|
**********
"T"
「ハリー、心配しなくて良いわ、セドリックはきっと、あなたのことが大好きだったわよ。絶対よ。」
ハーマイオニーが力づけるようにハリーの傍らで呟く。
ハリーは、言葉を無くして黙って頷いた。
僕は、ハリーの代わりに二人分抱えた白い百合の花に視線を落とす。
セドリックの身体を収めた箱には入りきらないほどの白い手向けの花は、彼を慕う想いの数だけ。
閉ざされた棺の上にも、止め処もなく降るこの雨のように散らされていく。
僕とハリー、ハーマイオニーも押し黙ったままそれに倣った。
僕等は、黙ってかつてセドリック・ディゴリーだった物が暗い地中に埋められていくのを眺めていた。
どこかで、女の子が慟哭するのが聞こえてきた。
身を切られるような愛惜の情が籠もっているのに、ぼんやりとチョウ・チャンかな、と思った。
同時に、隣りに佇む親友にふと目をやった。
セドリックの棺を担ぐ役も埋める役も、ハリーは請われれば受ける覚悟で居たらしいが、
流石にここしばらくのハリーの様子を見てわざわざ頼む者も居なかったので、彼はそのまま葬儀に参列だけしている。
白い花、黒いスーツの群。
しめやかにけぶるような雨の中、執り行われる儀式。
ハーマイオニーと二人、強く握って離さないで居たハリーの手に、力を込める。
ハリーが、縋るように握り返してきた。
初めて表だって触れる君の弱さが、じっとりと汗ばんだ冷たい手に現れているようで。
ますます、離れないようにしっかりと存在を主張した。
”ダイジョウブ、ココニ、イルヨ・・・”
ハリーがちらりと一瞬だけ視線をこちらに投げた。
真っ直ぐ、前を向いたまま。気付かない振りをした。
†+†+†+†+†
葬送の行列の記憶が、何故か今も夢に残る。
鐘が鳴り、密やかに雨と涙がしとしとと降って地面に染みこむ。
ハリーがうなされるのならともかく、何故僕が?と、初めは不思議だった。
そのうちに、気付いた。
これは予知夢だと。
魔法使いの血は、時として不思議な未来の映像を寓意として見せることになる。
トレローニのわめき立てるようなインチキ臭いんじゃなくて、これは本当のことだ。
そうして、純血の魔法使いである僕は「カンジュセイ」とやらが強いらしく、小さい頃から良く変な夢を見た。
ああ、なんだか本当の事みたい、と強く印象に残る夢を見ると、大抵は「当たる」。
勿論、夢で見たそのままの出来事じゃなくて、…なんていうか、後で「ああ、あの夢はこの事だったんだ。」と分かるというか…。
くそ、上手く説明できないんだけれども。
気味が悪いので、あまり人には言わなかったが、両親は気にすることはないと慰めてくれた。
良くあることだから、と。
魔法使いのチェスが強いのも、夢を見るのも祖父譲りだから気にしなくて良いと。
だけど、大きくなるに従って、僕は夢を見てもそれを他人に話すことはしなくなっていった。
あまり自分に関係のある夢を見なかった所為でもある。
頻度自体も下がってきていたし。
そして、ホグワーツに入ってからは全く見ることはなくなっていたのに。
はっきりとこれは起こるかも、等と思うような夢は、一度も訪れなくて、漸く止まったのだと安心していた所だったのに。
しかもよりにもよって葬送の夢とは。
つまりは。これから先にも、もしかしたら。僕は同じような光景を見ることになるか、出くわすかする、という…事なのだろう。
そう思うと不吉な気がして、僕はこの事は誰にも言わなかった。
そうだろう。
葬儀の夢なんて、当たったってろくな事にならないじゃないか。
誰かが死ぬか……。
誰かを失うか。
†+†+†+†+†
波乱含みの四年生は、結局の所最後の最後までハプニングの種を孕んで終わった。
夏休みに入って直ぐのある日、僕はもう一度、例の夢を見た。
それはいつも以上にリアルで、生々しくて。
飛び起きて、何かがおかしい、と頭を抱える。
パジャマは冷や汗でぐっしょり濡れていて気持ち悪く、汗をかいているのに体は氷のように冷たくなっていた。
小刻みに震えてさえいた体を、掛けていたタオルケットごと抱えるように自分の腕に抱く。
じっとしていられなくて、立ち上がった。
ぼたりと、顎を伝って汗が床に滴り落ちた。
ガタガタと着替えを出す。こういうとき、一人部屋は有り難い。
もしここがグリフィンドールなら、間違いなく隣りに眠るハリーあたりを起こしてしまって、原因を尋ねられただろうから。
