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街を歩いていると、病葉と呼ぶには少し遅い、紅葉の前兆を見つけた。ブログに『小さい秋、見つけたでござる!』と写メで記事を投稿し、その後でその紅い一葉を手に取ると、いつも持ち歩いている手帳に挟んだ。
日頃の何かあったことを書き留めておくのは昔からの癖で、だからこそこまめにブログの運営などもやっていられるような所もある。
「押し葉とかにしたら、色が持つかな」
そして手紙に、とふと思いついて、イワンは表情を緩めた。
「前略、エドワード、お元気ですか、もう秋が来たみたいだね、と」
手紙の内容を思い浮かべながらイワンは上機嫌で町並みを歩く。時々店頭を覗き込んで冷やかしているのは、ネタ探しもあるが純粋な好奇心も多い。今日は時間がそれほど無いので、店内に入ったりまではしないのだけれど。
「……届くまでに、色が変わっちゃうかな」
刑務所の囚人に手紙が届くには、検閲などもあるので思ったよりも時間がかかる。紅い葉を思い出してそう呟き、イワンは首を振った。
「いいや、それならそれでも」
手帳を尻ポケットに突っ込んで、歩き始める。相変わらずの猫背は変わらないが(先日の身体測定で170センチだということを今更知ったらしい女子勢には驚かれたが、イワンとしては本当はもう後10センチは欲しいのだ。
牛乳を毎日飲んで頑張ることにしようとしたら、猫背を治せば見た目10センチくらいすぐよ、とネイサンに言われてしまった)、街を歩くストライドは随分と元気なものになった。とぼとぼと疲れたように歩くことは極端に減っている。
(ああ、僕、今日は世界中に優しくなれそうかも)
かなり珍しい思考が脳内を回っている。前向きに、真っ直ぐに、とイワンが歩いた先には、金髪の長身の男性が、人待ち顔で佇んでいた。姿を見つけるなり、イワンの足が駆け足になった。……が。
男性がこちらを振り向く前に、イワンは駆け足を急停止した。弾みそうになる歩調を押さえつけ、表情も無理矢理に笑顔ではなくする。
そうして少し歩いたところで、男性がイワンの姿に気づいた。
「やあ、イワン君!!」
笑顔の見本のような満面の笑み。釣られて笑顔になりそうになって、慌てて気を引き締める。口元は、少し緩んでいるけれど、それは尖らせて誤魔化すことにした。
「折角の休日に呼び出してしまってすまないね、そしてすまない!」
「いえ、別に……丁度暇でしたし」
嘘だ。
キースと休日が重なっていると知って、予定表を穴が空くまで見直し、更にキースが見に行きたいと言っていた映画のスポンサーに所属企業が名を連ねているのを知って、優待チケットを二枚ゲットしてきた。
そこまでして、これ、貰っちゃって、企業のノルマで行かなきゃいけないんですけど、と言った途端に釣れたスカイハイだ。嬉しくないわけがない。
それなのに、キースは今朝、急に電話をくれて、言ってくれたのだ。
「楽しみすぎて早く出かけてきてしまったから、映画を見るだけでは申し訳ないし、良かったら昼食は私に御馳走させてくれイワン君!」
と。
それで待ち合わせ時間が一気に早くなったのだが、イワンはもの凄い新記録で着替えて家を飛び出していた。
仕方がないから行きますけど、一時間くらいはかかるかも、などと言った口が恨めしい。電話を受けてからここまで、トータルでジャスト30分。急ぎましたと言っているようなものだったが、どうしても天の邪鬼な性格が素直なことを言わせてくれない。
「さあ、何が食べたい? 君の好きなもので良いよ!」
そうやって言ってくれるキースの視線があまりに優しくて、イワンはうっかり頬を染めそうになった。
キースは、普段のスタジャンとTシャつとジーンズではなく、初秋らしい服装をしている。シンプルながら上質なものばかりだと一目で分かる服装をしていると、イワンでなくても道行く人が振り返ってはため息をついている。足下も、普段のハイカットスニーカーから革靴に変わっていた。
「ど、どこでもいいです」
そういうイワンだって、取って置きのこの間買ったばかりのシャツを着ているのだが、ボタンを掛け違えてはいないかと、つい気になって視線を下に落としてしまう。
「それじゃ、相談にならないよ。じゃあ、和風? チャイニーズ? それとも、バーガーとか……」
キースは普段以上に楽しそうだ。イワンはこっそりその横顔を盗み見ながら、緩みそうになる頬を抑えた。
