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一章:結婚するって本当ですか
帰ろうとしたら、恋人に呼び止められてイワンは足を止めた。
「どうしました? キースさん」
「イワン君、明日の午後にヘリペリデスのCEOにアポイントが取れたよ」
言われて、イワンがはっとした表情になった。イワン君も一緒に着いて来てくれるね、と言われて、ごくりと唾を飲み込む。
「キース、さん」
不安そうな青年に、キースが柔らかく微笑みかける。
「そんな顔をしないで。君と一生を添い遂げると約束したんだ、その為にはこれは必要なことだ。なぜなら、私は卑怯者にはなりたくない」
「キースさん、あなたという人は……」
本当に、真っ直ぐなんだからとイワンは苦笑したが、決して嫌がっている素振りは見えない。それに安心して、キースは手を伸ばすと手の甲でイワンの頬にそっと触れた。
「でも、もしも反対されたら……私と駆け落ちしてくれるかい?」
君を手放す気はないんだ、申し訳ないと言われ、じんわりとイワンの紫水晶の瞳に涙が浮かんだ。それをキースに見られて、慌てて拭う。そして、勢い良く「はい」と答えて微笑んだ。キースの方も安心させるように笑いかける。
「ありがとう、そして嬉しい。しかし、君を哀しませる結果にはさせないように頑張るよ」
ヘリペリデスファイナンスの代表は、自社のヒーローを溺愛している事で有名だ。そのイワンを貰おうというのだから多少の波風は覚悟の上だった。
「はい、信じています、キースさん」
イワンは言うと、頬に添えられたキースの手を取って、そっと目を閉じた。キースの優しい口唇が触れて来るまで、そう時間はかからなかった。
■ □ ■ □
翌日。ヘリペリデスファイナンスの代表は、思った通りの仏頂面でキース達を迎えた。
「ポセイドンラインのヒーローが、一体私に何の用だね」
鋭い眼光を向けられ、ごくりとキースの喉が鳴る。ヒーローになってからだって、こんなに緊張した経験は今まで一度しかなかった。キースの人生が目的を持って走り出した時、つまりは、イワンに告白をしたときだ。
不安そうに寄り添うイワンが、スーツ姿のキースの袖を引いた。イワンを不安がらせてはいけないと思うと、一瞬でキースの腹が括れる。
「お願いがあります」
「なんだね」
実は私は、とキースが切り出す。
「かねがね、イワン君と結婚を前提にお付き合いをさせて頂いておりますが、……その、あのっ!! イワン君を私に下さい!」
……言った。些か上擦っているし単刀直入過ぎるが、イワンは目を瞑った。
ヘリペリデスのCEOの折紙サイクロン溺愛ぶりと言えば、それは半端なものではなかった。どの位かというと、少しでもイワンに近づく男も女も、厳正なる身元審査をされるという噂だ。それでCEOに相応しくない、と判断されたらいつの間にか排除されているらしい。
一体いつどうやって。子飼いのお庭番でも居るのだろうか。個人情報を大量に所有する、金融関係企業のパイプを悪用しているとしか思えない。折紙サイクロンがどちらかと言えば友達のいない子だったのも、間接的にはヘリペリデス代表の所為だと言う噂まである。
でも、とイワンも拳を握りしめた。反対されたら駆け落ちしてやると決めたのだ。
シュテルンビルトの金融・経済を一手に握るヘリペリデスファイナンスのこと、そんな事をしたらひょっとしたら銀行口座もカードも封鎖されそうだが、キースと二人なら何も怖くない。
たとえヨイトマケの日々でも、二人してマグロ漁船に乗せられても(ジャパンでは過酷な日雇いをこう言うらしい。ヤクザ映画で知った)寄り添い合い、支え合って生きて行ける、と。
キースの発言を聞いたヘリペリデスの代表の目がすっと細まった。嵐の予感だ。しかもスカイハイ並みに最大風速計測不能な例のアレだ。
イワンの緊張も最高潮に達したが、キースもかなり緊張しているようで、繋いでいる手が些か汗ばんでいるのに冷たい。代表がゆっくり口を開いたので、イワンは反射的にぎゅっと目を瞑った。しかし。
「いいよ」
あっさり言われ、キースも「へ?」と彼にしては間抜けな声を出したが、イワン自身も思わず叫んでしまった。
「ええええ!?」
「何だね、一体なんで驚いているんだ」
代表はやや不機嫌そうに言いながら机の引き出しから書類を出した。
「見たまえ、折紙サイクロンがスカイハイと結婚した場合の株価の変動予測だ」
言われたイワンが見てみると、右肩上がりの曲線が描かれている。そう言えば、昔からスカイハイが活躍するだけで、ポセイドンラインの株価は安定の上昇を見せるのが常だった。HERO TVを放映しているような酒場のモニターには、大抵各所属企業の株価も表示されている。
「企業同士の結びつきでも、交通網のポセイドンラインはまあ堅実だな。そこへ史上初の夫婦ヒーローという要素が加わると株価の急上昇は堅いと審査部に判断された」
審査部って。融資対象じゃないんだから、とイワンは思った。
「更に、HERO TVが結婚式の独占中継をしたいと申し出て来ている。もしも放映した場合、更に株価は……」
「あ、あの代表、本当にいいんですか?」
別に反対されたかった訳ではないが、手放しでいいよと言われるとちょっと淋しい。しかも決め手は株価って。
