそうに笑っているものだから、よく分からなかったけれど三橋もとりあえず一緒に笑った。そして、阿部君はオレなんかの相手をこんなにしてくれて、真剣に友達やってくれて、ホントにいい人だ、と阿部と出会えた幸せを噛みしめていた。
「あ、阿部君!」
「なに」
「お、オレオレ、西浦にきて、ほんとに、よかった、よ!」
「ホント?オレも」
相互理解は其程ではなくても、西浦のバッテリーは幸せそうにとっぷり暮れた夜空の下、星なんかを数えながら二人で楽しそうに歩いていけるのだった。
一方通行じゃない、それだけでうれしい。
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+++END.
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