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正直、ちゃんと聞いてくれているのかなと少年は思っていた。
その位、隣に腰を下ろす少女からの反応は薄かったのだ。
こんなに素敵な奇跡が起こっている夜に、なんでこんなにつまらなさそうな顔をしているんだろう。
女の子っていうのはこれだからな、と少年は思った。
少年達が冒険に出ようとするとき、必ずと言って良いほど、彼等を止めるのは…まず少女なのだ。
彼等三人のことではない。冒険小説や映画でも必ずそうだ。
必ず、そうなのだ。
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もう、ひとりで。
ハリーはシリウスとの約束を噛みしめ、口を開いた。
「温かい土地がいいな。…田舎がいい。シリウスはアズカバンにずっと居て、きっと大きな空が恋しいと思うんだ。だから、…空気が綺麗で、緑が多い所がいい。家は小さくていいな。どうせ住むのは僕とシリウスだけだから、大きなお屋敷なんて手に余るし…。」
父さんと母さんの遺産を、家を買うのに充てても僕の両親は怒らないと思うんだ。シリウスと住む家だもん。
そんな。
よしなしごとをずっと楽しそうに話し続けるハリーに、耐えきれず隣に腰を下ろしているハーマイオニーは目を伏せた。
「…そうね。」
「君も、ロンと一緒に遊びに来られるよ、そうしたら。いつもロンの家に招待されてばっかりだけど、シリウスと暮らすようになったら僕の所に君達を呼べる…。」
自分の家に友達を呼ぶなんて、初めてだ。わくわくするよ。
とても嬉しそうにハリーは語り続ける。
「やっと僕も、普通の生活が送れるんだ。ホグワーツから帰る場所が出来る。家が、家族が出来るんだ。」
「…ハリー。」
遂にハーマイオニーが声を上げた。今から彼等がシリウスの命を本当に救える確証はない。
バックピークだけはなんとか死の運命からは引き戻したが、だからといって運命が変わったわけではないのだ。
しかしハリーが親友の少女の方を振り向き、熱っぽい口調で言う。
それだけで彼女はもう何も言えなくなってしまう。
「ハーマイオニー、未来っていうのは夢見るものじゃない、作るものなんだ。僕はその事を嫌って言うほど知っている。」
過去に来てから、ハリーはずっとこんな調子だ。…バックピークを救えたのが相当に嬉しかったのだろう。
決まってしまっている過去を、自分の手で変えられるというその事実に高揚しているのかもしれない。
ハリー、はしゃいじゃ駄目よ、と釘を刺すか刺すまいかハーマイオニーは正直躊躇した。
こんな様子のハリーを抱えて、吸魂鬼の大群からシリウスと過去のハリーを助けるなどという大仕事を成し遂げられるのだろうか。
尋ねると、ハリーは自信満々に言いきっただけだった。
「大丈夫、父さんが助けに来てくれるから。」
何度聞いてもハリーの返事はその一点張りだった。親友のシリウスと息子の僕を助けに来てくれるのだ、とそればかり。
月明かりの下で乳白色に光るハリーを見ていると、折角の楽しい夢に水を差すのも躊躇われて、ハーマイオニーはまた俯いた。
ロンがいれば、と思う。
ハーマイオニーではこんな時、現実的に過ぎて気の利いた相槌ひとつ打てやしない。
歩けない人は留守番していて、と時間もなかった事もあるしつれなくホスピタル・ウィングに置き去りにしてきたが、ムードメーカーの不在はこういうときに堪える。
ハリーと二人では間が持たない。ハーマイオニーは曲げてた膝を益々抱え込んだ。
―――早く私達、出てこないかしら。
隣では相変わらずハリーが、何が楽しいのかうっすら微笑んで月を見上げている。
きっと、今から始まるシリウスとの楽しい生活なんかを思い浮かべているのだろう。
―――困っちゃった。
口を開けばシニカルなことを言ってしまいそうで、ハーマイオニーは益々黙り込むしかなかった。
奇妙な緊張感を孕んだ沈黙が二人の間をただ、流れていった。
その時、柳の根本が開いて、待ち焦がれていた待望の時がやって来たことを二人は知る。
ハリーは希望に満ちて、ハーマイオニーはどこかホッとして立ち上がった。
「さぁ、行こう。今言ったことを、本当にするために。」
「ええ。」
結局の所未来というのは予定調和の結果なのだとハーマイオニーは悟っていたが。
目の前の黒髪の少年にそれをいうのはまだ酷な気がして結局口にはしなかった。
ハリーが手を差し出したので、それに捕まって走り出す。
抱えた想いはそれぞれ違っていても、二人一緒に。
そこだけは確かに現実の、温かいハリーの手の平の感触を握りしめながらハーマイオニーは夜空を見上げた。
ぽっかりと罪のない顔で綺麗な満月が顔を出している。
この月がみんな悪いの、と眉を顰めた。
あなたがみんなを、ルーピン先生を、シリウスの運命を、ハリーさえも狂わせた。
どこか蒼くさえある、満月の魔力に支配されたキチガイめいた夜はまだまだこれからが本番だった。
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囚人を牢獄から解放したとき、『君は素晴らしい魔女だ』と言われた。
けれど、そんなことちっとも嬉しくなかった。
結局彼女は運命を変えられなかったのだ。
きっと二つの命は両方助かる運命だった。考えれば考えるほどそう思う。
校長が思わせぶりな事を言ったのも、全てを先刻承知だったからに違いない。
現に何度かそれとなく助け船を出してくれたではないか。
魔法省の大臣を引き留めたり、視線を逸らせたり…『知っている』訳がないのに。
少年と少女がもう一組、『その場』に居ることを。
思ってしまう現実的な自分が嫌だったが、これはもう性分だから仕方がなかった。
少年が嬉しそうなのが癇に障った。
いいの、と問いつめてやりたくなった。
それで本当にいいの、結局あなたの描いていた夢は一つも叶っていないのよ、と。
夢見がちな自分が酷く嫌だった。
もやもやした欲求不満みたいなものだけが彼女の中に蟠った。
もっと、強くならなければ、と。
何故だか不意にそう思って、少女は強い視線で未だそしらぬ顔で中空に居座る満月を睨み付けた。
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