「じゃあ、この先に美味しいヌードルのお店がありますから、行ってみますか?」
「えっ、イワン君がいつも行くところなのかい?」
目をきらきらさせながら聞かれるので、頷いて置いた。本当は、ガイドブックとネットで調べたお店なのだが。一度くらいは食べに行ったことはあるが、いつも、とは言いがたいのだけれど。
「ええ、たまに」
「それはいい、じゃあそこにしよう!!」
キースはイワンの手をがしっと掴んで走り出そうとして、ふと思い出したようにイワンを見た。
「で、どっちなんだい?」
「き、キースさん……。手」
「ああ、はぐれたら大変だからね」
ぎゅっと握られた。離す気はないらしい。イワンは困ったように視線を彷徨わせながら、あっちです、と店の方向を指差した。
暖かい汁そばを食べて、キースはチャーハンにも興味を示したのでそれは半分こして、店を出て上映時間までお茶でもしようという話になった。
今度は、キースがアップルパイが美味しいというカフェに連れて行ってくれる。自分のセレクトした店との違いに少し凹みそうになったが、なんとか踏みとどまった。
「あっ、美味しい!」
「そうだろう。焼きたてをバニラアイスと食べると最高だ、そして美味しい!」
イワンはアイスティー、キースはコーヒーを頼んでいたが、しばらくはアップルパイに夢中になっていた。
「ここのお店、昔からあるんですか?」
カントリー調の落ち着いた店内を見回しながらイワンが聞くと、キースは微笑んで頷いた。オフの日に時々ふらっと訪れるのだそうだ。
「一度、イワン君を連れてきてあげたいなと思っていたんだ。だから、今日はとても嬉しい」
ふんわりと微笑んだキースが、イワンの口のはしっこに着いていたパイ皮を指先でつまんで取り除く。
「あ、ありがとうございます」
「どう致しまして。イワン君も美味しそうにものを食べるね」
見ていて気持ちが良い、と言われて、キースより先にアップルパイを食べ終わりそうだったイワンは赤くなった。朝ご飯を食べていなかったこともあり、ついつい食欲にエンジンがかかってしまったようだ。
「私は自分が食べることが好きだから、一緒に居る人が気持ちよく食べてくれると、それだけで嬉しいんだ」
なのに、キースは更にそんなことを言う。イワンはフォークを握ったままで何とか口を開いた。
「そ、そんな誉めても、バニラアイスは分けてあげませんですからね!」
「ばれたか」
自分の分はアイスを綺麗に先に食べてしまっていたキースが小さく舌を出した。少年のような仕草をする大人の男に、イワンがどきんと胸を弾ませる。
悔しいが、やはりキースはとても魅力的だ。
「……ったく!」
イワンはフォークで残りのバニラアイスをひとすくい取ると、キースの方に差し出した。
「言っておきますが、キースさんの為じゃなくですね、僕は抹茶アイスの方が好きなので、甘すぎるバニラアイスは手伝って欲しいというか食べきる自信がないというか」
キースは一瞬驚いたように瞬きをしたが、すぐににっこりと嬉しそうに笑った。
「ありがとう、ああ、アイスが溶けてしまいそうだ」
いうなり、イワンの腕を掴んで、フォークの先から直接パイの熱さで半分溶けかかったアイスを食べる。
「……美味しいね……、ああ、いけない」
唖然とするイワンの指先に溶けたアイスが流れたのを見て、キースは掴んでいたイワンの手を自分の口元に持ってきた。
「勿体ないよ、私は溶けたアイスも好きだから」
言いながら、キースの赤い舌がぺろりとイワンの手の甲をなぞった。
「……!!」
言葉にできない刺激がイワンの背筋を走り抜け、毛を逆立てた猫のようにイワンがキースを睨む。
「ちょ、キースさん、なにを……!」
「ああ、私は美味しいものが好きなんだ。……そう言ったよ?」
にっこりと人畜無害そうに微笑んでいる癖に、仕掛けてくることがとんでもない。イワンは火照る頬をぱたぱたと仰ぎつつ、アイスティーを飲んだ。キースが重ねて聞いてくる。
「暑いのなら風でも呼ぼうか?」
「いいえ結構です!」
がたんと身を引きつつ手を振った途端に、尻のポケットから手帳がぱさりと音を立てて落ちた。慌てて拾い上げようとする前に、一陣の風が手帳を舞いあげて机の上に落とす。
「あれ?」
指先で風を操ったキースは、手帳と一緒にひらりと赤い葉っぱが舞い降りるのを見て、首をかしげた。
「おかしいな、この葉っぱは一体どこから来たんだろう」
「あ、あの僕が、手帳に挟んであって。さっき見つけて綺麗だったので……」
イワンが弁解すると、へえ、とキースが指先で赤い葉をつまみ上げた。
