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振り向いて訝しげな顔をする少年を、前を行く少女が呼んだ。
「どうしたの?ハリー。」
「ん、いや、今なんか、誰かに呼ばれた気がして。」
「え?…。」
少女が耳を澄ます素振りをした後、首を振った。
「なにも聞こえないわ?」
「…そう。」
幻聴かなぁ、と呟くハリーに、ハーマイオニーが顔を顰める。
「アレじゃないの?二年生の時にバシリスクの声があなたにだけ聞こえた…。」
「やめてよ縁起でもない!」
顔色を変えるハリーの背後から、赤毛の少年がひょいと顔を出した。
「…ここは何を楽しそうに言い合いをしているんだ?」
栗色の髪の毛の少女が嬉しそうに少年の名前を呼ぶ。
「ロン。」
「どうだった?向こうは?」
ハリーが尋ねると、ロンは首を振りながら二人の側に寄った。
「ダメだ、廊下は殆ど封鎖されてる。僕達ここに閉じこめられたよ。」
「…そうか。」
ハリーが考え込む素振りを見せると、ロンがあ、でも、と声を上げた。
「アレから出られるかも。…ハーマイオニーがさっき言っていた…。」
「パイプ?」
少女が声を上げ、少年はご名答、と微笑んだ。
「あの部屋、そのまんまだろ?女子トイレの近くには見張りは居なかったぜ?まぁ、マートルくらいかな。」
黒髪の少年がナイス、と親友の背中を叩く。
「早く行こう、もう後きっと校内にいるのはゴーストと僕達くらいなもんだよ。」
「…ジニーは無事に逃げられたかな?」
ふと心配げな表情になる赤毛の少年に、大丈夫よ、とハーマイオニーが声をかける。
「あいつらの狙いはあくまでハリーと精々私たちくらい。
…その肝心の獲物が揃って残って居るんですもの、なかなか視線は他に向かないと思うわ。」
「…だったら、いいけど。」
呟いた少年が、そう言えば、と続ける。
「もう今更諦めているけど、やっぱり君は彼等と行かなかったんだね、ハーマイオニー。」
「私が?あなた達を置いて?」
とんでもない、と首を振る彼女に、ハリーも苦笑する。
「ま、居てくれる方が僕達は有り難い…ね、ロン。」
「……まぁな。」
全く釈然としていない表情でロンが頷き、さ、ぐずぐずしていないで行こう、と二人を急き立てた。
「ヴォルデモードは君の居場所が分かる。…立ち止まらずに移動した方がいいよ、ハリー。」
「そうだね。…そうするよ。」
「ああ、でも、あの地下室はトム・リドルが潜んでいたところでしょう?…大丈夫かしら?」
心配げに呟くハーマイオニーに、ロンが苦笑する。
「大丈夫も何も、他に道はないよ。……後は…そうだなぁ、ホグズミードへの抜け道を使うか…。」
「それ、使えるのは『暴れ柳』の下の道くらいじゃないのかい?」
ハリーが忍びの地図を広げながら呟く。
ロンとハーマイオニーが左右から覗き込んで、地図上に点在する敵の多さに苦笑した。
「いっぱい居るわねぇ?…高々三人に。」
「買いかぶりすぎだよな。」
「あら、私とあなたを一緒にしないでね、ロン。」
「…オイ。」
ロンはじろりと彼女を睨んだが、ハーマイオニーはしらんふりをした。
「それにしても、見事に抜け道が封鎖されてるわね。」
「これじゃ、暴れ柳に近づく前に捕まっちゃうよ。」
「あとは透明マントかしら…。」
「ハーマイオニー、君だけ透明マントで先に逃げる?」
そう提案したロンの足を、ハーマイオニーが問答無用、と踏みつける。
「痛い!」
「言ったでしょ、私はあなた達と『どこまでも一緒』よ。」
「うわぁ、有り難くて涙が出るよ。」
ロンが呆れ果てたように呟く。
こんな時でも掛け合い漫才を忘れない二人に微笑みながら、ハリーがぽん、と二人の背中を叩いた。
「さぁ、行こう!……立ち止まってる暇はないよ!」
「勿論さ。」
「あなたに付いていくわ。」
赤毛の少年と栗色の髪の毛の少女は笑って黒髪の少年の背中を追う。
歩きながら、ハリーはどんな危機だって三人でなら乗り越えられる気がした。