外気温は、ねっとりと重たい質感と共に僕の体に夏の宵の熱気を伝える。
なのに、オレンジ一色の部屋の暖かい色彩でさえ嘘寒く感じた。まだ、震えが止まらない。
パジャマを脱ぎ捨てて新しいTシャツを頭から被りながら、自動的に脳はさっきの映像をリプレイする。
また、軽く胃の府に酸っぱいものが込み上げてきた。…吐きそうだ。
顔を顰めて嘔吐を堪えながら、さりとてもう一度寝汗で湿った寝床に戻る気にもなれず、窓枠にもたれ掛かって外を見つめた。
もう少し回復したら階下に水でも飲みに行こうかと思う。
その位、僕の怠い体は動くことを拒絶していた。
†+†+†+†+†
葬送の行列を見送っていた。
いつもの夢だと認識はしていたが、いつもと違うのは、遠くから景色のように眺めるのではなく、
僕もその粛々とした列の後を付いて歩いていたことだ。
流されるように、そのまま、寝間着のままで僕は葬儀に加わっていた。
透明人間のように、誰にも僕が見えない風なのはいつものとおりなので気に留めなかったが、
なんだか滑稽だな、という感想を抱いた。
祭壇の前、生前いかにその人間が愛されていたかの通り一遍当の説教が終わり、
最後の挨拶を会葬者が告げる。
僕の手にも、いつの間にか白い百合の花が握られていた。
夢に逆らっても仕方がないので、流されるまま、列の中程に並ぶ。
順番は滞り無く進み、僕も棺の中の死体とご対面する順番を迎えた。
傍観者のような気分でひょいと棺桶を覗き込んだ。
瞬間、凍り付いた。
死体は、僕だった。
真っ青で、血の気の全くない死に顔の自分と対面した瞬間、僕は全力で叫んでいた。
慌てて周囲を見回す。
ネビル、ディーン、シェーマス、ラベンダー、パーバティも。
ダンブルドア校長やハグリッド、スネイプの顔まで見える。
棺桶の一番近くで泣いているのは、両親とジニー、フレッド、ジョージ、パーシー、チャーリー、ビル。
そうして、固く固く唇を噛んで、蒼白な表情のハリーとハーマイオニー……。
「…嘘だ!!!!」
僕はここにいる、と叫んでも誰にも聞こえず、葬儀は順々に進んでいった。
棺桶が兄達に担ぎ上げられ、墓地まで運ばれ、土が掛けられる。
埋まってゆく自分自身に、例えようのない焦燥感を抱いた。
あまりの光景のリアルさに、意識が、夢なのか現実なのか、混乱してくる。
音も意識も匂いも感触もないのが、返って本当の死人のようで逆に困惑する。
夢だと、もう自分では言い切れなくなっていた。
目を覚ましたい、と心の底から叫んでも、誰も耳を貸さないしこちらを見ない。
自分が真実、幽霊にでもなった気分で必死にハリーに訴えかける。
僕はここで生きている、と。
だけど、ハリーの虚ろな瞳は何も映さない。僕の声も、届かない。
焦れてハーマイオニーの肩を掴もうとして、すり抜けた自分の腕に愕然とした。
まさか。
僕は、本当に。
死―――――‐‐‐!!!!!
†+†+†+†+†
頭を振って、不吉な映像を振り払う。
「…何だっていうんだ、クソ。」
思い出してはばくばくと大きく波打つ心臓を押さえる。
鼓動が聞こえ、体温があって、おかしいくらいに安堵の溜息をつく。
汗でじっとり張り付いた腰のない赤毛を、ぐじゃぐじゃと無理にかき混ぜた。
鉛の固まりを呑み込んだように、腹の中の一番底の所がずっしりと重い。
軋む体の節々は、心のダメージが全身に回っていることを告げていた。
精神も、体も。くたくたに疲労困憊しながら、ぼんやりと月を見上げる。
四年生が終わってから、ずっとこんな感じだ。
府抜けてしまったように、気力が沸き起こってこない。
両親も心配そうだったが、僕が何も言わないので、そっとして置いてくれているようだった。
休みに入ってすぐ届いた、ハーマイオニーからの誘いの手紙も無視した。
いつもなら、既にハリーに手紙の二、三通も送りつけている頃だけれど…。
そんな気にもなれなかった。
ただ、一人で放って置いて欲しかった。
心が、悲鳴を上げている。
もう、いい加減そのことに気付かないわけにはいかなかった。
「僕は死ぬかもしれない。」
今まで一度も口にしなかったその言葉を、ようようにして呟いた。
口調は、震えていた。
ぼたりと、涙なのか汗なのか分からない塩辛い液体が、また顔から滴り落ちた。
家族と友達の顔が、頭の中でぐるぐる回ってぱちんと弾けた。
**********
...To be Continued.
|