「もう秋が近づいているんだね」
「さっきそれ、ブログに書きました」
イワンがやっと少し表情を緩めた。キースが深々と頷く。
「君のブログ、随分頻繁に更新していて、頭が下がる思いだよ」
「そんなことはないですよ、日記代わりですし」
そこで、キースが思いついたようにイワンに向かって言った。
「ねえ、イワン君。この葉っぱ、良ければ私に貰えないだろうか? 今日の記念にしたいんだ」
しかし、案に相違してイワンはキースの提案に困った顔をした。
「あ、ごめんなさい、それはもう、あげる人が決まっているので……」
「なんだ、そうか……」
それは、困らせてすまない、とキースが肩を落としながらイワンの前に紅い葉を返してきたので、イワンは少し躊躇って、じゃあ、と口を開いた。
「キースさんが大事にしてくれるなら、これ……」
「待ってイワン君、それはいけないよ」
しかし、途中でキースにその言葉は遮られた。
「それはフェアではない。第一、私のような年長者に言われたら、優しい君が断れるはずがないんだ」
そうだろう、と言われて、実際その通りだったイワンが視線を彷徨わせる。
「だから、これは本来君が届けたかった人の所へ贈れば良い」
「ありがとう、ございます」
「お礼を言われるようなことはないよ、私の我が儘が発端だ。……そうだ」
キースの目が悪戯っぽく輝いた。
「それなら、君がその綺麗な葉っぱを贈ろうと思った人のことを話して欲しいな」
「えっ」
イワンがたじろぐ。
「いいだろう?」
だめ押しのように笑顔で言われ、イワンは戸惑ったが、別段隠すようなことでもないとエドワードのことを話し始めた。今まではこの話をするだけで吐き気がしそうな絶望感に襲われて居たが、胸は痛むが普通に話すことができる。前向きになった自分自身に、イワンは心の中で少しだけ偉いぞ、と言いたくなった。
「そうか、……知らないとはいえ、不躾なことを聞いてしまったようだ」
すまない、と頭を下げるキースに、イワンが慌てて手を振った。
「いえ! でも、……そうですね、キースさんにこうやって話せると言うことは、僕もちょっとは成長したのかなって」
「その、エドワード君という人に、手紙を?」
「ええ」
イワンは言い、そうだ、とキースの顔を見た。
「エドワードも、スカイハイさんのファンなんですよ、そういえば」
「私の?」
「学生時代、二人でよく、ああなれたらなって」
言ってしまって、さっと頬を染めてしまうイワンを、キースは目を細めて見た。青年からの好意のベクトルが自分に向いているのは知っている。やって来たときも、取り繕ってはいたけれどかなり走ったのか、髪の毛がくしゃくしゃになっていた。
この葉っぱだって、欲しいと思ったと言うよりは、小さな我が儘を言ったときのイワンの反応が見たかっただけだ。まあ、思わぬ大きな駒が転がり出てきたが。
(エドワード君、ね。よし、覚えたぞ)
その日、キースはイワンと見に行った映画の半券に、今日の記念だから、一緒にエドワード君に贈ってあげれば良いよ、とスカイハイのサインを入れた。
「い、良いんですか?」
「いいもなにも、今日あったことを手紙に書くんだろう? 私で良ければ、一筆添えさせて欲しい」
そこで言葉を切り、ヒーロー然とした微笑みを一つ。
「私のファンだという、エドワード君のために」
イワンは疑いもしていない表情で、嬉しいです、ありがとうございます、キースさん、と微笑んだ。
「そうだ、どうせなら、夕食も一緒にどうかな?」
「えっ……良いんですか?」
「もう少しイワン君と話がしたいんだ。エドワード君への手紙の内容も考えたいし……駄目かい?」
エドワードという友人には申し訳ないが、しっかり出汁になってもらう。スカイハイのサインだけではなく、ブロマイドにキスでも付けて送ってやりたいくらいだが、刑務所内ではおそらく届けることは難しいかもしれない。
案の定、イワンは簡単に引っかかった。
「キースさんがそんなにエドワードのことを心配してくれるなんて」
「だって、イワン君の友人で、立ち直ってヒーローを目指すということじゃないか! 素晴らしい、そして感動した!」
それは確かに偽りない本心だが、それが全てでもない。だが、イワンは純粋に感動して、紫色の瞳を潤ませている。
「……キース、さん」
「イワン君。……だから、今日はまだ、帰らないで」
はい、と頷いたイワンが、夕暮れで落ちてきた気温に少し身体を震わせる。キースがすぐに、着ていたジャケットを脱いでイワンに着せかけてくれた。
