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「フレッド。」
呼ばれる声に、振り向いた。
そこに立っているのは腕組みして目をつり上げたクラスメートの姿。
「なんだ、アンジェリーナか。」
「なんだとはご挨拶ね。…あのね。」
「おっと。」
ぱっと両腕を上げてホールドの体勢を取る。
「お小言なら聞かないぜ?…さっき散々聞かされてる。」
「なんか怒られるようなことでもしたの?…また。」
呆れ気味に首を振る。それでフレッドの表情が僅かに変化した。
「…違うのか?」
「違うわ。…あのね。」
話を始める前にちょっと舌で唇を湿す癖のある浅黒い肌の美少女が、
赤い唇をちらっと舐めるのが目に入って、フレッドは視線を彼女から外した。
…彼女は自分には刺激が強すぎる。色んな意味で。
「ウッドから聞いたんだけど…。」
話し始める彼女の口調に、フレッドは微かに眉を顰めた。
彼は彼女が自分たちのキャプテン、オリバー・ウッドに夢中なのではないかと疑っている。
…そしてそれは彼、フレッド・ウィーズリーにとって
何故だかこの上なく不都合なニュースに聞こえるのだ。
「…だって。分かった?」
「あ、ごめん。聞いてなかった。」
「もう!」
苛立ったように足を踏みならすアンジェリーナを微笑んで見つめる。
喜怒哀楽のはっきりした生気に溢れたこの少女は、
フレッドにとって本当に見ていて飽きない存在なのだ。
感情の発露がはっきりしていても、
それはさっぱりと竹を割ったようで、少しも不快なものではない。
面倒見もいいし情深いし、人望も厚い。
両手の指では足りないほどの少年が彼女に焦がれているのをフレッドは知っている。
…ちなみに、それに倍するほどの数の少女達も。
今、ホグワーツは冬の最中のカップルイベント、バレンタインデーの直前だ。
聖ヴァレンティヌスの殉教日とかいう日を恋人同士が愛を確かめ合う日に設定するなんて
なかなか悪趣味だ、とフレッドなどは思うのだが、
それと世間の流れにかこつけて思いを遂げるのとはまた、別の話である。
チャンスは利用するに越したことはない。
贈り物は男性から女性へ。服だったり花束だったりチョコレートだったり。
まぁ形は何でもいいのだ。愛を現すモノなのだから。
こと恋愛に関して、フレッドの辞書に搦め手、などという文字は無い。
兄弟達などは持って回った愛情表現が得意な奴ばっかりだが、
彼はこの手のことに関する駆け引きはむしろ、苦手。
まぁ彼のすぐ下の弟のロンのように、駆け引きは全くできないといいながら
行動自体が結局駆け引きになっている等という強者もたまには居るので
苦手苦手というのも自己申告ではあまり信用できないのだが…。
何にしても。このときも彼は即時に行動に出た。
「な、アンジェリーナ。」
「なによ?」
首を傾げる彼女の顔にそっと口元を近づけて、フレッドは尋ねる。
「…好きな色、聞いてもいいか?」
「…好きな色??」
アンジェリーナは呆気にとられたような表情になったが、
やがて暫く真剣に首を捻ってくれた後、微笑んで答えた。
「そうね、青やエメラルド・グリーンやプラム色なんかも好きだけど…。」
「ふぅーん。」
意外だな、そうでもないか、等と思いながらフレッドは頭の中で天然色を再生する。
バレンタインデーのプレゼントにその色を取り入れてみようかな、などと思いながら。
誕生日、好きな食べ物、等々既に彼のデータバンクには
色々なアンジェリーナ情報が搭載され、増え続けている。
意外と古風で堅実なのがフレッドの手法だ。
ところが。
少女は意外な行動に出た。
フレッドの瞳を見つめながら、満面の笑顔で微笑んでこう、言ったのだ。
「…でも、一番好きなのはやっぱり赤かしらね?」
一瞬。
空耳かもしれないが。
「好きだ」と言われたような気がして、さしものフレッドの鋼の心臓も鼓動を止めた。
「…は?」
「また聞いてなかったの?赤よ、赤色!深紅がいいわ。」
「ヒュー!情熱的だねぇアンジェリーナ。」
「そうよ、悪い?」
私みたいな肌の色の女は好きになったら一直線よ?と微笑まれ。
フレッドはどくんと胸が波打つのを感じた。
この調子で、彼女に。
『獲物は貴方よ。』
と告げられたら、フレッドは喜んで闘牛場にだって飛び出していくだろう。
けれど、赤毛の少年の行動は内心とは全く裏腹なものだった。
軽く笑って、手を挙げるだけ。
「ああ、君の肌の色に一番映えるのは燃えるような赤色に決まってるさ。」
にやりと笑いながら、フレッドはその側に寄った。
長身の家系であるウィーズリー家の一員であるフレッドも、当然ながら背は高い。
女の子にしては高い方であるアンジェリーナだが、
まともに側に来られると見上げるしかない。
黒目がちの大きな瞳で見上げられるのはいい気分だ、と思いながら、
フレッドは殊更何でもない口調で提案した。
「…だからさ、俺と一緒に出かけない?」
「は?」
「バレンタインデーだよ!どうだい?」
「…なんであなたと一緒に出かけなければいけないのか、その訳が分からないわ?」
満更でもなさそうながら、ちろりと彼を睨んでの反論は忘れない少女のために。
フレッドはご機嫌でこう答えた。
「そりゃあ君、赤と言えば俺のカラーに決まってるからだろう!」
アンジェリーナは目をぱちくりさせた後、ぷっと吹き出した。
「理由になってないわ。」
「そうか?俺としてはこれ以上説得力のある理由は考えられなかったぜ?
君には赤が一等似合う、そして君も赤が好き。…つまり。」
にやっと微笑む顔は紛れもなく獅子寮の悪戯坊主のもの。
「…君には俺がお似合い、って事だ。」
この発言にかなり長いこと硬直したアンジェリーナは。
「あなたは馬鹿ね。」
とだけ辛うじて呟くと首を振った。
「ああ、言い切ってくれる気丈な女は君一人だよアンジェリーナ。」
で?どうよ、とにやりと笑う赤毛の少年に、少女はもう苦笑するしかなかった。
「オーケー、いいわ。バレンタインデーはあなたとデートしても。」
「そうこなくちゃな。」
「ただし!」
ぴっと指を立てて、お説教するように念押しめいた宣告ひとつ。
「…これで勝負が決まったなんて思わないでよ。」
かっちり言い残して去ってゆく
チョコレート色の肌のくせになかなか甘くなくて溶けない少女に。
今度はフレッドが苦笑するしかなかった。
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end.
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