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三橋が、角材の上でワインドアップ出来るようになっていた。
ゴールデンウィークにモモカンに体幹を鍛えるように言われてからずっと、その練習を一人、愚直にやっていたらしい。
本当にびっくり箱みたいなヤツっつーか、オレもそんな練習のことは覚えていたけど、正直三橋のことだからもう忘れてるんじゃないかなとか、まぁいいかなというか、正直なとこスポッと記憶から落っこちていたのだ。
当然だ、あの時オレは三橋が全力での速球の投球練習をしたがったのに腹を立てていたのだから。言うことをきかない三橋に、結局投手なんてそういうヤツだよな、と諦めより絶望に近い苛立ちを感じながら。
それが。三橋は。
ぴたっと片足を上げた姿勢で留まり、『どう?阿部君』とでも言いたげな表情でちらっとオレを盗み見る。
チラ、っと。得意げに、でもどっか自信なさそうに、キョドキョドと。
それを見た瞬間、オレはもう、なんかもうトンデモナク恥ずかしくて、そう、恥ずかしくて怒鳴ることしかできなかった。
「だって何が言ってやれる?」
良くやった、なんて言葉じゃ足りない、偉い、なんて表現じゃ追いつかない。
ただもう、胸の奥がぎゅっとして鼻の奥がツンとして、実際あの時もう一押しされりゃ泣くんじゃないかと思ったが、頭ン中三橋のことばっかりで、三橋がずっと、口で言った以上の、例えば昼休みとか弁当速攻食い終わって角材出してくる姿とか、十分の休憩の時も例え教室移動があったとしても異動先まで持ってってそこで一分でも角材の上に乗ろうとしてる姿や、そんな何やかやがばばーっと目に見えるように浮かんできて、胸が詰まって何も言えなくなった。
言葉にしてやると、薄っぺらくなってすっと消えてしまいそうで、だから怒るような事を言って、頭をぐりぐり締めることしか出来なかった。
怒ってない、怒ってないけど怒ったとでも思ってくれ。
怒鳴らないとなんかこう、ぎゅっと抱き付いてしまいそうで危なかったんだ。
このバカで単細胞で一途で一生懸命ででも弱気で卑屈な、でも野球が好きで投げることが好きで好きで大好きなウチのエースを、ホントのエースにしてやるために。
そんなことを考えながら桐青のデータ解析をしていると、モモカンがいいダンナがいて阿部君はシアワセね、とか抜かしやがったので相思相愛ですからね、と涼しい顔で返してやった。
や、素でゴチソウサマとか返されても困るんですがね。オシドリフウフで熱いわねとか。
…おい、花井、なに赤い顔してんだ。何想像した?今のテメェの頭ん中の妙な想像(つか妄想)、三橋はともかく田島にチクったらユルサネーからな。
すかさず並んだ机の下の足を踏みつけ、ノロケといてスパイクで踏むんじゃねぇとかなんとか喚く主将に変なこと抜かしたらわかってんなとぶっとい釘をさす。
時間が惜しい。シノオカの作ってくれたデータを食い入るように見つめる。全部丸暗記しちまうくらいの勢いで。
いけ、オレ。
夏大前年県優勝校のプレッシャーになんか負けない。誰にだって負けない。
言えなかった『よくやった』の代わりに、全力でつくしてマウンドの上、笑顔で返してやるから。最高にお前のことキモチよくしてやるから。
言わない、けど、伝えてやる。
お前がどんなにスゴイかガンバってるかいい投手か、オレがお前と出会えてどんな感謝しているか、とか、そんなこと。
オレにできる全部で、伝えてやるよ。
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+++END.
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