「寒くはないかい?」
「へっ、平気ですよ!!」
「そう、じゃあ私は暑いからそれを預かっていて」
キースの匂いのする上着にじたばたするイワンの肩を上着越し抱き寄せ、キースはそれじゃあ、夕食の店を探そうか、と言って歩き出した。
■ □ ■ □
そして、数日して。トレーニングが終わった後、キースがイワンを呼び止めて声をかけてきた。
「お疲れ様。この間の、エドワード君への手紙は出せたのかい?」
イワンもトレーニングを終えたところで、はい、と頭を下げてくる。
「ええ、この間、他の分と併せて、やっと校長に渡すことができました。全部。ありがとうございました!」
おや、とキースは思った。もっと頻繁に手紙を出しているようなイメージがあったのだが。問いかけると、手紙は書き続けていたが、出すのは初めてなのだという。
「……そう、なのかい?」
「ええ、受け取って貰えるような状況じゃ、なかったですから」
それでも親友に柔らかく心を砕くイワンに、キースは少しばかりの嫉妬を覚えて、ついそれを素直に口にしてしまった。
「なんだか、妬けるね。何年分くらいあったんだい?」
イワンは少し笑って、僕だってそんな筆まめじゃないので、箱一つ分でしたよ、と言った。
「あと、ブログの記事なんかも、プリントアウトして。……元々は、エドワードに手紙を書く習慣が日記になったようなものでしたし」
「いいね」
「スカイハイ……キースさんのサイン入りの映画のチケットの半券と、直筆の手紙も入れさせて貰いました。絶対喜ぶと思います、ありがとうございます」
「いいんだ、大したことじゃない」
にっこりとキースは微笑んだ。その笑顔に釣られて、イワンも微笑みを返す。
刑務所へ入る受刑者への手紙の受付は、入所時に本人が指定した数名の人間に限られている。イワンは、エドワードの入所の時に希望したのだが、当然断られてしまった。ヒーローアカデミーの校長にも宥められて、イワンは引き下がった。
その後、何通かアカデミーの校長経由で手紙を送ったが、全て受け取りは拒否され、イワンの手元に帰ってきてしまっていた。
いつからか、イワンはエドワードに手紙を書きながら、それを出すことはなくなっていた。エドワードの両親に責められたことも大きい。ヒーローになったことも手紙に書いたが、……そこでイワンは首を振った。
その時だけは、読んで欲しくて葉書に書いた。エドワードの両親に呼び出され、ずたずたに切り裂かれた葉書を叩き付けられ、どこまで息子の気持ちを踏みにじれば気が済むのかと言われた。
……けれど、ただのイワンのエゴでも、エドワードには知って欲しかったのだが。そして、自分を恨んでも憎んでも良いから、再び世に出て、ヒーローとしてやり直して欲しかった。
(スカイハイさんみたいな、ヒーローの中の、ヒーローに)
よし、とイワンが気合いを入れ直す。
「僕も、キースさんに負けないヒーローを、目指したくなりました」
「もう、届いていると思うけどね」
「とんでもない、まだまだです、僕なんか」
慌てて手を振るイワンのその手を捕らえて、キースは青年の身体を引き寄せる。
「わっ!?」
焦った声を上げる青年の耳元で囁く。もう随分と切り札は握った気がする。チェックメイトまで、あと少し。
「それじゃあ、イワン君。良ければ今夜も、食事を一緒にどうかな?」
無論、断るなんて選択肢はないけれどね。心の中だけに浮かんだ言葉を、キースは吹き抜ける風でさらりと打ち消しながら、清々しい微笑みを浮かべたのだった。
■ □ ■ □
ぱしゃり、と水音が跳ねて、余韻を持って響き渡る。
「あ、……ん」
かみ殺し切れなかった声が、バスルームに思ったより反響したので、イワンは唇を噛んで声を堪えようとした。が、背後から自分を抱えている男に、口唇に指を噛まされる。
「駄目じゃないか、イワン君。君の可愛い声が聞きたい、もっと」
「ん、ん、あ」
やあ、と言葉にならない音が零れるばかり。すすり泣きながら身を捩ると、胎内で存在を大きく主張しているものが余計に擦れて、イワンはまた官能的に腰をくねらせることになる。
「や、……っあ」
びくり、と背中が弓なりに跳ねた。風呂桶の中、キースの両足の間に座らされているような体勢で繋がっているイワンは、とうに身体を支えきれずにキースの膝に縋っている。
「ん、……イイ所に当たったのかい?」
「い、言わない、で……」
内部を抉るように腰を押しつけてくる男に、イワンは目を閉じて口唇を噛みしめた。恨みがましく膝頭に立ててやった爪にも大した痛痒は感じていないだろう。
