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quo fata trahunt, retrahuntque, sequamur.
「たかいたかーい、スカイハーイ!」
そんな事を言いながらヒーローの皆は預かった赤ん坊をあやしている。なんだかんだ言いつつ全員一度は赤ん坊に構いたかったのか、赤ん坊を順繰りに回して行くヒーロー達に、引き受けた虎徹も手を出さない。
そんな彼等を、少し遠い所からバーナビーは見ていた。
お節介焼きなのは、人の子の親だから、ということが分かった。
虎徹の家族構成の事は、昔からの知己であるロックバイソンだけが詳しく知っているようであった。
(五年前に病気で、で言葉を濁した)
恐らく、虎徹の性格からして、仲のいい夫婦だったのだろうと思う。しかし、何よりもバーナビーの心を突き刺したのは、虎徹の娘が、自分と殆ど同い年で片親を亡くしたという事であった。
(それで、おじさんは僕を不憫に思うのだろうか)
娘に重ね合わせて。妻を失い、娘と取り残されて、ヒーローを演じつつのこの五年間は、彼にとってどんな年月であったのか。
そんな風に今までの虎徹の言動に色々と合点が行くと、自分が彼に対して取ってきたこれまでの態度が益々大人げないものに思われ、心の中がざわめいてしまうのを感じる。
疲れを取る為だと用意された酸素カプセルに入るようになって(恐らく、バーナビーが早く過去の記憶を取り返す為の配慮なのではないかと思ったが)、益々そう思うようになった。一言も文句を言わずに酸素カプセルに付き合う虎徹も、それとも心の中に何か大きな心的外傷でも抱えているのだろうか。
はしゃぐ面々から少し遠い所でそんな事を考えていたら、虎徹が赤ん坊の身の回り用品一式を抱え、すっかり赤ん坊に懐かれたパオリン(カリーナは、少し憧れていた虎徹が既婚者の上に子持ちだった事にショックを受けたらしく、復調してきていなかった)の肩に手を置いた虎徹がにこやかな笑顔を浮かべつつ近寄ってきた。
「なあ、バニーちゃんよ」
「バーナビーです」
殆ど条件反射のように返答をしてしまってから、違うのだ、と微かに落ち込む。こんな風にケンカ腰会話をしたい訳でもないのだが。しかし、すっかりバーナビーのつれない態度に慣れてしまっている虎徹は、この程度ではめげなかった。
「お前んち、高級住宅街にあっただろ? すげえマンションだったよな、おじさんのボロアパートと違って」
「ええ、まあ……それが?」
両親の遺産もふんだんにあり、信託財産も受け継いでいる。ヒーローとしてあくせく稼がなくとも、食べて行けるだけの収入はあった。そのバーナビーに、虎徹が擦り寄って来る。
「市長の坊ちゃんには、最高のセキュリティが必要だと思わねえ?」
「……はい?」
にい、と笑った虎徹に、バーナビーはその後なんだかんだと押し切られて、結局己のマンションに虎徹とパオリンと赤ん坊の三人を連れ帰る事になってしまった。
■ □ ■ □
適当に寛いで、とは確かに言ったが、虎徹はすっかり赤ん坊の世話をパオリンに押しつけ、己はその側でにこにこしている。その緩み切った表情に、何となく、虎徹の娘が産まれた時もこの男はこんな風だったのだろうと思いつつ、バーナビーはこっそりと机の上に置いてあった虎徹の焦げたたすきの破片を片付けた。
(危ない危ない、こんなもの見つかったら何を言われるか)
その際、たすきだけに気を取られ、何気なしに飾ってあった父親からの贈り物を片付けそびれていたのは迂闊だった。赤ん坊がテレキネシスを発現させたとき、咄嗟にパソコンよりもそのロボットのおもちゃの方を庇ってしまった。
