PRIDE

 

<2>

◇◆◇◆◇◆◇◆

それが罪だったなんていわれなくても知っていた。
認めたくなかった。
自分が幸せに堕ちていくという事なんて。
認められないことだった。・・・弱い人間だったから。

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 暗い廊下でもはっきりわかる。灯りなんか殆ど無くたってきらきらとそこだけ光っている。それはきっと俺が彼女に惚れている所為だけではないだろう。辺りに人が居ないのを確認して、俺は、ゆっくりと声を掛けた。

「・・・サラ、王女。」

「グレン!」

 嬉しそうに振り返った彼女は、しかし次の瞬間顔を曇らせた。

「・・・どうしました?お顔の色が・・・」

・・・ああ、あんたはそんなことまでわかるんだな。

 思う度に、なお愛おしくなる。一目惚れに近かったけれど、これなら遠からず俺は同じ所に落ち着いてしまっていたろう。

 恋をしたことがないなんて言わない。現に、俺は自分が警護する王妃に淡い思慕の念を抱いていた。親友の思い人だったし、何せ人妻だ。それ以上にはならなかったけれど。

 だから・・・こんな深くて熱くて・・・制御できない感情は知らない。

「サラ王女。・・・貴女は・・・何で、黙っていた?男に触れられると、魔力を失うということを。」

 絞り出すような低い声。彼女が体を震わせるのがわかった。やはり、知っていたのだ。知っていて・・・俺に、身を・・・

「何でだよ?何でなんだ?俺にそこまでの価値なんか無い!!何もかも捨てるつもりか?!」

「はい。」

「な・・・!」

「それでも、私はあそこで貴方を突き放してはいけないと・・・そう、思ったのです。貴方が気に病むことではありません。」

「しかし!」

「王女失格ですね。巫女としても・・・お母様に知られたら、・・・でも、良いんです。」

 顔を上げる彼女の瞳には、あの時のように何の迷いも後悔もなかった。

「どうせ・・・遠からず私の魔力は消えていましたから。『恋をした巫女は魔力を失う』んです。貴方に出会ったときから私は・・・せめて、最後に一回くらい、好きなように行動してみたかったから・・・だから、良いんです。」

―――――良くなんかない。俺はそんなことは望んじゃ居なかった。

 心の叫びは声にはならなかった。

 気が付くと、また彼女を固く抱きしめていたので。

「連れて行く。俺の時代に。必ず。」

 今思うと、随分軽はずみなことを口走ったと思う。しかし、一旦熱を持った想いはもう止まるところを知らなくて。

「俺は・・・一人の騎士として貴女に永遠の愛と忠誠を誓おう。・・・サラ。」

 気が付くと、一生涯、誰にも告げることなど無いと思っていた騎士の誓いの言葉を口走っていた。

◇◆◇◆◇◆◇◆

・・・え?それからどうしたって?お前・・・話がそっちの方向に行きだしたとたん生き生きとしやがって・・・

 は?抱いたのか?

・・・お前なぁ、聞くか?そんなこと。

・・・いや。手は出せなかったんだよ。実は。その・・・直前までは・・・いったんだが・・・あの、その・・・いざとなると、やっぱりこの顔が邪魔してな。・・・おい。なんだそのつまらなそうな顔は。たとえ抱いてなかったとしても結果は同じだよ。彼女の・・・柔らかい肌と、唇の感触は今でも忘れられない。『男を知らない』なんて言い張れる自信がなくなる程度のことくらいは・・・したから、・・・なぁ・・・

・・・あああうるせぇ!仕方がないだろう?お前だって惚れた女から許可が出たら理性の二つ三つあっという間に吹っ飛ぶぞ?

 話戻すぞ!ったく。・・・別段どうもしなかったよ。魔法王国ジールはそのあと直ぐに滅んで、権力を追求した女王は闇に取りこまれ、その時出来た次元の渦に巻き込まれてジャキ王子とサラは・・・行方知れずになった。俺たちは、さっき言ったとおり星に寄生する生命体、ラヴォスを倒して、それぞれの時代に帰っていった。

・・・何で今彼女が家にいるかって?

・・・それなんだ。

 彼女が行方不明になって、俺の衝撃は真実かなり大きかった。こっちの世界に戻ってきてからは、正直何にもする気になれなかった。王妃の護衛はとうに止めていたからする事もなかったしな。毎日ぶらぶらと・・・友人の墓参りなんてしながら、暮らしてたんだ。

 昨日の夜のことだ。友人の墓参りの帰り、俺はふと、何の気無しにデナドロ山へ行ってみる気になった。俺の親友が魔王に殺された因縁の場所だが、その時なら心落ち着いて行けるような気がして。

 そして。その川の畔で。

 倒れている彼女を見たときの、俺の気持ちは、とうてい言葉なんかじゃ表現は出来ない。駆け寄ってみると息があったんで、慌てて連れて帰ってきて・・・

・・・今に至る、ってわけだ。ああ、夜が明けちまったな。すまない、長い話に付き合わせて。俺は、彼女の様子を見に帰るよ。眠っていたら、様子を見守るし、起きていたら・・・起きていたら、どうしようか。俺にはまだ、ちょっと想像が付かないんだ。

