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思わず力の限りに叫んでいた。
「僕を試すな、バッカ野郎!!」
叫ぶと同時に、走って逃げた。…カッコ悪ぃ。
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事の切っ掛けは、息せき切って談話室に走り込んできた少年。
僕とハーマイオニーの所にいっさんに駆け寄ってきて、事を伝える。
「ロン、ハーマイオニー、大変だよ、ハリーが…!!」
「ハリーが?!」
「どうしたんだ?!」
ただならぬ様子に、僕達は立ち上がった。
ネビル・ロングボトムは泣きそうな顔で詰まりながら必死に用件を伝える。
「大変なんだ、ハリーがね、自主練習中にフィールドに出てきた下級生をブラッジャーから庇って、箒から落…。」
ハーマイオニーが息を飲むのが聞こえた。
あのバカ、今期は試合がないって聞いても自主練習だけは欠かさなかったなそういえば。
馬鹿野郎、と心の中で叫びつつわしわしと赤毛の頭を掻きむしる。
「どこなんだ!」
「ホスピタル・ウィングに運ばれたよ、意識無いんだって聞い……。」
聞くなり、僕は走り出した。
ハーマイオニーも後から慌てて付いてきているみたいだったけれど、待っている余裕は正直、なかった。
息が苦しくなる。
ネビルの様子じゃ、相当怪我は酷そうだった。でなきゃ、僕達をすぐに呼んでこいなんて言われるはずがない。
どのくらい酷い怪我だろうか?
骨折くらいならすぐに治るけど、もし脊髄や頭を損傷していたら?
植物人間だなんて冗談じゃないぞ、と最悪の想像をしながら僕は真っ直ぐホスピタル・ウィングを目指した。
心の中でハリーの名前を何度も呼びながら、足を動かした。
無事でいてくれと祈るほどの余裕もなかった。
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けたたましい音で開く扉に、ポンフリーが眉を吊り上げて立ち上がる。
「何ですか、ここは病室…!!」
気にせず掴みかからんばかりの勢いで叫ぶ。
「ハリーは?!ハリーはどこですか!!」
「落ち着きなさい、ミスター・ウィーズリー。ハリー・ポッターなら…。」
「どのくらいの怪我なんですか?どこに居るんですか、会わせて下さい!!」
服の袖を掴み、喚く僕をポンフリーが怒鳴りつける。
「落ち着きなさい、と言ったはずですよウィーズリー!!ハリー・ポッターならそちらのベッドで寝ていますが、く…。」
全部聞かずに、僕は指されたベッドに駆け寄って回りの白い幕を引き開けた。
「待ちなさい、ウィーズリー!!」
「おや?どうしたの?ロン。」
ポンフリーが叫ぶのとベッドに上半身起きあがってオレンジとかのんびり口に運んでいるハリーが言ったのは同時で。
僕は脱力して床に崩れ落ちた。
「な…なんでオレンジなんか食べてるんだ?!君?!」
その疑問には、意図せずポンフリーが答える。
「ウィーズリー、話は最後まで聞きなさい、くれぐれも周囲の邪魔にならないように、と言ったでしょう?!
ポッターは軽い脳震盪を起こしただけです、もう普通に歩いて帰れますよ。」
あんぐり口を開ける。きっと、相当間抜けな表情をしたに違いない。
「脳…!だってネビルが君は意識がないって!」
「あー。」
ハリーがぽりぽり頭をかく。
「目の前暗くなったのはホントなんだけど、歩いてここまで来られたしさ。
でも、君とハーマイオニーが心配してくれるかなって、助けてくれた人にはグリフィンドール生捕まえてちょっと大袈裟に言っといてって言ったかも。」
そこまで告げて、ハリーはふわんと照れ臭そうに微笑む。
「心配して、来てくれたんだ?嬉しいよ、ロ……。」
―――嘘だった?!
カッと、目の前が赤くなった。
思わず、ふざけるなよ、と唸るような低い声が出る。
「……僕は、頼りないか?」
「ロン?」
ハリーは分かっていないようだった。首を傾げる仕草に、殴ってやりたい拳を握りしめる。
「僕は、そこまでして気持ちの確認が必要なくらい、君に信用がないのか、って聞いて居るんだ!!」
睨むと、ハリーがハッとしたように息を飲んだ。
彼の唇が動くより先に言葉を叩き付ける。
「僕を試すな、バッカ野郎!!」
言うなり、身を翻して駆けだした。後ろでハリーが何か叫んでいたけど、聞いてやるものかと感じた。
その位、瞬間沸騰で腹を立てていた。
悔しかった。
何より、情けなかった。
自分自身が。
『炎のゴブレット』の時のたった一度の裏切りは、そこまでハリーを傷つけたのだろうか。
もう二度と、元には戻れないんだろうか。
*****
行ったときと同じようにホスピタル・ウィングを駆け抜けて、走り続けて庭に出て、人気のない木陰に辿りついて。
やっと僕は足を止め、そこにひっくり返るように大の字に仰向けに寝ころんだ。
「ああ、もう、クソ!」
誰に対してだか分からないような悪態を吐き続ける。
気が付くと、顔に影が差した。ハリーだったら殴ってやる、と思い切り不機嫌に言い放つ。
「…ンだよ?用か?」
「ご挨拶ね、ロン。」
言われた声はもう一人の親友。慌てて、体を起こす。
「ハーマイオニー?」
「もう、ホスピタル・ウィングに行っている途中で貴方が凄い勢いで逆方向に走っていくから、何があったのかと思っちゃったわよ。」
どうやら、追いかけてきてくれたらしい。苦笑してごめんな、という。
そうして、もう一度ひっくり返った。