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「ハリー。」
名前を呼ばれて、少年は振り返る。
目の前の人物に、ちょっと驚いたような顔をした。
「ダメじゃないかロン、まだ怪我、治ってないんだろ?寝てなきゃ!」
「君こそ。」
片目を白い包帯で被ったままの赤毛の少年が軽く笑い、黒髪の親友の吊られた腕を指さす。
ハリーが躊躇ったように、久々に見る赤毛の少年に尋ねた。
「…ロン、その目は……。」
「ん、視力は落ちるけど見えるようになるって。大丈夫。」
「そう。」
ホッとしたようにハリーが呟き、ロンは殊更何でもない口調で続けた。
「ハーマイオニーも、松葉杖が使えるようになったら見舞いに来るってさ。」
ぎょっとしたようにハリーが顔を上げる。
「行くから来なくていいって言って。」
「あ、それは僕がもう言った。」
聞くと思うかい?あの最終決戦の最後の最後までくっついてきたハーマイオニーが?
と諦めたように首を振るロンに、ハリーがうめき声を上げる。
「…マジで。」
「もてる男は辛いなぁ、ハリー。」
「とか言いながら君、彼女の所に日参してるだろ。」
このカマかけにロンは答えなかった。代わりにどこか遠くを眺めるような視線で呟く。
「スキャ…ピーター・ペディグリューが、君に宜しくって言ってた。」
「………そう。」
「もう二度と君の前には現れないけど、どうか元気で、って。」
ハリーは返事をしなかった。ロンは親友の複雑な心中を推し量ったのか、それ以上は何も言わない。
ハリーがぽつんと呟いた。
「いっぱい、居なくなっちゃったね。」
「そうだな。」
「僕の両親から始まって。……セドリックや……色んな人が消えたよ。」
「ああ。」
ハリーが口にしない人物のことを思い、ロンが微かに俯く。
「でも、やっぱり僕は生き残った。」
「……ハリー。」
顔色を変えて口を開けるロンを、ハリーが苦笑気味に違うよ、
後を追おうとか思ってるわけじゃないよ、と制する。
「運が良かっただけなのか、…どうなのかは分からないけど。
とにかく僕は生きてここにいる。そして、ロン、君もハーマイオニーもいる。」
「ハリー?」
「……それだけでも、多分僕は”選ばれた男の子”だよ。」
「………。」
なくしたものは多いけど、という声にならない呟きは、不思議にロンの耳には届いた。
ロンは瞳を閉じ、しばらく考えたが、結局何も言えずに目を開ける。
「そうか。…じゃ、明日からまた歩き出すしかないって訳だ、僕達は。」
「そうだね。」
話題はそこで途切れ、また沈黙と共に初夏の風が二人の間を通り抜ける。
ロンが、何かを見つけたように再び口を開いた。
「ハリー、君は一つだけ間違っているよ。」
「?」
「なくしたんじゃない。……今も全部あるんだよ、多分。…ここにはね。」
言いながら自分とハリーの胸を指さす、精一杯の彼の慰めの言葉に。
ハリーは涙が零れそうになるのを堪えながら何とか笑顔を作った。
「……あるのかなぁ?」
「少なくとも、君の歩いた跡は、いつまでも消えずに残るよ。
僕の中に、ハーマイオニーの中に、みんなの心の中に、そしてハリー、君の中にも。」
「ロン。」
「そして、みんないつだって君を見ている。君を呼んでる。君の側にいる。そうだろ?」
言うと、ロンはにっこりと微笑んだ。
「それをどうするかは、君次第だ、ハリー。」
じゃ、僕ポンフリーに捕獲される前にベッドに戻るよ、
と歩き去るいつの間にか随分成長した親友の後ろ姿を見送って。
ハリーは地面にひっくり返って、青い空を見上げた。
新緑の瞳に溢れる、涙がこぼれ落ちないように。
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end.
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