「深い森」

―――The Final term of Harry. P and Ron. W.



T.深い森/Deep Forest


 ベッドに入った。

 まだ、気持ちが収まらない。

―――なんて気が利かないんだ、あいつは!!

 腹の中で、かつては親友だった赤毛の少年に対して毒づく。

 シリウスが帰ってしまったのは、仕方がない。
 けれど、ハリーが腹を立てていたのは、降りてきたのがよりにもよって
 シリウスのことを知っているロンだった、と言うことだった。

 言っても詮無いことは知っている。

 けれど。
…見られても大丈夫な相手の所為でシリウスとの逢瀬の機会を逃したのが、
 ハリーの怒りに拍車をかけていた。

 折角、久しぶりに、会えたのに。
 試練の大事なヒントを聞けるところだったのに…!!!

 僕の命がかかっているんだぞ、
 遊びじゃないんだ、とハリーはまた、毒づいた。

 彼に手を差し伸べる気にはならない。
 ロンには命を預けられない。
 自分はもう、そういうところまで来ている。

 背中を預けた瞬間、背後から刺されるような相手を親友とは呼べない。

 だから。

 見捨てた。

 それだけのことだった、ハリーにとっては。
 切り捨てることには慣れていた。…切り捨てられることと同じくらい。

 いや。

 切り捨てられるくらいなら、先に自分から切って捨てた方がマシだった。

 初めから期待していなければ。
 決して、傷つかない。

―――心の奥で聞こえる悲鳴に、ハリーは目を瞑って耐えた。

 謝っても、仲直りしても同じだ。…ロンだって、もしかしたらハーマイオニーも。
 いつかは、僕の元を離れていくだろう。
 だったら。深入りしない方がマシだ。

 僕は、もう。大人なんだ。魔法界に入り立てのあのころとは違う。
 一人だって大丈夫。…ロンなんか居なくても、僕はちゃんとやっていかれる。

 殴ってやれば良かった、と何度か思った。
 殴ってしまえば、きっと切っ掛けができた…何発か殴り合って、お終い。

 でも。
 遂に手を出すことはできなかった。

 ハーマイオニーが仲直りを言ってくれたときも、
 何で自分がロンの成長にまで手を貸さねばならなのか、と突っぱねた。

 それが自分の臆病だと、ハリーは頑として認めたくなかった。

 手を取れば。もう引き返せない。
 今度もし、ロンを失うことになったら…と思うとぞっとした。

 無人のままの隣のベッドに意識を向ける。
 主が帰ってきた気配はない。

 捲りあげられたままの掛け布団が、そこに確かに人が寝ていた後だけを示している。

 ハリーは、寝返りを打ってベッドに背を向けた。
「知るもんか。」
 口の中、小声で呟く。
 必死で目を閉じて寝ようとするのに、背後のベッドが気になってなかなか寝付けない。


 一晩中、まんじりともせずに空いたままのベッドを気にしていた。


**********

U.遠くまで/Far away


 冷気が肌を刺した。

 なんでこうなってしまったのかとため息をつく。

 分かってる。
 子供みたいな癇癪だって。…ハリーに立ち止まって自分の方を見て欲しかっただけだと。

 謝罪は簡単だった。…けれどあの時、彼の中の何かが決して彼に頭を下げさせはしなかった。

―――僕は君の引き立て役じゃない!!

 腹の底から聞こえてきた本音に耳を塞ぎたかった。

 けれど。

 できなかった。

 今までも、兄達を妬ましいと思ったことはあった。
 でも。
 自分の力が及ばないことが、こんなに悔しいと思ったことはなかった。

 ハリーは自分と同い年で。
 ホグワーツに入ってからずっと一緒にいたつもりで。
…四年たった今、自分とハリーの距離は…愕然とするほど開いていた。

 今回のことで思い知らされた。
 ハリーは、自分とも、自分の兄達とも違う。
 彼は最早、『選ばれた人間』と呼んでも差し支えない存在なのだ。

 途端。一緒にいるのが嫌になった。

 勿論、ハリーの性格は知り尽くしている。
 親からの遺産が腐るほど有ったら贅沢をするより人と分かち合いたいと思うタイプだし、
 責任感も勇気も人一倍で…親切で。
 非の打ち所なんてどこにもない。
 それがもっと彼を惨めにした。
 せめて、マルフォイ並に嫌な奴なら、嫌いになれたのに。

 ハリーは彼を頼ってきた。けれど、その瞬間、
 彼をはねつけてみたい、という欲望にとうとうロンは勝てなかった。
 ハリーがどんなに、人が傍から居なくなることを恐れているかを…知っていて。
 自分の汚さに、泣きそうなほど吐き気がした。

