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□聖夜の挑戦者…The Holy Night Challenger
聖夜。クリスマス。…まぁ言い方は何でもいい。
要は一年に一度、家族やら恋人同士やら友人同士が寄って、七面鳥とここイギリスでは一ヶ月、酷いところでは一年も前から仕込み済みのクリスマスプティングを食べたり、ブランデーの炎の中から干しぶどうを掴みだして食べたりする、ある意味居たたまれないような、あの長くて短い一日である。
ちなみに、この一日…というか一晩が長いか短いかは、ひとえに演出する側かそれを楽しむ側か、ということに尽きてそれに二分され、決して中間は無いのだが。
無論。ここホグワーツでも、役割はきっちり二分されている。年越しを諸事情で自宅では迎えられず、寮に居座り続けている生徒達は、享受側。
そして演出するのは勿論、というか当然、と言うか教師……。
特に当代の校長はこのようなお祭りイベント行事には魔法以上の天才的なセンスと煌めきを持つと言われているアルバス・ダンブルドアである。…盛り上がらないはずがなかった。
……一部の教員を除いては。
その朝の食卓、…パブリックスクールというのは魔法界であっても教員は揃って食事をとるのだが、(ちなみに教師は壇上、生徒は下、ときっちり区別が付けられており、中間はない。)朝礼も兼ねてその日の伝達事項を伝える席で、校長はにっこり微笑んで、こう言い放った。
「今年のサンタ・クロース役は誰にするかのう?」
「「「………。」」」
途端、朝食のあるいはトースト、あるいはシリアル、あるいはフルーツや紅茶を口にする動きが止まった。
歓談が止む食卓の中、校長の腹心である森番がまず口を開いた。
「校長、俺は校長の言うことには大体反対はしたくないがね、あのマグルの習慣だけはどうかと思うんですがね…。」
隣で変身術の教官が頷く。
「そうですわ、アルバス。…それに、生徒達に見せるなら本物の方が良いではありませんか。…フィンランドからお呼びになれば宜しいのに。」
「ああ、ヨウルプッキかね?…あれはそれこそマグルの善良な少年少女だけで大忙しじゃ、儂等のような彼奴と同じ領域に片足突っ込んだ面々の面倒までは見きれんじゃろうよ。」
ダンブルドアは苦笑しながら朝食のゆで卵の頂を銀のスプーンでつついてヒビを入れる。収まらないらしいフリットウィックが、ぶつぶつと続けた。
「しかし、だねぇ…しかし、危険だよ、あれは…生徒達は楽しみにして起きている輩が要るし、例え眠りの魔法や煙を室内に充満させても、グリフィンドールのウィーズリー兄弟のように罠を仕掛けている輩がいる。」
「先生なんぞ体が小さいからまだいいでないですか。俺なんか寮の煙突を通るだけで一苦労でした…。」
「あなたは正面から入れば良かったのですよ、ハグリッド。」
ワイワイと交わされる会話。そう、ここ数年と言うもの、マグル世界の「サンタ・クロース」の話を聞きつけた校長が、ここホグワーツにもそのマグルの伝説を取り入れて聖夜の演出の一つにしているのだった。赤い服を着た教官扮するサンタは、獅子、蛇、鷹、穴熊の四寮を巡って、各生徒の枕元に贈り物を置いて帰ってくるその光景は、同じ夜に世界のあちこちで繰り返される光景と全く変わらない。
ただし。一筋縄ではいかないのがこの学校というもので、それには歴然とした裏ルールが存在する。この教官扮するサンタを見事捕獲した生徒は、校長から特別功労賞が与えられる、と言うものであった。…ただし、生徒は教官に起きているのを見付かっては行けない。それは歴然たる規則違反になるので、教官は堂々と寮から減点することが出来る(ついでに罰則も与えてもいい)。
ここ数年、教官側に失敗者は出ていない。…睡眠薬、眠り魔法、小道具、マジックツール発見器、となぜか教員側も沽券とプライドにかけて必死で完全武装していくからである。
とにかく。このストレスフルなサンタ役を、誰もやりたがらないのは当然と言えば当然であった。
「まぁ、そういわず。生徒達は楽しみにしておるのじゃから。…今年は誰がいいかのう…トレローニ先生、いかがかな?」
「あたくし、今年の占いでは聖夜は一歩も部屋から出てはいけないことになっておりますの、ご辞退いたしますわ。」
出た瞬間に恐ろしい災厄に出くわす、となっておりますもの、と続ける占い学の教官をマグゴナガルが冷たい目で見る。…ちなみに彼女は昨年レディ・サンタを立派に勤め上げており、今年声がかかる心配はない。
猫だの何だのに変身して侵入してきた変身術教官を目にしたものは、結局一人も居なかったという、初代サンタ役であった校長自身に次ぐ完遂ぶりであったとか、なかったとか。
「そうかね?では…恨みっこ無しでくじ引きで行こう。」
ダンブルドアは微笑むと、どこからともなくこよりの束を取り出した。
「先に赤い印のあるのを引いたものが、当たりじゃ。」
各教官は渋々ながら一本ずつそのこよりを引き抜く。
運命のロシアンルーレットを引き当てたのは……
「…セブルス、では頼むとしようかの。」
この世の終わりのような凶相を浮かべた、魔法薬学教官セブルス・スネイプ氏であった。
昨年度の戦士であった獅子寮の監督教官がため息混じりにアドバイスをする。
「セブルス、…老婆心ながら申し上げますが、最も危険なのは双子のウィーズリーが入学してからと言うもの、群を抜いてグリフィンドールです。今年はグレンジャーやポッターも参戦するはずですし、お気をつけ下さい。」
「…ご忠告痛み入る、ミネルバ。」
「昨年は寮内に踏み入った瞬間、警報が鳴る仕掛け、落ちてくる網、階段には無数に張り巡らされた糸!!…ロングボトムが落とし穴に落ちたり、大騒ぎでした。後から生徒が夜中に用も足しに行けないような仕掛けは止めなさいときつく注意をしたのですが…。なんならその晩だけ合い言葉をお教えしても宜しいですよ。」
「いや。…お気持ちだけ受け取っておこう。」
些か非友好的な成分を含んだ会話が数度交わされた所で紅茶のポットが皆に回され、朝食時間の終焉が告げられた。