そんな複雑な気持ちで言ったイワンに、ふー、と代表が息を吐き、ちょいちょいとイワンを呼んだ。まだ混乱しているキースをその場に残し、イワンはちょこちょこと代表の側に寄る。
「あのな、ぶっちゃけ本音を言うぞ」
「はい」
「最初はそりゃあうちの可愛い折紙に手を出しやがってあの××××で×××な××××(興奮のあまりイワンには聞き取れず)ヌッコロス!って思っていたんだが」
「……やっぱり」
「だがな、少し冷静になってみると」
「?」
「見てみろ」
しゅびっとキースを指差され、イワンは素直にそちらを見た。キースはまだ状況が理解できないようで、頭上を特大のクエスチョンマークが飛び散っている。ていうかそれでもスーツ姿で髪の毛セットしてるキースさんやだかっこいい、とイワンは場違い過ぎる感想を抱いた。ちなみに、イワン自身もスーツ姿だがそちらは棚に放り上げる。うっすら頬を染めるイワンを余所に、代表がゆっくりと口を開いた。
「高収入、高身長、KOHの座こそ後進に譲ったが、未だ老若男女に高い人気を誇るヒーローで、おまけにガワを脱いだらあの通りイケメンだな」
「はい」
「しかも性格も単純一直線、というかお前の忠犬になりそうだ」
「いやあの、流石にそこまででは」
「それにだ、スカイハイのあの性格だ、お前が嫁に行った所で、スカイハイのファンは喜んでお前を受け入れるだろう」
そこまで分析して、代表はぽむ、とイワンの肩に手を置いた。
「折紙、胸に手を当ててよーく考えろ。お前の人生、この後あれ以上の優良物件出るか? ちょっとぽやんとしてるが、間違いなくアレ数十年に一度の超優良物件だ。流石はヘリペリデスのヒーロー、目利きだな」
ナニコレすっかり娘を持つ親の目線? しかも打算に彩られてる!? イワンの脳裏を焦燥が支配した。いや、認められたのはいい事なのだろう。いい事なのだろうけれど、何故こんなに釈然としない。
「待って下さい代表、僕別にそういう基準でキースさんにした訳じゃないんですよ!?」
「照れなくてもいいぞ、選んで選んでアレにした訳だ」
「いえ、本当に他に居なかったっていうかキースさんだけだったっていうか」
ぶっちゃけ恋愛ビギナーズラックだ。一発目で最高の物件引き当てて、この後など考えるのも恐ろしい。と、イワンは今更に思ったが、そんな事は代表はとうの昔に理解していたようだった。流石はヘリペリデスファイナンスの代表、と言うべきなのだろうが。
が。残念なことに、相手はキング・オブ・ポジティブのパートナーの癖にネガティブキングの折紙サイクロンだった。
「謙遜するな折紙、お前がうちのヒーローで本当に良かった、ファイナンスは信用第一だからな」
「待って下さい、僕は別に、会社の為にキースさんとの結婚を決めた訳では」
「色々考えたが、亭主はあのくらいの方が扱い易いだろう。心配しなくても、最高の花嫁学校を用意しておくからな!」
これはアレか。誉め殺しという新しい結婚の邪魔の戦法か。なんでフィニッシングスクールになんぞ行かねばならぬのか。
もう行っていいよ、明日から結婚式の計画を練ろう、応援していると祝福の言葉をもらいながら部屋から退去しても、イワンの表情は晴れなかった。
「キースさん」
「なんだい、イワン君。まあ、少し予定とは違ったけれど、認めてもらえて良かった、そして……」
「駆け落ちしますよ」
「へっ?」
キースが心底驚いた顔になった。認めてもらった、たった今祝福してもらったのに、どうして、という顔だ。分かってはいる、自分は変な意地をこじらせているだけだというのは、分かっているのだ。が。
ぐっとイワンは拳を握りしめた。
「駆け落ちしてやる!」
「ちょ、イワン君!?」
「絶対、ぜーーーーったい! あの会社、僕で遊んでるんだ、思春期の若者の心を弄んで楽しんでるんだ、やっぱり金融業の人間なんて信じない……!」
その後、すっかりやさぐれて家出してやる、ヘリペリデス出奔してやる、と騒ぐイワンを抱えて困惑するキースの結婚への道のりは、何故か全く反対されていないのに困難を極めていく事になるのであった。
■ □ ■ □
二章:気をつけて代表は急には止まらない。
晴れてイワン君と結婚する運びになりました。ありがとうそしてありがとう。
キースの口から各ヒーローにその事が伝えられた時、ジャスティスタワーのトレーニング室はちょっとしたお祭り騒ぎになった。……ただ一人を除いては。
「折紙先輩、どうしてそんな隅っこで踞ってるんです?」
バーナビーがお祝いの言葉を述べようとして近づいて、首を傾げる。
ヒーロー界初の夫婦ヒーローの座は先を越されたかと残念に思いつつ、それでも引っ込み思案なイワンがキースと幸せそうに少しずつ穏やかな愛を育んでいたのを見ていたからこそ、祝福しようと素直に思えたのだった。が。幸せ絶頂の筈のイワンは、トレーニングルームの隅っこで何故か体育座りして、心なしか斜めに傾いですらいる。
「いいんです……僕なんて……僕なんかどうせ恋愛ビギナーズラックな一発屋なんです……」
「言っている意味がよく分かりませんが」
「分かってもらおうなんて思っていません、いいんです、僕駆け落ちしてやるんですから……」
はあ、とため息をついてバーナビーはキースを呼んだ。
「スカイハイさん、どうして結婚する二人にこんなに温度差があるんです?」
