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「嫌いだけど、しょうがないな。」 「大っ嫌いだけど…でも、まぁ…」 愚痴を零しながらにらみ合っているのは燃えるような赤毛の少年と、月光を固めたような白金の髪の少年。グリフィンドール寮のロン・ウィーズリーとスリザリン寮のドラコ・マルフォイだった。この二人、親同士も同じ職場で仲が悪いこともあり、とことんまで気が合わず、ドラコが入学以来ライバル視していたハリー・ポッターとよりも、実は衝突回数は多いかもしれない。そもそも初対面でハリーとドラコが意見を違えたのも、元はと言えばドラコとロンの確執が原因だったし。 とにもかくにも、おおよそ共通点の見つからない二人がやっと見つけた緩衝地帯、それがハリー・ポッターだった。 ロンはハリーの大親友で。 ドラコはハリーの…お気に入りで。 けれど、双方とも、相手がハリーと仲がいいのが気にくわない。 二人が事あるごとに自分を巡っていがみ合うのに疲れ果てた彼が、 「ああもう、ロンもドラコも、どっちかとだけ一緒にいるのなんか選べって言われたって僕には出来ないよ!そんなに喧嘩ばっかりしてるんなら大嫌いだ二人とも!」 と遂にキレて走り去り、取り残されて猛省した挙げ句…二人の会話は冒頭に戻る。 「これからは、ハリーのために「少しは」仲良くしよう。」 「ああ、「ハリーの為に」努力してやろう。」 言いながら、またお互い相手の言葉にむっとする。まったくハリー・ポッターさえ居なければ、こんな奴とは口も聞かないのに。 不機嫌な表情のまま、ドラコが口を開いた。 「と、言うわけで。少しは、親睦を深める努力でもするか。おい、ウィーズリー。お前、趣味はなんだ?」 「…クィディッチ観戦とか…」 「チームは?」 「チャドリー・キャノンズ。」 「あの万年うだつの上がらないチームか?趣味が合わないな、却下。他に何かないのか?」 「うるさい!」 聞きようによっては見合いの席の会話とも取れる『ご趣味は』トーク一発目は不発に終わったようだ。ふてくされながら、それでもロンが次の言葉を続ける。 「他は…チェス、とか…」 その言葉に、ドラコが反応した。 「チェス?強いのか?」 「弱くはないよ。一年の時、あの事件でマクゴナガル先生の巨大チェスを破ったのは僕だぜ。」 ふふん、とふんぞり返るロンに、ドラコが言った。 「そう言えばそんなこともあったかな。僕もチェスは好きだ。じゃあ、とりあえずやらないか?スリザリンには僕の相手になる奴が居なくて退屈していたんだ。」 「ああ、いいよ。僕だってグリフィンドールでは敵なしだぜ?スリザリンのチャンピオンの腕前、見せて貰おうじゃないか。」 「いいぞ、じゃあ、談話室で待ってろ!」 駆け去っていくドラコの後ろ姿には先ほどまでの不機嫌の欠片もなく。「現金な奴。」と呟いて踵を返したロンの歩調も、また心なしか弾んでいたのだった。 各寮のテーブルが並ぶ全寮共通のバンケットルームは、生徒達が思い思いの時間を過ごす場所でもある。グリフィンドール寮のテーブルに近づいたロンに、ノートを広げながらハーマイオニーとなにか話しこんでいたハリーが冷たい視線を投げた。どうやら、まだご機嫌は回復していないようだ。 「あら、ロン。宿題でもしに来たの?」 その場の雰囲気に気づいていないハーマイオニーが隣の席を勧める。 「ううん。ちょっと、待ち合わせ。ありがと、ハーマイオニー。」 言いながら軽く手を振って誘いを断り、ロンは二人から少し離れた空席に腰を下ろした。手に持っていた荷物を向かい側の席に置き、席取りをする。 「あら、珍しいのね。」 ロンの兄弟である監督生のパーシーも双子のウィーズリーも妹のジニーもグリフィンドールのテーブルで思い思いの事をしているのを見て、ハーマイオニーが誰と待ち合わせなのかしら、と首を傾げた。 