***
「なぁ、おい、今年のサンタは誰かな?」
嬉々とした表情で、フレッド・ウィーズリーが友人達に尋ねる。
サンタ役の教官は公平を期すため、クリスマスの翌朝まで公表されることはない。
「去年がマグゴナガルとは思わなかったなぁ…。お陰で散々だったよな。ダンブルドアだったりしたら、なかなか難しそうだし。」
友人のリー・ジョーダンが首を捻った。その隣でジョージ・ウィーズリーがフリットウィックでもちびっこいから難しいぜ、とぼやく。
そんな兄たちの騒ぎを横目で見ながら、ロン・ウィーズリーは肩をすくめた。
「あいつらの気が知れないよな。…大人しくもらえるもの貰って、寝てりゃいいっていうのに…わざわざ危険を冒しに行くあの神経がよく分かんないよ。」
その隣で本を広げていたマグル出身の少年少女が苦笑する。
「確かにそうね…サンタ・クロースは捕まえるものじゃないもんね、ハリー。」
「…僕は来たこと無いから、捕まえようとしたことはあるけど。」
ハリーが頭を掻きながら告白する。ロンがふっと顔を曇らせた。
…叔父叔母の家で邪険にされた彼は、クリスマスにプレゼントを貰ったことがなかった、と言っていた。
きっと、幼い頃、サンタが自分を忘れているに違いない、と切ない気持ちで起きて待っていたりしたことが、何度もあるに違いない。隣を見ると、同じく気付いたらしいハーマイオニーも、少しけぶった表情になっていた。
「アー、まぁ、何にしても、今年も誰かがサンタでうちの寮に来て、結構なものを置いていってくれる。…それでいいじゃないか。」
第一、捕まえたりしたらそこでお仕舞いだぜ?プレゼントもさ、と至極尤もなことを言うロンに、ハーマイオニーが横から相づちを打つ。
「それもそうよね。…果報は寝て待て、よ。ハリー。ゆっくり休んで、冒険は双子に任せましょ。」
「そうそう、ただでさえ僕達、冒険だの探検だのの回数、多いんだから。クリスマスくらいお休みにしようぜ?」
な?と赤毛の少年がひょうきんに笑う。
ロンとハーマイオニーの気遣いに、自分が失言をしたことに気付いて少し居たたまれなかったハリーが、その通りだね、とふんわり微笑んで見せた。
□三人組の密談…Magi's advisement
グリフィンドールのこの三人組がサンタ捕獲戦に参戦することになったのは、全くの偶然、というものに依るところであった。
クリスマスの前日。翌日のイベントについて嬉しく語り合う三人組の背後から、不吉な影が近づいた。
「こんな所で何の密談かね?ポッター、ウィーズリー、グレンジャー。」
「「「…スネイプ先生。」」」
三人は異口同音に呟いて、恐る恐る振り返った。
そこにはいつもの闇色の衣に身を包んだ、魔法薬学教官セブルス・スネイプの姿があった。
「また何か良からぬ事を企んで居るのでは無かろうな…。」
「滅相もないです!」
慌ててロンが首を振る。そちらをじろりと睨んだスネイプが続けた。
「貴様の双子の兄達など、勉強以外のことで随分多忙そうではないか。…授業中に罠の仕掛けの設計図を作るのは、吾輩は感心しない。」
「…。」
流石に言い訳のしようもないロンが黙って首をすくめる。スネイプがハーマイオニーの方を振り返った。
「グレンジャー。」
「…はい?!」
まさか自分が声を掛けられるとは露ほども思っていなかったハーマイオニーが、慌てて姿勢を正す。
「…マグル出身のお前に尋ねたいのだが、トナカイの鼻はなぜ赤いのかね?」
「そ、それは…。」
急に質問されて、流石の博学のハーマイオニーも一瞬言葉に詰まった。なんとか頭の片隅から有名な歌が回転するのを必死で押し止めながら正解を発掘する。
「た、たしか…その鼻が光って、サンタの水先案内をするからです、先生。」
「…そうか。」
スネイプは何事か考え込みながら、おもむろに立ち去った。
「…何だったんだ?ありゃ。」
ロンが鼻の頭に皺を寄せて首を傾げる。
ハリーがぼそっと歌い出した。
「真っ赤なお鼻の〜♪」
「ハリー止めて、止まんなくなっちゃう!」
ハーマイオニーが必死の勢いで首を振る。ロンは話題が分かっていないらしく、ぽかんとしてそんな二人を見ていたが、やがてふと、何か思いついたように顔を上げた。
「…なぁ。」
「なに?」
少年の呼び声に、ハリーとハーマイオニーが振り向く。いつもより多少真剣な面もちで、声を低めて、ロンは二人の耳元に顔を寄せた。
「僕、ちょっと思ったんだけど。」
「…?」
「…なんでスネイプはあんな事をわざわざ、君に?」
「クリスマスが近いからじゃない?」
ハリーは気にも止めていない。ハーマイオニーはしばらく考えた後、
「…誰かに聞いて興味があったからじゃないかしら。スリザリンにはマグル出身者ってあまり居ないし。」
と答えた。
「そう、でも、なんでスネイプがそんなことに興味を持ったのかな?マグルの習俗に?」
「…そういえば、妙ね。」
ハーマイオニーが首を傾げる。ハリーがはっとしたように顔を上げた。
「僕、分かったような気がする。…ロン。まさか。」
「そう。」
赤毛の少年が珍しく人の悪げな微笑みを浮かべた。
「十中八九、今年のサンタはスネイプだぜ…?行こう、ジョージとフレッドに教えてやらなきゃ。」
言って、そそくさと寮に帰りかける彼のローブを、後ろからハーマイオニーが掴んだ。
「待って。」
「…っ、何だよ?早く教えてやった方が、その分作戦も早く立てられるだろ?」
がくん、とつんのめったロンが不満げな表情で振り返る。
「それとも、僕の推理に何かご不満な点でも?グレンジャー探偵。」
「ううん、ロンの推理は当たっていると思う。…やるじゃない。」
「そりゃ…でも、じゃあなんで止めるのさ?」
珍しく誉められて頭を掻いた少年が、首を傾げた。ハーマイオニーがあなたはそれだから詰めが甘いというか人がいいというか…と首を振る。
「情報は有益に使わなくちゃ…あのね。サンタがスネイプなら、私たちで捕まえることにしない?」
「「はぁ?!」」
これにはロンだけでなく、ハリーもビックリした表情をした。ハーマイオニーがにっこりと天使の微笑みで頷く。