「それが……この間、ヘリペリデスの代表氏に二人で許しを貰いに行って、許しを貰ってから、ずっとああなんだ……」
私も心を痛めている、とキースは言い、雨雲が頭上に垂れ込めている恋人を心配そうに見やった。
「んーふふ、心配する事ないわよスカイハイ」
そのスカイハイの肩をぽんとネイサンが叩く。
「あれはね、幸せ過ぎて信じられない……、っていう少女漫画によくあるちょっとした不安よ」
「ちょっとした不安、なのか、しかし」
「ばっかねえ、あんたがどーんと構えてたら、不安なんか解消するわ! そうねえ、一日百回くらいキスして「愛してる」って囁いてみるとか」
イワンは体育座りのままで飛び上がりそうになった。何をそこの竹を割っ太君に吹き込んでくれてんですか! 信じちゃうじゃないですか!! 現に頬を染めたキースが、納得したとでも言うようにこちらを見ている。
イワンは今日の帰り辺りの一騒動を思って深いため息をついた。
「そうだぜスカイハイ」
そこに、お節介で場を掻き混ぜる事台風のごとしな虎徹も口を出す。
「あれだぜ、マリッジ・ブルーってやつだ。結婚式には治るさ、経験者の言う事だ、間違いない」
「そうか、マリッジ……ありがとうワイルド君!!」
(そこのブルジョワ直火焼きと正義の壊し屋は、拙者が影縫いの術を習得したら直ぐに戦闘中に動けなくしてやるでござる。)
この間見たニンジャ映画を思い出しながらイワンは心の中で調子のいい同僚達を呪った。その時、イワンの携帯電話が高らかにウエディング・マーチを奏で始める。皆がぎょっとしたが、イワンもぎょっとした。
「えっ、これ、何? 僕の携帯???」
焦って取り出すと、ヘリペリデスファイナンスからの電話だった。嫌な予感がしながら電話に出ると、代表の明るい声が聞こえて来る。
『やあ、元気かね折紙サイクロン』
「なぜ拙者の携帯電話の着信音が「ぱぱぱぱーん♪」なのでござろう」
地の底から響くような声でイワンが代表を問い詰める。たった今から世界で一番聞きたくない曲になってしまった。代表は、ああ、気に入ってくれたかね、と楽しそうに笑った。
『ヘリペリデスファイナンスの技術力という奴だ! 気分が高まって行くだろう?』
「どん底まで落ち込んだでござるよ!」
『ちなみに、君が出動している間に変えさせてもらった』
「……あのときでござるか」
最早ヘリペリデスのトレーラーは敵陣だと思った方がいいか。イワンがそんな事を考え始めると、代表はそんな事より、と話を続けた。
『急ぎの用事だ、今すぐヘリペリデス本社まで来てくれないか、迎えを寄越すから』
「急ぎ?」
『緊急だ! 大至急!』
「……分かったでござる」
ていうか、どうして代表が電話して来るんだ、暇なのかあんた、と言いたい気持ちをぐっと堪え、イワンは通話を終了させた。ああほんっと、帰りたい。顔を上げるとさっきの着信音に対して他のヒーロー達がにやにや顔でこっちを見ている。キースに至っては、少女のように頬を染めている。
(ああほんと、帰りたい)
もうなんていうか、自宅じゃなく、実家でもいい。イワンは項垂れて深いため息をついた。
■ □ ■ □
ヘリペリデスの本社に行くと、代表の部屋に通された。
「待っていたよイワン君、早速始めてもらおうか」
ぱちんと代表が指を鳴らすと、何人かの女性が姿を現して、イワンの身体の採寸を始めた。
「……スーツの新調でもするのでござるか?」
折紙サイクロンのスーツは、最近スポンサーも増え、ロゴだけをマイナーチェンジした。これを機会にもっとロゴを入れる場所を増やしてはどうか、という提案もあったくらいである。しかし、代表はあっけらかんとそれを笑い飛ばす。
「何を言っているんだ、ウエディングドレスの仮縫いだよ折紙」
「そうでござるか、ウエ……」
あまりに自然に言われたので、そのまま聞き流す所だった。イワンが反応してばっと顔を上げる。
「う、ウエディングドレスでござると!?」
「白無垢が良かったかね。大丈夫だ、お色直しは考えておこう」
何を馬鹿な事を、とイワンはとても根本的な事を忘れているらしい代表に向かって言った。
「あなたこそ何を言い出すんですか、忘れてるんですか!!」
「何をだね、ああ、ブーケなら私が今フラワーアレンジメント教室に通って作成中で、ドレスに付いてはヒーロースーツのデータがあるから細かいサイズ調整は可能だよ」
「うわあ有り得ない真っ当な事言われてるのにたった今寒気来ましたよ僕」
「それで何だというのだ」
促され、ぶつぶつと立った鳥肌を押さえながらイワンが口を開く。
「僕、男なんですけど」
イワンは故郷の永久凍土並みに冷たく言い放った。どうだ、この事実は変えられまい。しかし。ふっ、とヘリペリデスの代表は不敵に微笑んだ。
「それと、うちの折紙サイクロンが世界一の花嫁である事に何の関係があるのだね?」
高らかに言い放たれて、イワンは頭を抱えた。うわあガチだ、ガチでこの会社おかしいよブラックだよ。某掲示板に投稿したいでござる。
「さあ、採寸が済んだらデザインだ。ヘリオスエナジーのオーナーが相談に乗ってくれるそうだよ! 彼はファッション界に随分顔が利くからね」
ていうか身内にもう一人敵が居た。
(自分だってパーティのときはタキシードの癖に、なんで人にドレスを着せようとするのでござるかファイヤー殿……!!!)
