スカイラブハリケーン




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 それはまるで眩しい太陽の光が、きらきら光る風になって現れたのかのように思えた。

 まだ、幼い頃の話だった。十になるかならないか、と言う頃だったように記憶している。直接、なんでそんなことになったのかという前後の記憶も朧気だけれども、ただ一つの場面だけを強烈に記憶しているのだった。

 夏の話である。ただひたすら泣いていたことを覚えている。お気に入りのぬいぐるみを川に落っことしてしまって、悲しくて悲しくて仕方がなかった。べそべそと、まるで女の子のように泣いていたそのとき。

 ひょおっ、と突風が吹いた。まだ子供の自分は少しよろけて、ぺたんと尻餅をついてしまった。

「やあ、すまないね」

 突然頭上に影が差して、そんな快活な声が降ってきた。当時の自分は何が何だか分からずに、涙も引っ込んでしまって、目を見たって上を見上げる。すると、ひょいと濡れたぬいぐるみが目の前に差し出された。耳のちぎれかけていたずぶ濡れの哀れなクマに、慌てて腕を差し伸べる。

「くまさん!」
「そうだ、クマさんだ! 君の落とし物だったんだろう?」

 ぬいぐるみを差し出していたのは、銀色に輝くヒーロースーツを身にまとった青年だった。ぽたぽたと、翻った上着の裾から水がしたたっている。落としたぬいぐるみを拾うときに、川に突っ込んだらしく思えた。

「ありがとう、ええと」

 ヒーローと呼ばれる存在のことは知っているが、彼のことは初めて見た。戸惑いながらお礼を言おうとすると、ぽん、と肩に手が置かれる。

「私はスカイハイ、駆け出しの新人ヒーローだ! 礼には及ばない、君のクマさんの救助だって、ヒーローの仕事だ、そして義務だ。困っている人々を放ってはおけない。ましてや、君のような可愛らしい少女が助けを求めて泣いているのならば」

 名乗りを上げた青年ヒーローに、ついついぽかんと見とれてしまう。スカイハイ、というのは確かに初めて聞く名前だった。

 次いで、性別を誤解されたことが分かったが、よくあることでもあったし、そのときの自分にはどちらでもいいような気がしていたので、そのままにっこりと微笑みかけただけだった。

「ありがとう、スカイハイ」

 どうにかそれだけお礼を言うと、マスクの奥でスカイハイが照れたような気配があった。そのまま、今より随分と小さかった自分をスカイハイがひょいと抱き上げる。

「わあっ!」
「落ち着いて、そしてしがみついてくれ。私が支えるから」

 お家まで送ってあげよう、どの辺かな、と言われたので、感謝の気持ちをどうしていいか分からず、当時母親に良くされていたように、フルフェイスのマスクの頬に唇を寄せた。ちゅ、と音を立ててキスをして、ありがとう、と囁きながらはにかむと、一瞬硬直した青年に、大きく感謝を告げられる。

「こちらこそありがとう、そして嬉しい!」

 言いながらぐるぐる振り回されて、流石に目眩を起こしそうになってしまったのだった。

 それが、キング・オブ・ヒーローとの出会いだった。

 ファーストインパクトがあまりに強烈に過ぎて、そのまま彼に憧れて、顕現したNEXT能力に導かれるまま、アカデミーに通って経験を積み、気がついたらヒーローになれてしまっていた。ファンも沢山着いているし、大事にされている自覚もある。

 ただ彼に憧れて、その背中を見つめながら辿ってきた道としては申し分ない。少しでも追いつきたくて、今でもトレーニングは欠かさないようにしていた。

 最もスカイハイの方は、ぬいぐるみを拾ってやっただけの子供のことなど、忘れているだろうが。そんな風に思うと、少しだけ寂しくなってしまった。

「きっともう、昔のことなんて、思いだしもしないんだろうな。スカイハイさんは」

 だって、彼に救助された子供の数だって、きっと今では天文学的数字なのだろうから。

「私がどうしたんだい?」
「うわっ!」

 背後からかかった声に、イワンは思わず手に持っていた大事なぬいぐるみを取り落とす。それを拾い上げて、スカイハイはおや、という表情をした。

「どうしたんだい、イワン君。ぬいぐるみなんて」
「ち、小さい頃の思い出の品なんです、初恋の人の」

 焦った余り、聞かれていないことまで返事をしてしまって、思わず赤面する。そんなイワンの表情を見たスカイハイが、軽く不愉快そうな表情をしてイワンの腕を掴んだ。ぐいと腕を引かれて、イワンが紫水晶の色の双眸を大きく見開く。

「キースさ、……」

 その後は、キースの薄い唇の向こうに消えた。しばらくして顔を離したキースが、すまないね、焼き餅だ、と苦笑する。

「初恋だ、というイワン君の顔が、あんまり嬉しそうで我慢できなかった、そして焼き餅を妬いた」
「キース、さん」

 ぱちくりとイワンが瞳を瞬かせる。

「君にかかると、独占欲が強くなってしまって仕方がない。全く、こんなに夢中にさせてくれて」

 とろけるような熱っぽい目で見られ、さっと赤くなりながら、それは違いますスカイハイさん、と訂正しかけて、途中でイワンは口をつぐんでしまった。

(やっぱり、あのときスカイハイさんに助けてもらったこと、スカイハイさんにずっと憧れ続けていたことは、黙っているこことにしよう、……照れくさい、し)

 それより何より、今妬いているイワンの初恋の人が実はキースだと言うことを、言うべきか言わざるべきか。もう少しだけ内緒にしても、罰は当たらないような気はした。

(まあ、キースさんのことだから、絶対覚えていないとは思うんだけど)

 今更もう時効なのではないか、黙っているのが一番では、と様々なことを悶々と思い浮かべたイワンは、結局自分のヒーロー名である「折紙サイクロン」さえ、デビュー前にどんな名前がいい、と訪ねられたときに、あのとき感じた突風を思い出してつけたのだ、という事実も言えないまま、キースの腕の中でただ途方に暮れていた。

(まだ、まだ、言えない)

 天真爛漫な金髪のイワンの恋人こそが、実は小さい頃から彼が誰より憧れたヒーローであることも、初恋の相手であることも。臆病な青年にはまだ、口が裂けても言うことはできなかったのであった。










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2011年6月26日の空折ペーパーです。スペースに立ち寄って下さった方、ありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

 

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