「だって、これって要は先生と生徒の知恵比べみたいなものよね?呪文や魔法の知識を総動員して、相手を引っかけるんですもの。…私、試してみたくても使う機会の無かった魔法って、結構あるのよ。」
「おいおいおい、ハーマイオニー。」
「…去年はまだ、私たち、下級生で参戦権が無かったし…ね?」
―――マジだ。
少年達の脳裏に、少女が暴走して止めきれなかったポリジュース薬の一件が鮮やかに蘇った。ハーマイオニーがこうと決めたら、もう彼等では絶対に覆すことは適わない。
「…しかも、スネイプね。相手にとって不足はないわ。手加減無しで思い切りやれる。」
「…僕、今生まれて初めてスネイプに同情したか…」
「シー!」
ぼそっと呟くロンの足を、ハリーが踏んづけた。
「で、でも、クリスマスは明日だよ?ハーマイオニー。今からじゃ間に合わないよ。」
ハリーがもっともな意見を述べ、ロンが慌ててそうそう、と頷いた。
「関係ないわ、今から作戦を立てて、ライトスタッフな相棒が居れば…。」
「Right Stuff(正しい資質)…?!」
「お願い、ハリー、ロン。協力してくれるでしょう?」
そんな可愛く手を合わせて「お願い」しても駄目なもんはダメー!!と、ハリー達の背中を冷や汗が伝う。ロンがうろうろと視線を彷徨わせた。
「いや、僕達はどっちかっていうと…なぁ、ハリー。」
「うん、"Light Stuff(あ・軽い人々)"程度にしか…。」
スネイプに対抗なんてとんでもない!役不足で!!と揃って首を振る秘密の部屋クリアの勇者二人に、女ボスがトドメの一言を投げた。
「…じゃ、早速図書館で作戦を練りましょう!」
「「…………。」」
個人の意向とか民主主義はどうした、多数決は、という言葉を思い切り嚥下して、ハリーとロンはため息を付きながら急に生き生きとしだした少女の後に続いたのだった。
□大いなる作戦…Mission Impossible
「で、どうするのさ?」
行儀悪く図書室の奥まった机に腰掛けたロンが、ハーマイオニーに尋ねた。隣で窓枠にもたれ掛かるハリーが後を受けて頷く。
「そうだよ。フレッドとジョージでも、何年もチャレンジして成功してないんだよ?ハーマイオニー。僕達、何の下準備もしてないのに…。」
「あら、そうかしら?」
ハーマイオニーがにっこり笑う。ハリーがその表情を見て尋ねた。
「…勝算があるのかい?」
「無けりゃ、こんな相談、しないわ?」
「へぇ、どんなさ?」
ロンががたん、と椅子を揺らして体を乗り出した。お行儀悪いわよ、ロン、とハーマイオニーが眉を顰める。
「堅いこと言うなよ。…スネイプをぎゃふんと言わせられるなら、僕一枚乗ってもいいな。」
「ロン…。」
自信たっぷりの彼女の態度に、掌を返したように嬉々とする親友に、ハリーが顔に手を当てた。
「一枚どころか、二枚も三枚も乗って貰うわよ、ロン。…あなたは実行部隊なんだから。」
「…僕がぁ?!」
割り振られた役割に愕然とした表情になりながらロンがハリーに視線を送る。
「…ハリーの方が向いてるんじゃないの?」
ハーマイオニーが笑った。
「ハリーにはもっと大事な役目があるもの。」
「…大事な役目?」
ハリーが首を傾げる。ええ、そうよ、とハーマイオニーは彼の方を向き直ってキッパリと告げた。
「…おとり役。」
―――ぴし。
ハリーの表情が凍った。ぎぎぎ、と錆び付いたブリキの玩具のようにカクカクした動きでハーマイオニーの前から逃げ出そうとする。
「アー、僕、クリスマスの晩って何か予定があった気がする、えーと、えーと、そう、デートだったかな…。」
「誰とよ。」
さっくりと突っ込まれ、ハリーが狼狽えた表情になる。
「…えーと、えーと…ロン、そう、ロンと二人でハグリッドの小屋で夜明かし…。」
自分に課せられた使命を聞いた瞬間、恐々として聖夜の予定を捏造しようとする魔法界の英雄に、ハーマイオニーが苦笑した。
「ハリー、大丈夫。減点は無いから。寮則を何度も読み返したけど、談話室で寝ちゃいけないなんて記載は何処にもなかったわ?」
「スネイプなら何かでっち上げるに決まってるさ!!」
ハリーが叫んだ。その隣でロンがそりゃもっともだ、と頷く。
「それに、タヌキ寝入りなんてしてたらスネイプにどんな恐ろしい目に遭わされるか…。」
「あら、寝てていいのよ。実行部隊はロンだって言ったでしょ?」
「怖くて寝てられるかそんなもん!!」
ハリーが頭を抱え、流石のロンも親友に同情の視線を送った。
「アー、ハーマイオニー、他に方法はないのかい?つまり…もっと確実で堅実な…そう、ポリジュース薬で校長に化けるってどうだい?」
「忘れたの?ロン。あの薬は作るのに一ヶ月かかるの。材料もスネイプの部屋から取って来なきゃだし。」
ちろりと冷たい目で睨まれて、ロンが首をすくめた。
「いい、時間がないの。多少危険で荒っぽいけど、成功率はこの作戦が一番高いわ?…聞いて。」
ぼそぼそと囁かれた密談に、少年二人の顔色が蒼さを通り越して土気色になってくる。
「…どう?」
「で、その間ハーマイオニーは?」
「私は今から帰ってベッドに本人の代わりに寝かせておく人形を作らなきゃいけないの。」
「いや、だから…決行時に、君はどうしてるかって聞きたいんだけど…。」
ロンの問いかけに、ハーマイオニーはにっこりと微笑んだ。
「…作戦の成功を見届けないのは辛いけど、寮で寝てるわ、大人しく。」
「「…………。」」
ハリーとロンが視線を合わせて、深いため息を付いた。ハーマイオニーがどん、とロンの背中を叩く。
「頑張ってね、こういうの、本当は得意でしょ?チェスプレイヤーさん。…絶対キングを捕られないようにね。」
「…代わりに他の駒は死屍累々のような気もするけどね……。」
特にナイトの駒なんか危ないと思うなぁ、大抵真っ先に犠牲になるもんなぁ、いいよね女王は大事にしてもらえて、と暗喩含みの皮肉をちくちく飛ばすロンに、彼に運命を預けることをハリーは心底不安に思ったのだった。
□監督生の苦悩…Christmas Event of The Misery Prefect.