自らの思惑とは別にどんどん拡大して流れて行く馬鹿騒ぎを目の当たりにして、イワンは心の底からマリッジ・ブルーという単語を噛み締めていたのだった。
■ □ ■ □
三章:気をつけてスカイハイも急には止まれない。
ああ、本当に、どうしてこうなった。ヘリペリデスからの帰り道、イワンは特大のため息を落した。お先真っ暗だ。大体、誰が結婚式を挙げたいなどと言った。
(結婚を承諾するのと、結婚式を承諾するのは全く別の話でござるよ!!)
言わなければ、こんな騒ぎにしなければ。身内だけの食事会でもして、披露宴の代わり、なんていうイワンの当初のささやかな夢だって叶えられたかもしれないのに。キースと二人、こぢんまりした、ささやかでも幸せで朗らかな家庭を。
(死が二人を分つまで、って素直に言えなくなりそう)
決して、それは大舞台の結婚式で強制されるものではない。
キースがマリッジ・ブルーだと信じているイワンの為に、愛してると延々言い続けるのも鬱陶しい。そう言う台詞はここぞというときだから有り難みがあるのに。
そんな事を、ふとウエディングドレスのデザインの打ち合わせに来たネイサンに零してみた。ネイサンはちらりと片眉を上げ、深いため息をつく。
「なに、童貞臭い夢語ってんの」
「どっ……!!」
余りの言い草にイワンが口をぱくぱくしていると、あらあんたマジで童貞? と聞かれて耳まで赤くなる。真実は名誉のため伏せたい。本当に伏せたい。
「ま、どっちでもいいけど。大体ね、てんとう虫のサンバに白いリネンじゃあるまいし、リリカル過ぎて鳥肌が立っちゃう。あのね! 言っとくけど、あんた達の結婚は所詮ゲイ婚!! スカイハイがああだから皆見逃してるだけであって、一つ間違えばヒーローとして、非難の対象になりかねないのよ?」
他ならぬネイサンに正論を真っ向から言われ、イワンはぐっと言葉に詰まった。ネイサンが、携えて来たデザイン画の束の上を愛おしそうに撫でながら言う。
「大人の思惑に乗ってやるのは業腹でしょうけど、ヘリペリデスの代表はそんだけあんたが可愛いの。テレビで放映する位大きなイベントで結婚式だー、新婚だー、ってやっちゃえば、誰もあんた達に反対なんてしないわ。沢山の人に祝福されて、いっぱいおめでとうって言ってもらって、晴れてお嫁に行けばいいじゃない。それがあんたの仕事よ、折紙」
「ファイヤーエンブレム、さん」
唖然とした顔のイワンに、あのね、とネイサンは続ける。
「あんたまさか、スカイハイが同じ事思わなかったと思ってる? あんたの所に来るまでに、絶対、どうしてこんな事に、ってポセイドンの役員室で吊るし上げられてる筈だわ」
「……!」
キースの底抜けの青空のような笑顔の下には、苦労など全く見えなかったのに。イワンは自分に手が一杯で考えが及ばなかった事を恥じた。そうだ、ヘリペリデスファイナンスにキースはイワンを伴って行ってくれたが、イワンはポセイドンラインへはキースが来なくていいよ、というのに甘えて行っていない。
「あんたと結婚する、って決めた時、スカイハイはもう腹を括ったわ。分かるでしょう?」
つい、と綺麗にマニキュアを施された指が伸びて、イワンの胸に当たる。
「道化になるのはお嫌? 折紙サイクロン」
「……拙者」
イワンの頭の中で、折紙サイクロンのスイッチが入った。一世一代のイベントに仕上げる、大好きな人との結婚式。……教会の祭壇で見切れる花嫁を想像して、少し吹いてしまった。
「いや、拙者、もしかして美味しい所を持って行けるのでござろうか」
「そーよ、花婿なんて添え物、パセリよパセリ。スカイハイなんてどうせ放っといても何着せても似合うんだから、あんたは自分が目立つ事考えなさい」
「だったら、拙者紋付が着たいでござるよ……」
「駄目。白無垢まで」
「えーっ!? でござる」
すっかり折紙サイクロンの気分を盛り上げつつ、イワンは自らの運命に果敢に立ち向かおうと、心の奥底で固く決意した。
筈、だったが。
■ □ ■ □
結婚なんかしたくない。
もう嫌だ。限界だ。
ふらふらの身体で起き上がって出勤して来たイワンは、ジャスティスタワーのトレーニングルームで何やら打ち合わせ中らしいキースと、そしてここ暫く顔を出しっぱなしのヘリペリデス代表の顔を見るなり涙が込み上げてきた。
「お早う、そしてお早う、イワ……」
朝の挨拶をしかけたキースが、ぎょっとして立ち上がる。
「結婚、もう嫌です、キースさん……」
キースの顔を見た瞬間、そんな思いが吹き出して来て、イワンの目からぼろぼろと涙が零れ始めた。何でだろう、自分はただキースと、大好きな人と一緒に居たかっただけなのに。
「ちょっ……!! スカイハイ君、なぜうちの折紙を泣かせているのかね!!」
「な、泣かせて、私にも、何がなんだか……イワン君どうしたんだ、どうっ」
キースも混乱しているが、ヘリペリデスの代表も混乱したらしく、キースを吊るし上げている。
(むしろ代表、あんたの所為だ!)
