|
つまんない学校。
第一の感想は、それ。
英語みたいな野蛮で粗野な言葉を話さなければならないし、話せば人の発音がおかしいとくすくす笑う輩が居る。
バカじゃないの、と思う。
あんたたちの国なんか、元は私たちの国の属国でしょ?
偉そうに、オグワーツだか何だか知らないけど。…世界一の魔法学校だって。
寒いし、(ああ、南フランスのあの気候が懐かしい!)
食事は美味しくないし(頂けないったらありゃしなかった)。
一年間も過ごすと思うとゾッとしたわ。
信じられる?こっち来てすぐの歓迎会、ブイヤベースも知らない子が居たのよ?!
どこの田舎者かと思ったわよ、正直。
もう、これは。恋でもしなきゃやってられない。
他は全然バッテンの国だけど、不思議に男だけは良いのよね。やっぱり、あの極限の国に鍛えられてるのかしら。
気前がイイし、優しいし。…かなりシャイなのも、こっちの男の人と違って新鮮。
―――と、思ったのに。
私は、朝食の目玉焼きをつつきながらため息をついた。
この朝食も、実は嫌い。
朝からこんなに食べられるなんて信じられない。やっぱり、野蛮人はお腹が空くのも早いのかしら。
でも、そのくせ夕食に時間と手間をかけないのよね。
ああ、ママンのお手製のブッフ・ブルギニョンとお野菜いっぱいのポトフが食べたい。そば粉のクレープでしょ、サラダ・ニソワーズ……パリは今頃バーゲンシーズンだし、ああ、アニエスの新作もチェックしてないのよ!
訳のない怒りに駆られながらばらけた目玉焼きの残骸を皿ごと押しやる。
かたん、と目の前に座る人影に、私は眉をつり上げた。
「…アー、あの、食欲ないの?」
気分でも悪い?と聞いてくる少年に、私はフン、と鼻を鳴らす。
「…食べたくありーません。朝はクロワッサンとカフェ・オ・レって決めーて、ます。」
「そ、そう…じゃ、何か食べたいものは?」
しつっこい。私は早口のフランス語でまくし立てた。
「そうね、エディアールのパン・オ・ショコラとピエール・エルメのマカロン。アンジェリーナのモンブランでもいいわ。」
その少年は、異国の呪文でも聞いたように目を白黒させながら去っていった。
―――そう。これも苛々の原因。
いい男、居なさすぎ。
そりゃ物色したわよ。…恋は人生のスパイスだもの。
同じ代表選手なんか良いんじゃないかと思ったわ。
だけど、ダームスラングの代表は陰気。ずーっと顰め面で殆ど喋らないし、幾らクィディッチのスタープレーヤーでもアレは頂けない。おまけに、私は早々にピンと来たけど、この学校の年端もいかない小娘を追い回してるじゃないの。
パスパス。興味なし。
で、ホグワーツの代表。
うん、ハンサムなの。人当たりもいいし。朗らかだし、なかなか好青年と見た。…けど、やっぱり年下の彼女が居るらしい。…人のものに手を出すほど、私この学校にいないわ。ずっと居るなら別だけど、高々一年やそこいらしか居ないのに、めんどくさいのはゴメンだ。
で、パス。
最後。…なんか、駆け込みで代表になった子。本人はなる気はなかったとか何とか言ってるけど、本当かどうか?