「ハーマイオニー、それで、この間の箒の不調なんだけど…」 ロンのことを全く無視して話を続けようとするハリーの視線が、彼女の背後でぴたっと止まる。 「どうしたの、ハリー…?」 いぶかしんだハーマイオニーが背後を振り返り、同じく絶句した。 「おい、ロン・ウィーズリー。盤を持ってきたぞ。」 頭上から降る軽やかな声は、別寮の少年のもの。赤と金の洪水の中にあって目立ちに目立つ銀と緑のネクタイ、毒蛇の紋章。声をかけられた燃えるような赤毛の少年は、振り向くとたった一言 「ここだ、待ってた。」 と、微笑んだ。 一瞬の沈黙。 のち、騒然。 なにせホグワーツでも有名な犬猿の仲の二人が仲良く会話を始めたのだ。おまけに、ドラコがグリフィンドールのテーブルに近付くことも、今までは皆無と言っていいくらいだったし。騒ぎはグリフィンドールの机だけに収まらず、遠く離れたスリザリンの机でも上に飛び乗ってこちらを見物している人間が居る。当の二人はそんな周りの騒ぎなど全く関知していないらしく、ドラコはいそいそとロンの向かい側に腰を下ろし、重そうに抱えてきた大理石のチェス盤と箱を下ろした。ロンが目を輝かせる。 「すごい!これ、君のかい?マルフォイ!」 「ああ、昔、どうしても欲しくて父上に買っていただいたものだ。駒はこれだ。」 言いながら革張りの大きな箱を開け、美しく彩色された象牙のような光沢を持つ駒を取り出す。ロンに一つ手渡してやると、心底嬉しそうに受け取った。 「うわーぁ…いっぺんで良いから、こんなチェス盤と駒、使ってみたかったんだ!」 なぁなぁどっちが白番にする?!僕黒でもいいけど!と興奮気味に駒を手に取るロンに、ドラコが微苦笑を浮かべた。 「そう思ったから持ってきたんだ。だがな、ウィーズリー。この駒じゃ真剣勝負はできないぞ。」 「え?」 なんで?と不審な顔をしながらせっせと白黒の駒を並べるロンに向かって、ドラコは自分の手元の黒の女王をつまみ上げた。 「駒に愛着が出来てしまってな。相手に取らせたくなくなるんだ。」 ロンは瀟洒な細工の施されたドラコの駒を見、丁度手に取っていたまるで生きた馬に乗っているかのような白のナイトの駒に視線を落とすと、「…なるほど。」と呟いた。魔法使いのチェスは、お互いの駒をバラバラに破壊しあうのだ。このナイトが粉砕されるかと思うと、ロンの胸がちくりと痛んだ。見透かしたようにドラコが言う。 「ドラゴンの牙で出来ているから壊れても自然に直るし、そういうものだとは分かっていても、やっぱり惜しくてね。」 「あー、言うなよマルフォイ。試合前から駒が惜しくなっちゃうじゃないか!」 「僕と同じ条件で戦って貰おうと思ってね。」 「…君だって惜しいんじゃないか!勝負する気あるのか?!」 「文句があるなら君のぼろ駒を出せ!」 「イ・ヤ・だね!!」 ぎゃあぎゃあと言い合いをしながら手元だけは休まず、二人は駒を並べ終えた。どちらが先手の有利な白を取るかでかでまた少し揉めたが、(なにせどちらも「お前の方が弱いから白だ!」と主張するので)結局はコイントスで勝ったロンが黒い駒を取る。 「さて。このままじゃ面白くないな。何か賭けないか、ウィーズリー?」 「いいよ。負けたら罰ゲームだぜ、マルフォイ。」 「ほぉう、罰ゲームか。面白そうだ。何にする?」 「そうだな、負けた方がこの机の上で相手のリクエスト曲を振り付き単独コンサート、ってのはどうだい?」 「…いいぞ、乗ってやる。せいぜいダンスの練習をするんだな。」 それが開始の合図になった。睨み合い、お互いに腕組みをする。視線が交錯する。先手のドラコが、おもむろに口を開いた。 「ポーン、e-4。」 「e-5!」 「ナイト、f-3。」 「…定跡から始めるっていうのか?乗ってやるよ。ナイトをc-6へ。」 引きずるような音と共に、盤面の駒が移動を始めた。 ……………………………… 「このまま行くと、ロンじゃないのか?」 「いや、マルフォイも相当いいとこに付けてるぜ。わからない。」 白熱した試合を続ける二人の周りには、いつしか各寮入り乱れた人垣が出来上がっていた。