イワンが心の中で全力で突っ込む。ポセイドンラインの役員室で役員達に罵倒された方が幾らかマシだ。
「結婚はしたくないなど、スカイハイ君、まさか君、純真な折紙に卑猥な変態行為かつ無体な婚前交渉など強いているのではなかろうな」
「有り得ない、そして有り得ない!私は……」
その先ストップ、と言う代わりに、イワンは全力で泣きながらキースの胸に飛び込んだ。
「拙者、もう花嫁学校は無理でござるー!!」
そう。
ヘリペリデス代表にぺいっと放り込まれたフィニッシングスクールとヒーローの二足のわらじの所為で、イワンの体力はもう限界だった。元々がそうタフな方ではない。
「花嫁学校……」
「礼儀作法も言葉遣い教室も、もううんざりでござるよ! 拙者一体どこに嫁ぐのでござるか! 皇室でござるか!!」
ただでさえ、この頃は出動が立て込んでいる。少ない空き時間をやりくりして、なんの役に立つのか立たないのかさっぱり分からない授業に出ていたのだ。
元々ネガティブに定評のあるイワンとしては、そろそろ心が折れる頃合いである。拙者普通の男の子に戻りたいでござる、とべそをかくと、キースが困ったように青年の背中を撫でた。
「そうか……そうだね、イワン君」
「キースさん、……」
ここぞとばかりにキースにしがみつき、ちらっとヘリペリデス代表の方を見た。難しい顔をして考え込んでいる。もっと困ってしまえと言ってやりたい。若者の純情を弄んだ天罰だ。しかし、ヘリペリデスの代表が何か言う前に、キースが動いた。
「イワン君。……今や君の苦しみは、私の苦しみでもある。よし、任せてくれ、そして任せてくれ」
言うと、風の魔術師は高らかに宣言する。
「君にだけ家事をさせるつもりはない。私も共に花嫁学校に通うことを、ここに誓おう、そして誓おう!!」
「はいーーーーーーっ!!??」
だからどうしてあなたの気遣いは斜め方向真っ直ぐに高い壁まで飛び上がるんですか!! 怒鳴りつけたい気持ちをイワンは必死になって押さえた。その後ろで、ヘリペリデスの代表が無責任にも拍手などしている。
「素晴らしい……素晴らしいぞスカイハイ君、私は君を見直した! 君になら折紙サイクロンを安心して預けられそうだとやっと思ったよ!!」
「ありがとう、そしてありがとう!!」
「待って下さいキースさん、落ち着いて! ていうか、代表も止めてくださいよ!!」
ああもうどうしよう。バカしか居ない。本気でバカしかいない。ほんとにどうしてこうなった、と心の中で呟きつつ、イワンは花嫁学校を抜け出す口実を完全に見失った事を悟ってしまった。
■ □ ■ □
数日後、今度はキースにやや疲れた所が見えるので、イワンは心配になって尋ねてしまった。
「キースさん、どうしたんですか、お疲れみたいで」
「ああ、イワン君、大した事じゃないんだよ」
言って、キースは少し照れ臭そうに笑いながら頭を掻いた。
「ヘリペリデスの代表氏に誘われて、フラワーアレンジメント講座と、新婚用料理講座に……」
行ってるんですか。あなたキング・オブ・ヒーローじゃなくなっても人気ヒーローでしょうに。
イワンは思わずぽかんと大きく口を開け放ってしまった。
ちょっと待てあの代表、ちょっと目を離した隙に、人の婚約者に何してくれる。
イワンは心の底から思った。ポセイドンラインに匿名でたれ込んでやりたい。スカイハイが過労死したらどう責任を取るつもりだと。
「だけれど、私にはあまり才能がないようだ……情けないよ」
しょぼんとしてキースが項垂れ、指先を組む。その手を見て、イワンは更に眉を顰めた。
キースの風を操る繊細な指先が絆創膏だらけだ。しかもあれは、ヘリペリデス系列の銀行で取引成立の時に記念品でくれる折紙サイクロン特製絆創膏だ。
つまり、貼った人間はただ一人。……ヘリペリデスファイナンス代表だろう。
きっと、包丁で間違えて切って血を出してしまって、「痛い、そして痛ぁ〜い」などと言いながら指を舐めているのを「君は案外ドジッ子なんだな」等と言いながらヘリペリデスの代表が絆創膏を出しているのか。
なんだそれ僕を差し置いて。ちょっぴり涙目で血の滲んだ指を口に含む、そんなドジッ子キースさんに萌えていいのは僕だけでござろう!!