……ケドね、名前を聞いてちょっと態度を改めた。
この子が、あの『アリー・ポッター』だって言うじゃない。
話は、こっちまで聞こえてきている。…悪しき魔法使いを追い払った、英雄。
おまけに、黒髪に緑の目が異国風で素敵。
フランス男もいいとこブルネットだけど、ちょっと違うのよね。
…こう。砂漠の孤高のプリンスを思わせるって言うか。
―――でも。んー、残念、年下かぁ。
年下はちょっとね…代表選手の中じゃ一番イケてたのに、と残念に思いながら、私は代表選手はパス、と心の中であっさり片づけた。
ダンスパーティとやらの前後、しばらくちょっとこマシかな、と思う少年と一緒に居てみたけど…なんかしっくりこない。
ここの土地がいけないのよ。陰鬱で、寒くて。
美味しいものを食べて、お洒落して、素敵な男の子と恋でもしてなきゃ、元気が出ない。
早く帰りたいわ、本当に。
ため息をつきながら、私は自慢の銀髪を梳いた。
***
やがて、試練はどんどん厳しさを増していった。
妹が捕まったと聞いたときは、本当に気が狂うかと思った…。
アリーが助けてくれたから、妹を無事救い出せた。
私は感謝の印にアリーにキスを贈った。
…耳まで赤くなってるのがなかなか反応としては新鮮だった。
と、隣に居た彼の親友、という赤毛の少年も、私のキスが欲しい、という。
んー、どうしようかな。
だから、年下は好みじゃないんだってば。
…付け加えるなら、赤毛もね。貧乏くさいじゃない。
苦笑しながら、私は赤毛の少年にも軽いキスをしてあげた。
ま、いいでしょ。減るもんでもなし。…妹が助かって気分がいいし。
***
それまでは良かった。
数日後、図書館で何か面白い本は無いかと彷徨っていた私に、彼等といつも一緒にいる少女が声をかけてきた。
「…フラー・デラクール?」
「ウィ?(はい?)」
呼ばれて振り返ると、そこには栗色の髪の毛に鳶色の瞳の女の子。
―――ああ、クラムが追っかけ回してる子ね。
その時の私にはそのくらいの認識しかなかった。
…それで、何だっけ。アリーのガールフレンドでもあるんだっけ。
えーと、えーと、そう、エルミオンヌとかいう名前だったわ。
こっちの人って、うるさいわよね、そういうのに。
別にイイじゃない、結婚してるわけでもナシ、と思うんだけど。
とりあえず、私は微笑んだ。
「なん、でしょーうか?」
「…あの。ハリーとロンの事なんだけど。」
「…ロン?」
聞き覚えのない名前に、私は首を傾げた。
「ロンよ、あなたをクリスマスのダンスに誘って断られた。」
「……ああ。」
思い出した。あの、赤毛の男の子。
…真っ赤になって誘いに来たけど、年下は好みじゃないから断ったんだっけ。
ああ、そう言えば…あの子よね、アリーの親友って。そうかそうか。
一人色々納得している私に、エルミオンヌは難しい表情を崩さないまま続ける。
「…その気もないのに罪作りなことしないであげてくれる?ロン、あれから貴女のことばっかり言っているわ。」
「罪作り…?」
「その、キスしたり、とか…。」
「パルドン?(はぁ?)」
何いってんのこの子、と思った。あんなのキスのうちに入らないじゃない。
それに、お礼だって言うのは彼自身が一番よく分かってるんじゃないかしら。
ましてや、私が彼なんか相手にしていないってことも。
「Je n'entends pas bien ce que vous voulez dire.(何が言いたいのかよく分かんないわよ!!)」
腹が立つのでフランス語で切り返した。
きり、と栗色の髪の女の子の眉が吊り上がる。
ほら、分かんないんでしょ?
あーあ。この子可愛いのに、顰めつらしちゃって。私に任せてくれればもうちょっとお洒落にしてあげるのにな、などと考えていると。
「Je suis seriense!!(私は真面目な話をしてるの!)」
と、彼女が切り返してきた。…な、何よ、この子フランス語分かるんじゃない。
「あ、あなた、フランス語でーきるんじゃないですーか。」
「バカにしないで、基本教養よ!分からないと思って不用意に喋らないことね!」
「Ca se voit.…(分かり易…)」
「…なに?」
酷く腹を立てている。…ははーん。
ピン、ときた私はにっこり微笑んだ。
「聞いても、いーいですか?」
「なに?」
「あーなた、アリーのアムール(恋人)ではなーいのですーか?」
「…な、ハリーはただの友達よ!」
「じゃあ、クラムの?」
「違うわ!!」
「わーかりました。」
私は、女性さえ陥落させる、とかっての崇拝者に言われたこともある満面の微笑みで、爆弾を投げた。
「ロン、があなたの、恋人なんですね?」
「ち、だ、絶対違います!!…何でそういう話にばっかりなるわけ?!」
ホラ、大ビンゴ。…真っ赤になって怒り出す彼女はいっそ微笑ましいくらい。
「オニバ?(行きましょう?)」
言って彼女の肩を叩き、私はその場を離れた。
***
「さて。」
この学校の裏、人のあんまり居ないところまでやってきて、私は彼女の方を向き直った。
「…何の用よ、一体。こんな所まで引っ張ってきて。」
エルミオンヌは明らかに落ち着かない様だった。何故か、しきりに周囲を気にしている。
「私、あなたとゆっくーり、話がしたいとおもーって。」
「私は別にしたくないわ?」
素っ気ない口調。…全く、どうしてこの学校の子ってばいちいち分かりやすいのかしら。
予定変更。自分の恋はさっぱりだけど、他人の恋路だってそれなりに楽しいものじゃない?
