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○第二章○
「ハーマイオニー・グレンジャー/諦観」
「なんだと、もう一回言ってみろ!」
「おや、相変わらずいい耳だなロン・ウィーズリー。まぁ、他にいいところがないから、せめて聴覚くらいは人並みになくっちゃな。」
「ド、ッラコ、お前…!!」
相も変わらずの諍いをしている二人。私とロンが最近、殆ど仲違いをしなくなったので(口喧嘩レベルの揉め事はしょっちゅうだけれど、その…何となく、その後のうやむやの内に仲良くなっていることが多いから。)ロンとのホグワーツ一の喧嘩友達の地位は、ドラコに譲ってしまっている。
「はいはい、二人とも喧嘩しないの。ロンも興奮しない、ドラコも買わない!」
間に入って仲裁するのはやっぱりハリーだ。彼はどうどう、と引き剥がしたドラコの背中を押してバンケットルームから退場しつつ、私の方を向いて軽く目配せした。私がため息をつく。いつもの如く、『ロンは任せたよ』ってサイン。後を追いかねない勢いのロンにつかつかと近付く。
「ロン、貴方もちょっとこっちに来て。頭冷やしなさい。」
「なんでだよ。僕は何時だって冷静だ、ハーマイオニー。」
ロンが思いっきり不機嫌な顔で私を睨む。…ちょっと妬けちゃうな。ロンが感情を剥き出しにするのって、心を許している相手にだけなんですもの。殆ど強引に腕を組むようにして、中庭に連れ出す。校舎の窓からは死角になっている大木の陰が、私たちの定位置。
ぶすくれて、座り込んでしまったロンがなんだか可愛くて、私は思わず忍び笑いを漏らした。
「…なにが可笑しいんだよ、ハーマイオニー。」
「じとっ」としか表現しようのない目つきで、ロンが私を睨む…悪いけど全然怖くない。
「だって、ロンってば子供みたい…」
「だれが!」
あら、怒っちゃったかしら。ますますそっぽを向いてしまった彼に苦笑して…背中に、ふわりと抱きつく。ロンが一瞬体を堅くした。
「……」
「…ロン?」
「……ハーマイオニー、君さ、側にくっついてさえいれば僕が機嫌を直すとか、思ってない?」
微かに拗ねたような口調。…確かに、ちょっと思っているけど。
そんなことはおくびにも出さず、私はわざと不機嫌に返事をした。
「…だってロン、最近ドラコとばっかり仲がいいんだもの。妬けちゃうわ。」
「誤解するな、僕は別にドラコなんか好きじゃないぞ!」
「…好きになられてたまりますか……」
ただでさえどこか放っておけない雰囲気のある、あのスリザリンの姫君だ。ハリーでさえ陥落したのに。貴方にまで続いてもらっちゃ困るのよ。油断大敵だわ。
低い声で呟いた私のつっこみは聞こえなかったらしく、ロンが「ん?」と聞き返してくる。
「ううん、何でもない。」
ふるふると首を振り、そっと彼の首筋に唇を寄せる。ロンが分かりやすいくらいに緊張した。
「あらら、今更このくらいで真っ赤にならないでよ、ロン。」
「…ハーマイオニー…君、ねぇ…」
遊んでないかい?と、恨みがましい口調になりながら彼がこちらを振り向く。
口調と裏腹に緩んでいる目元に、私はちょっぴり安堵した。まだまだ、ドラコには負けてない、ってことね。
「だってロン、貴方いつも、もっとすごいことしてるじゃない?」
「それとこれとは別だろう?!」
「ところで、さっきまでの不機嫌はどこに行っちゃったのかしら、ロン?」
「…相変わらず意地が悪いよな、ハーマイオニー。」
言いながら、こちらへ伸ばしてくる長い腕に、私はゆったりと体を預けた。