荒い呼吸の中で、イワンは一体どうしてこうなったのだろうとぼんやり考えた。
確か今夜は、一緒に食事に行って。
そうだ、楽しかった。美味しい料理に程良いアルコール。イワンはめっぽう強い質だから、ついつい杯を重ねてほろ酔いだった。
ーーーーーねえ、キースさん。
だから、普段は鍵をかけている心の扉を少し開けて、換気をしようと思ってしまったのだ。
ーーーーーねえ、キースさん、僕は、エドワードが出所してきたら、タイガーさんとバーナビーさんみたいに、コンビでも組みたいなって思ってるんです。
今にして思えば、バカなことを口走ってしまったと思う。近頃のキースのイワンを見る目と言ったら、獲物を前にした狩人もかくやというものだったのに。
いや。
回らない思考の下でも、イワンは認めた。
口走って、たたき壊してしまいたかったのだ。そよ風に囲まれているような、緩やかな愛情の檻を。
そうして、キースは見事に煽られてくれた。店を出て、じゃあ僕は、と言った瞬間に帰さないと言われた時のことを、イワンは鮮明に思い出す。
そんなことを考えていたら、気を逸らすなんて良い度胸だね、と再び激しく突き上げられた。
「ん、んっ!!」
「ねえ、イワン君。男に抱かれて感じているってどんな気持ち?」
イワンは首を振った。答えられるわけがない。
「ねえ、イワン君。私も男とは経験がなくて。私はちゃんと君を気持ちよくしている……?」
にこやかに聞いてくるが、青い瞳はちっとも笑っていない。
「それとも。イワン君は私じゃ物足りないかな」
「……そ、んな」
そんなことがあるか。痛かろうが恥ずかしかろうが、イワンが黙って身体を開いているのはキースのためだ。
相手がキースだからこそ、だ。そんな風に言われるのは心外以外の何物でもない。紫の瞳が不服従の輝きを浮かべる。
「だって、そうだろう?」
しかし、キースは思い詰めたような瞳で、手つきでイワンを追い詰めることを止めない。
「あ、あっ!!」
敏感なところにキースのものの先端が当たり、イワンの腰がびくびくと跳ねた。
「駄目だよ、まだ、イッってしまっては」
「そん、なあ……」
「それじゃあお仕置きにならないだろう?」
お仕置き、だったのか。部屋に連れ込まれて、すぐにベッドルームに突っ込まれ、服を引き剥がされて、そのまま。
どろどろの身体を洗い流すつもりが、どうしてこうなってしまったのかはもうイワンにも分からない。
感じられるのはキースの熱だけ。
「私はね」
キースが低い声で耳元で囁く。
「もともと、心は広い方じゃないと思っていたんだけどね」
ぐっと奥に突き込まれたものが大きくなって、またイワンは声を上げてキースの膝に縋り付いた。そのイワンの背中に口唇の痕を刻みつつ、キースが耳元で囁く。
「こと、君に関しては計測不能だったようだよ。君を誰とも、分かち合う気はないんだ」
「……アアッ、そんな、奥、だめ、だめですっ……」
さっきキースに出された熱がまだ胎内に残っている気がして、イワンはキースの与える刺激に耐えた。
けれど、解放直前でまた放り出される。
さすがに恨めしげに見上げてやると、金髪の男は腹が立つくらい爽やかに微笑んで言い放った。
「君から欲しいって言われたいんだ、イワン君」
ああ、悔しい負けた、とイワンは想った。
そんなストレートに欲しいだなんて言われてしまえば、キースだけを求めているイワンの身体は喜んで男が欲しいと訴えかけて誘い始める。
肌が薄桃色に染まり、目尻が紅くなったただ快楽に耐えているだけの姿で、イワンは男に向かって囁いた。
「だったら、他のことなんて考える隙間もないくらい、キースさんで一杯にしてくれたら、いいじゃないですか」
それはほんき、と甘いながらも切羽詰まった声が尋ねてきたので、熱に浮かされるまま頷く。
「そうか……では、遠慮なく」
ばしゃり、と湯から抱え上げられて、バスタブの縁にもたれかからされて。
「君が一体誰のものなのか、この身体に教えておこうかな」
「……のぞむ、ところ、です」
ごくりと唾を飲み込みながら、それでもイワンは精一杯の強がりを口にした。
それがますます、男を煽る結果になるとは露程も思わずに。……本能で感じ取りながら。
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+++END
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