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「あのさぁ!」
苛立ったような口調で僕はもう半時間近くも二つの箱の前で長考している彼女に声をかけた。
「もう諦めて棒倒しかなんかで決めろよ。」
その言葉に、ハーマイオニーは少し拗ねたような顔で振り向く。
「だって、どっちも可愛いんだもの…ね、どっちがいいかしら?」
「だから、さっきから僕は右の方にしろって言ってるだろ?」
「でも、色は左の方なの……。」
僕は深く溜息をついた。
…高々友人の出産祝いとやらを買うのに、なんでこんなに時間がかかるんだろう。
しかも、ベビー用品売り場にカップルで入っていくこと自体、相当照れくさいのに。
…ホントに子供でもできたのなら別だけど。
学生時代の友人であるシェーマスとラベンダーの間に子供が産まれた、と聞かされたのはついこの間の話だ。
出産祝いを買いたいから付いてこい、というハーマイオニーの誘いを、僕は一回丁重に辞退した。
だってそんな、世界で一番興味ない分野……。
けれど彼女は諦めていなかった。
久しぶりにデートに行こう、と誘われ、のこのこ嬉しげに出てきたのが運の尽き。
ちょっと服が見たいから、とマグルでひしめき合う百貨店に連れ込まれ、
気が付くと僕は子供用の靴と毛布ではどちらがいいか、などという
おおよそ予想もしていなかった質問に答えさせられる羽目になっていた。
腹が立つので友人であるハリーも巻き込んでやろうと電話したら、
『あ、じゃあお金払うから僕も連名にしておいてね!』
などとちゃっかり言い置いて切られてしまったし。
…いやさ。ハーマイオニーが楽しげに選んでいるのはいいんだ、うん。
けれど、通り過ぎていく人の視線が居たたまれない。…勘弁してよ、って感じ。
これが僕と彼女の間に子供ができて二人で選びに来てます、っていうのなら…やめた、未練がましい。
もうしばらくの忍耐の時間の後、ようやっと彼女は心を決め、僕達は再び年の瀬の街に彷徨い出た。
「ゴメンね、ロン…でもお陰でいいのが買えたわ?」
「どういたしまして…でももう一編はゴメンだぜ?」
ウンザリしたような僕の口調に、ハーマイオニーはしばらくは誰も予定がないわね、と笑った。
***
師走の街を二人で歩く。世間はクリスマス一色だ。
…そういえば、僕はまだ、ハーマイオニーにクリスマスに贈る物を買っていない。
思いついて、傍らを歩く彼女に話しかける。
「……なぁ。」
「どうしたの?ロン。」
ハーマイオニーが僕を振り仰ぐ。…その額に軽くキスをしてから、おもむろに尋ねた。
「サンタに頼んでおくからさ、クリスマスは何が欲しい?」
僕の問いかけに、ハーマイオニーは唇に指を当ててそうね、としばらく考え込んでいたが、
やがてゆっくり首を振った。
「…思いつかないわ。欲しい物なんて。」
「おいおい、それじゃ困るんだってば!……サンタが。」
ついうっかり本音を洩らしてしまってから、慌てて言い繕う。
…バレバレでもね、こういうのはちゃんと乗って真面目にやるのがルールだ。
ハーマイオニーはちょっと困った顔をして微笑みながら、首を傾げる。
「でもねぇ…本当に思いつかないのよ。ね、今じゃなきゃダメ?」
「そんなことはないけど、早いほうが嬉しい…って、サンタが。」
「……ロン。」
今度はハーマイオニーもあなたって色々下手くそね、と言いながら吹き出した。
「…うるさいなぁ。」
ふてくされて先に歩き出す僕を小走りに追いかけてきて、ハーマイオニーが腕を絡めてくる。
「…怒っちゃった?」
「まさか。」
微笑んでみせると、彼女は安心したようにほっと息を付き、
そのまま、僕の腕にぶら下がったまま、…俯いてぼそぼそと呟いた。
「…月並みだけど、私が今まで貰ったプレゼントの中で一番素敵だったのはあなただもの。
これ以上は望んじゃ、贅沢ってものだわ?」
思ってもみなかった彼女の言葉に、僕は見る見る頬が染まっていくのを押さえることができなかった。
照れ隠しに、精々ぶっきらぼうな口調で返事をする。
「…そりゃ、どうも。でもさ、だからって何にも贈らないのも…。」
「そうね、私もあなたにあげ辛いし…なにか考えておくわ。」
「本以外だぞ!『恋人』としてのプレゼントに本はナシだっていう約束だからな!」
「…どうしてそういう細かいことを気にするのかしら…。」