そんないつもの日常風景だと思っていたから。ドラコの変化に、正直私は殆ど気づいていなかった。最近、やけにロンに絡む回数が多いな、とは思っていたけれど。
ドラコのことは、ハリーに任せておけばいいわ、そう思っていたこともあったし。
あれで居て結構脆いところがあるドラコには、いっそ強引に引っ張って行ってくれるくらいのハリーがお似合いだ。ロンとも仲がいいようだけど、結局は似たもの同士、気が合わないのでしょう。
そうして。彼等の孤独を、横目で見ながら、理解できる位置にいながら放置していた私の怠慢さと無神経さ、どうせ分かりやすい性格なのだ、と高を括っていた甘さが…後々になって私を苦しめることに、このときはまだ気付いていなかった。
「…え?別れた?!」
それからしばらくして、幾日か、突然ハリーが授業を休んだ。何も言わないロンの眉間の皺が段々に深くなっていき、私も不安で苛々し始めた頃。
放課後の図書室に呼ばれ、ロンが私に、ハリーがドラコに別れを告げられたことを伝えてくれた。
「…しーっ、声が大きいよ、ハーマイオニー!」
ロンが唇に指を当てる。私は慌てて口を噤んだ。…そんな、信じられない。あんなにハリーを慕っていたのに。
やっとの事で授業に出てきたらしいハリーは、まだ地球の終わりが訪れたような顔をしている。
「理由も言ってくれない、とにかく、ただ『さようなら』の一点張りなんだ…」
僕、一体何をしたんだろう、謝らせてもくれない、取り縋らせてもくれない拒絶なんて、初めてだ。どうしたらいいんだよ。
血を吐くように絞り出される言葉に、私の胸がきりきり痛む。ハリーが、こんなにも傷ついているのを見るのは初めてだ。どうにかしてあげたいと、心底思った。
「理由、探ってみるか…」
ロンがぽつりと呟いた。
「僕やハーマイオニーなら、もしかしたら違う角度から何か掴めるかもしれないし…そう絶望するなよ、ハリー。圧倒的不利な局面だけど、たとえチェックがかかっても、どの駒が拙いのかが分かれば、外すことは出来るかもしれないじゃないか。」
出来る限り、おどけた口調で言うロンからも、隣にいるハリーのことを心の底から心配している雰囲気がひしひしと伝わってくる。
「…頼むね、ロン。ハーマイオニー。」
力無く微笑むハリーに、私は「任せて」と笑ってみせた。
どうやら複雑な事情がありそうだし、ドラコと気が合わない上にカッとなりやすいロンよりも、私の方が適任だと、このときは思ったから。
正直…ロンと同じく一旦心を開いたら後は好意全開になる、あのドラコがここまでするには、相当な深い原因があるのだろう、と推測はできた。けれど、私はその考えを口には出さなかった。
翌日。魔法薬学のクラスで一緒になったドラコには、これといって変わったところはなさそうに見えた。いつものように正確無比な手順で材料を刻み、スネイプの指示通り鍋に加えていく。
私はその様子を横目で見ながら、タイミングを計り続けていた。
彼と先生の目が鍋から離れた瞬間に、隠し持っていた薬包を自分のとドラコの班の鍋に放り込む。薬は鍋の中身と反応し、けたたましい音を立てて熱い液体がはぜた。
「…痛っ!!」
跳ねがまともに腕に飛び、ドラコが体を引いた。周囲の何人かも悲鳴を上げる。こちらの机でも熱い液体が飛び散って、ハリーとロンが驚いた声を上げて飛びすさっていたが、二人には前もって計画を話して注意していたので、被害は免れたはずだ。私も、同じように軽く悲鳴を上げた。
「マルフォイ!、ポッター!全員、実験を止めろ!」
