「UTOPIA」
こんな僕なんかを好きになって君は可哀想だ、と。
そう、彼は言うのだ。
忍んだ逢い引きの場所は獅子寮よりは蛇寮に近い森の木陰であるのが常だった。
逢い引きと言えど何をするわけでもなく、彼女が座り込んで本を読んでいる隣で少年が何やら思索に耽っていたり、宿題の羊皮紙を間に挟んで討論をしたりする程度だったが。
それでも是は確実に相手に惹かれていると言えたし、彼も憮然としながらそうだと認めた。
口喧嘩や見解の相違はしょっちゅうで、それでも自分にない相手の立場をハーマイオニーは愛した。
…ドラコの方はどうだか微妙だったが。
愛してはいても、認められはしない、という所だろうか、とハーマイオニーは自分の内側で勝手に定義をつけていた。
距離は近づきもせず、離れもせず。
それでも何かの拍子に情熱の欠片が漏れて思わず交わした口付けの後、想いの全てを乗せきれない掠れた声で彼が囁いた。
「…お前は本当にポッターかウィーズリーにしておけば良かったんだ。」
―――二つの感じやすい感性と魂の引き合いなど、お互いに傷つけ合うだけだ。
自嘲気味の言葉が漏れる。聡すぎるのが、鋭すぎるのがいけないのだと。
だが、彼は自分の「其処」が好きだとも言うのだ。
歯に衣着せぬ物言いと、自分に正直であることを愛されて。
どうしてその特質を変えられようか。
今更誤魔化すことも、押し殺すことも、見なかった振りも不可能だ。
そんな彼女のまやかしに気付かないほど、ドラコは鈍くない。
…ハーマイオニーは黙って首を振った。
例えばハリーやロンが相手なら、こんな蟠りも気まずさや行き詰まりも、『若さ』という専売特許の中、幾千のキスや抱き合う体温の中に溶けてしまうのだろう。
けれど生憎。
自分はともかく、ドラコの方にはそちらに『立入禁止』の標識が出ている。
何千年にも渡る肥大したプライドと見栄の固まりである血脈は、その様な脱線を決して許しはしない…
放蕩なら構わない。
けれど本気なら、理性と知性によって決着をつけよ、と。
他人には言う間もなく己を律するに尤も厳しいマルフォイ家の一粒種は、そう躾られている。
…今更生き方を変えられないのはこちらとて同じだが。
ドラコと同じ土俵で戦えるとは思わない。ハーマイオニーは溜息をついた。
生憎と、理性と知性で物事を判断することこそ、彼女が尤も得意とするところで…流されないことこそ、彼女自身の美徳の一つだ。
いっそ流されたらどんなに楽だろう、と考えないでもない。
考えたときに余りに莫大な額が動く収支決算に、彼女とて目眩を起こしそうになるのだ。
全てを取るか、消えるに任せるか。
溢れるような想いを望むような、贅沢はできない。また、させてくれるような相手でもない。
流されて恋情の淵に溺れた瞬間、彼は彼女の手を離すだろう。…そんなことは、望まれていない。
もし、彼が伴侶として自分を選んだなら、それは共に戦って歩く相手としてだ。
一つ抜けて、目に付いたのだ。
全ての色彩を打ち消すような白金の輝きを。
数多の時を封じ込めた血統の中の、その、他に類を見ない力。
惹かれるなと言う方が無理だった。…今まで見たどんな男とも違う。
自分に合わせろとは口が裂けても言えない。
そうしたら今度は、彼女の方で「彼」を永遠に無くしてしまう。
思考の淵に沈んでいく彼女を眺めていたドラコが、溜息をついた。
「僕は、君に何でも捧げられると思っていた。…詩人らしく月と星と太陽から始めてもいい。」
どうやら、彼女の思考を読んだらしい。…相変わらずの聡さに苦笑する。
是だから、楽な恋にはならないのに。…分かっていても、止められないが。
「ところがどうだ。…蓋を開けてみれば、寒い屋外での逢い引き、延々と続く議論…まぁ、是はそれなりに君も楽しんでいるかもしれないが、後は精々、この内なる腐った血統に付随してきた知識くらいとくる。」
ハーマイオニーは何か冗談を言おうとしたが、純血の濃い彼が自分の子供は頭が二つある化け物かスクイブのどちらかに違いないという恐怖症に常に捕らわれているのを思い出して、口を噤んだ。
「…”恋をして恋を失ったほうが、1度も恋をしなかったよりもましである。”などと言ってやってもいいが…。」
「テニソンね。」
「嫌いか?」
「いいえ。キーツの方が好きだけど。」
「…それすら詩人の言葉で、僕が摘んで差し出すべき言の葉は一葉たりと枝には残されていないようだし……」
くっと唇がつり上がり、冗談であるのが分かる。グレイがかった神経質で聡明そうな瞳が、戯けた光を湛えて彼女を見つめた。
「お前もよくよく物好きだよ、グレンジャー。」
「…独立精神に溢れているから。」
「…ま、ポッターやウィーズリーでは役不足であることは認めるな。」
「…嫌味?」
まさか、とドラコが肩をすくめた。…彼特有の皮肉屋な気分が頭を占めているようだった。
「僕が君にあげられる唯一のものは…この、ホグワーツでの日常で。」
ぐるりと周囲を指さす。細長くて繊細な白い指先が、酷く目に付いた。
「…しかもそれさえ、君は最初から持っているものだ、ときた。…全く馬鹿げている話だ。」
「了承の上で馬鹿を見て居るんだもの。…お互い様だわ。」
本来あり得ない七年間を精々有意義に過ごしましょうと、微笑むハーマイオニーにドラコはきりきりとまた胸が痛むのを感じて。
自分にこんな痛みを与えられるのは彼女だけだ、とその痛みさえ大事にベルベット貼りの箱に仕舞い込んで、いつか将来に思い出として開けられる時まで、と厳重に鍵を下ろした。
この学校とこの場所は、彼等二人の期限付きの理想郷で在り続ける。…未来永劫。
たとえ、離れても。
END
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最初で最後のドラハーです。…このカップリングで書きたいことはこれで全部書いちゃったので。 |