さて、どう切り出そうかな。
…結構意地っ張りそうだし気も強そうだし、そう簡単に好きだの嫌いだの言うタイプでもないわね。
アングリアの女性の典型だわ。ヤよね、イギリス娘はじゃじゃ馬で…もとい。
なんかこの固い殻にヒビ入れてやる方法があればいいのだけれど。
良いことを思いつき、私はにやりと微笑んだ。エルミオンヌがぎくっとした表情になる。
「…な、何よ?」
「あなーた、クリスマスは確かビクトール・クラムに誘われていたでーすね、そうでしょう?」
「え、ええ…。」
「ダンス、下手でしたね。」
すっぱり言い切ると、途端にエルミオンヌがむっとした表情になる。
「…だからっ、余計なお世話だって…!!」
「教えてあげまーしょう、さ、手を出して。」
有無を言わさず手を取って踊り出す。エルミオンヌは引っ張られるようにしながら私について踊り出した。
「そう、もう半拍早く、…そこはもう少し待たないといけませーん。」
「…っ、あ、あのねぇ、フラー・デラクール、私あなたと踊るためにここに来た訳じゃ…。」
「はい、アン、ドゥ、…もう一度。」
「〜〜〜っっ、もうっ、どうしてそう人の話を聞かないの?!」
文句を言いながら怒って去っていかないのは、もうとっくに呆れ果てているからかしら。
暫く問答無用のワルツのレッスンを続けた後、私は満足して手を離した。
「まぁ、今日のところは、こんーな、もの、ですかね?」
「…知らないわよ。」
はぁはぁと軽く息が上がっているのは早めのステップを踏ませたせい。
その肩をぽんぽんと叩いて元気付ける。
「あなーた、ダンス、上手くなる素質ありまーす。」
「…あ、そう…。」
そこで私はにっこり微笑んで続けた。
「ただーし、あなた、嫌いなひと、興味ないひとと踊るの、駄目です。…あなたのダンスに欠けてる物、情熱です。」
私が自信満々に言いきった言葉に、エルミオンヌは一瞬呆然とした後、がっくりと肩を落とした。
「…情熱って…あのねぇ、フラー。」
ち、ち、ち、と不満げな彼女の言葉を遮る。
「情熱、大切です。…心からその人と踊って楽しい、嬉しいと思う、ダンスの基本でーす。…あなた、まだそういう相手と踊ったことありませんね?…だから、上手くならないーのです。」
「……。」
図星命中。…エルミオンヌは黙りこくってしまった。
慰めるように言う。
「でも、情熱を見つけたら、あなたきっと素晴らしい踊り手になーるはず、です。」
「…ご教授ありがとう、参考にするわ……。」
なんかもう、腹立てるのが馬鹿馬鹿しくなっちゃった、と苦笑してエルミオンヌは首を振った。
「なんでーしたら私、ダンス、教えます。…形だけなら。」
「でも、来年までもうダンスパーティは…。」
「だめです!」
きっぱりと言い切る。
「まだ時間ある、来年まだ、それ、一番いけませーん。女磨くのも勉強とおなーじです。サボったらその分、取り戻すの大変ですーよ?」
エルミオンヌが吹き出した。
「それ、皮肉?そうね、勉強は一日サボったら後が大変だわ…。」
「そうそう。来年、あの赤毛少年に申し込まれたときのためのレッスン、はじめましょーう。」
「だからっ、なんでそこでロンが出てくるのって…!!」
真っ赤になって言い募るエルミオンヌを見て、私はこの学校に来て初めて心から大笑いした。
***
オグワーツが遠ざかる。
馬車の座席にゆったりと背中を預けて、私は瞳を閉じた。
一年間、色々なことがあった。…結局の所、ここでの一年が私にとって実りがあったのかどうかすら分からない。
いや、むしろ、「例のあの人」の復活に一役買ってしまったと思えば…。
首を振る。
けれど、もう一度戻ってきてもいいか、という気持ちと愛着が湧いたのは自分でも不思議だった。
そうね、もし、本当に戻ることができたなら。
少しは、好きになるかもしれない。あの学校も、…あの国も。
―――――あなた達の行く先もね。
楽しみね、と私は帰り道、一人ほくそ笑んだ。
***
翌年、彼の国の筆まめな少女からたった一通届いたクリスマスカードには、一枚の写真が同封されていた。
動かないその絵は、きっとマグルの写真機で撮影した物。
楽しそうに一つの枠の中に収まっている、エルミオンヌとあの赤毛の少年。
私は写真の上にペンで走り書きをした。
「"Qu'est-ce que je vous ai dit? Lelan, c'est trouve."
(だから言ったでしょ?情熱を見つけたのね?)」
その写真をもう一度封筒に入れながら、この写真を受け取ったときの彼女の表情を想像して、私はくすくす含み笑いをした。
>>>end.
|