スネイプが慌てたように授業を中断した。疑わしそうに突然沸騰した鍋の中身をかき回していたが、少量のナトリウムを包んだオブラートの(まったく、マグルの知識も、医者の娘だってことも、何に役に立つかわからないわね。)薬包も中身も、既に溶けてしまっているはずだ。加えた薬品の方も、誰かが後から手を加えたことは、何種類かの試薬を使って実験しないと証明できない。…つまり、見ただけではいくらスネイプでも分からないだろう、っていうこと…。
忌々しそうに鍋を掻き混ぜていた杓子を手から離し、
「何の不始末だ、ポッター!!」
とスネイプが声を荒げる。ハリーは驚いたように首を振った。
「わ、分かりません、先生。突然鍋が…」
「そうかね?吾輩には誰かが、何か手を加えたとしか思えないが…君に、誰がやったのか心当たりは無いか、マルフォイ?」
スネイプ先生がじろじろとグリフィンドールの机…特に私たちが居るあたりを睨みながら、ドラコに尋ねた。
「…いえ、先生。おそらく僕の不注意でしょう。医務室へ行きます。」
ドラコは特に感情を交えることもなく、淡々と答える。どうでもいいと思っているようだ。私たちに罪を着せたかったであろう(実際に有罪なのだが)スネイプが僅かに顔を顰めて、「では、早く行きたまえ」と促した。
「はい、先生。」
ドラコが教室を後にする。そこで、私も手を挙げた。
「先生。」
「何だね、ミス・グレンジャー。」
スネイプの表情が、見る見る険を帯びた。リアクションをしたことで、私が犯人だと当たりを付けたのだろう。
「先生、私も、薬が手にかかって…一緒に医務室に行ってもいいですか?」
言いながら、赤く腫れた腕を見せる。隣でロンが眉を顰めて「やりすぎだよ」と小さく呟いたので、見えないようにその足を踏みつけてやった。ばれたら、元も子もないでしょう?
「……では、君も行きたまえ、ミス・グレンジャー。」
殆ど舌打ちでもしたそうな顔でスネイプが退出許可を出す。私は「はい」と返事をすると、慌ててドラコの後を追いかけた。
「待って、待ってよドラコ。貴方歩くの速いわ。」
ばたばたと廊下を小走りで追いかける。と、急に彼が立ち止まった。ゆっくりと振り向く。
「…君の仕業だろう。何のつもりだ、グレンジャー。」
あ、やっぱりばれていたのね。でも、その場で告げ口しないなんて、随分進歩したじゃない。
「こうでもしないと、貴方と静かに二人きりで話すのは無理そうだったんだもの。」
腕の怪我、痛かったらごめんなさいね、と私はあっさり自分の仕業を認める。ドラコがこちらを忌々しそうに睨みつけた。
「…スネイプに言いつけるからな。」
「どうぞ。証拠は何もないわ。私、そんなへまはしないもの。」
白々と返答すると、彼は舌打ちをしたそうな表情を作った。…が、それ以上何も言わず、くるりと振り向いて歩き出す。慌てて後を追いかけた。
「ねぇ、ちょっと。何で私がこんな事したかも分かってるんでしょう?話くらい聞きなさいよ。」
「…」
「ねぇ、ハリーと別れたのは、なぜ?ワザと傷つけるような物言いをしたのは?」
「……」
完全無視。黙秘を続ける気ね。それなら、こちらにだって考えがある。言いたくないなら、言わずにいられないようにするだけだ。
小走りで話しかけるのは、息が切れるので、立ち止まって一旦呼吸を整えた後。私は最初から思っていた疑問をぶつけた。
「…もしかして、お家の方で、何か不都合があったんじゃないの、ドラコ。」
実験でさえ、此処まで急激な化学反応を見たことがない。ドラコの表情が一瞬のうちに激烈に変化して、あっと思う間もなく私は壁に押しつけられていた。
「…いい加減なことを憶測だけで言うな、グレンジャー。」