虎徹に赤ん坊に貸してやれ、と言われた時に、少なからずむっとしたのも本当だった。けれども、赤ん坊相手に余りに大人げないと思いつつ、壊さないで下さいと釘を刺しつつ差し出して、益々呆れた顔をさせる。
(おじさんに、ガキっぽいと思われてしまった、だろうか)
それはそれで釈然としないものもあったのだが、飯作ってやるよ、と言いながら虎徹が立ち上がったので、案内がてら黙って台所に付き従う事にした。
「お前の部屋の台所、綺麗だねー」
「料理なんて作りませんから」
「うん、まあ見たら分かったわ。……しゃあねえな、買い出し行って来るか」
言うなり、虎徹はリビングのパオリンに喰いもの買って来る、と声をかけて、行くぞ、とバーナビーを誘い出す。
「僕もですか?」
「ったりめーだろ、アニエスが珍しく必要経費持つって言ってんのによ、ぱーっと買い出ししてやろうぜ」
な、と言いながら朗らかに笑う虎徹は、どうやら荷物持ちと足代わりに自分を使いたいらしい。まあ、マンションのセキュリティは、虎徹の見抜いた通り最高だ。バーナビーはため息をつきつつも、分かりましたお供しますよ、と言う事になったのだった。
■ □ ■ □
スーパーで米の袋をカートに入れようとした虎徹を、慌ててバーナビーが止める。
「そんなに必要ありませんよ、僕は自炊しませんし」
「んだよ、甲斐性ねえなあ。作りに来てくれる彼女とかいねえのかよ?」
虎徹に聞かれてバーナビーは思わず沈黙した。両親の仇を討つ、という目標を成し遂げるまでは、恋愛にうつつを抜かすつもりはない。そんな気持ちを見抜いたのかどうか、虎徹はさっさとカートを酒売り場に向けてしまった。
「バニー、飲める口か?」
「仕事ですよ」
「固いこと言うなよ、ちょっとだけだって」
シャンパンのボトルをカートに突っ込む虎徹に呆れた顔をしながら、バーナビーはもう好きにして下さい、と肩を落としたのだった。
結局、生鮮食品や調味料、果ては台所用品までもしこたま買い込んだ虎徹が冷蔵庫に食料品を仕舞うのを手伝いながら、バーナビーは諦めたように首を振る。
「知りませんよ、絶対腐らせますよ、勿体ない」
「大丈夫だって、その時はおじさんが後始末に来てやる」
「むしろ引き取って下さい、迷惑な」
「つーかさー、お前も冷蔵庫無駄にでけえのに、水とサプリしか入ってねえんだもんよ」
「家具付きなんですよ、このマンション。冷蔵庫も作り付けです、放っておいて下さい」
パオリンが大陸系の出身なので、炒飯を作ってやると張り切る虎徹をキッチンに残し、バーナビーはグラス類がどこかに入っていた筈、と家捜し大作戦を始めたのだった。
ちなみに、虎徹の作った具が満載で山盛りの炒飯は、バーナビーにはあまり馴染みのない味ではあったが、それなりに美味ではあった。
■ □ ■ □
段々、座っているのが辛そうにしているように見えた虎徹に、バーナビーはふと思い立って声をかけた。
「おじさん、もしかして怪我が痛むんじゃないですか」
途端、しーっ、と虎徹が黙れと言う仕草をしてパオリンを指差す。年下の少女を無駄に動揺させたくないらしい。ため息をついて、バーナビーは廊下に出て虎徹を招いた。
「……んだよ」
「言った通りです。まだ本調子じゃないんでしょう? 痛み止めは飲んでいますか?」
「ああ、さっき飲んだ」
「じゃあ、包帯替えましょう。買い物に出かけたときに、ドラッグストアで買っていたでしょう」
目敏く見ていたらしい青年に手を出され、虎徹がかなわねぇな、と苦笑した。世話を焼くのには慣れているが、焼かれるのには慣れていないらしい。
「すまねぇ、薬取って来る」
「どう致しまして、僕の部屋が突き当たりにありますから……」
そちらへ移動しましょう、と言いながら、バーナビーは再びリビングに足を踏み入れて、目を見開く。虎徹が不審顔でバーナビーの方を覗き込んできた。
