PRIDE
-ショウネンハタイシヲイダク-

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 譲らない、譲れない!

 打たれても、三橋はのろのろと立ち上がった。まだ、取り返す余地はある、だいじょうぶ。

 しかしながらバッターボックスの向こうのキャッチャーはおろか、バックを見る余裕も根性もなかったが、それでも。
 込み上げてくる嗚咽を抑え、じんわりと滲む涙を堪え、立ち上がって構える。

 俯いて地面に固定されそうになる視線を無理矢理に引っ張り上げて、阿部の方を見る。サインを確認。首は振らない。

 投げられれば、それでいい。勿論、勝てれば最高だけど。

―――このマウンドは、お、オレの、だ。

 その意識と執着が三橋を立ち上がらせる。これは練習試合で、公式戦じゃない。ムキにならなくて良いのは分かっている。

 それでも、負けるのはもう、イヤだった。勝つことの喜びを、あの蜜の味をもう一度知ってしまったら。

 負けを良しとする投手には、帰れない。二度と。

―――だって、オレ、は、エース、なんだし。

 投手には新たに沖と花井が入ったが、エースはあくまで三橋だった。言わせるように仕向けている自分の性格は誉められた類のものではないと知っていたが。

 もっと、もっと言って。オレをエースだって、必要だって、ダメじゃないって言って。

 一度ボロボロに砕かれ踏みにじられ、蹂躙され尽くした三橋の自尊心は、乾いた砂漠が要求するように、どんどんとただ評価を、讃辞を要求する。

 そんな自分を陰気だし、根暗だし、弱虫だし意気地なしだし、浅ましい、欲深いと思うことがある、それでも足りない。

 まだ、花が咲くには足りないんだ。

 ふらふらしている様子の三橋に、つい過保護の阿部が腰を浮かせるが、サードから田島の厳しい声が飛ぶ。

「阿部!手を出すなよ!!三橋はヘーキだから!!」

 なぁ、と続くその声に返事はしないものの、三橋はちょっとフヘ、と笑った。

―――田島君は、いっつも正しい。オレはだいじょぶ。投げることができれば、なんだって怖く、ない。

 渋々という様子で腰を下ろす阿部の、ミットをじぃっと見つめる。
 リラックスとキャッチャーミット。シガポお得意のメントレを、いつの間にかアレンジして独自にやっている自分に、三橋は気付いていない。

 マウンドに登ったら、後は何も考えない。隠れる場所はない、この試合の勝ち負けを背負う人間が登る場所。
 投手は大体変わり者か個性の強い人間が多いと言われるのは、この重圧に耐えられる図太くかつ繊細な神経を要求されるからだ。

 自分はダメピーだと思う。エースのボールは打たれずに阿部のミットに届かなくてはならないのに。

 打たせて捕る、という方法も知っている、阿部はその辺りの使い方は非常に巧みだ。安定感もある。
 いつか阿部が口にしたとおり、野球はチームで得点を競うゲームだ。例えば四番の田島はスゴイバッターだが、田島一人で勝てる訳でもない。

 しかし、ピッチャーは違うのだ。そのチームプレイの中において、なおかつ勝ち負けを言われるポジションだから。

 勝てば勝ち投手、負ければ負け投手。嘗ての三橋はむしろ負け犬投手と呼んだ方が相応しいようなヘボだったが。

 泣きじゃくりながら、怒られ蹴飛ばされながら、それでも後戻りもリタイヤも出来なくて、やっと、ここまで登ってきた。這い上がってきて、最後の一段は阿部や花井や田島やモモカンや沢山のチームメイトが引っ張り上げてくれた。

―――オレ、は、もう、負けない、ぞ。

 試合にじゃない。この場所を死守するという事にかけてだ。降りてやらない、崩れてなどやらない。打たれたら、次は打ち取る。それ、だけだ。

 二度と、ヒイキされてピッチャーになったなど、口にするものか。

―――オレが、なりたかったんだ。ピッチャーに。オレが投げたかったんだ、オレが投げる、んだ。

 選んだのは自分だ。投手で居続けられるなら、なんだってやってやる。



 今、三橋は紛れもなく、プライドの結晶のような投手という誇り高い生き物だった。



 例え、自分自身が内なるダイヤモンドの硬く眩い輝きに気づいては居なくとも。







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+++END.

 

 

三橋賛歌と呼んでください(爆笑)
高校野球のピッチャーは大好きです。ホホホホ。

 

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