クリスマスの夜の宴会は、いつもの通り楽しく過ごした。
ハリーとロンの顔色がやや悪いことに級友達は誰も気付きもしなかったようであった。
「ジョージとフレッドはの作戦、聞き出せた?ロン。」
ハーマイオニーが赤毛の少年の前に座ってきつね色に焼けた鳥肉を口に運びながら訊いた。
ロンが微妙な表情で珍しく減りの悪い皿の中身をつつきながら生返事をする。
「…アー、うん。」
「じゃ、ルックは完璧ね。…後は布陣を完成させなきゃ…。」
「なぁ、本当に談話室の暖炉から来るのかな?」
窓の外かも、と不安げに尋ねるハリーに向かって、ハーマイオニーは自信たっぷりに微笑んだ。
「しかもフルー・パウダーじゃなくて煙突からね。間違いないわ。スネイプって真面目で几帳面だもの、こういう習慣はきっちり守りたいと思っているはずよ。」
流石に赤鼻のトナカイはどこから調達してくる気かは知らないけど、とそこで少し表情を崩す。
「…ハグリッドにバックピークを借りるとか…。」
「それじゃサンタの身が危ないよロン。でも、ハグリッドか…いい線かも。」
顎に手を当てて呟くハリーに、そんなことはないわよ、とハーマイオニーが苦笑した。
「今夜はピーブスとフィルチもいつも以上に張り切って巡回しているはずだし、…フィルチはともかく、スネイプだってピーブスは避けたいでしょう、きっと目立ったことはしないはずよ。…それより、あなた達はもっとやっておかなくちゃいけないことがあるわ。」
ハーマイオニーの言葉に、すわ新作戦か、と少年達が身を乗り出す。
「何?」
「早く教えてよ!!」
ハーマイオニーはすぐには返事をせず、皿の上のプティングを綺麗に片づけてから席を立つ。
「ハリーもロンも、もっとちゃんと食べないと夜中まで保たないわよ?」
これ美味しかった、お代わりないかしら、等と気楽に呟きながら料理の皿の方へ向かう彼女を呆然と見送って。
「…逞しいねぇ。」
「全くだよ。」
「…ボーイフレンド、できたらの話だけど、苦労するだろうな…。」
「ロン、立候補したら?スリリングだよ、きっと。」
「冗談。ハリーこそ。」
「僕が?!…僕じゃ力不足だよ……。」
「謙遜するなよ英雄。対抗できるのは君しか居ない。」
「友よ、僕は分際という物をわきまえてるよ…。」
等と聞こえないように失礼なことを囁き交わしながら、ロンとハリーは減退した食欲に発破をかけようと皿の上の冷めた肉にナイフを突き立てた。
***
就寝時間が近くなり、グリフィンドールの談話室ではまずは下級生が揃って部屋の中に追い立てられてゆく。
そんな中、人の流れとは逆に、監督生であるロンの兄のパーシーが、部屋の隅でカードゲームに興じる三人組の所に近付いてきた。
「おい、ロン。」
「何だよパーシー?」
手札から顔を上げたロンに、パーシーは顔を顰めながら小声で囁いた。
「今年もこの夜が来た…フレッドとジョージの奴、今年こそサンタを捕まえるって張り切ってる。」
「…うん。」
まさか自分もその一人とは言えないロンは黙って首を縦に振る。
「去年はあいつらが寮の廊下に縦横無尽に張り巡らせた警鐘魔法付きのワイヤーに何回もたたき起こされたな、覚えてるか?」
「…ああ。よーく。」
その度にネビルだったり誰かのペットのフクロウだったり猫だったりする闖入者に耐えかねて、パーシーが監督生権限で魔法を解除させたのだ。
…実際にはその隙に、猫に化けたマグゴナガルも堂々と寮内に侵入を果たしていたのだが。
しかもどうやらプレゼント自体もずっと前から男子寮の中に隠してあったらしい。
侵入すればあとはタイミングを待って、配ってまた猫になって手ぶらで逃亡すれば良かった。
その話を聞いたとき、マグゴナガル先生は教官よりは怪盗に向いて居るんじゃないか、とロンは妙に感心した物だ。
「今年こそ、今年こそ、あいつらに馬鹿な真似をさせないようにするべきだ!そうは思わないか、ロン?!」
どうやら当の双子には相手にされず、末弟を味方に引き入れに来たらしい。憤懣やるかたない口調で演説を続けた。
「あいつらの手の込んだ妨害作戦の所為で、今年は僕の寮の外回りの巡回がナシになったんだぞ?!外はいいから内側で弟を見張っていろって、今日の昼間マグゴナガル先生に呼び出されて、みっちり注意されたよ。」
「…それが?」
いいじゃん、寒いのに外に行かなくて済んで、とロンはあっけらかんとしたものだ。
「良くない、他寮の監督生とも話し合って、侵入するサンタの手助けをするのも監督生の仕事の一環……。」
言いかけて、流石に喋りすぎたと思ったらしいパーシーが口を噤む。
しかし、『他寮の監督生』の一言で、ハリーとハーマイオニーは何となく事情を察した。
恐らく、パーシーはレイブンクローの監督生であるガールフレンドと、その特権を生かしてクリスマスになにがしかの約束をしていたに違いない。
彼の怒りが限度を知らない弟たちに向かうのも尤もだと言えた。
ところが。ここで人一倍鈍いはずの末弟が、意外な鋭さを垣間見せた。
「…もしかして、ペネロピーとなんか約束でもしてた?」
ロンの質問は、兄にとって非常に痛いところを突いた様であった。弟と同じ赤毛の頭と同色に頬が見る見る染まっていく。
やっぱりロンの兄さんだよね、とハリーとハーマイオニーは場違いな感想を抱いた。
「あ、いやっ、そのっ…。」
先ほどまでの勢いは何処へやら、急にしどろもどろになる三哥に、ロンが面白そうな表情になった。
「あれ、そうなんだ。…ふーん。」
「いや、違う、お前の考えていることはみんな違うぞロン!」
「僕何にも言ってないってば…でもなぁ、ひょっとしたらジョージやフレッドに口が滑ってなんかぺろっと言っちゃうかも…。」
「…っ、脅す気か?」
「まさか。あ、パーシー、僕さぁ、クリスマスに欲しいものがあるんだけど……。」
