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「満月の…晩?」
「はい。」
何も知らないは無邪気に頷く。
微笑もうとして失敗した。
こんな場面は何度もあったはずだ、落ち着け、と自分に言い聞かせる。
学生時代のボールの誘いも尽く微笑んで拒絶してきた、あの鉄壁の守りの笑顔を取り戻さなくては。
そう、何度もあったこと、なんだから。
まず、言葉を紡いだ。
きっと、主催者はロマンティックだと思ったに違いない。
まん丸な満ちた月、煌々と輝く月光の元、艶やかに踊るカップル達。
…リーマス・ルーピンにはきっと一生涯見ることのない光景だ。
羨んでも仕方がない。
残念だけれど。そう、本当に。
「…残念だけど。」
ごめん、行けない、と言うより早く、否定の語尾を悟ったが焦ったように手を振る。
「そ、そうですよね、先生、私みたいなのに誘われてもご迷惑ですよね?!」
言いながらも、どんどん生花が萎れるように元気を無くす彼女の雰囲気に、
ルーピンが困惑し切って呟く。
「そう…じゃないけど…。」
そうじゃないけれど。
満月の夜でさえなければ、きっと申し出を受けてあげていただろうけれど。
だけれど、その日は満月だから……。
彼が、人ではなくなる日だから。
ふと、誘惑に駆られた。
本当のことを言ったら、彼女はどんな反応を示すだろう。
逃げるだろうか。
嫌悪だろうか。
それとも…。
ぺろり、と思わず舌で唇を湿した。
満月が近づくと、どうも行動が獣じみてきていけない。
馬鹿げたことは止めろ、と心の中の声が呟く。
折角こうしてホグワーツに来てハリーの側にいるのに、全てを台無しにする気か、と。
信条を曲げて人里に出てきた目的を忘れるな、と。
彼女は喋るかも知れない。恐怖するかも知れない。拒絶するかも知れない。
こんなリスクの大きい賭は出来ない。
しかし、人間としての理性を司るルーピンの下から、狼の本性が本音を叫ぶ。
どうしてだ?リーマス。
言ってみればいいじゃないか。
駄目で元々、受け入れて貰えれば万々歳だ。
あいつらのように。
「…やっぱり、駄目だ。」
思わず呟く。がびくんと体を引きつらせた。
哀しげな瞳に、そんなつもりじゃない、と叫びたくなる。
けれど。ルーピンは自制心を総動員して言葉と表情を封じ込めた。
嫌われてしまえ。距離を取るんだ。
そうすれば…安全だから。
これ以上この温もりに触れたら。
自分はきっと、この年端もいかない彼を受け止めろというには余りに酷な少女に、甘えてしまうから。
だから。
なのに。満ちた月齢は、彼の理性にまで影響を与えていたらしい。
気が付くと、ルーピンはに向かって決定的な言葉を発していた。
「駄目なんだ。私は満月の晩は狼になっちゃうからね。」
ある意味、これ以上ないくらい本当の言葉。
辛うじて、オブラートでくるんだ。
冗談めかした告白を、彼女は本当に冗談と受け取ったらしい。
弾かれたように顔を上げ、気負い込んで答えた。
「私、先生が狼でも構いません!!」
必死な様子に、ルーピンは思わず微笑んだ。
彼は文字通り本当に『狼』なのだと、彼女には飲み込めていないらしい。
…そう思わせないように仕向けているのだけれど。
「駄目だよ。お腹が空いたら君を食べちゃうかもしれないから。」
苦笑する。むしろ、君を壊してしまうかも、の間違いかもな、と訂正しながら。
暴れる、なんてものじゃない。
特製の人狼を封じる銀の拘束具でさえ引き千切った過去があるのだ、ルーピンには。
魔法使いで在る上に人狼だ、そこいらのワーウルフとは格が違う。
彼の笑いでぼかした本音を知ろう筈もないが、精一杯気力を振り絞って返事をする。
「そうですね、どうしてもお腹がすいたら…。」
ごくん、と唾を飲み込む。
「私、なんて食べてみたらどうですか?多分、美味しくないですけど…」
彼女も、自分の本当の気持ちをオブラートに包んだ。
けれど、その言葉はルーピンの「狼」の部分に大きく響いた。
「そんなことを言うもんじゃない!!」
珍しく、ルーピンが厳しい声を出す。がびくんと体を竦めた。
ルーピンの言う「食べる」との「食べる」の認識には、百万光年の断層が存在する。
暗喩にて。
男は彼女の命が危険なことを言い、少女は己が彼など恐れていないことを告げている。
だけれど。
客観的に見れば、ルーピンの言いたいことが彼女に伝わるはずがない。
彼は、彼女に一番根幹の情報を伝えていない。
その場合、がしたような解釈がまず、一番当然の反応であろう。
にも関わらず、笑い飛ばす活力はルーピンにはなかった。
厳しい口調のまま、ルーピンは彼女に警告する。
「部屋に戻りなさい、本来なら消灯時間だろう?」
嘘だった。これ以上ここに彼女といたら、次は何を口走るか分からない。
既にルーピンの理性は本性を抑えきれなくなってきている。
今や最も信頼できない存在となった自分自身に怯え、ルーピンは焦れて叫んだ。
「聞こえなかったのか?早く自分の部屋に戻るんだ!!」
自分にはもうこれ以上近づいてくれるな、と。
弱気な人としてのルーピンが叫ぶ。
限界だった。心のたがは既に緩み始めている。
「ミス・!寮に戻らないとディテンションの対象にするぞ!!」
さっと表情を青ざめさせ、が慌てて踵を返して走り出す。
泣き出したいのを堪えているのが分かってしまう、今の自分の鋭さがルーピンには堪らなく嫌だった。
抑えている口元、漏れてくる嗚咽を止めてやりたい。
聴覚は全て彼女に向いている。今の自分の足なら追いつけるだろう。
音もなく、風のように。闇はルーピンの眷属だ。
なのに。根が生えたように、彼の足は石造りの冷たい廊下から一歩も動かない。
こんな、脅し紛いの文句を口にして、折角友好的に築き上げて来た彼女との仲を突き崩して。
いや。これで良かったのだ。
自分は、何処かホッとしている、とルーピンは自嘲気味に認めた。
臆病でも、退屈でも構わない。
リーマス・ルーピンは過去も現在も未来も、誰とも関わりを持ちはしないのだから。
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to be Continued.
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