ハリさんお誕生日言祝ぎ創作。


「蘇生/rebirth」





―――僕は再び蘇生する。


 そう、あの日。イングランドの辺鄙なベッドタウンの、つまんない住宅が並ぶ町の、個性のない一軒の家の中に、緑のインクで書かれた封筒が飛び込んできたその瞬間。

 何も知らない手探りの世界が僕を呼ぶ。
 目の前に、新しい人生の扉が開かれた。
 踏み出す一歩に、迷いはなかった。


 いじめられっ子で親無し子で厄介者で弱虫でちびのハリー・ポッターは死んで。
 新しく、『英雄』ハリー・ポッターがもう一つの世界に姿を現した。

 新しいハリーのパーソナリティは未知数。
 全ての事柄が新鮮で、生まれたての子供のようにドキドキしながら、全ての事象に触れたいと願った。
 好きなように自分を変えていけた。…白くも黒くも、赤でも青でも思いのまま。
 黒い髪と緑の瞳の外見も稲妻形の傷も何も変わらないのに。その一つ一つが持つ意味は、何と大きく変化したのだろう!

 受け入れ先の魔法の学校、ホグワーツはまるで大きな胎内だった。彼に全てを教え、導き育ててくれる。
 未だ、夢と現を行ったり来たりするハリーにとって、この学校での経験は通過儀礼にも等しかった。
…彼の世界で、生まれ変わる為の。

 胎内で、七年。
 異人誕生譚としては、けしておかしい年数ではない。お伽噺や昔語りの主人公は、大抵その程度の期間を母の胎内で過ごしてから、生まれて来るではないか。
 揺りかごの中で彼は、知己を得た。…敵も作った。中にはいずれ兄弟となって生まれる境遇の子供達が沢山居たから。
 英雄でもなく。ただ人でもない。内なる新しい自分に、彼は目覚めていった。

 皆ここで生まれ変わり。
 新しく誕生してゆく。

 現の時間が少なくなってゆく。
 取って代わられる。
 全てが、彼の世界の色に染まる。

―――こうして、『ハリー・ポッター』が誕生した。


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「ねぇ、一緒に暮らさないか?」

 提案は突然。驚いた僕は、食べかけのパンをポタージュの皿に落下させてしまった。ロンがスープの飛沫を避けて席をさり気なく右ににじる。
「…あの、それって。」
「卒業したらいよいよこっちで一人暮らしだろ、君?…僕も家を出るつもりなんだけど、最初はルームメイトが居ないと心配だって両親が煩くて。」
 その点君なら安心だ。ロンは何でもないことのようにそう続けた。
「…でも君、ハーマイオニーと一緒に住むんじゃ……」
 恐る恐る彼の恋人の名前を挙げる。ロンが顔を髪の毛と同じ色に染めた。
「あのな、卒業直ぐ同棲なんてしたら僕、彼女の親父さんに殺されるよ……それより先にうちの両親にも。」
 ハーマイオニーは大学の寮に入るんだってさ。口調は淡々としているが、最愛の彼女がこちらの世界に来ることが嬉しくて堪らないのは表情でバレバレ。
「で、僕、できればその辺にアパート探して住もうかと思うんだけど。あ、でももし、君がイヤじゃなかったらで、場所は融通するよ?それに、僕と住んでいる分には、シリウスとかルービンとかが尋ねてきても遠慮したり気を遣ったりしなくていいだろ?」
 僕の過保護すぎる「自称保護者」達の名前を挙げつつ、ロンが微笑む。

 気持ちが揺れた。プラスとマイナス両方に。

「うーん、僕、魔法界の住宅事情はよく知らないから…」
「…じゃ、任せてくれる?」
 畳みかけるようにロンが提案する。
「う、うーん。」
「止めなさいよロン、無理強いはいけないわ。ハリーが困っているじゃない。」
 答えに窮する僕を見かねたのか、ロンの恋人である栗色の髪の毛の少女が助け船を出してくれた。
「ハーマイオニー!あのさ、君、いいわけ?僕が居たんじゃ色々邪魔じゃない?」
「あら、どうして?」
「どうしてって…」
 彼女の驚きに、僕は困惑して俯いてしまう。二人が卒業したら一緒に住むんじゃないかっていうのは、僕の確信にも似た予想だったんだけど。
 それに。…本当に、僕はこっちで住めるんだろうか。新しい生活を始められるんだろうか。
 戸惑いから僕は返事を保留したが、ロンが新しいルームメイトを捜す様子は、遂に無かった。

…観念した。決心が付いた。
 これからは、こちら側が僕の生きていく世界なのだと、いうことを。
 まだ少し、恐ろしかったけれど。

***


 卒業式の日。
 僕は今や彼の家族にも等しい赤毛の友人に、にっこり笑って返事を告げた。

「僕、窓から川が見える部屋がいいな。」

 ホグワーツは森ばっかりだったから。奇しくも同じ日に胎内から巣立つ運命にある赤毛の友人が驚いたように瞳を見開いた後、嬉しそうに笑った。
「家賃は折半だろ?」
「…うーん、じゃあ僕6ガリオンくらいなら出せる。」
「げ…それはちょっと厳しいかなぁ二人で住むには。」
「ちょっとは融通してよ稼いでるんだから君。」
 在学中から自活の道を求め続けていた友人に軽口を叩いてみる。
…いつのまにか。僕は人に甘えることも学んでいた。
「それは使い道があるからダメ。」
 ロンは少し考えた後、あっさり僕の提案を却下する。…使い道?大体想像が付くけどね。
「ちぇ、ケチ。やっぱり僕より彼女の方が大事なんだ……」
 よよよ、と泣き真似をするが、勿論本心ではない。カマかけは当たったようで、ロンが目に見えて動揺する。
 結婚資金か、あー、ヤダヤダ。熱いねぇ。
 正直な彼に苦笑する。この分だと、一緒に住んだら散々当てられることになりそうだ。

