月に吠える

-Howling Moon-



**********





「…で?もう一回聞いてやる。何だって?」

 黒髪の青年が眉間に皺を寄せて尋ねる。
 柔らかな茶色の髪の青年が、ふわんと微笑んだ。
「うん、遙か東の方、ジャパンではね、この日に
 女の子が男の子にチョコレートをプレゼントする習慣があるらしいよ?」
 すっごいいい風習だと思わない?と嬉しげに言われて、
 黒髪の青年…シリウス・ブラックは肩を落とした。
「そりゃ、お前にだけだろう?…
 主食がチョコレートって噂のミスター・ルーピン?」
 しかも甘党だしな、君は。呆れたように首を振るシリウスとは対照的に、
 ルーピンは重々しく頷いた。

「そうなんだ…海を越えてジャパンに生まれてもいい、
 いやこの日は”ルーピンの日”と名付けられてもいいと思うね?」
「言ってろ。」
 口の減らない親友に笑いながら、シリウスは多少意地悪げに
 その己より幾分色素の薄いヘイゼルの瞳を覗き込んだ。

「で?折角のそのルーピンの日とやらに、君はここで何をしてるのさ?リーマス。」
「シリウスこそ。」
 ルーピンが負けじとにっこり微笑み返す。
 二人が今仲良くその決して悪いとはお世辞にも言えない体躯を押し込んでいるのは
 中庭に点在する森番作の掘っ建て小屋の一つで。
 お世辞にも男達が並んで入りたいと思うような代物ではない。
 それだけ言い交わした後、二人はまた何らかの合意に達したらしく口を噤んだ。

 そう、何某かの脅威に追われている場合でもなければ……

「ピーターは?」
「ダメだ、捕まってた。ここに来る前だ。」
 ぼそぼそとシリウスがルーピンの問いに答える。
 ルーピンが肩を落とした。
「可哀相に…あの禍に正面持って勇気と共に立ち向かえるのはジェームズくらいなもんだろ…。」
「あいつは好きこのんで禍の方にのこのこ捕まりに行くんだ、引き合いに出すな。」
 シリウスが多少怒ったような口調で呟く。
「あの裏切り者、友情より女を取った軟弱物、悪魔の手先……。」

「呼んだ?」

 その時、掘っ建て小屋の扉がばくん!と勢いよく開き、二人は文字通り飛び上がった。

 そこには。日の光を逆光に浴びて、
 彼らの親友であるジェームズ・ポッター氏がにっこりと微笑みながら立っていた。

 シリウスが慌てて腰を浮かす。
「ジェームズ、何で…!」
「んー?忍びの地図。ダメだよ隠れんぼは僕得意なんだから。」
 あっさりと言い放つ右手には一枚の古い地図。
 それが城の者全ての場所を示す忍びの地図であることに気付いて、シリウスが肩を落とした。
「ずっるー…それ反則だろう?!」
「なんでさ?」
 緑色の瞳に面白そうな色を浮かべながら、
 ジェームズはハイ、出て?と二人を小屋から引っ立てた。

 シリウスがはぁあ、と深く深く溜息を吐きながらぽむ、と親友の肩を叩く。
「ジェームズ…お前なぁ…リリーの贈り物とやらをわざわざ俺達に分けなくても、
 一人で心ゆくまで独占してくれて構わないんだぞ?」
 しかし親友のこの言葉に、ジェームズは心外だ、とでも言うように首を振った。
「いやだなぁ…リリーの料理は最高じゃないか?何が不満なのさ?」
 ピーターなんかさっきお代わりまでして感激で泣いて帰ったよ?と言われ、
 シリウスがなわけないだろう?!とツッコミを入れた。