イワンの意識が妄想でかなり明後日の方向にずれる。ただでさえ、このところ忙しくて擦違いの多い二人で、イワンはろくろくキースに抱きしめても貰っていないのに。キス百回と数え切れない愛しているはどこに消えた。
考えると、かなりムカッと来た。
「あのですね、誰がスカイハイさんに理想の結婚相手を……」
「うむ、君ではスカイハイを君色に染めるのは難しいだろう」
そこで、またもやここの所空気を読まないことスカイハイの如しと化している代表がトレーニングルームに入って来た。ほんとこの人いつ仕事しているんだろう、とイワンも流石に心配になって来る。
「いらっしゃい、代表」
「やあ、こんにちは、そしてこの間はありがとう!」
キースはどこまでも爽やかだ。あんまり代表の魂胆など探る事もしないに違いない。そういう男だ。
「こちらこそ、有意義な時間を過ごさせて貰ったよ」
深々と代表が頷き、イワンの肩にぽむ、と手を置いた。
「スカイハイ君程の旦那の躾は、イワン君には荷が勝ち過ぎている、そんな事は分かっているとも」
言って、ぐっと拳を握りしめた。
「任せたまえ、ヘリペリデスの名に掛けて、私が全力でスカイハイを折紙サイクロン色に染めてみせる!」
「だからそれ誰が頼んだ!!」
ていうかなんでこの代表こんなにフリーダムにしてんの。何なの暇なのヘリペリデスファイナンス。株主総会で吊るし上げられちまえ。
しかしイワンは知らなかった。その「株主」こそが折紙サイクロン贔屓の大母体であるということに。
イワンの孤軍奮闘は、まだ暫く続きそうな気配であった。
■ □ ■ □
四章:イワンの親も所詮イワン
朝から、シュテルンビルトの上空を何台ものヘリコプターが飛び回っている。……そう、今日は世紀のビッグ・ヒーロー・カップル、スカイハイと折紙サイクロンの結婚式の当日であった。
「信じられない」
テレビを付けると早朝から流れるニュースに、やや呆然とイワンが呟く。ちなみに、いつも通りトレーニングをしようとふらふらやって来たジャスティスタワーのトレーニングルームだ。
とりあえず着替えてランニングマシーンにでも行こうとふらふら歩いていると、後ろから短い悲鳴が上がった。
「ちょっと、あんたここで何してるの、折紙」
「お早うブルーローズ、何ってトレーニングだけど」
きょとんとしながら言うと、カリーナはがっくりと首を垂れた。
「何が信じられない、よ。信じられないのはあんたの方、なんで花嫁がこんなとこいるのー!?」
「えっ、だって、結婚式は午後から……」
「午後からたって準備があるでしょ、あたしあんたの披露宴で歌う事になってるんですからね!」
そこに、パオリンも姿を現した。イワンの顔を見るなり、カリーナと同じ台詞を口にする。
「あれー、折紙なにしに来てるの?」
「やあ、パオリン。何って、トレーニングだけど……」
女子勢は、顔を見合わせてため息をついた。
「スカイハイは朝一番でポセイドンラインのトランスポーターに拉致されてたわよ」
「嘘!?」
言った瞬間、物凄い勢いでPDAが鳴る。
『折紙!! 折紙!! 君は今一体どこにいるんだね!! 家にもいないし、まさか出勤してなどいないだろうね!!』
ボタンを押すか押さないかの内に、ヘリペリデス代表のわめき声が聞こえると共に、携帯電話も鳴り響く。唖然とするイワンに、女子二人が顔を見合わせつつやっぱりねー、と声を揃える。
「ほらほら、早く行かないとファイヤー怖いわよ?」
「えっ」
「ファイヤーエンブレムさんに直火焼きされちゃうよ!」
「えええっ!?」
花嫁の仕度に時間がかかるというのは女の子には常識だが、イワンにはどうもピンと来ていなかったようだ。直ぐにジャスティスタワーに横付けされたトランスポーターから黒尽くめの一団が走り出して来て、イワンを回収して去って行く。
「気をつけてね〜」
「結婚式でね〜!!」
女子達はあくまで明るくイワンを見送り、それぞれのトレーニングに戻って行ったのであった。
■ □ ■ □
なんだかよく分からない謎のクリームをネイサンに顔中に塗り込められながら、イワンはヘリペリデスのトランスポーターの中で、代表から告げられた話を愕然として聞いていた。
「ファンが見切れてる……?」
「そうだ」
「式場で、でござるか」