「いいえ。憶測じゃないわ。貴方の今の態度で確信したわ。…お父様に、何か言われたのね?ハリーとのことで。」
ぎゅっ、と腕を壁に押しつけられ、私は危うく悲鳴を上げそうになった。ドラコの視線が殺気さえ帯びる。
「煩い…口が過ぎるぞ、穢れた血め。戯言も大概にしないと、いくら女でも容赦しない。」
「…なんですって?」
「まとわりつくな、と言ったんだ。マグル出身のお前が、純血の僕と口をきくことさえ不遜であるのに、余計な世話まで焼こうというのか?」
傲慢な物言いに腹が立ったが、おそらく計算された暴言だろう、とぐっと堪える。ここで言い返したら全てが終わってしまうもの。
「…口は慎まないわよ、ドラコ。貴方のためでもあるんですもの。ねぇ、せめて理由を話して、納得させてよ。今のままじゃ、ハリーも私たちも宙ぶらりんだわ。」
同情の言葉を寄せても、ドラコは耳を塞ぐだけだろう。精々論理的に聞こえるように言う。私たちに理由を、考える余地を与えて欲しい、と。
「理由?理由は一つさ。僕はやっと、自分の価値を思い出したんだ。」
ぱっ、と体を離され、よろめく。ドラコが絶対零度の視線でこちらを見据える。…情けないことに、背筋を悪寒が走り抜けた。ありったけの気力を動員して、彼の視線を正面から受け止める。
「…最も、君には理解できないだろうが。マグルの腹から生まれた、卑しい生まれのグレンジャー。」
「…さっきから卑しいだの穢れただの、言いたい放題ねドラコ。昔の貴方を思いだして懐かしいわ。言いたくないなら仕方がない。でも、私は諦めないわ…必ず、貴方を救ってあげるから。」
待っていてね。
彼の心配を、不安を軽減してあげようとした。表面では受け入れてくれなくても構わない。そう思いながら、微笑んだ、つもりだった。
「…ウィーズリーも、大概趣味が悪いな。お前のような女を伴侶に選ぶなど。」
ドラコが、ロンのことに言及するまでは。思っても見なかった方面をつつかれ、私は少し動揺した。
「ロンのことは、貴方には関係ないでしょう?」
「関係ない…が、他人事ではない。純血の魔法使いがまた一人、マグルの手に掛かって堕落することを思えばな。」
君は知らないだろう?グレンジャー。ドラコが意地悪く笑う。
「ウィーズリーほどの純粋な魔法使いの家系の直系なら、それだけで希少価値がある。いくつかの、まだ君の知らない魔法には、純血の魔法使いの手によってしか発動しない物もあるんだ。その貴い血をわざわざ濁らせようとするなんて、僕には信じられないね。」
奴には本来、同じような純血の娘が婚約者として存在してしかるべきなのに。
「貧しいと言うのは、全く悲惨なものだ。」
「…それでも、ロンのお家はみんな、幸せそうだわ。知ったようなこと、言わないで。」
声が震える。抑えようとしてもふつふつと沸く、感情の波。ドラコがふん、と皮肉に嗤った。
「ああ、僕は知らない。…知りたくもない。そうだ、ウィーズリーに、気が変わったら僕の所に来るように言ってくれ。彼に見合うような、純血の財産のある娘を見つけておいてやる、とな。…最も、君にその度量があればの話だが。」
マグルの血筋とさえ混血しなければ、より良き結婚相手としての商品価値もあるんだぞ、奴と、その子孫にも。君と違って。嘲笑うようなドラコの言葉が、私をゆっくり切り裂いてゆく。
「…ロンは、それでも…私が良いって言ってくれたわ。」
からからに干上がって張り付いた舌を何とか動かし、反論を試みる。返ってきたのは、更に鋭い言葉だった。
「僕が話しているのはそんなレベルの話じゃないんだがな。優等生の君に、分からないはずがないだろうグレンジャー。それとも、君も恋が絡むと目が見えなくなる、ただの女だったのかい?」