―――僕はハリーに相応しくない。

 いや。

 ハリーの隣にいる、自信がない。

 状況だけなら今の方がずっと楽だった。
 …彼の大きくも恐ろしい悩みになど煩わされず、
 フレッドやジョージ、シェーマス達と馬鹿をやって。
 そうだ、今年のクリスマス休暇には久々に家に帰ったっていい。
 母の焼いた手作りのケーキを食べて、
 ウィーズリー特製セーターにけちをつけて、家族と仲良く…。

 自分は自分の生活に戻るのだ。
 ハリーになんか、もう二度と悩まされない。…誤解されたままで、嫌われたままで。
 いいじゃないか。

 間に立っているハーマイオニーは少し可哀想だけど。
…彼女だって、きっと分かってる。
 僕が、ハリーと比べたらずっとちっぽけでつまんない人生を生きるべきだって、
 そう決まっているっていうこと……

 突然。
 何もかもが、酷くつまらなく思えてきた。

 生きていたってしょうがないんじゃないか、こんな自分。
 逃げて逃げて、友達を傷つけて。

 どこまで逃げたって、情けなくて屑みたいな、
 自分自身からは逃げる事なんてできないのに。

 どうしていいか分からなくなって、ロンは狼狽えた。
 手詰まりの袋小路に迷い込んだことを、本能が察した。
 ちっぽけでつまんなくて先が見えている人生でいい?

 本当に?
 本当にそう思っているのか、僕は。

 けれど。…悲しいことに、彼にはその先の一歩を踏み出す勇気がまだ、無かった。

 彼をこの場所に束縛するものから解き放つ鍵は、目の前にある。
 あの男子寮の扉の向こう、ロンのベッドの隣に眠っている。

 一度は、鍵の方からロンの手の中に転がり込んできてくれた。
 今度は、自分から行くのが本当だと、ロンにも分かっていた。
 けれど。彼は未練がましくぐずぐずと、扉が開かないかと期待して、待ち続けた。


 一晩中、俯いたままじりとも動かず。男子寮の扉を見ていた。




 空のベッドは埋まらず。
 扉は開かないままで。


―――また一つ、夜が、明けた。


**********

V.自得/Get yourself


 泣きそうになりながら金の卵を掲げるハリーを見上げていた。

―――やっぱり、君は凄いよ。

 なんだか、色んな事が馬鹿馬鹿しく思えてきた。
 僕のコンプレックスなんか、ハリーはどうでもいいんだ。

 お金が無くても、頭が良くなくても。魔法の力が弱くても。
…いや。そもそも。
 僕が不甲斐ないのは僕の問題で。自分がつまらないことにかかずらっている間にも、
 ハリーはどんどん先へ進んでいく。

 僕のことなど一顧だにせず、ハリーもハーマイオニーも、
 自分の道をただ、前に。

 道は初めから三本だった。
 彼はハリー達の隣など、そもそも歩いてなんか、居なかったのだ。

 立ち止まっても、誰も僕を構ってはくれないんだ、もう。
 気付いた瞬間、おかしな事に足下が軽くなった。
 肥大した自意識の枷が、少し緩んだようだった。

 まだ僕は、どこへでも行ける。
 何にだってなれる。

 望めば、ハリーの唯一無二の親友にだって。

 自分を友人に選んでくれたハリーが誇らしかった。
…同時に、無くしたものの大きさに、酷く心が抉られた。

 空を見上げ続けていると、腕を引っ張られた。
「ロン、行きましょう!」
「…でも。」
「ロン!!」
 ハーマイオニーが彼を睨んだ。
「仲直りしたいんでしょう?!さっきのハリーの試合ぶりを見て、
 凄いって思ったんでしょう?!だったら、何をぐずぐずしているの、
 行きましょうよ、一緒に。……ハリーだって、あなたを必要としてる。」