「一応聞いてやろう。…なんだ?」
「こないだチャドリー・キャノンズの新しいTシャツ出たんだよねー、あれかっこいいと思わない?」
「…お前、クリスマス用に母さんが送ってくれた小遣いは?!」
「あー、ハニーデュークスでカエルチョコに化けた。」
「…………。」
はぁ、とパーシーが深いため息をつく。
「…ジョージとフレッドを足止めするのに協力するなら考えてやってもいい。」
「やり!パーシー毎度あり!!」
「ホントに手伝えよ?!」
「分かってるって!」
兄弟の会話を笑いながら見つめていたハリーとハーマイオニーだったが、商談が一区切りついたらしいところでハーマイオニーが二人の間に割って入った。
「心配要らないわ、パーシー。…どうせなら、寮内の見張りは私たちに任せて、あなたは外に行ってもいいわよ?」
「本当かい、ハーマイオニー。」
聞いた途端に嬉しそうな顔になるパーシーに向けて、ハーマイオニーがにっこりと微笑む。
「あら、パーシーのために協力するのは当然だわ?ロンのお兄さんだし…何と言ってもグリフィンドールの『監督生』なんですもの!ねぇ?ハリー。」
振り返ったその顔には、『同意しろ』と書いてある。ハリーが必死の勢いで首を縦に振った。
「君たち…。」
感激したらしいパーシーが言葉を詰まらせる。
「寮の中の見張りは私たちに任せて、あなたは思う存分外の巡回をして大丈夫よ。勿論、サンタに見つかるような事はしないから、安心して。」
「ハーマイオニー、協力を感謝するよ!!」
「あ、でも……。」
ふと困ったような顔になるハーマイオニーに、すっかり絆されたパーシーが
「何か?不都合でも?」
と尋ねてきた。
「でも、双子を止めるにはそれなりの権限が必要かも…去年は『監督生』のパーシーだったから止められたけど、私たちみたいな下級生の言うことを聞いてくれるかしら…。」
「ああ、何、大丈夫、心配要らないよ。監督生から言いつかった、と言えばいい。良かったら一筆書いてあげようか?僕はホラ、『監督生』だから。」
「本当?悪いわ。…でもやりやすくなった。ありがとう、パーシー。」
「いやいやハーマイオニー、君ならきっと僕の後を継ぐ優秀な監督生になれるよ。」
パーシーは上機嫌で言い置くと、彼等が自分の手伝いのために深夜まで起きていることの許可証にサインをした。
ぶんぶんと強く握手をして上機嫌でパーシーが去っていった後、ロンとハリーは親友の少女をたとえようのない視線で見つめながら、異口同音に呟いた。
「「……悪党。」」
「あら、私、パーシーに協力するとは言ったけど、サンタを捕まえないとは一言も言っていないわ?」
これで少なくとも監視の目が一人減ったわね、しかも許可証つき。予期せぬプレゼントだわ、とにっこり微笑む少女に、少年達は首を竦めた。
ロンがぼそぼそとハリーの耳元で呟く。
「ハリー、お似合いだよ、やっぱり。君と彼女。根性の黒さがそっくり……」
「…僕、咄嗟にあんなに思い切ったことできないよ……。」
「お互い、お淑やかで従順な彼女に巡り会いたいもんだな。」
「ああ、それ今年のサンタにお願いしようかな。」
「スネイプに?……マルフォイの妹当たりが贈られてくるんじゃないか?」
「げ、あいつ妹いたっけ?」
「いや、知らないけど。…でもハーマイオニーよりはお淑やかかも…」
「言えてる。」
ハーマイオニーがちろりと少年達を振り返る。
「…何か言った?」
「「いいえ何も!!」」
その時の少年達の息のあったデュエットは、ちょっとした見物だったかもしれない。
□永訣の夜、鈴が鳴る。…Jingle Bells, and The Silent Santa Claus Coming to House.
スネイプは、寒空の下、時間が来るのを待っていた。
橇というのは想像以上に乗り心地が今ひとつだ。おまけにラップランド産トナカイになど曳かせているため、揺れることこの上ない。
ちゃんとトナカイの鼻は赤く光っている…このように目立つのは本当は不本意なのだが、とスネイプは胸の中でひとりごちた。
不本意と言えば、今着ているこの服装こそ彼にとって不本意なことこの上ない。
…黒一色のカラーを好むスネイプにとって、目の覚めるような紅白の色彩のこの服は派手以外何者でもなかった。
時間のかかりそうなグリフィンドールを最後に回したのは、彼なりの作戦であった。
ここへ来るまでは、おおよそ成功してきたのだ。
ハップルパフとレイブンクローは難なくクリアした。スリザリン寮も一部生徒が罠を張っていたものの得意の魔法薬を組み合わせて難なく撃破し、(幻覚剤の効果がそういえばそろそろ切れる頃か、とここいら辺でちらりと考えた。…マルフォイも、大型の虎ばさみなど仕掛けていなければ黙って見逃してやったのに!)予定より早めにグリフィンドールに至っている。
一回だけピーブスにも遭遇したが、彼はスネイプの格好を見るや騒ぐことも忘れて一目散に何処かへ逃げ去ってしまった。
まぁいい、とスネイプは非常に珍しいことだが笑みを洩らした。最も、外からでは見ることのできない類の物であったが。
グリフィンドールには、あのクソ生意気な双子とハリー・ポッターが居る。
向こう見ずな少年達は必ずやスネイプを待ち受けているに違いない。
「吾輩へのクリスマスプレゼントとして返り討ちにしてくれるわ。」
嬉しそうに呟きながら、両手をこすり合わせた。服の中には様々の小道具が詰め込んである。…準備は上々だった。
「…”ダイ・ハード”で鍛えた吾輩の技をなめるなよ……。」
同時に、グリフィンドールの談話室側で爆発音と共に壁の一部が吹き飛んだ。これに苦労したのだ、とマッドサイエンチスト一歩手前の薬学教官が悦に入る。直径十センチの穴だけしか開けずに派手な爆発を音と煙を上げることがどんなに難しいことか!!