お祭り騒ぎが大好きなグリフィンドールのリー・ジョーダンがどこから持ってきたのか、実況中継のマイクを握る。 「さぁ、魔法使いのチェス、ホグワーツ王者決定戦、いよいよ大詰めを迎えております!勝者はグリフィンドールの雄、ロン・ウィーズリーか、はたまたスリザリンの新星ドラコ・マルフォイか!?ちなみに現在の倍率はロンが3.1倍、マルフォイが2.5倍!微妙に白のマルフォイが優勢です!しかしまだまだ両者の腕は拮抗!試合は白熱の一途を辿っております!」 「ジョーダン!」 「ありゃ、マグゴナガル先生、いらっしゃったんですか…」 「当たり前です。ところで誰が賭をしろと言いましたか。クィディッチとは違うのですよ!静かに観戦できないのなら出てお行きなさい!」 外野で先生と生徒の不毛な舌戦が繰り広げられている中、人垣の中心では、ロンとドラコが、お互いに難しい表情を浮かべながら一進一退の攻防戦を繰り広げていた。普段ならジョーダンと一緒に騒ぎ立てているはずの双子のウィーズリー、ジョージとフレッドも弟の真剣勝負を固唾をのんで見守っている。今や隣に座り込んでいるハリーとハーマイオニーも、瞬きもせず二人の勝負を見つめていた。 実力は、ほぼ互角。 ロンのルックがドラコのビショップを粉砕すれば、ロンが大事に惜しんでいたナイトをドラコのクィーンが盤から引っ張り出し、剣を振り下ろす。お互いにやはり駒が惜しかったらしく最初は控えめな攻防をしていたが、時間が経つに従ってこれでは埒があかない、と思ったのか双方形振り構わない戦術を取り始め、今や盤面は総力戦の様相を呈していた。 「h-1のルック、h-8、だ。」 「キング、d-8。」 ロンのテナーがかった低い声とドラコのよく通るボーイソプラノは好対照で、駒が粉砕される音に混じって室内に響き渡る。 「キング、b-2。」 「キング、d-7。」 盤面に駒が少なくなるにつれ、二人の声も間隔が開きがちになる。 「…キングを中央に寄せるなんて、自棄になったか?ロン?」 「抜かせ。まだ、負けないさ。ドラコ。……ビショップ、g-5」 「…おや、おや…」 いつのまにやらファーストネームで呼び合っているお互いに気づいているのかどうか。永遠とも思われた二人の勝負にも、やがて決着の時が訪れた。 『ナイトのロン』と渾名されるほどナイト使いの巧みなロンが、破壊を逃れた最後の騎士をおもむろに進め、「チェック」と短く声をかける。ドラコがここまでか、と呟いて天を仰いだ。 「チェックメイト!!」 揚々と響くロンの声。同時に、バンケットルームに大きな歓声が響き渡った。 「よくやったな、ロン!!!」 「惜しかったぞマルフォイ!!」 稀にみる名勝負をした二人に、いつの間にか大きく膨れあがっていたギャラリーから次々に声がかかる。背中をばしばし叩かれ、髪の毛をぐしゃぐしゃにされ、先生達にまでねぎらいの声をかけられ…お互いにチェス盤しか見ていなかったほど勝負に集中していた二人は、辺りを見回してただぽかんとするばかり。 「…なんだ、この騒ぎは。」 ようやく自分を取り戻したドラコが呆れ気味に呟く。 「さぁ…」 ロンも首をすくめる。 「ロン!ロン!君は英雄だ!」 「何を言うんだよ、ドラコだって凄かったぜ!」 それぞれの寮生が興奮気味に話しかけ、手を伸ばしてくるのを、ロンは困惑顔で、ドラコは眉をひそめながら受け取った。 「…どうも。」 「それは。」 けれどロンはすぐに周りの騒ぎになど興味を無くしたようにテーブルに向き直り、早くも再生を始めた駒をてきぱきと拾い集めながら、 「面白かった!またやろうな。」 と同じく辟易しながら盤の片づけにかかるドラコに笑いかけた。ドラコも相好を崩す。 「ああ、次は負けないぞ。」 「どうだか。僕だって負けないさ。でも、今回の君だって、クィーンで下手を打たなかったら負けてなかったと思うけど。」 「…言うな。君こそ、まさかあそこでキングを中央に出すとは思わなかったぞ、ロン。