勝ち誇ったように告げるドラコの頬を、私は思わずひっぱたいていた。ドラコが蔑むようにこちらを見る。
「哀れだな、グレンジャー。」
言い捨てて去っていく影が見えなくなった瞬間、壁にもたれて私は泣き出した。そのまま終業まで隠れて泣き続け、誰にも見つからないように冷水と呪文で顔の腫れを引かせた後、ハリーとロンに今日の不始末を報告する。ドラコの豹変の原因が、恐らく彼の父親に起因することも。
告げながら、私はどこか諦観していた。
所詮、マグル出身の私には、彼の考えていることなんか、これぽっちも理解できていなかったんだわ…
悔しくて、悲しくて堪らない。自分の力不足がひしひしと染みる。私が元気がないのを見かねて、ロンが色々気を遣ってくれたけれど…今の私には、それさえ辛く感じられる。
今や私は、ドラコの説得を、完全に諦めてしまっていた。
それから何日か後、ロンが一冊の本を携え、息せき切って私の所へ走ってきた。
「ハー、ハーマイオニー!!君、この本がなんなのか、分かるかい?」
ロンが差しだした本から漏れるあまりに禍々しい雰囲気に、一瞬私は気圧される。
「ロン、なによその本。あなたよく、そんな物平気で持っていられるわね…」
「え?別に、ただの本だろ?」
ロンは自分の手の中の本を眺めて、あっさり言い放った。鈍感なのか、大物なのか…首を振りながら、恐る恐る表紙を覗き込む。
「何て書いてあるの?」
「…ちょっと待ってね…ええと、古代ヘブライ語よね…ええと、補うべき母音は…」
気分の悪さを何とか我慢し、授業と本で得た知識を総動員して、そこに読みとった文字は、『召喚術』というもの。本の題の下には小さな文字で『純血の魔法族以外の者、呪われよ。』と添え書きがしてある。この呪い文字に当てられて、私は気分が悪くなっているに違いない…としたら、ホグワーツの図書室でも禁書クラスの相当な魔法書だ。
「この本、どうしたの?」
呪いの影響を受けないようにじりじりと距離を取りながら、ロンに問いかける。
「ドラコが落としていったんだ。何かの手がかりになれば、と思って拾ってきた…」
言いながらロンが何でもないことのようにぺらぺらとページを繰る。本からの呪いとドラコの名前に、私はもっと気分が悪くなって顔を背けた。…私はマグル出身、ロンは純血。あのハリーでさえ、母方の祖父母と叔母はマグルだというのに、ロンの方は家族はおろか、先祖代々由緒正しい魔法使いの一族で…ドラコの言葉が胸の中で渦を巻く。ロンは特別。いつもは感じない格差を見せつけられるようで、少し哀しい気分になる。
「ごめんなさい、ロン、その本、純血の魔法使いじゃないと触ることさえ出来ない強い呪いがかかっているの。…お願いだから、もう少し離れて。」
絞り出すような私の声に、ロンがびっくりしたように本から顔を上げた。
「…これに、呪いが?」
「そう。」
「僕、何ともないよ?」
「そりゃ、貴方は純血だもの。」
苛々と言い放った言葉に、棘がなかったとは思わない。はっとして顔を上げると、ロンが酷く傷ついた様な表情を浮かべていた。
「…ハーマイオニー……」
ゆっくりと呟き、俯く。
「…君も、ドラコと同じで、魔法使いは純血を持って最良とすると思ってるの?」
好きで、純血な訳じゃ…なかったんだけど。
「そりゃ、マグル出身の魔法使いより、やりやすいことはいくらでもある。使える魔法の幅だって広いよ。だけど…」
僕は、君やハリーより優れた魔法使いだったことは、一度もないよ。足りないところを埋め合うために、僕たちは側にいることを覚えたんじゃなかったの?
