「The Lonely Locomotive Journey」
ギリギリまで待っていたので、自分の方が乗り遅れる所だった。
ホグワーツ行き特急の中、ハーマイオニー・グレンジャーは一人、途方に暮れていた。
今年も彼女と一緒に学校に来るはずの、ハリー・ポッターとロン・ウィーズリーの二人の少年にどうしても出会えなかったのだ。
ごった返す駅のホーム、目立つ赤毛の集団を発見したのは、発車一分前の事だった。
慌てて走り寄ろうとしたが、結局の所ハリーとロンを発見することはできなかった。
まぁ何にしてもウィーズリー家一同は居たのだし、間に合ったのだろうとホッとして先に空いているコンパートメントを探す。
ばたばたと遅れがちな(ハリーは時間にはかっちりしているのにトラブルに巻き込まれやすく、ロンはそもそもからして時間にルーズだ)二人組のために、ハーマイオニーは日当たりの良い一部屋を早々に押さえて待機していた。
…が、待てど暮らせど二人組は姿を現さない。
流石のハーマイオニーもおかしいと思い始めた。…荷物を置いて、再び他のコンパートメントを覗きに出かける。
けれど、列車の前から後ろまで、監督生用の所まで丁寧に覗き込んだにも関わらず、見慣れた二人組は発見できなかった。
再び自分のコンパートメントに戻って、考え込む。
…二人組が彼女を見つけられないのならともかく、妙に悪目立ちするあの二人を自分が見つけられないと言うのは、絶対におかしい。
―――まさか、乗り遅れたのかしら…。それとも。
彼女の頭の中を、最悪の想像が踊った。
じっと座って待っているのは、想像以上の苦痛と忍耐を強いられた。
結局、車内販売が回ってくる頃になってもハリーとロンの顔は見えなかった。
景気づけにお菓子を買い込んではみたが、一人で食べても美味しいわけはなく。
…益々惨めな気分になっただけだった。
ふぅ、とため息を付いて魔女かぼちゃジュースを窓際に押しやったとき、コンパートメントの扉ががらりと開いた。
期待を込めて振り向いて…とことん失望する。
「…何か用かしら?マルフォイ。」
「ご挨拶だな、…マグル生まれの出しゃばりグレンジャー。…おや?一人か?」
にやにやと嫌味な笑いを張り付けて顔を覗かせたドラコ・マルフォイが、拍子抜けしたような表情になった。
マルフォイは他人のコンパートメントを冷やかして回る趣味があるのだ。
…というより、むしろハリーのコンパートメントを。
どうやら通り抜け様に、彼女の栗色の髪を発見して宿縁の喧嘩相手であるハリーとロンが居るもの、と気負い込んで入ってきたらしい。
一人所在なげに座っているハーマイオニーを見つけて、むしろ気勢を削がれたようだった。
「ポッターとウィーズリーはどうした。僕が来るのを見つけて隠れでもしたのか?」
「…私。今、あなたと話したい気分じゃないの。あっち行って。」
挑発の文句に投げやりな返事を返したハーマイオニーに、マルフォイは当てが外れたように左右に従えたゴイルとクラッブの顔を見上げて肩をすくめた。
「…生まれはマグルだが、プライドだけは立派に魔法族並だな。」
言った後で、ふと、彼女が一人なのは幾ら何でもおかしいと察したらしい。
グレイがかった色素の薄い瞳が探るように細められた。
「…グレンジャー。…もしかして、あいつらは居ないのか?」
「……。」
「こんな所で一人待ちぼうけか?」
マルフォイの目が、新しいターゲットを捉えて爛々と輝いた。
「どうした?遂に差し出口が過ぎて嫌われたか?それとも急に崇高な使命に目覚めてマグル生まれのお前のような輩とは縁を絶つ事にしたのか?…ああ、また『賢者の石』でも見つけて冒険に出かけておられるのか?英雄閣下は人気者だからな。」
ぷつんと頭の何処かで何かが切れたような音がしたが、ハーマイオニーは唇を噛んで侮辱に耐えた。
マルフォイはその後も散々彼女をからかっていたが、ハーマイオニーが頑として相手にならないのに気付くと、詰まらなさそうに捨て台詞を吐いて立ち去った。
マルフォイの姿が消えてコンパートメントが再び彼女だけになった瞬間、ハーマイオニーは手元にあった菓子箱を向かいの壁めがけて投げつけていた。
「何よ!一人きりで悪かったわね!?こっちが知りたいわよ!!あの二人がどうしているかなんて!!」
興奮して叫びながら手当たり次第に手近なものを投げていたハーマイオニーは、自分が珍しく心底癇癪を起こしているのを発見し、どうせなら怒りの最後の一滴まで味わうことに決めた。
例えハリーとロンが傍にいても決して口にしないであろう彼女の語彙能力全てを動員した様な悪態で、スリザリンの少年を罵倒し、次いで親友二人をこき下ろす。
―――もしこの場に二人が居たなら、所々に織り込まれる『だから男の子って嫌いなのよ』『純血って威張り散らすけど私に言わせれば』『英雄?!聞いて呆れるわ』などの接頭語付きの文句を聞いて、消え入りたい気分に陥っただろうが。