その穴からは同時に発煙筒が投げ込まれる手筈であった。
発煙筒の中から、睡眠薬を焚きしめた煙が寮内に充満する。
ライオンはおろか象さえ一発で眠りに落ちる程の薬が、見る見るうちに寮の中を浸食していった。
「…3,2,1,……GO!」
呟くと同時に、普段からは考えられないような素早い動きでスネイプは行動を開始した。
煙突にとりつき、肩に抱える大きな袋を持て余しながら体を潜り込ませる。
彼は細身の部類ではあるが、着込んできた分厚いサンタ服が体の自由を奪った。
「く、……何の。ブルース・ウィリスには負けぬ!」
誰を目標にしているのかいまいち定かではない台詞を残し、彼は長い煙突を滑り降りていった。
***
そのころ、男子寮の廊下では双子のウィーズリーが防煙マスクを装着しながら零していた。
「誰だよ、こんな無茶苦茶すんの!」
「…フレッド、訊くな。グリフィンドールに恨みを持つ教官なんて一人しか居ないだろ?」
「…まさか、スネイプ?!」
「ああ、強敵だぜ…。」
「用心しろ。」
「そっちもな。」
敵が誰であるかを悟った双子は、油断のない視線を交わし合うと、廊下を右と左に分かれていった。
***
また同じころ、ハリーは談話室の暖炉の前のソファで一人毛布にくるまって横になっていた。
双子の暴発を防ぐ、という名目でここで就寝する許可は抜け目無く貰っている。
突然寮の出入り口に近い壁で爆発音がし、ハリーはもう少しで飛び起きて走っていきそうになった。
「…スネイプの奴、随分めちゃくちゃするよな…。」
もしかしなくても、これは自分たちを煽って一網打尽に捕らえようという作戦に違いない。
「ハーマイオニーの言ったとおりだよ…。」
心の中で認めながら、益々しっかりと毛布を被った。
爆発音と共に、寮の内部がひどく静かになった。微かに談話室まで漂ってくる煙に薬品の臭いを感じ、ハリーはハーマイオニーの聡明さに舌を巻いた。
彼女はスネイプの作戦をほぼ予想し、事前にロンとハリーに睡眠薬の中和剤を飲ませていたのだ。(最も、どこから失敬してきたのか自作なのかは頑として教えてくれなかったが。)
今頃は、ロンも行動を開始しているはずだ。
「…大丈夫かな、上手くいけばいいけど。」
ハリーは何のかんの言いつつも信頼する赤毛の相棒の顔を思い浮かべながら、寝返りを打とうとした。
その時。
暖炉の奥から響いてくる何かが滑ってくる音に、ハリーはぎょっとした。
―――来た!!
やっぱり煙突からだ、と再び栗色の髪の少女の予見の力に舌を巻く。
…ゴゴゴゴゴゴゴゴ…シュウ、ドスン!
質量のある物音と共に、暖炉の中に何かが落ちてきた音がした。
「…く、灰があるのではなかったのか……。」
―――どうやら腰を打ったらしい。
吹き出しそうになるのを、ハリーは必死で堪えた。
ごそごそと暖炉の方から音がする。…やがて、静かな談話室内に、物音が響き渡った。
ずるっ、ぺたん、ずるっ、ぺたん……。
重い物をひこずる様な音と共に、ソファの方へ接近してくる気配がある。
ハリーの背中を氷の塊が滑り落ちていった。
―――怖い、っていうかホラー映画?
内心冷や汗をかきつつ、ハリーはひたすらソファの上で寝たふりを続けた。
少年の存在に気付いたらしい足音が、ひたひたと近付いてくる。
ぴたっ、と音が止んで。
「ポッタァァァァー…?…眠っているのかね?」
地獄の底から響くような低い声がすぐ側でし、ハリーの背中をどっと冷や汗が伝う。
―――こここ、怖いって〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!
飛び起きたい思いを押さえ、必死で呼吸をかみ殺して目を閉じ続ける。
「…フン。吾輩を捕らえようと言う算段なら、そう上手くは行かせぬぞ……。」
ぼそぼそと呟くスネイプの声が間近で聞こえ、がさごそと何かを引っかき回す音がした。
―――怖いって!ヴォルデモードより絶対怖いって!!!
「貴様に相応しい贈り物を求めてあるぞ、ポッター……まずは、吾輩から予習復習のための『魔法薬学標準問題集』…答えられないと噛みつくぞ。指を食いちぎられないように気をつけるのだな…そして後はダンブルドアから『クレイジー・モノポリー』、ボードゲームか…くだらない。…そうそう、ハグリッドから『特製糖蜜ヌガー』、鉛の塊か、これは?!重かったのだぞ、全く。……それと……。」
律儀で几帳面なサンタクロースは他の教員からのハリー宛のプレゼントもきちんと預かってきたらしく、ぶつぶつカウントしながら枕元に積み重ねていく。
しかし、当のハリーはそれどころではない。
―――いいから!要らないからあっちいってって!!…くっそー、恨むよハーマイオニー!!