 じゃあ、またな。聞いてくれてありがとうよ。

◇◆◇◆◇◆◇◆

 俺が自分の家に入ると、予想通り彼女はまだ眠っていた。そっと近寄って顔を覗き込む。綺麗だ。本当に、綺麗な少女だ。最初から俺なんかが惚れてもいい女じゃなかった・・・そんなことは、重々解ってる。それでも、彼女がかけてくれた『好きだ』という言葉に俺は縋った。縋り付きたかった。

 頭の中どこかでは、『許されないことだ』という文字がちゃんと点滅したのに。そして、彼女は魔力を失った。王国が滅びたのは、勿論その所為じゃない。歪んだ部分を沢山かかえたあの国は、遅かれ早かれ必ず滅亡していた。それでも、彼女は自分を責めるだろう。母親である女王を諫められなかった自分を。そういう人だ。白蝋のような顔色。胸が痛む。これから先、彼女は果たして心から笑える日を迎えることができるのだろうか・・・

「・・・ん・・・・・」

 彼女が少し身じろぎしたので、俺は慌てて差し出し掛けていた手を引っ込めた。頬に、ほんのちょっとだけ・・・触りたくて、つい・・・しかし、俺の気遣いは功を奏さなかった。ふわりと。彼女の閉じていた瞼の下から、あの冴え冴えとした氷蒼色の瞳が覗く。最初は焦点を定めていなかったが、やがて俺の姿を視界の端に捕らえて大きく見開かれる。

「・・・グレン・・・?」

「ああ。久しぶりだな・・・体にどこか異常は無いか?」

 動揺を必死で押し殺しながら声を掛ける。

「私・・・」

「あんまり喋らなくて良いぞ。二日以上眠り続けていたんだ。・・・ああ、寝てろ。まだ起きるのは無理だよ。」

 慌てて体を起こそうとする彼女を押しとどめる。再び布団を掛けてやりながら俺はせいぜい陽気に話しかけた。

「ビックリしたぜ。山の中で倒れてたから。・・・あんなとこまで、どうやって行ったのかと思ったよ。他に思いつかなかったんで俺の家に連れて帰ってきたんだ。すまないな。陰気だろう?暗いし。まぁ、ちょっと我慢してくれよ。」

「貴方の、家・・・?」

「ああ。」

「・・・そう・・・ですか」

 もっと質問責めが来るかと思ったが、以外にあっさり納得したようだ。もしかしたら、何かを考えること自体が億劫なのかも知れない。

「おい、何か口に入りそうか?・・・ってもここで用意できるものなんかスープくらいだが。」

 ベッドサイドでかがみ込んで問いかける。とにかく何か口に入れないことには体力が回復しない。そう思って近くの町のパブの女将に頼んでチキンスープと軽い食事を用意してもらってきていた。こくんと軽く頷いたので、スープを軽く温めて持ってくる。

「体、起こせるか?」

 言いながらも彼女の背中の下に腕を差し込んで支えてやりながら体を起こさせる。体は支えていた方が良いだろう。そう思って俺自身もベッドの脇に腰を下ろした。

「食べられるだけで良いからな。無理はするなよ。取りあえず、何か腹に入ればいいから。」

 膝の上にトレイを置くと、彼女は素直にスプーンを取り上げた。

「あの・・・」

 半分くらいを胃に収めるころには少しだけれど頬に赤味が戻ってきていた。それを眺めてほっとしているところに彼女がおずおずと声を掛ける。

「うん?」

「あの、私・・・山の中に倒れていたとお聞きしましたけれど・・・」

「ああ。」

「どうして、そんなところにいたのかまるで記憶がないのです・・・母と魔神器の暴走を止めようとして、周りが真っ白になって、それから・・・気が付いたら、貴方が・・・」

「そうか・・・」

 まぁ、そんなとこだろうとは思ったが・・・あの時できた大きな時空の歪みに巻き込まれて、この時代のこの場所まで吹っ飛ばされてきたのだろう。

「グレン」

「何だ?」

「ジャキ・・・弟や、母や・・・民達は?」

「・・・ジールは、消滅したよ。天の民や地の民達は・・・まぁ、無事とは言えないが、王国が解体した後仲良く復興目指して頑張っている。弟さんは・・・残念ながら行方不明だ。女王は・・・・・・・・・・・・」

 俺が押し黙るのを見て、彼女は何かを察したらしかった。

「そう・・・母は、結局野望を捨てきれなかったのね・・・」

「すまない。食い止められなかった。」

 止めを刺したのは俺たちだ。ラヴォスに身も心も売り渡し、邪悪な存在となって立ちはだかった女王は、ほとんど最強といっても良いくらいの敵として俺たちに迫った。何とか倒したが、彼女の魂は救われないままだった・・・・・・