 時が、止まった。

「………ハリーが?」

 信じられない、とロンは隣の彼女を見上げた。
 ハーマイオニーは困った子ね、とでも言うような表情で。
 ただ、黙って頷いた。

 足が、動いた。
 歩き出すたびに、頭の中がガンガンして心臓がドクドクいって。
 腕を引く彼女だけが、ロンの唯一の標だった。

 天蓋が見えた。

 躊躇して立ち止まる彼の手を、ハーマイオニーが握った。
 足が動く。
 柔らかな掌が、ロンの勇気を突き動かした。

「……ハーマイオニー。」
「…大丈夫。さ?」

 彼女の声はいつになく優しくて。
 不意に、涙が落ちそうになった。
「…ゴメン、僕…。君に、背中を押されっぱなしだ。」
 ハーマイオニーが驚いたような顔をしてこちらを見た後、不意に微笑んだ。
「何を言ってるの、お互い様よ。」
「…お互い様?」
「私とあなたが…喧嘩をしたとき。先に一歩を踏み出してくれたのは、
 あなただったわ。今回は、私が恩返しをする番よ。」
「ハーマイオニー。」
「さぁ、行きましょう?…それに、
 私だって二人を仲直りさせる切っ掛けは作ってあげられても、
 仲直りするのは二人の事だもの……。」
 今からなのよ、本番は。
 気合いを入れて、しゃんとして、そんな情けない顔しないの!
 ほら、ネクタイ曲がってるじゃない、と。
 なんだか母さんみたいなお節介を焼く彼女に、ちょっと笑ってみせて。

 それでまた、心が軽くなった。
「僕、君たちと喧嘩してばっかりだな…。」
 ハーマイオニーがくるりと目を回して戯けたように言う。
「そうよ、だからハリーと私が喧嘩したときは、あなたが仲裁してくれなくっちゃ駄目よ?」
 いいわね?と悪戯っぽく聞かれ、
 ロンは任せておけよ、と言ってから自信はないけど、と苦笑した。

「いい、私が先に入るから…すぐついてきてね。」
 ハーマイオニーは言って、もう一度彼を勇気づけるように笑うと、
 天蓋の入り口を開けた。

「ハリー?」

 中から、声が聞こえた。彼女はそのまま中へ入り、

 彼は。

 彼はごくんと唾を飲み込んで、震える足を叱咤しながら、その後に続いた。


**********

W.冒険者達/Ventures


「おーい、ハリー、夕飯食いに行くぞー。」
「あ、ちょっと待ってよ、ロン!」

 ハリーは慌てて読みかけの本をベッドの上に放り出し、扉の外から覗いた
 そばかすだらけの顔に近づいた。
「お待たせ。」
「早く行こうぜ、僕お腹減っちゃってさぁ。」

 他愛ない会話を交わしながら、談話室に降りた。
 ロンが、部屋の隅でノートと参考書を広げる栗色の髪の毛の少女に声をかける。

「ハーマイオニー!飯食いに行こうぜー!」
「ちょっと待って、後例題一問だけ片づけちゃうから!」
 ハーマイオニーが顔も上げずに返事をする。

「そんなもん後でイイだろ?参考書は逃げないぜ?!」
「黙ってよ、ロン。もうちょっとで解けそうなの…
 このままだと、気持ち悪くてご飯が美味しくないじゃない!」
 ぴしゃりとした返事に、ロンはちょっと舌を出して顰め面をしながらも、
 それ以上は何も言わずにハーマイオニーを待っている。
 ハリーも一緒に立ち止まって、彼女の課題の区切りを待っている。

 三分と経たず、ハーマイオニーは腰を上げた。
「お待たせ!ありがとう、さ、行きましょうか。
 私もお腹空いちゃったわ、ハリー、ロン。」
「待ちくたびれたぜ…今夜は何かなぁ…。」
「私、チキンの丸焼き一羽丸ごと食べられそうよ。」
「…ブタになるぜ?そういえば、ここんとこちょっと鼻の辺りが…」
 ブヒ!と指で鼻を押し上げてブタの真似をするロンに、
 ハーマイオニーが眉をつり上げた。
「ロン!殴るわよ!!」
「ブヒ!ブヒヒ!」
「…っ、もう!許さない!!コロス!」
「うわぁ、凶暴魔女錯乱!助けてよハリー!殺される!!」
「うるさいわね、誰が悪いのよ!!ハリー、腕掴んで!逃がさないで!!」

 二人の会話を隣で聞いて、ハリーが笑う。
 ハーマイオニーを散々からかったロンが、彼女にひっぱたかれて頭を押さえる。
 ロンのだらしないネクタイを気にしながら、ハーマイオニーが憤然と同意を求める。
「ね、ハリー、ロンはもうちょっときちっとすべきよね!」
「…そうだね。」
 ハリーがにっこり笑うと、ロンが裏切り者!
 男の友情より女の子の味方するか親友!と彼を小突いて、
 笑い出した。ハーマイオニーもつられて笑う。

 行こうよ、とでも言うように、ロンがハリーの背中を叩いた。
 ハリーが笑って一歩先に出て、更に先をどんどん進むハーマイオニーに追いつく。

 ハリーの先は、彼女が歩いていってくれる。
 背後は、彼が固めてくれる。


 今この瞬間、僕はこの世で一番幸せな無敵の魔法使いだ、と。

 ハリーは感じた。



END






+++back+++