未だかつて魔法界の英雄にこれほどの忍耐と精神力を強いた相手が居ただろうか。(反語)
薄暗い談話室の中、ハリーは必死に赤毛の少年の登場を願った。
***
そのころ、仕掛けを終えて再び集合した双子は、彼等の末弟と対面をしていた。
「…ロンか?」
寝間着ではなく私服姿の少年が、こくりと頷いた。
「何してるんだ、こんなところで。」
「…僕も仲間に入れてよ、ジョージ、フレッド。」
意外な弟の申し入れに、兄達は顔を見合わせた。
「…一体どういう風の吹き回しだ?」
「僕、たまにはハリーやハーマイオニー抜きで…なにかやりたいんだ。頼むよ。仲間に入れて。」
その発言に、さしもの双子も多少絆されたらしかった。
「…そうだな、付いてくるだけなら。」
「見張りくらいしかさせてやれないぞ?」
「うん、いいよ。ありがとう。」
弟は珍しく素直に礼を述べ、双子は彼を加えて先を急ぐことにした。
「今年の作戦は凄いぞ、まず男子寮に入った瞬間網が落ちる!」
「そうそう、でもって階段には一段毎に鳥もちが仕掛けて…ああ、大丈夫だロン。俺達と同じ所を歩いていれば。」
「更に、今回は有志のお力添えを借りて女子寮の方にも落とし穴トラップを!」
「底には協力粘着テープ『サンタホイホイ』が仕込んであるから、逃げるのは不可能さ!!」
代わる代わる得意げに喋る双子に、ロンはパーシー苦労するよなそりゃ、などと思いながら黙って頷いた。
ジョージが首を傾げる。
「今日はえらく大人しいな?ロン。」
「そうだ、えらい無口だな。」
ロンがぴたっと立ち止まった。
「ジョージ、フレッド。」
名前を呼ばれ、双子が同じ顔で同時に振り向く。
「ん?なんだ?ロン。」
「どうした?」
「…ゴメン、”ルーモス、光よ”!!」
呪文と共に、大声を上げる。その声は、ウィーズリー家三男坊の監督生のものとそっくりだった。
『先生!!ここに僕の弟たちが潜んでいます!!!』
不意打ちに、眩しさで顔を覆った双子が悔しげに叫んだ。
「…く、”変声真似っこガス”を吸ったなロン!!」
「…誰の調合だ?!…あ、ハーマイオニーか!!」
しかもロンはいつもは寝起きのままの素直な赤毛をパーシーのように綺麗に梳かしつけていた。
暗闇に潜むと、もう遠目からでは本当にそれがパーシーでないのかは判別不可能だろう。
―――そのくらい、三男と六男の背格好は似通っている。
「…パーシー・ウィーズリーか。」
談話室から、低い返事と共にこちらにやってくる気配があった。
『今夜のサンタはスネイプ先生でしたか!すいません、一人逃しました!きっとロンの奴です。僕は弟の後を追いますので…』
言い放って、後はお任せしました、と踵を返す。
「お前、謀ったな!」
「実の肉親を捨て駒に使うとは何て奴だ!」
喚きつつも弟の名前は出さずにいてくれるジョージとフレッドに軽く手を合わせ、ロンは階段を一段飛びに駆け上がっていった。
***
寒風吹きすさぶ屋上で、一瞬躊躇った後ロンは着ていたローブを脱ぎ捨てた。
厚手のセーターも脱いでローブと一緒に丸めてその辺の陰に隠し、Tシャツとジーンズだけの薄着になる。
雪混じりの十二月の風が、少年の肌を切るようにないでいった。
「…何が子供は風の子だよ、風邪引いたら責任取って貰うからな、ハーマイオニー。」
ぼそっと一言だけ文句を言うと。ロンはグリフィンドールの煙突に取り付いた。
「…首の骨、折りませんように。」
小声で呟いて、呪文を唱えると、頭を下にして煙突に入り、手を離す。
屋上から、煙突を伝って降下呪文で音を立てず談話室に降りる。
長身でも細身のロンだから出来た離れ技だった。
双子とハリーが捕まれば、流石のスネイプにも隙が生まれる。
…これが、ハーマイオニーの立案した一見無謀な作戦の全てだった。
ややあって、談話室の煙突からひょこんと赤毛の頭が覗いた。
足から降りて、気付かれたりしたら一巻の終わりだ。…だから頭を下にして降りなきゃダメ、とハーマイオニーに言われたときには、流石に目の前が暗くなったものだが。
…そっと様子をうかがう。
勿論、双子とハリーに意識を取られているスネイプはこちらには全く気付いていない。
彼等に与える予定の罰を、嬉しそうに並べ立てている最中だ。
「先生、急に起こしてそんな、企みだのくわだてだの言われても、僕本当に…。」
案の定叩き起こされたらしいハリーが必死の弁解を続けている。
―――ハリー、すぐ助けてやるからな。
思いながら、ロンは何かスネイプの注意を引く物はないかと周囲を見回した。
その時、ロンの目にぴったりなものが飛び込んできた。
杖を構える。
「…ウィンガーディアム…レヴィオーサー…。」
小声で呪文を唱えると、ハグリッドからハリーへのプレゼントである鉛の塊のような糖蜜ヌガーの塊が浮いた。
ふわふわと空中を漂うヌガーを操り、スネイプの頭上まで誘導する。
勿論、ハリーと双子は気付いているだろうが、流石に百戦錬磨の彼等は表情にすら出さないし視線すら送らない。
ロンはゆっくりと、呪文を解除した。
―――派手な音と共に、スネイプの頭上にヌガーの固まりが激突した。
「…っ、誰だ!!」
一瞬ふっと気が遠くなりそうだったものの、なんとか持ちこたえたスネイプが背後を振り向くが、誰も居ない。
スネイプは周囲を見回し、寮の入り口の扉を確認に歩いていった。
…さしもの彼も、自分が通ってきた煙突からもう一人降りてこようとは思わなかったようだ。
悔しいながらも作戦参謀に感謝し、ロンは暖炉から音もなく出ると、手近なソファの影に身を潜めた。
スネイプが一周して戻ってくる。再びハリー達に杖を向け、そう大きくもない声を出した。
「どうせそのあたりに潜んでいるのだろう、ロン・ウィーズリー。…出てこい、吾輩は貴様ごときの魔法ではどうにもならぬよ。」
その声に、ロンが隠れていたソファの影からゆっくりと体を起こす。
「…なんで、分かった?」
「フン、鍛え方が貴様等とは違うわ。」
言いながら、スネイプは杖を動かすことなく、ゆっくりと半身をそちらへ向けた。
…本来なら決めの場面なのだろうが、如何せん服装がそぐわなさすぎる。
ロンは吹き出しそうになるのをぐっと我慢した。
―――に、似合わない〜〜〜!!!!
