Prefume of love

-魂の快楽-



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 一人、夜明け間近の波打ち際を歩き続けた。
 後ろは振り返らない。

 そちらには、僕の過去であり、未来でもある女性が一人佇んでいるはずだ。
 さっき離したばかりの手のひらが熱い。
 まだこんなに好きだなんて、と苦笑した。

 振り返る勇気はない。
 貴女ほど捕まえられない女性は知らない。
 スニッチよりも素早く手の平をすり抜けて行ってしまう。

 何度もチャンスはあったのに、一度もキャッチしなかった僕はプロのシーカーとして失格だろうか。

 今夜も、死ぬほど彼女を腕に抱いてそのまま箒にでも乗ってしまおうかと思った。
 連れ去って、息も止まるほど抱きしめて口付けをして、奪い去って。
 でも、そんなことを自分が絶対にしないであろう事も、哀しいくらいに悟っていた。

 何故なら、彼女の手はもう別の男の手に預けられているから。
 そして僕は、その彼のことも、この世の中で誰より大切だと思っているから。

 そうなんだ。
 僕は、彼を絶対に裏切れない。
 一人を得て一人を失う、それ以外に現状打破の方法はない。
 でも、実行しても残るのはきっと後悔ばかりだ。
 正直、僕は彼だけは失えない。
 彼女だってそうだろう。

 二人が喧嘩らしい喧嘩もせず、毎日幸福そうに暮らしているのは誰より僕が知っている。
 不満なんて、どこにもあるはずがない。…あれだけ、彼に大事にされて。
 もし僕が女だったら、きっと彼の寵を求めて彼女と戦うことになったに違いない。

 それは。一点の曇りもない真実の気持ち。

 だけれども、…どうしても、時々。
 奪い去りたい衝動を抑えるために、彼女をこうやって一人呼び出して、逢うことがあった。

 逢い引きなんて色気のある物じゃない。
 黙って、歩くだけ…本当に、手でも繋げばいいくらい。
 絡まった指の先の温もりが、壊れて遠くなってしまった恋の残滓を物語るようで、どこまでも触れていたくて。
 もう、とうに彼女の方は遠く置き去りにしてきた気持ちなのだろうけれど。

 これ以上近づくのは危険だ、と僕の本能が警告していた。
 でないと、学生時代に許したあの苦しくて仕方がない片恋が、全て水泡に帰してしまう。
 昔から、僕は彼女が好きだった。
 彼女だけが好きだった。
 彼女ほど好きになれる女性は居なかったし、それはこれから先もそうだろうと確信している。

 そこまで気付いていて、求めていても、なお。

…僕は、赤毛の親友が彼女を手に入れるのに、見て見ぬ振りをした。
 僕では、ハーマイオニーを壊してしまうから。
 誰も信用できない、愛していても、好きだから、好きであるほど何も言えない、近づけたくない僕では。
 心を許してしまうと、求めすぎてしまう。
 今までそれで何人の人間が僕から去っただろう。
 僕が関わらずに、ハーマイオニーを幸せにするには?


 いつまでも彼女に側にいて欲しいなら、僕は恋を諦めるしかない。


 だけど、なまなかな男に彼女を託す気にはなれなかった。
 ハーマイオニーも、普通の男では満足できないだろうと思っていた。
 本当のところ、赤毛の親友の気持ちは僕にとっては都合が良かった。

 それでも。
 二人が付き合い始めた次の日の朝は、心が沈んで起きあがれなかったが。
 無くして寂しかったのは本当はどっちだろう?

 奪い返そうと思ったことは何度もある。
 喉元まで、一緒に行こうという言葉が出かかって。
 でも、結局僕は彼を裏切ることはできない。

 仲睦まじげに一緒にいる二人を見ると、昏い炎が胸の中で踊る。
 本当は、その場所にいたのは僕だったのかもしれないと。

 そうして。
 彼の所に預けてあるのだと、いつでも取り返せるのだと。
 そういって自分を納得させる。

 彼は、僕の前では余り彼女の話をしない。
 気付いているのか無意識に警戒しているのか、なのにこんな風に彼女を一人出してくるのだから驚きだ。
 薄々気付いても良いようなものなのに。
 僕と彼女が内緒で二人きりで、何度逢っていると思っているのか。
 今まで呼び出して、ハーマイオニーが断った試しがない。

 流石に、このころでは不審に感じている。
 彼が世間に思わせているほど脳天気でも単細胞でもないことは、親友の僕が一番知っている。
 自分の内面を、絶対に表に出さないのが得意なのだ。
 おそらく、気付いている。
 知っている。彼女が、自分の腕の中にいつも留まっては居ないこと。