思った以上に心理的ダメージは大きく、ため息をつく。
ハーマイオニーがすとんと隣に腰を下ろした。
「その様子じゃ、ハリーは無事だったみたいね?」
「あいつの名前は出すな、ハーマイオニー。」
不機嫌に唸ると、彼女が驚いた顔をした。
「…何かあったの?」
「言いたくない。」
「言いなさい。」
きっぱりと言い返され、きつく睨まれて渋々僕は口を開く。
意地を張っても、彼女には結局口を割らされると経験上知っているからだ。
「…実は。」
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聞き終えると、ハーマイオニーはそう驚いた様子もなく肩をすくめ、やってくれたわねハリー、と少しだけ憤慨したように言った。
その後で僕の顔を覗き込む。
「で?」
「で?」
「制裁するなら早い内がいいわよロン。甘やかすとつけ上がるんだからあの手のタイプ。」
「制裁って。」
極論に走って見せた彼女に少し笑って見せて首を振る。
「仕返ししたって怒ったって無駄だよ。あいつが少しだって僕達を疑っている内は。」
「そうね。」
あっさりハーマイオニーも肯定し、それにしてもロンはともかく私まで疑うかしら?と文句を零した。
「なんだよロンはともかくって。」
「あらごめんなさい、聞こえちゃった?だって私は品行方正だもの。」
「はいはい、謹厳実直質実剛健、って続くんだよね。」
「…ぶつわよ?」
軽い舌戦の応酬が心地よい。
ハリーに対して悪態を吐きたい気分を自分とのいつもの口喧嘩に置き換えていってくれるハーマイオニーのお陰で、
僕もそろそろと自分の傷ついた内心を覗き込めるようになってくる。
痛みに慣れたのが一定の所まで来て、僕はよいしょ、と起きあがった。
「なんにしても、堪えるよな、信頼されてないってのは。…昔やったことの報いだって言われたらグゥの音も出ないけど。」
「それはお互い様じゃないの?あっちだって努力すべきよ、大好きなロン・ウィーズリーを取り返したんだもの。」
ハーマイオニーの舌鋒は容赦がない。僕は苦笑して手を振った。
「そうじゃないよ、刷り込みだろう。あいつは僕と一番最初に親友になったから、…怖いだけだよ。不安さえ克服したら誰だって僕に代われるさ。」
「そんなことないわ?」
「あるよ。だけどね、一番に、って事なら僕はホントに特別だけどね。」
流石にそこまで自分の価値を認めていない。ハーマイオニーはため息を付いた。
「そう。…難しいわね、親友ってヤツも。」
「…かな。」
「よね。」
ハーマイオニーは困ったように微笑んで、でも始めちゃった物は仕方がないわね、と呟く。
その後でそうそう、と言いながら僕の顔を覗き込んだ。
「ね、ロン。貴方はどんなに怒っても癇癪を破裂させても迷っても足引っ張っても良いけれど、
でも、私とハリーを見捨てちゃイヤぁよ?…それだけ、約束して。」
「はぁ?」
「努力したら貴方でもその位出来るでしょ?…ね?」
”その位”って…ちょっとハードル低過ぎじゃないか?
君なんて、ハリーの試練の手助けとか作戦参謀までしてやってるのにさ。
でもまぁ、折角の彼女の申し出なのでつべこべ言わずにここは一発肯定しておくことにする。
でないと後から何か追加されても困るし。
「…仕方ないなぁ。でもさ、そんな簡単なことだけで良いわけ?」
頷くと、ハーマイオニーは何故か心からホッとしたようだった。
なのにその後で、とんでもないことを言い出す。
「まぁ、自分の価値に気付いていないのが貴方の値打ちだものね。」
「なんだよ、それ?」
「その鈍感さに救われているのよ、私も、ハリーも。」
「…誉められてる気がしないんですけど、ミス・グレンジャー。」
「とんでもない、最上級の賛辞ですわよ、ミスター・ウィーズリー?」
微笑んで謎めいたことばかり言う彼女に、皮肉混じりに言ってやる。
「君は随分大人だな。」
「あら、そんなこと無いわよ。後でハリーのこと二発ぐらいはぶん殴ってやろうと思っているもの。」
貴方の分までね、とさらりと微笑んで付け加えるハーマイオニーに、僕は苦笑して続けた。
「出来れば、いつも僕にするみたいに『呪文大全』で頼むよ。」
「あれ?それで良いの?『世界魔術大全集』の中国編にしようかと思ったんだけれど。」
「…それは…死ぬだろう……。」
グラムじゃなくてキログラムの単位の世界の分厚さの本の姿を思い描き、僕が流石にぎょっとする。
ハーマイオニーはすましたものだ。
「殺したって死なないわよ。もっぺん脳震盪起こせば良いんだわ、ちょっとは目が覚めるでしょうよ、バカハリー。」
愛情たっぷりに黒髪の親友をこき下ろし、彼女は立ち上がった。
「さ、行きましょう。友情と甘えの度合いを勘違いしてる英雄閣下なんて捨てて、二人でご飯食べに行きましょう。お腹空いちゃったわ、私。」
「…賛成。」
僕も続いて立ち上がり、うん、と伸びをした。
友情ってやつは難しい。
親友ならもっと難しい。
それは、よーく分かった。
だけどまぁ、仕方がないよな。なっちまったもんは。
夕暮れの道を栗色の髪の毛の女の子と二人で歩きながら、そういやハーマイオニーも親友だったっけ、とぽっかり思い出す。
不思議にも、なぜかそちらは長いこと忘れていたような気分だった。
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END.
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