桜坂
-Have his Carcase.-
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あの樹の下に、今も僕は死体になって埋まっている。 「ハリー、おい、君に聞きたいことがあるんだけどさぁ…。」 ロンが、雑誌を手にこちらに近づいてきた。窓辺で風に好きなように髪の毛を嬲らせていた僕は、面倒くさげに振り返る。 「なに?」 「いや、こないだからの話。どうする?僕、ここなんかいいと思うんだけど…。」 指さす先では、魔法で立体的に見えるフラットの間取りが浮き上がっている。 そんなに狭くはないけれど、豪華な訳じゃない。 卒業して直ぐの男の子が二人で住むような、簡素な部屋。 「あー、いいんじゃないの?」 気のない返事に、ロンが顔を顰める。 「なんだよ、もうちょっと真剣になれよな?昨今魔法界も住宅事情は厳しいんだぞ?」 君見たいな大金持ちと違ってこっちは家賃との折り合いは最重要事項なんだからな!と怒ったように言うロンに、少し苦笑した。 だったら、家賃は折半になんてせずに僕が全部持つ、って言ったのに…。 潔しとしなかったのは君じゃないか。 また真剣に不動産雑誌に首を突っ込むこの秋からのルームシェアの相手に、仕方がない、と僕が腰を上げて相談に乗ろうとしたとき。 ぽこん、と先にその赤毛の頭を小突いた人間が居た。 「あ、痛!なにすんだよハーマイオニー!」 ロンが振り向きながら文句を言う。栗色の髪の少女は首を振りながら口を開いた。 「あのね、アパート探しも大切だけど、その前に卒業しなくちゃ!試験勉強は進んでるの?」 「んん、亀より早い。」 「自慢になりますか!!」 ひとしきり小言を呟いてから、ハーマイオニーも雑誌を覗き込む。 「そういえば、あなた達ルームシェアするんだったかしら?」 そう、とロンが頷いて微笑む。やっと話を聞いてくれる人間が出てきたので。 「ここなんかどう思う?ハーマイオニー?」 「ええ?」 言いながら、さらりとこぼれ落ちる長い栗色の髪をうるさそうに耳に掛けながらハーマイオニーがロンの手元を覗き込んだ。 ロンが一瞬目を見開くようにその仕草に見とれるのが分かって、思わず目を逸らす。 「そうね、悪くはないんじゃない?」 「だろ?…寝室二つ取れるしさ、バス付いてるだろ…?」 そうして話をしていると。まるで二人で住む新居を決めているようだよ、と。 喉元まで出かかった皮肉を何とか呑み込んだ。 「でも、こっちの方がいいんじゃない?それなら。…少し広いと思うんだけど。」 「アー、うん。」 何故だかロンが少し歯切れが悪くなる。 その後、もの凄く声の音量を絞って、彼女にだけ聞こえるように、囁いた。 「…ここの方が…君んちに近いんだよ。」 ハーマイオニーの頬が瞬時に桜色に染まる。 …聞こえてるんだよ。 耐えきれなくて。 僕は立ち上がると、二人を残して部屋を後にした。 ***** 箒にのって、どこまでも高く高く飛んだ。 いつも、ロンと二人で魔法使いのチェスで遊んだり、いつまでも他愛ない話をしていた大木。 根本近くに飛び降りるように降り立ち、走ってその幹に手を付く。 はぁはぁと、荒い呼吸を整えながら、茂って重なり合う葉を見上げた。 木漏れ日が、目に眩しい。 「…置いて行かなくちゃ、いけないんだ。」 ホグワーツでの、この輝ける素晴らしい日々。 その中で手に入れた、僕の一番星。 君の名前を呼ぶだけで、胸に込み上げる心を。この、例えようもない暖かさを。 これ以上持ち続けるのは危険だと、頭が警鐘を鳴らす。 もう、今でも熱すぎて持て余しているこの想いが、もし彼に向かって溢れ出してしまったら。 僕達はもう今までの様に一緒には居られないし、何かが壊れてしまう。 「そんなのは、イヤだ。」 君とは、何があっても離れたくないよ。 その為なら、僕は……。 僕は木の下に小さな穴を掘り、今まで何度も心では繰り返しても、 一度も唇には乗せたことのない言葉を、初めて大きな声で、穴の中に向かって叫んだ。 「僕はロンを愛してるんだ!!!」 「ロンが好きなんだよ!誰にだって渡したくないんだ!!」 「なんで、どうしてっ…!!本当は、ハーマイオニーにだってっ……!!」 「僕の方が、ずっと前から側に居るんだ!寮だってずっと同じで…!!」 「一番近くにいるのは、今までだってこれからだって、この、僕だよ、僕なんだ!!!」 そうして、最後に。一際大きな声で、怒鳴り散らす。 「幸せになれよ、馬鹿野郎っ…!!許さないからなっ、誰より…!!!」 ―――――誰より幸せになれ。 一番最後に落ちてきたその言葉が本音なのに驚いて、しゃっくりをしたように言の葉が止まる。 代わりに涙が溢れ出して、レンズに水滴が落ち始めたので、構わず外す。 ぼたぼたと、止めどなく流れ落ちる涙。…暗い穴の中に吸い込まれ、地中に染みこんでいく。 後から後から溢れるそれを拭いもせずに、自然に干上がるまで、僕はそこに留まり続けた。 涙と言葉が、決壊の果てに尽きたとき。 僕はその穴を埋め、上に手近にあった少し大きめの石を乗せた。 これは、僕の彼への想いの墓なのだと、そう決めた。 ホグワーツで生まれた、沢山のハリー・ポッターのうち、少なくとも一人は今日、死んだのだ。 立ち上がる。 泥だらけになってしまった手で、ごしごしと頬を擦った。 「この気持ちは、ここへ置いていくよ。」 大樹に向かって呟く。瞼の腫れと涙の後が引くまで、まだ帰れはしないけれど。 「だけどいつか、もう、これを直視するのがそんなには辛くなくなったら、また取りに来るから。」 ちゃんと、僕の胸の中に埋め直すために。 今は持ち続けるには余りに大きな想いだから。 「だからそれまで、預かって貰えるかな?」 大木は、返事の代わりに一際多く木の葉擦れの音を立てた。 その日、帰り着いた僕は急に消えた僕をずっと心配していたらしいロンとハーマイオニーの質問責めに逢ったけれど。 全部を笑って誤魔化した。不安げにこっちを覗き込むロンに、顔を洗った跡がバレやしないかとヒヤヒヤしながら微笑んでみせる。 「で、アパートの相談だっけ。…決まったの?彼女と二人で暮らす部屋。」 「…殴るぞ、ハリー!!」 たちまち赤くなるロンに笑いながら、僕はゆっくり、二人の未来がたっぷり詰まった日常へと戻ることにする。 そう、全ては終わったんだ。 今から、新しい僕達の生活が始まるのだ、と。 言い聞かせたのに、その夜はやっぱり、ロンが僕を置いてどこまでも先に歩いていってしまう哀しい夢を見た。 ***** 数年後、卒業生代表として請われて講師に来た僕は、ふとあの木の事を思いだした。 どうしても気になったので、帰り道に姿あらわしで一瞬寄り道をする。 僕の、目の前に開けた光景は、一面に真っ白く咲く、花、花、花。 「う、わぁ…!!」 歓声を上げて、木に駆け寄った。 はらはらと大量の花びらが舞い落ちて、僕の肩に掛かる。頭にも。 手の平で受け止めると、真っ白に見えたそれはほんの少し薄紅に色づいているのを知った。 あの時のように木に手を付いて、見上げる。 葉なんか一片も見えない。風が吹くと、ざぁ、と花びらが併せて舞い散った。 雨のように振り続けるそれを受けながら、木の周りを一周していた僕は、ふと小さな石に蹴躓いた。 視線を落とすと。 それはあの、場所だった。 学生時代の最後、僕が彼への想いを全て溢れさせ、永遠に埋めた場所。 僕の想いの、墓標。 そう思ったら、咄嗟にハーマイオニーが昔垂れていた蘊蓄が頭に浮かんだ。 『桜っていう花はね。木の下に、死体が埋まっているその数で、美しさが決まるんですって。』 再び花を見上げる。そういえば、この木は桜だったか。 螺旋を描いて振り続ける花弁に目眩がした。 僕の想いで、この木にはこんな綺麗な花が咲いたんだろうか。 穏やかに、優しい気持ちで、僕は手の平の中の花弁に向かって語りかけた。 「あの二人は、来年結婚するよ。…幸せそうだよ、この世の誰より。」 微かに言葉が花弁を震わせたのを確認して。 僕はその花弁に息を吹きかけ、遠く遙か彼方まで吹き飛ばした。 これからも、毎年この季節に、僕の想いはこの木に素晴らしい花を咲かせればいい。 こんなに綺麗に、儚げに昇華された想いなら、やっと僕は受け止めて、向き合えそうだから。 君よずっと幸せに 風にそっと歌うよ 愛は今も 愛のままで
...end.
イギリスにソメイヨシノはないというツッコミは不可!(笑) カンザクラはちゃんとあって咲いてましたよvそれなりに((((^^; あんたこの歌でよりによってハリロン?!とか言われそうですが(笑) 勘弁してくださ…!!!
********** 君よずっと幸せに 風にそっと歌うよ 愛は今も 愛のままで 揺れる木漏れ日 薫る桜坂 悲しみに似た 薄紅色 君が居た 恋をしていた 君じゃなきゃダメなのに ひとつになれず ―――"Sakurazaka" By Masaharu FUKUYAMA
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