「吾輩を捕まえるつもりかね?」
「そうだ。」
「一人で?」
「……の、予定だけど。」
言いながらジーンズの後ろポケットを探る少年を、小馬鹿にしたようにサンタ衣装の教官が嘲笑った。
「貴様の杖は折れているだろう?ウィーズリー!無駄だ、吾輩に魔法などかけられぬよ。」
「それはどうかな?」
抜いた杖は、黒々として折れた跡など何処にもない。スネイプが顔を顰めた。
「なんだ、ポッターの杖ではないか。」
「そうだよ。」
悪びれもせず、しれっとロンが認める。…実働部隊の彼は先にハリーから杖だけ借り出していた。
「貴様ではポッターの杖は持ち主ほど使いこなせん。…やめておけ。」
「やって見なきゃ分かんないさ…。」
呟きながら、ロンがさっと杖を構える。
しかし、『決闘クラブ』で以外に機敏な動きを見せたスネイプの実力はやはり紛い物ではなかった。
「無駄だ!”エクスペリアームズ”!!」
呪文が伝わるか伝わらないかのタイミングで、ロンの手からハリーの杖が弾け飛んだ。
ひた、とスネイプの杖がロンの目の前に据えられる。
「…覚悟するのだな。貴様達。」
「…く。」
「教師に暴行を働いたかどで停学、いや退学にしてやってもいい…。ホグワーツからウィーズリーとポッターが一掃できるのなら、吾輩にとってまたとない聖夜の贈り物だ。」
勝ち誇ったようにスネイプが言い放ち、ロンが視線を下に向けた。
「そんな……。」
「フン、言い訳は聞かん。…精々己の浅慮を後悔するのだな。その前に、一時でも豚に変えてくれようか、いや、イタチでもいいな……」
うっとりと勝利を確信した様子で陰険な計画を語る。背後で双子が顔を顰めるのが見えた。
「……浅慮、かな?」
「…何?」
そこで。
今まで悄然としていたロンが、にやりと笑って顔を上げた。
「…、かかったな、スネイプ。」
「…突然妙なことを言い出すではないかウィーズリー。」
「チェスでもナイトの駒は犠牲専門でね。」
「……?」
少年が軽く肩をすくめる。
「ホントの囮は、誰かってことさ。」
ロンの言葉に顔を顰めるスネイプの背後で、抜群のタイミングで投げ渡された、使い慣れた杖を手にしたハリーがおもむろにハーマイオニーから特訓されたばかりの呪文を唱えた。
「”サーペンソーティア”!!」
杖の先から数匹の蛇がスネイプの足元めがけて飛び出す。驚いて背後を振り返ったスネイプが小馬鹿にしたように眉を吊り上げた。
「なんだ、飛んで火にいるハリー・ポッターかね?…蛇など、何の役にも…。」
言いながら蛇を消滅させる呪文を唱えようとしたスネイプの背中に、今度は背後からロンがタックルを決めて床に押し倒す。
虚を突かれた形になったスネイプの手から杖が弾け飛んだ。間近に転がってきたそれを、近くにいたジョージが部屋の隅まで蹴り飛ばした。同時にフレッドがこちらに走ってきて弟に加勢する。
即席のくせに妙に息のあったコンビネーションに、スネイプは歯がみをするばかりだった。
「貴様等…!!!」
「ハリー、今だ!!」
ロンが叫んだ。
ハリーが杖をぐるんと器用に一回転させ、ぴたっと蛇の真上で止める。
「これからだ、…”エスト、エスト、エスト”!!」
途端、蛇たちが素早い動きでスネイプの足元を這い上がり、その手足に絡みつく。
「蛇を呼ぶだけじゃダメ、操れないと。」
ロンが体を起こしながらハーマイオニーの口調を真似する。ハリーの方はパーセルタングで何やら蛇たちに言い聞かせているらしかった。
『噛んじゃダメだよ、絶対に!!そんなでも先生なんだから…一応。…まー、散々怖がらせて貰ったから威嚇するぐらいはイイや。』
蛇手錠の下から、スネイプがぜえぜえと息をしながら叫ぶ。
「起きているのはルール違反だぞ、ポッター!」
「先生、僕、起きてませんでしたよ。…先生が起こしたんじゃないですか。折角いい気持ちで寝てたのに。」
「貴様もだ、ウィーズリー!!」
「あ、僕許可書持ってますよ、先生…うちのジョージとフレッドを捕まえるために起きていていいって。」
ホラこれ、と書類を広げるロンの後ろで、顔を見合わせた双子が自らロープを身体に巻き付けて虜囚の振りをする。
「俺ら捕まってたんだっけ?」
「そういえばそんな気もしてきたな。」
言いながら、弟にウィンクをして見せた。
「あ、ちなみにその許可書、僕の名前も入ってます…先生はその途中のトラップに引っかかったと言うことで。」
にっこり笑って言いながら、ハリーが杖をガウンのポケットに戻す。
「な、そんな不名誉な話があるか!!せめて正々堂々と果たし合った事にしろ!!」
「んな無茶な!」
「やかましい!!吾輩が既製のトラップごときに捕まったなど一生の恥辱だ!!!」
「…んー、まぁ考えておきます。」
「ポッターーーーーー!!!貴様!!!やはり父親にそっくりだ貴様は!!」
腹立たしげにスネイプが叫ぶ。ハリーが意外な顔をした。
「…父さん?」
「ああ、そうだ。かつて貴様の父親はお前達のような汚い手段によって当時のスリザリンの寮監だった吾輩の恩師を屈辱的な方法で捕らえたのだ!!」
「…父さんが。」
「ハリー、良かったな…やっぱり君は親父さんの子供だ、って事だよ。」
「ありがとう、ロン…。」
感動し合う親友達に、いやそこはツッコミどころやろ、と言えるだけの気力は既にスネイプには無かった。
がっくりと項垂れる。
最後に、ロンはおもむろにその側に近付くと、にっこり微笑んで宣言した。
「…チェックメイト。」
ハリーも嬉しそうにその傍に駆け寄った。
「…ナイスファイト、ロン!!」
「そっちも、ハリー。」
ぽん、と手の平をたたき合わせて凱歌を上げる少年達の心は、スネイプを捉えた喜びよりこれでハーマイオニーに『お仕置き』されずに済む、という思いで一杯だった。
一方、女子寮では白河夜船の作戦司令官が、スネイプより恐ろしいと散々な評価を下されている事にも気付かず、寝ぼけて毛布を引っ張り上げた。
***
翌年、雪辱戦を心に誓っていたスネイプは再びサンタクロースに立候補をして、三人組と闘うことになる。
この後、彼等の卒業まで続けられる赤服の聖夜の侵入者と獅子寮防衛軍の戦いは、『スター・ウォーズ』以上にスリリングなクリスマスの風物詩として学内ブックメーカーの名物賭け対象の一つになるのだが。
とりあえずそれは、未だ見ない未来の話。
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...end.
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