「…ねぇ、そんなに僕と君とは違う?僕と君の距離は、それほど…遠いかい?」
こんなに、近くにいるのに、おかしいね。
悲しい微笑みに、胸を衝かれる。見たこともない、大人びた表情のロン。
ずっと、生まれで差別されることを不満に思ってきた。両親も、親戚も、みんな普通の人間なのに、突然変異で生まれてきた魔法使い。家族は誇りに思ってくれたけれど、私はマグルの世界でも、こちらの世界でも…どこか異端であるという思いを、完全には拭えていなかった。
「ロン…」
「ねぇ、ハーマイオニー。僕は君が好きだよ。だけど、…この距離は、君じゃないと埋められない。…構わないと、思っていたけど…実際言われると、堪えるもんなんだね。…僕は、傲慢かな?こっちにおいでよ、僕を見て。」
何度も言うけど僕は君が好きだよ。マグルでもなく、魔法使いでもなく、ハーマイオニー、ただ君である、君を。
諦めきったような告白。凍り付いた心に突然熱湯を浴びせられたような気持ちがした。
心のどこかで、僻んでいた。羨んでいた。…ロンのことさえも。
私は純血じゃないの。どんなに優秀でも差別されるの。だけどこんなの、ただの区別じゃない。何が違うというの。
強がっていたけれど、現実には私より優秀じゃなくても、純血であるという、それだけで使える魔法があって、マグル出身であるというそれだけで、入れない場所があって…ドラコの言葉はそんな私の脆い部分をあっさり砕いていった。彼の言葉に、予想以上に私は傷ついていたのだ。
けれど初めて気がついた。ロンの方もまた、傷ついていたことを。
彼の純血である部分を、頑なに受け入れようとしない私に。私の方こそ、彼を自分とは違うと…ずっと隔てを、壁を築いていた。コンプレックスだらけの、醜い内面に踏み込めないように。
ロンは、そんな私をそのままに受け入れてくれた。それがどんなに彼のことを傷つけていようと。彼の方の扉はきっと、開けたままでいてくれていたのに。
今、自分の一番醜い側面を見せた私には、初めてロンの傷も、脆い部分も…見えた気がした。
…しっかりしなさいハーマイオニー、今が一番、大切な時よ。ロンを失ってもいいの?
私は、震える足で一歩を踏み出し…立ち止まる。青ざめて俯く彼に、そっと囁いた。
「その本、離してよ。抱きしめられないわ。…ロン。」
何度も言うけど、貴方と私は違うんですからね。
同じような言葉でも、その意味は…天と地ほどに違うこと、理解してくれたかしら?
ぱぁ、っとロンの顔に光が差した。
「…喜んで。」
側のテーブルに本を伏せ、腕を広げる。
「ここにおいでよ、ハーマイオニー。」
小さく「ごめんなさい」と呟きながら。ゆっくりだけれど、今やっと。私は、諦めていたその場所に、辿り着いた。
「本当は、このままずっといちゃついてたいけど、そうもいかなそうだよね。」
ロンが残念そうにゆっくりと体を離す。
「…そうね。早くドラコを何とかしないと、ハリーが手首切っちゃうわ。」
「…手首なんて切って、何をするのさ?」
なんか闇の魔法?ぽかんとするロンに、思わず笑い出す。
「違うわよ。マグルは、自殺することをそういう風に表現するの。」
「…へぇ。変わってるなぁ。」
マグルって。そう呟いた後、ロンがはっとして口を塞いだ。私は堪え切れずに吹き出す。
「貴方、本当にマグルのこと、何も知らないのね?純粋培養の魔法使いさん。そんなんじゃ、私と居ると苦労するわよ?」
これから先、じっくり教えてあげるから、覚悟しなさい。講義口調で告げる私に、ロンも笑い出した。
「お手柔らかにね。じゃあ、僕も…」
傍らに置いてあった先ほどの本を取り上げる。おどけたように、私に一礼した。
「純血落ちこぼれ魔法使いな僕だけど、この本を開くくらいは、マグル出身の君のお役に立てると思うよ?先生?」
結局、私が触れなかった(ロンでは読めない…本当に、なんて一長一短な私たち!)ばっかりに、勇気を出してスネイプ先生に読み解いてもらう羽目になったその本の、ドラコが栞を挟んであった場所の内容は、とても笑えるようなものではなかったけれど。
私は決して、彼のことも、希望を失わないでいよう。
もう、諦めるのは、止めたんだから。
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