イワンは難しい顔をした。一応、結婚式場は当日まで非公開という予定であった筈だ。まあ、シュテルンビルトで一番大きな教会だから、その気になれば分かるだろうが。
「確か、教会の一部のみは、拙者のブログで一部見切れで公開したのでござるが」
「既に特定されてるぞ」
「マジでござるか!? 本当にほんの少しでござるよ!?」
驚愕した。一体どんな執念だろう、それは。呆然とするイワンに、甘いわねえ、とネイサンが笑った。
「あらぁ、中央公園じゃ、スカイハイのファンが、地上にお祝いの人文字書いてるらしいわよ」
「えっ」
「ポセイドンラインの飛行船から撮影してたけど、スカイハイが花嫁を抱えて上空を飛ぶかもしれないから、ですって。いいわねぇ、本当に飛んでもらったら?」
「えっ、そんな」
「折紙サイクロンのファンは本当にさっきから見切れてるらしいわよお、あっちこっちで」
ね、とネイサンが指差した先のモニターを見て、イワンががたがたっと立ち上がった。
「どうしたの?」
「父さんが見切れてる……!!」
「「父さん!?」」
ネイサンとヘリペリデスファイナンスの代表が叫んだのはほぼ同時の出来事だった。そのとき、ぴーっと音がしてイワンのPDAが鳴る。相手はキースだった。綺麗に白の正装で決めている姿は、何処かの王子様のように素敵に思える。イワンは一瞬見惚れたが、直ぐにキースが血相を変えて叫んだので我に返った。
『イワン君、大変だ!』
「どうしました?」
『イワン君のご両親がご到着したというから、とりあえず私がお相手を、と思って出迎えたら……』
キースの声は半泣きだ。珍しく狼狽えているように思える。
『イワン君、君のお父さんが何故か突然逃げ出して、帰ってしまったよ、どうしよう、そしてどうしよう!!』
私はそんなに不釣り合いな相手だったのだろうか、婿失格か、というキースの声は既に憔悴の色が見えている。イワンは頭を抱えた。早速やってくれる、あの父親。
「大丈夫です、落ち着いて下さい」
『しかし!』
「大丈夫です。うちの父親、多分キースさんみたいなきらっきらした生き物を見慣れてないんで、驚いて逃げちゃったんだと思います」
言いながら少し頬が赤くなった。逃げ出すのはないんじゃないか、しかし。これから義理の息子になる相手だというのに、逃げ出してどうする、逃げ出して。
(やっぱり、先に紹介しなくてよかった。怯えてしまって結婚式来てくれないところだったでござる)
ああ、恥ずかしい。とても恥ずかしい。実は、イワンの性格はかなり父親似だった。むしろ、父親の方がもっと引っ込み思案で更に後ろ向きなくらいで。すっかり忘れていたが。
「僕の親ですから、喜んでいるのは当然ですし、なんだかんだ言って多分まだその辺に居ます」
『そ、そうなのかい?』
「きっと結婚式の写真に見切れて来ますから大丈夫です!」
自信満々に言い切って通信を一方的に打ち切る。捜索願でも出されたら大変だ。なんだかんだで相手が男であろうとなんだろうと、幸せになれそうだというのを強調して報告したら、家族はみんな喜んでいた。
父親のちょっとした奇行も家族は慣れているから気にしないだろう。式のビデオでも後で再生したら何処かに居る筈だ。
「しかし、それならイワン、バージンロードは実のお父上と歩かなければならないのではないかね?」
本日、その役をイワンから指名されているヘリペリデスファイナンス代表が困った顔をしたが、イワンは手を振る。
「僕の父親、そんな役割をカメラ中継入ってるところでやれって言われたら、多分即死です」
第一、匿名にならないじゃないですか、説明してあります、とイワンはあっさりしたものだ。後でキースと二人、それぞれの実家にご挨拶に行こう、という話も既に出来上がっている。新婚旅行の代わりに。
「……楽しいご家族だね」
「どういたしまして」
「君が産休の時にはお父様に代役をお願いしてもいいだろうか」
「楽しいジョークですね代表、僕が結婚式で履くの、ものすごい高下駄ですよ、バージンロードで踏まれたいですか」
全く、花嫁の緊張は既に解れまくりだった。でも、とイワンは心の中でひっそり思う。花嫁の父への手紙を読み上げる演出の所、実はイワンは手紙を二通持っている。一通は、このイワンの才能を見出してヒーローへの道を開いてくれた、シュテルンビルトの「折紙サイクロンの父」宛だ。
(絶対、涙腺崩壊させてやるでござる。覚悟するでござるよ?)