 ロンが何を思っているのかと考えると、恐怖に似た冷たさが胃の府を締め付ける。
 親友二人共に裏切られて。
 一体何を感じているのか。
 そう考え始めると、今度は僕は逆にハーマイオニーに腹を立てるのだ。
 何故、彼との生活を大事にしないのだ、と。
 そこから抜け出す気など毛頭ないくせに。
…知っている。
 生活は、ロンに。恋愛は、僕に。
 それでも、僕は君を求める気持ちを抑えられなくて、呼び出すのを止められない。

 勝手な話だ、君も、僕も。


「…ハーマイオニー。」

 呼んだ名前が連れてきた夜風の中に、
 ふとまだ彼女の髪の毛の香りが漂っているようで、堪らなくなる。
 どんなに腹を立てても、こんなにまで君は僕の全てだ。

 名前を呼ぶだけで、身の内が幸福で酔ったように満たされて。


 空を見上げた。
 満月を過ぎて欠け初めてしまった十六夜の月が、ジッと僕を見下ろしていた。
 十六夜の、躊躇いの月。

「もう、遅いんだ。」

 思わず呟く。

「遅すぎたんだよ、何もかも。決めるのが。」

 身を引こうと決めたあの時点ですっぱりと断ち切れば良かった未練を。
 諦め悪くいつまでもぐずぐず抱え続けて。
 浅ましい。…けれど。

 彼女への気持ちは、こんな汚れたものじゃなかったはずなのに。
 心の中に見つけたときは、太陽より満月より、キラキラと光り輝いていたはずなのに。

 チャンスは常に一度。

 一瞬でも躊躇ったら。そこで終わり。
 綺麗だった気持ちも、どんどん陰りが差して曇っていく。
 一点の染みもなかったそこには、暗い打算と計算の雲が掛かる。

 そうなる前に、この恋を死なせれば良かったと。
 死にきれない想いを抱えて、僕はまだ、歩き続ける。

 終点なんて見えない。

 なのに、今度は。この壮絶なまでの苦しさが、より一層僕の中での彼女を大きくしているのだと。
 ロンへの後ろめたさが二人逢うことの密やかな香辛料だと。
 魂の奥底が囁いている。


 もっと、快楽を。


 思わず独り言を漏らす。
「君達もこんなに苦しいのかい?」

 痛いほど。苦しみが長引くほど。
 魂に刻みつけられていくお互いの存在は、果てしなく深い傷跡になる。
 毎日、他の事なんて何一つ考えられないくらい生活を圧迫する恋情。
 もうそれは、一種の快楽に近い。

 多分、一生消えない。
 消せなくても良い。
 罪の烙印は、苦ければ苦いほど、僕を酩酊させて。
 身体と感情をただ任せて酔って狂うには、勿体なさ過ぎる。

「この恋は、ただ殉ずることでしか終わらないんだ。」

 おそらくはもう、この麻薬なしでは生きていけないと思うのだ。

 汚れ果てて腐臭を放ち始めたかつては恋愛だった執着を抱え。
 暗くて深い海に向かって、そう呟いた。

 今更、君なんてイラナイ。


 ただ、この恋が与える快楽が欲しい。
 魂の奥底まで揺さぶられるような。





**********

...end.

 

 

良く考えたらこの三部作、小室の三作連続リリースの曲のそのまんま順番通りですね(笑)
それはともかく、ハリーさん編です。
完結っていうかぁ、こんなもーーーーーん!!とか怒鳴られそうです(冷や汗)
だってハリーがハーマイオニーも好きだけどロンも好きって言うんだもん!(おい)
楽しそうに苦しんでますねハリーさん…ホラ、不幸体質だし(開き直るな)
現実にはこういうマゾっぽい恋愛じゃなくて底抜けに明るく癒される恋をして欲しいものです、いや、ホントにそう思ってますって!!
何ですかその信用してない視線は!!!(滝汗)

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一緒にいるとき確かな事
語れる愛は
見えない永遠を救ってくれるよ
心の中 魔法をかけて
気付かせてみたい
いつからか再び からまる

君の名前はずっと忘れずにいたいよ
できたら繋いだ手の温もりも
どうして離れて忘れていかなきゃいけない
Prefume of love 香りだけ残って

ひとりぼっちのパラダイス
いつまでも抱えて
どこかっだれかに少しは分かってほしくて
ゆううつさを誰にも見せずに歩いてる
こんな私は鏡にどう映ってる?

―――"Prefume of love" By Tetsuya KOMURO

 

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