ぶつぶつと文句を零しながら、ハーマイオニーがふと何かを思いついたような表情になった。
「…ねぇ。」
「ん?」
「”恋人はサンタクロース”っていい響きだと思わない?」
真剣に妙なフレーズを唱え出す彼女の意図に、僕は最初気付かなかった。
「おいおい、僕はサンタクロースほど色々君に贈ることは…。」
「違うわよ。」
ハーマイオニーが苦笑気味に首を振る。…僕に説明するのは随分躊躇ったみたいだけど。
やがて、瞳を見上げながら、一言一言、声は小さかったけれど、はっきりと…言ってくれた。
「あのね。…小さい頃、サンタはパパとママだったわ?」
「…ああ、うん。そうだね。」
「ね?……子供のうちはサンタクロースが必ず来てくれていたでしょう?」
「ん。」
「でも大人には来ない。」
「…まぁ、……ね。」
僕はよっぽど「何を言うのやら」という顔をしていたのだろう。
ハーマイオニーはちょっと困った顔になりながら、それでも続けた。
「じゃあ、大人になったら、一体誰から贈り物を貰えばいいのかしら?」
「そりゃ…大人は玩具なんか欲しがらないからじゃないの?」
「そうじゃなくてね……。」
馴染みのある先生が出来の悪い生徒を諭すような口調になりながら彼女は続けた。
「そうじゃなくて、大人がクリスマスに贈り物を貰っちゃいけない、なんてことはないと思うの。
玩具じゃなくて、もっと…幸せとか、温かさとか、愛情とか。形は変わってると思うけど。」
「……随分と難しい話になってきたね。」
まぁ君相手だからいいけど、言いたいこと分かるよ、と僕は笑った。
「難しい…っていうんじゃなくて、……でもね、大人になったらサンタクロースはきっと、自分で探さなくちゃいけないのよ。
それがやっぱり家族だったり、友達だったり、自分だったりするかもしれないんだけれど。」
「……なるほど。」
「……だけど、”恋人がサンタクロース”っていうのが一番素敵だなぁ、って思ったの。それだけなのよ。」
ハーマイオニーは長い説明を終えてそこで一旦言葉を切り、
僕に絡めた腕に益々力を加えながら、益々小さな声で囁く。
「だって、みんなあなたから貰ったんだもの。幸せも、温かさも……。」
そこで照れくさいらしく、ハーマイオニーは言葉を切る。
僕は。
ただ黙って、彼女を抱き締めたい衝動と必死で闘っていた。
代わりに、体をかがめてその頬に軽いキスをする。
…今貰った言葉に返せるだけの謝辞なんて、僕の語彙には存在していない。
一体どうして、こんなに幸せでいいんだろうか。…クリスマスもまだなのに。
「…行こうよ。とりあえず、目に見える方のプレゼントを探しに行こう。」
僕の提案に、ハーマイオニーはにっこりと微笑んで頷いた。
***
「…決まらないもんだよなぁ。」
「…だって。」
ああでもないこうでもない、と二人で言い合いながら、結局ほぼ店を一周した挙げ句、外に出る。
ハーマイオニーときたら、それは似たのを持っているとかあれはあなたから贈ってもらう程欲しい物じゃないとか、
いちいち理屈がついて全然決まらないのだ。
「さっきのブローチなんか可愛かったと思うんだけど…。」
「でも、折角二人で選んでるのに…本当に欲しい物をお願いしなきゃ、返って失礼じゃない。」
生真面目な返答に、僕は彼女らしいと苦笑する。
思わず、軽口を叩いた。
「目に見える物は選び辛いんですかね?」
「ええ、目に見えない方のプレゼントなら幾らでもリクエスト思いつくのに。」
「…………。」
その即時の切り返しにまたもやざっくり当てられた僕は、
「あ、ハーマイオニー、喉乾かない?お茶でも飲もうか?!」
と慌ててその場を誤魔化した。彼女は何やら不満げではあったが、提案自体に異存はなかったらしく頷く。
「でも、さっきから覗いてたけど、お店はどこもいっぱいよ…?私別に自販機で構わないわ。」
「…あれ、僕使い方よく分かんない。」
「……そうだったわ…。」
マグルの常識に疎い魔法使いくんを連れてるんでしたっけ、と肩をすくめながら、ハーマイオニーは道ばたの自販機に近づいた。
「コーヒーでいい?」
「ん。なんでもいいよ。暖かかったら。」
「はいはい。」
ハーマイオニーはバッグの中から財布を出し、缶入りの飲み物を買って、僕に渡した。
慌てて僕も服のポケットから小銭入れを探す。…マグルのお金、持ってたっけか?