やがてさしもの激しい怒りの波も去り、ハーマイオニーの頭を虚しさが支配し始めた。
どんなに悪口を言っても、そこには彼女の少々鋭い舌鋒に苦笑する黒髪の少年も居なければ、受け止めてもう一捻り回転を加えて投げ返してくる赤毛の少年も居ない。
ぼふん、と座席に沈み込んだ。
もう少ししたら、取りあえずロンの兄弟を探しに行って、二人がどうなったか聞こう。
そうだ、なぜもっと早く思いつかなかったのだろう。…それだけ動転していたのか、自分も。
ふう、と深く深くため息を付いて、目を閉じる。
その前に少し休もう、あまりに疲れすぎた。
「…あの二人…あの二人、会ったら絶対許さないんだから!…一体何をしてるのかしら。」
―――一人っきりの新学期なんて嬉しくないわ、ハリー、ロン。
ハーマイオニーは心の中で思い切り、叫んだ。
そのころ、ホグワーツ行き特急の上空5メートルほどの所を並んで疾走している空色のフォード・アングリアの中では、二人の少年が同時にくしゃみをして。
一人はもぞもぞと服の襟をかき合わせ、もう一人は
「上空だから風が強いのかな…。」
とぼやきながら窓がきちんと閉まっているか確認した。
やがて、汽車はホグワーツに到着した。
見つけたロンの兄たちにやはりハリーとロンは乗り遅れたようだという真実を聞かされ、落胆したまま下車する彼女の耳に、懐かしいもう一人の声が聞こえてきた。
「イッチ年生!!イッチ年生はこっちだぞ!」
「ハグリッド!!」
「おう、ハーマイオニーでねぇか。久しぶりだな。」
顔中髭もじゃの大男、ホグワーツの森番であるハグリッドがにっと笑って片手を挙げた。
ハーマイオニーは森番の顔を見た瞬間、緊張の糸が切れてホッとして泣き出すかと思った。
新入生の引率に来ていたハグリッドが、驚いたように彼女の側による。
左右を見回して、いつもナイトのように付きそう二つの影が無いことに気付いて眉を顰めた。
「おや、どうしたんだハーマイオニー。…ハリーとロンはどうした?」
「…居ないの、乗り遅れたみたいなの!!」
強がりもそこまでだった。涙ぐんでそう言うのが精一杯のハーマイオニーの背中を、ハグリッドがぽんぽんと叩く。
「…しょうがねぇ奴らだな、お前さんに心配ばっかりさせてな、ハーマイオニー。」
「ハグリッド…私、私一人だったらどうしよう?」
「…何、でぇじょうぶだ。…長い歴史の中、一人や二人、ちったぁ遅刻した奴もいる。…心配せんでええ、あいつ等は必ず、ここに帰ってくるからな。…お前さんのいる、ホグワーツに。」
言いながら、大きな手の平で優しく頭を撫でてもらい、ハーマイオニーは大きく頷いた。
幾ら知識が豊富とはいえ、彼女もこの学校に来てまだやっと、二年目だ。…今まで両親や兄達が数え切れないほどの年月を過ごした古巣に足を踏み入れるジニーとは、そもそも立場が違う。
無我夢中で一年を過ごし、友達と呼べる人間ができて…楽しく学校生活が回りだした所だったのに。
ぽつんと一人迎えの馬車に乗るハーマイオニーを、ハグリッドはいつまでも心配そうに見送っていた。
結局、組分けが終わっても少年達は姿を現さなかった。
ハーマイオニーは落ち着かないまま組分けを見、ジニー・ウィーズリーがグリフィンドールに振り分けられたのに上の空で拍手をし、テーブルに並んだ歓迎のご馳走すら殆ど喉を通らなかった。
ハリーとロンの居ない新学期。…そんなもの、考えたこともなかった。
ついこの間、ダイアゴン横町で一緒に新学期の学用品を揃えたところだというのに。
壇上は新しい教官の紹介に移っている、…『闇の魔法に対する防衛術』の教官に新しく着任したあれほど入れあげているギルデロイ・ロックハートの挨拶でさえ、ハーマイオニーは右から左へと聞き流した。
…どうしよう。二人が居なかったら。
いつだったか、死ぬより酷い退学になったらどうしてくれるの、と向こう見ずで無鉄砲なあの二人を問い詰めたことがあったが、…退学よりもっと悪い。勉強がさっぱり手に付かなくなったらどうしてくれるのだ。
今朝起きた時は、薔薇色の新学期が始まる予感がした。
今はとてつもなくブルーな一年が始まろうとしている。
ハーマイオニーはフォークで全然減らない皿の中身をつついて、また溜息をついた。
翌朝、退学にもならずにのこのこ朝食の席に現れた少年達に、少女が針の筵のような非難の矛先を少々向けても、いつもより更に命令口調が酷くても、それを咎められる人間は誰もいなかったはずである。
ちなみに、こっそりと森番小屋に雁首揃えて呼び出されたハリーとロンがハグリッドのお説教をがっちり喰らったことが、この波瀾万丈の一年の幕開けのプロローグを飾る一連のドタバタ劇のささやかな終幕の一コマであった事もここに特筆しておく。
END
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ちょっと映画を見ていて(二巻を読んでいても)書いてみたかったお話。 |