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「ああ、もう、どうして私ってこうなの?!」
寮の自室に帰るなりはそう叫ぶと、毛布の上にぼふんと体を投げ出す。
同室の少女達はまだ帰ってきておらず、現在の所彼女の独り言は誰にも聞かれる心配はない。
それをいいことに、続けた。
「先生、きっと私のこと嫌味な子だと思っているだろうな…。」
心配しているならしていると素直に言えればいいのだが、の持って生まれた優等生根性はそれを邪魔していた。
茶色い柔らかい髪の毛で、とても穏やかに微笑み、話す『闇の魔術の防衛術』教官。
それがの知っているルーピンの全てだ。
それ以外にも人嫌いで有名なスネイプ教官の部屋に何故か入り浸っているとか、
(このコンビが仲良く談笑している所などホグワーツの生徒誰一人として想像できない)
大好物はチョコレートだとか、それ以外にも継ぎの当たったローブの隠しポケットのあちこちに
いつもなにがしかのお菓子を入れて持ち歩いているらしいとか、
本人は余り語りたがらないがどうやらこの学校の卒業生らしいとか
(何故か隠しておきたそうなのではあえて言わなかったが、新任の彼に校舎を案内しているときに、
ルーピンが暴れ柳を見て『まだあるんだ、懐かしいなぁ。』と呟いたのが聞こえてしまった。)
知っていることは幾らでもある。
けれど、本当に知っていることは幾らもない。
家族は居るのだろうか、とか出身はどこだろう、とか。
ホグワーツにいたのなら寮はどこだったのか、成績はどうだったのか。
ルーピンの根幹を為すような物事は、何一つ。
知らない。
未知への好奇心というのとは少し違う、はルーピン個人に尽きせぬ興味を持っている。
いつの頃からか。
授業中のにこやかだけれども時々見せる過去の戦歴を彷彿とさせる精悍な表情だとか、
ぼんやりと空を見上げているときのどこか淋しそうな横顔だとか、
着古したローブを気にせずいつまでも着ている割に、
着飾っているそこいらの男達より遙かに堂々として見えるのは何故かしら、とか。
勿論、そこにはの主観が少なからず入っているのだが。
有り体に言ってしまえば、はルーピンへのこの好奇心を世間一般でなんと呼び慣わすのか知っている。
だけれど、もうしばらくの間はそのことに気付きたくなかった。
何より第一に、幾らの方が偉そうな顔をしていても所詮は教師と生徒、
ルーピンの方が彼女に対して一歩引いてくれているに決まっている。
この感情を突き詰めたくても、そんなことは夢物語であることも。
取り留めもない脳内の映像を振り払い、はぼんやりと呟いた。
「あれだけ言ったのに、ルーピン先生、晩ご飯、食べてなかったな…。」
そういえば元々そう良くはない顔色がこの頃余計に青ざめて見える時がある。
あれではどっちがスネイプ先生だか分からないわ、とクラスメイトが冗談交じりでからかいの種にするほどはっきりと。
今日も彼女があれだけ言ったにも関わらず、皿の中の温野菜をつついただけで脇へ退け、
滅多にないほど豪華なメインであったドーバーソウルさえ一切れ、二切れ解しただけで止めていた。
辛うじて口にしていたのはデザートのチョコレートケーキと、添えられていた赤ワインのみ。
流石の彼女も不審を感じる。もしかして食べないのではなくて、食べられないのではないか、と。
だったらポンフリーの所へでも行けば良さそうなものだが、その気配も全くない。
どういうことなのだろう、と思っても、立ち入って訊く権利など、勿論に在ろう筈もなく。
悶々としながら、は枕元の教科書の山を眺めた。
いつもならとっくに明日の授業の予習を始めている時間だ。
明日はルーピンの授業はない。
ということは、彼の顔を間近で見る機会は次の授業のある三日後までは自分で作るしかない。
きゅっと唇を噛みしめ、は『闇の魔術の防衛術』のテキストを見つめ続けた。
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「ルーピン、何をぼさっとしている。早く飲んでしまえ。」
かけられた声に、ルーピンはハッとして顔を上げる。
「やぁ、セブルス、すまないね。」
苦笑すると、苦い煙の立ち上るゴブレットに顔を顰めながら口を付ける。
軽く噎せ返りながらも何とか中身を全て飲み干し、大きく息をついた。
「…いつも思うけど、甘味ってつけられないのかな?これに。」
自信作にけちを付けられ、スネイプが顔を顰める。
「何を贅沢なことを。我輩に作って貰えるだけ有り難いと思え。」
「その通りだけどね。」
苦笑しつつ腰を上げる。
「やっぱり君の処方は桁違いに効くね。随分楽になった。」
「それは良かった。我輩も虫歯だけは治療できないからな。」
暗にチョコレートの摂取過剰を言われていると知り、ルーピンが首を振った。
「ダンブルドアには少し太った方がいいと言われたんだけど。」
「そうだな。まぁ、ポッターの奴と居れば嫌でも身が細る思いはする事になる。」
ルーピンは軽く苦笑しながら顔を上げた。
「親父の方?息子の方?」
スネイプは返事をせず、黙って器具を片づけ始めた。
ルーピンもそれ以上は特に頓着せず、腰を上げる。
部屋を出ようという間際に、陰鬱な声が後ろから警告を飛ばした。
「…あまり深入りをするな、リーマス・ルーピン。お前はそう長くここには居ない男だ。」
ぴたりと足を止め、ルーピンが硬い声を出す。
「何のことだい?セブルス。」
スネイプも器具を片づける手は止めず、その合間に続ける。
「とぼけるな。あらゆる事にだ。ハリー・ポッターのこと、ブラックの奴のこと…。」
苦虫を噛み潰したような表情と声で、スネイプは低く数え上げる。
「そして、・だ。」
ぴく、と僅かにルーピンの肩が動く。
「…考慮する。」
「そうか?随分と入れ込んで居るようではないか。一人の生徒に。ダンブルドアも、世話役など付けねば良かったのだ。」
スネイプは追及の手を緩めない。片眉を跳ね上げ、厳しい口調であくまで彼を糾弾する。
「わきまえろ、お前は人狼だぞ、リーマス・ルーピン。」
ドアノブに手をかけたまま、ルーピンは唸るような声で呟いた。
「……片時も忘れる事はないよ、それだけはね。」
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to be Continued.
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