「ハーマイオニー、払う…。」
「ダメ!たまには奢られなさい!…このくらい。」
小銭入れを手に持って、ハーマイオニーが僕を睨むので、苦笑しながら手を引っ込める。
「…じゃ、甘える。」
「そうよ。ご飯とか、いつでもご馳走になってますもの。マグル界でくらいはね。」
偉そうに言いながら、彼女は自分の分も買おうと財布を探った。
その瞬間、何かが零れ落ちる。
―――ちりん。
澄んだ音がして、コインだとばかり思っていた僕は視線を落とした。
地面に小さな鈴が転がっていて、彼女が慌てて拾い上げる。
「なに、それ?」
財布に入れておく物としてはあまり相応しくないような気がして、僕は思わず彼女に問うた。
ハーマイオニーはしばらくもごもごと何か言い訳したそうにしていたが、やがて諦めたように白状し始めた。
「…あなたが昔くれたクリスマスプレゼントに付いてた……。」
そこまでで僕は思いだした。遥か昔、まだ学生だった頃に、とあるアクシデントで猫になった彼女にあげたジョークのプレゼントだ。
自分の猫姿を彼女が気にしていたので、笑わせてあげようと贈った記憶がある。
「…よくそんなの持ってたね…。」
本物のプレゼントならともかく、と言う僕に、ハーマイオニーがちょっと怒った表情で言い返す。
「置いてあるに決まってるじゃない。これは、あなたの気持ちなんだもの…」
私のことを思ってくれた贈り物だもの、そりゃ大切にしてるわよ、と切り替えされて、
今度は僕の方が赤くなって返事に困る羽目になってしまった。
…ホントに。彼女は時々思いがけない激しさを見せるから。
―――僕は振り回されて言葉も出なくなる。
「昔は、誰かに心を奪われたりすることなんて、絶対ないと思ってたのになぁ。」
溜息をつくハーマイオニーの肩を、手を伸ばして引き寄せる。
「…それは、お互いさ……。」
ところが、彼女は僕の腕をするりとすり抜けた。
また何かを思いだしたらしく、悪戯っぽい瞳でこちらを見上げてくる。
「そうだ、ロン。…あの時、あなた何て言ったか覚えてる?」
当然というか何というか、心当たりはない。
…あげたことすら忘れていたのだ。仕方なく僕は首を振った。
「…いや?」
「私のこと、『君にアクセサリーをプレゼントする最初で最後の男にならなきゃいいけどな』ってからかったのよ。」
「そうだっけ?」
さすがにそれは覚えていなかった。首を捻る僕に、幾分悔しそうにハーマイオニーが言う。
「そうよ。…何が腹が立つって、それが本当になっちゃった事よね。」
「……ハーマイオニー。」
「いまだかつて私、あなた以外から身につける物、貰ったことがないもの。」
ずくん、と今度は自尊心と優越感がくすぐられる。
まただ。…また、彼女の言葉に惑わされて。
このままじゃクリスマスが来る前に満腹になっちゃうってば、と内心たじろぎながら、
僕はこの可愛いサンタを黙らせるために腕を伸ばして胸元に引き寄せた。
「…な、なに?急に。」
ここ町中よ?!とじたばたもがく彼女に構わず、腕に力を込める。
すぐに諦めたらしく、ハーマイオニーはもう、とか強引なんだから、などと文句を言いながらも大人しくなった。
―――振り回されてばっかり、っていうのも悔しいよな。
僕はゆっくりと彼女を抱き締めながら、不安げに跳ね出した心臓を落ち着けた。
…伝えるべき事は、一つだった。
「ハーマイオニー。…今年のクリスマスだけどさ。」
「ええ。」
彼女が首を傾げる。…ゆっくりと言葉を紡いだ。
「…サンタクロースからは、指輪でいいかな?」
僕の問いかけに、ハーマイオニーは一瞬ものすごく驚いた表情をして。
「やっぱりあなたは私のサンタクロースだわ、ロン。」
と言いながら、殆ど泣き顔に近いような満面の笑顔で僕に抱きついてきた。
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...end.
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