…で。」 あらかた片づけを終えると、ドラコはひらりと机を乗り越え、どっかりとロンの前に腰を下ろす。 「負けは負け。男の約束だ。罰ゲームは受けるぞ、ロン。」 さぁ何でも曲を言え、と言われてロンが一瞬呆気にとられた。 「あ、あーあー、そんな話もしてたなー。」 チェスに夢中で忘れてたのに、律儀な奴ー、と言われてドラコが気を悪くする。 「僕は、約束は違えない人間だ!」 「はいはい。んー、でも君、最近の歌手の曲とか知ってるわけ?」 「馬鹿にしてるのか!何でもリクエストしてみろ!!」 僕の美声に驚くなよ!とぎゃんぎゃん吼えかかるドラコに、ロンが苦笑しながら告げた。 「うーん、僕が好きなのはガンダルフとかモルガン・ル・フェイとかヤン・アルランとか最近の歌手だけど。」 「…分かった。」 言うが早いかドラコはグリフィンドールのテーブルに飛び乗り、杖を振った。 「次は必ずお前に歌わせてやるからな、ロン。」 どこからともなく軽快な音楽が流れ出し、ドラコが拍子を取るかのようにとんとん、と爪先を机に打ち付けた。 「…どうだ!」 「…お見それしました。すっげー上手なんだな、ドラコ。」 朗々と三曲ほど歌った後、ドラコが卓上でふんぞり返る。ロンがぱちぱち、と手を叩いた。 「当たり前だ、聖歌隊出身だからな、僕は。ソリストだったんだぞ。」 聴衆の割れんばかりの拍手に軽く手を振って答えながら、ドラコが足取りも軽く即席ステージを降りる。 「良かった、僕勝って。」 君と違って僕の歌じゃいい晒しもんだぜ、と呟くロンを、ドラコが睨め付けた。 「次は負けないと言ったじゃないか。お望みどおりリサイタルさせてやるよ。なんなら次はチェスじゃなく、他のゲームにでもするか?バックギャモンとか…イゴとかショウギでもいいぞ。」 「え?またドラコのオンステージが聞けるのかい?じゃ、次は何をリクエストしようかな。」 「話を聞け!」 なんだかすっかり仲良しな言い合いをする二人の元に、不穏なオーラを出す黒い影が近づいた。 「…楽しそうだね、二人とも。」 『ハリー!』 お互い嬉しそうに呼びかけ、その声が唱和したのに気づいて憮然と顔を見合わせた。ハリーが引きつった笑顔のまま、言葉を続ける。 「なんか僕、二人を仲良くさせようと画策したのがむなしくなっちゃったよ。」 勝手に仲良くなってるんだもんなぁ、と呟かれ、慌てて二人が弁明を試みた。 「そんなことはないぞ、ハリー。僕は君の為に、歩み寄りの努力をしたんだ…」 「そうそう。やっぱり、君が悲しい思いをするのは嫌じゃないか。でなきゃ誰が…」 『こんな奴と。』 またしても同時指差しハモリ音声の後睨み合う二人に、ハリーが心底呆れた表情をする。 「ほんとよく気があってるねー。僕が入る隙間なんてどこにもないみたいだねー。」 仲良くね、お二人さん、と拗ねたような声音で言い捨てて去ってゆくハリーの後を、「一体何を怒ってるんだ君は!訳が分からないぞ!」とぶつぶつ言いながら、ドラコが慌てて追いかけていった。 「……ホント、馬鹿よね。極端なのよ、あんたたち。」 その場で石化し続けるロンの肩を、ハーマイオニーがポン、と叩く。ぎぎぎ、と錆び付いたロボットのように、ロンが首をそちらへ向けた。 「ハーマイオニー!僕、やっぱりあいつは嫌いだ!」 「はいはい。意外と気が合ってるのよね。」 「ハーマイオニー、君まで!!」 バカバカしいったらありゃしない、と言われ、重ねてショックを受けたような表情を浮かべたロンが、何故だかふくれっつらのハーマイオニーに「気なんか全然合ってない!」とかなんとか言い訳がましく更に言い募る。 騒ぎの後で閑散と散っていく聴衆に紛れ、その様子を遠くで眺めながら 「…気が合うって言うか」 「結局、単なる似たもの同士だよな。」 「そうそう何だっけ、同族嫌悪?」 「いえてる。」 と双子のウィーズリーが呟いた感想がドラコとロンの耳に届いたかどうかは。 神のみぞ、知る。 END |