「いいえ。貴方の所為ではないもの。・・・ラヴォスは、どうなりました?」

「ああ。倒したよ。クロノと・・・俺達とで。」

「・・・・・・本当に?」

「ああ。間違いない。心配しなくて良い。世界は、救われたんだ。」

「良かった・・・・・・」

 サラが明らかにほっとした表情を見せる。やはり自分も呼び出すのに関わった以上、気になっていたらしい。つと、サラが顔を上げる。

「グレン?もし、もし・・・良かったら・・・後で、民達の所に連れて行ってくれませんか?」

「それは・・・できない。」

「え?なぜ・・・ですか?」

 俺は一つ息を吸ってから彼女の目を見つめ、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「ここは、俺の家だといっただろう?今は・・・AD600年、つまり、あんたの居た時代から12000年近くが経っているんだ。あんたは、時を越えてこの時代へ運ばれてきたんだよ。」

 彼女の目が驚愕で見開かれる。

「そして・・・時間を超える手段はラヴォスを倒した今、無くなってしまったんだ。つまり・・・残念ながら、ジールへ帰ることは、できない。」

「そん・・・」

「もしかしたら・・・もしかしたら、クロノ達がまたこの時代へ遊びに来るかも知れないが、それを待たないと、正直俺にはどうすることもできないんだ。・・・すまん。役に立てなくて。」

「い・・・いえ、貴方の所為ではありませんから・・・」

 そうは言ったものの、やはりショックは隠せないようで、俯いて黙り込んでしまった。胸が痛むが、どうすることもできない。せめてその後の様子でも分かれば良かったのかも知れないが、なんせ12000年前のことなど調べられようはずもなく。俺は、無力だった。

「まぁ、もう少し寝ていろ。とにかく早く元気になって・・・話はそれからだ。な?」

「・・・・・・はい・・・」

 返事はしたが顔色はまた元に戻ってしまった。やはり今するべき話ではなかったかと後悔したが、今更どうにもならない。

 やがて。再び彼女を横にならせ、食器を片づける俺の耳にかすかな嗚咽の声が聞こえてきた。

「サラ!」

 思わず器を放り出してベッドに駆け寄る。彼女は細い体を震わせ、アイスブルーの目から涙をぽろぽろこぼし続けていた。

「おい・・・おい!」

 泣きやませたくて、でもどうすることも、気の利いた言葉も思い浮かばなくて、焦れた俺はただ彼女の身体を引き寄せて、きつく抱いた。

「泣くなよ・・・泣かないでくれ・・・ごめん・・・ごめんな、何も、できなくて」

「いいえ・・・いいえ、違うの・・・違うの、グレン・・・私っ・・・私が、私が、狡いから、だから、こんな目に合うんだわ・・・」

「貴女には何ら責任がないことだ、サラ。時間の歪みに巻き込まれて飛ばされただけなんだから。」

 腕の中でしゃくり上げる彼女の背中を優しく撫でてやる。サラが、いやいやをするように頭を振った。

「そうじゃない、そうじゃないの。私・・・が、いけないの・・・私、が、時間の歪みに巻き込まれたとき・・・民のことでも、母のことでもなくて、貴方の、貴方のことを考えたりしたから、だから、だから・・・」

「サ・・・」

「狡いの、汚いの、私・・・王女だなんて言える資格はないの・・・ジールに帰れなくなって当然なんだわ・・・」

「・・・滅多に聞けそうもねぇ凄いもん聞かせて貰ったような気がするな・・・」

「・・・え?」

 不審そうな彼女を両手の平で頬を包んで仰向かせる。涙で縁取られた蒼い瞳。滅茶苦茶に壊したいという衝動は何とか抑える。が、不謹慎だと思いながらもついつい顔が緩みそうになるのはもうどうしようもない。

「俺、もうジールの民にどれだけ恨まれたって構わねぇよ・・・」

「グレン・・・?」

 抱き寄せる。逃げられないくらい強く。ちらりと体の調子が気になったが、・・・

「俺の時代に連れて行くって宣言しただろう?帰さない。ずっと、ここにいてくれ。」

「あ・・・」

「デナドロ山で、倒れている貴女を見たとき、どれだけビックリしたか。どれだけ・・・嬉しかったか・・・もう、二度と、会えないと思っていたから。死んだのかもしれない、必ず守ると約束したのに、守りきれなかったって・・・」

「グレン・・・・・・」

 無理難題を言っている、論点をすり替えている、そんなことは百も承知だ。

 でも、望んではいけないのだろうか?

 愛する人を手に入れることを。

 こんなに、側に。腕の中に、居るのに。

 戸惑う彼女に、俺は、決して口にしてはならない禁忌の一言で止めを刺した。それがどれだけ彼女を苦しめるか知っていて。

「・・・愛しているんだ、サラ。」

 

 蜘蛛が巣にかかった蝶の羽をもぐように易々と。俺は彼女を絡め取ってしまった。

 

 

 

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To Be Continued