 それでもなお。僕は彼と行くことを決めた。
 彼と一緒なら、例えスプリングが飛び出たボロのベッドだって首を縦に振る自信がある。

 新しい世界への恐怖心も、乗り越えてゆける。
 僕には『家族』ができたから。

***


「じゃあ、おじさん、おばさん。ダドリーも。今までお世話になりました。…ありがとうございます。」

 感謝の言葉も混ぜ込んで。僕は18年間を過ごした家を出る…ちょっぴり寂しい気持ちが、自分でも意外。住人は、誰も出てゆく僕に声をかけなかったというのに。

 そうだね。今まではここが僕の…居場所だったから。帰る場所だったから。心は例え彼方に在っても。
 さぁ、行こう。現の世界に別れを告げる。夢の国からの住人が既に、敷地の外に立っている。

「いいの?行こうか、ハリー。」
 準備はできたかい?赤毛の親友が微笑む。
…いや、もう彼は親友なんかじゃない。僕の大切な『家族』の一員だ。
「うん、結構身辺整理って大変なんだね。身一つで出ていけると思ったのに、なんやかやで一ヶ月以上もかかっちゃったよ。」
「ああ、こっちの都合もあったしね。…ちゃんと見つけた、いい部屋だよ。窓からは川が見えるし。」
 見取り図や周囲の地図を既に彼のフクロウで受け取って、検討済みだった僕がにやりと笑う。
「ハーマイオニーの学校は近いし?…あのさ、僕が部屋にいて欲しくないときはちゃんとそう言ってね?ドラコのとこにでも出ていくから。」
「…うるさい!」
「いや、大事だよ共同生活のルールは。」
 すまして彼をからかう僕に、まだ顔を赤くしたままのロンがぽい、と鍵を投げて寄越す。
「受け取れよ……君のだ。」

 息を飲んだ。僕は遂に、彼の世界に地盤を持つことができた。手の中でキラキラと輝く銀の鍵は、不帰路への夢の片道切符。緑のインクの手紙とは、重さも重要さも違う。
 夢と現が、遂に逆転した。

 ロンドンの町にある魔法界への扉、『漏れ鍋』の地下まで来て、杖で壁を叩いた後、ロンが何かを思いだしたようにぽん、と手を打った。
「そういえば、ハリー。…覚えてる?」
「なに?」
 スーツケースをごろごろ引きながら返事をする。ロンが何か持つよ、と腕に抱えた鳥籠に手を伸ばした。
「忘れてるな…今日は君の誕生日じゃないか!」
「…あ。」

 僕自身、忙しさにかまけて忘れ去っていた。そういえば、今日は僕がこの世に存在を顕したまさにその日だったような、なかったような。
 現の世界にいる頃は、大して誰も重要視してくれなかったけれど。彼方の世界では、この、ロンと。ハーマイオニーだけは、必ずこの日を言祝いでくれた。

「…そう言うわけでさ、君の歓迎会も兼ねて、既に僕達の部屋は会場と化しているらしいんだ。さっさと急ごうぜ、主賓!!」
「…ちょっと待ってよロン、それってもしかしてサプライズだったんじゃ……」
 僕の非難も、うって変わって上機嫌なロンには通用しない。
「固いこと言いっこなし!楽しみは、大きいほどいいだろう?」

 がらがらと大きい音を立てて扉が開く。暗い通路が姿を現す。

 先に入った赤毛の友人が、暗闇から手を伸ばす。聞き慣れた声が僕を呼ぶ。
「さぁ、行こうぜ?ハリー!!」

「うん!!」
 僕は。一瞬の躊躇いもなく微笑んで。
 新しい世界の兄弟の、その手を取った。


―――闇を抜け、僕は再び蘇生する。今度はもう、一人じゃない。


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――…HAPPY BIRTH DAY !! HARRY POTTER !!

 彼が生まれて18年目のその日。魔法界は、新しい英雄の「誕生」日を、祝った。




END














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 一年後。

「…って、言ったくせに。さっさと結婚するんだもんなぁ。友達甲斐なさすぎ。君。」
「うるさいなぁ…まさかこんな早くまとまると思わなかったんだってば!!」
 視線の先で荷物を箱詰めする赤毛の青年。来週早々にはハーマイオニーと並んで同級生の中で誰より早く独身時代にサヨウナラを告げる運命の。僕はわざとらしいため息をついた。
「あーあ、僕、新しいルームメイト探そう。可愛い女の子とかがいいな〜。」
「もう見つけてやってあるぜ?マルフォイ家のお坊っちゃまの亡命先として。そんな提案してみろ、殺されるぜ?君。」
「…マジ?」

 こちらの世界の生活は、いつも騒がしくて楽しい。
 両親に感謝。生まれてきて、良かった。


 

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