 そう。
 この逃走劇のそもそもの起こりは、
 今朝方ジェームズの彼女であるところのリリー・エヴァンスが、
「今日はバレンタインデーだから、みんなにv」
 と特大のハートマーク付きで持ってきてくれたチョコレート…ケーキ?
 の様な代物に端を発するのである。
(ちなみに後になってピーター・ペディグリューが蒼い顔で語った所によると、
 それはケーキというよりテムズ川の海底のヘドロをトロールの鼻水でこねたような
 素晴らしくねとねとした味と臭いの逸品だったそうだが。)
 一目見るなりなんだか不安な物を感じ取った人でありながらそれぞれ黒犬と狼に変身できる
 シリウス・ブラックとリーマス・ルーピンの二人は、
 自分たちの分け前とやらが皿に切り分けられる前に、一散に談話室から逃亡をかましたのだ。

「君たちの分までわざわざリリーは作ってくれたんだよ?
 それを無にさせてリリーを泣かせるなんて、僕にはできない…。」
 だからさ、帰って食べようね?とにっこり微笑む親友に、シリウスが食ってかかった。

「この際だから言わせてもらうけどなぁ、ジェームズ!!
 リリーは美人だし頭もいいし性格もいい、およそ欠点てものが殆どない女性だ、
 それは認める。でもなぁ…あの壊滅的な料理の腕だけは…。」
「え?最高だよ?リリーの手料理…やっぱり愛情っていうエッセンスが入ってるからかなぁ…?」
 横恋慕はダメだよシリウス、という言葉に
 んなわけあるかー!人の話を聞いてんのかお前〜〜!!とシリウスがきゃんきゃん食ってかかる。
 その様子を溜息混じりに見ていたルーピンが一歩踏み出した。

「ジェームズ。」
「なんだい?リーマス?」
 収まりの悪い黒髪の青年がもう一人の親友の方を振り返る。
「えーと、その、つまりね…僕とシリウスは、その、少々常人より嗅覚が発達してるから、
 その…えーと、君のリリーの破壊的、いやあの偉大に刺激的な香りと味には…
 えーと、ちょっと、その、抵抗があってね…??」
 なんとか婉曲表現で納めようとしながら必死で言い訳をするルーピンに
 シリウスが内心舌を巻きながらうんうんと頷く。

「大丈夫だよ?」
 そのルーピンの台詞をジェームズがふわん、という笑顔で遮る。
「大丈夫…って、なにが?」
「リリーはね、君たちがあのケーキを食べたくなさそうだったから…
 特別にあの後、二人宛のチョコを作ってたんだ。」
 羨ましいよなぁ、彼氏として妬けちゃうよ、と首を振って言われた言葉に、
 二人は顔を見合わせる。

「俺達宛って…?」
 シリウスが恐る恐る聞いた。ジェームズがにっこり笑う。
「ん、シリウスは甘い物苦手だから海胆入れたブラックチョコだって言ってた。
 ルーピンは甘党だからね、砂糖を何とか倍量入れたって…溶けきらなくって
 大変だったって言ってたなぁ…。」

「「………。」」
 二人の脳裏に、異様に苦くて生臭いチョコレートと、
 飽和した砂糖が分離した油脂と絡まり合って
 ザラメの固まりのようになっているチョコレートが横切った。

「ジェームズ、まさかお前それ、俺達に喰わせる気じゃ…。」
「当たり前だろ?僕の親友としてリリーに嫌われるような真似は…まさか、しないよねぇ?」
「……。」

 げに恐ろしきは自分たちの幸せを人に伝えるのが幸せ、と感じている馬鹿ップルの決意。
 さー、行こうね?と微笑んで首根っこ捕まれて問答無用で引きずられながら、
 シリウスとルーピンはつつー、っと背中に冷や汗を流した。

「「勘弁してくれ〜〜〜っっっっ!!!」」

 その晩響き渡ったヒト科犬属の雄二匹の悲鳴は、いつまでもグリフィンドールに響き渡っていた。




**********

end.

 

 

お笑い続きですいません…。親世代です。
親世代に関してはドタバタな友情物が好きなようです(笑)
リリーさん料理下手はまぁ、お遊びということで勘弁してやって下さい。

 

+++ back +++