思いながら、内容を思い出してイワンは少しじんわりした。ネイサンが、花嫁さんは式が終わるまで泣いちゃ駄目よ、と釘を刺す。
「目元が腫れちゃうじゃない」
「いやいやファイヤー殿、拙者、結婚式はヒーロースーツ姿だと聞いているでござるよ!?」
素顔は見えない筈だ、とイワンは言いたかったのだが、何故かネイサンはニヤリと笑った。
「そーよ、その前に身内だけでこっそり式をやっちゃうのよ」
「へ?」
「今、ファン達が集まってる教会はダミーよ。まあ、ダミーっていっても、実際式は後であそこであげるんだけど。でも、その時ってスーツ姿じゃない、中継入るし。披露宴だってその延長だし。だから、アタシ達だけで、先に素顔のアンタ達を祝ってあげようってね」
お節介な仲間が沢山ね、折紙、と言われ、イワンはぽかんとした。そのイワンの前に、ネイサンが大きなリボンのかかった箱を取り出して置く。
「はい、花婿とお揃いのタキシード。綺麗でしょ? コサージュはスカイハイが作ったって言ってたわよ」
「えっ、だって」
自分のブーケやコサージュなんかは、代表が作ると言っていなかったか。箱を開けたイワンがヘリペリデス代表の方を見上げると、代表は眼鏡の角度を直しながら、ふんと言って視線を背けた。
「私からも何か花婿に贈ってやるものが必要だからな、あいつのは私が作ってやったんだ。勿論、ブーケは私が作ったぞ? スカイハイはどうも器用さが今ひとつで、大物には向かなくて……」
「代表……!!」
なんか、初めてヘリペリデスの代表がまともな大人に見えた気がする。ぶつぶつと言い訳をしているが、照れているだけなのは丸分かりだった。
「さ、行くわよ!! ちょっと、泣くのは早いわよ、折紙!!」
「ファイヤーさん、だって……」
「そっちの代表も貰い泣きしないの!!」
「……イワン、幸せにしてもらえよ〜〜〜」
「ちょ、湿っぽいのはイヤなんだってば! もー、めんどくさいっ!!」
ああもう、とぼやきながら派手なドレスで(ちなみに、ネイサンは公式にはタキシードを着なければならなかったので、ドレスなら是非出席したい、とこの計画に乗り気になったと後から聞いた)涙に暮れる新婦とその父親代わりの首根っこを引っ掴んで、ネイサンはトランスポーターを降り、迎えに来ていた車に二人を連れて乗り込んだ。
トランスポーターはそのまま、折紙サイクロンが待機しているような様子を見せて、ダミー代わりに式場に行ってしまうのだという。到着した小さな教会では、既に他のヒーロー達がイワンの到着を待ち構えていた。
「おっ、先に花嫁到着か〜」
「ワイルドさん、キースさんは」
車の中で着替えたイワンは、髪の毛をネイサンに梳かされながら真っ先に現れた虎徹に向かって問いかけた。
「スカイハイ? あいつはまだあっちにいるよ。人目を引き付けてるそうだ。囮役だな」
「上手くマスコミ撒いて来るかな」
イワンが呟くと、スーツの中を虎徹と色違いのシャツで決めたバーナビーが歩いて来る。
「まあ、アニエスさんが味方ですから大丈夫ですよ、虎徹さん」
言うと、バーナビーはイワンに向かってウインクをしてみせる。
「アニエスさんからのプレゼントだそうですよ。わざと色々情報を撹乱させて、他のマスコミへの報道管制敷いてくれてるみたいです」
その代わり、結婚式はHERO TV独占中継ですけどね、とバーナビーは笑う。カリーナとパオリンも、朝が嘘のような可愛らしいドレスにそれぞれ着替えて来ていた。朝、ジャスティスタワーに居たのはこの着付けの為だったらしい。
「折紙おめでとうー!」
「ありがとう、パオリン!」
「似合ってるわ、その服。ファイヤーエンブレムと一緒にあたしも見立てを手伝ったのよ?」
「ブルーローズも、嬉しいよ!!」
年少組がきゃっきゃと手を取り合って喜んでいると、一人だけやっと着替え終わって出て来たらしいアントニオが空を見上げて声を張り上げる。
「おい、花婿来たぞ!」
やれやれ待ちくたびれたぜ、と虎徹が笑って教会に歩き出した。
「やっとか。おいバニー、神父さんに始めますって頼んでくれ」
「全く、無理矢理式を挙げて貰うように頼み込むの、色んな所のコネ使ったんですからね」
バーナビーが肩をすくめる。そこに、ふわりと風が吹いて、抜けるような青空から、金髪の風使いが降り立った。
「遅くなってすまない、そしてすまない!」
「いいって。花嫁お待ちかねだぜ〜」
なあ、と虎徹が笑って振り返るより先に、イワンは、ゆっくりと歩き出し、そして小走りになって、キースの胸に飛び込んでしまっていた。
「キース、さんっ!!」
「ちょ、待ってイワン君、まだ結婚式は挙げていない、そして……」
狼狽えるキースの背中を、野暮は言うなよ、とアントニオが叩く。
「祭壇まで二人で行けばいいじゃねえか」
「え、だって、……」
キースがヘリペリデスの代表にちらりと視線を送る。代表は苦笑して頭を振った。
「二回もイワンを君に渡さなければならないなんて、冗談じゃない。一回で充分だ」
「……ありがとう、そしてありがとう!」
さあ行こう、イワン君、と手を引かれ、皆と一緒に歩いて教会まで向かいながら、イワンはどうしても、溢れて来る涙を止められずに居たのだった。
(どうしよう、皆が居て、祝福してくれて、僕は幸せだ)
指輪の交換も後でと言われたし、キースから与えられたのは誓いのキスだけ、だったけれども。それでも、この結婚式の事は一生忘れない、とイワンは心の奥底に固く誓ったのだった。
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微かに震えているね、と隣りで手袋越しに手を握ってくれている人が笑っている気配がする。
「これは武者震いでござるよ」
「そうかい? しかし、折紙サイクロンのマスクに白無垢、結構似合っているよ」
くすくす笑うキースの手の甲を軽く抓ってやりながら、イワンは教会の向こうに見える沢山の人たちの祝福の声を全部受け止めようと胸を張る。
「さあ、行きますよキースさん」
「いいのかい?」
「幸せになってやりましょう、絶対に」
「もちろんだとも、そして、絶対にね」
さあ、拙者を抱き上げて皆の所に連れて行って下され、と頭に真っ白な綿帽子を被った折紙サイクロンに促され、キースは心得た、と微笑んで両腕で思い切り花嫁を抱えて歩き出したのだった。
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+++HAPPY END!!
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