「どうした?」
「しぃっ、……お子様方は就寝時間のようですよ」
指差した先では、子守りの疲れも出たのか、パオリンが船をこぎ始めていた。とりあえずパオリンとサムを客用寝室に連れて行って寝かしつけると、虎徹は既に上半身のシャツを脱いで、包帯を解こうと悪戦苦闘しているところだった。
「手伝います」
短く言って近づくと、頼むわ、と案外すんなり手を離された。包帯を巻き取ると、そこに貼られたガーゼを丁寧に剥がして行く。ルナティックと対峙した夜の負傷は、打ち身と火傷が主な怪我の筈であった。
「イテテ、バニー、もうちょっと優しくやってくれ」
「これでも最大限に優しくしています。痛くして欲しいですか?」
「いい!」
虎徹に渡された抗生物質入りの軟膏を火傷に塗ってガーゼを貼り、包帯を巻き直す。引き攣れた火傷の傷は、過去を思い出せさて目を背けたくなったが、黙って手当をし終えた。包帯の具合を確かめつつ、サンキューな、と虎徹が笑顔を見せる。
「軟膏が乾いてから服を着た方がいいですよ」
「わーってる。それより、飲まねえか?」
「……怪我に響きますよ」
「いいじゃねーか、ちょこっとだけ。俺は体力には自信あんだよ」
言いながらシャンパーニュのキャップを剥がし出した虎徹に、諦めたようにバーナビーはグラスを並べた。
「なにかつまみでも用意しましょうか」
「おお、チョコとかチーズとか適当に買ってきてるから、出してきてくれや」
ぽん、と微かな音をさせて案外上手に栓を抜く虎徹を見ながら、バーナビーは頷いて立ち上がった。
暫く、虎徹の娘やパオリンの話をした後で、バーナビーは躊躇いながら虎徹に怪我の具合を聞いた。先程見た限りでは、随分良くなってきているようだが。心配してくれてんのか、と気軽に返してきた虎徹は、いつもの軽口の応酬を想像していたのだろうと思う。しかし。
「僕を庇って負わせてしまった」
心の中でずっと思っていた事を口にすると(少しばかりアルコールの力も借りたが)すっと心が軽くなった気がした。虎徹は驚いた顔をしたが、体力だけが取り柄だかんな、とバーナビーの負担を軽くする為だけのような笑顔を見せる。そして、話をさっと変えてしまった。
「あの捜査資料、全部自分で?」
先程、サムがNEXTの力を発揮した時にスイッチが入ってしまったプロジェクターの資料を、虎徹は目敏くチェックしていたらしい。バーナビーは頷いて、再びプロジェクターのスイッチを入れた。先日、ルナティックの資料は捨ててしまったが、それでも、絞り込まれない記事や公判記録は山のようにあった。
「……大変だったろ、一人でこんだけ」
しみじみとした口調で虎徹が言う。そんなことは、と言うのは簡単だったし、今までのバーナビーならそう言っていただろうが。
「必死でしたから、この二十年」
ぽつぽつと、過去にあった事の断片を話して行く。犯人についてはウロボロスの蛇の入れ墨のことしか覚えていない事、タトゥーの入った犯罪者から、ウロボロスの名前を聞き出した事など。肩の力抜けよ、必ず見つかるさ、と虎徹が言い、今までのバーナビーなら、軽々しく言うなと反感を覚える所だっただろうが。
青年はただ、微笑むだけに止めてみせた。
その後の酒に関しては、悪くはない酒だった事だけしか記憶には残っていない。
そして、サムとパオリンの誘拐事件が出来したが(パオリンが難なく倒したが)、その途中、燃え盛る倉庫の中で虎徹を見たのを切っ掛けに、少しずつ、記憶が戻り出した。
焦るな、と虎徹に言われた側からだ。あんなに一人で躍起になって思い出そうとしていた頃は、記憶の底から浮かんで来なかったくせに。
(認めてしまえ、僕はあの人を、ヒーローなのだと思い始めている)
貴方がヒーローなのならば、僕を救ってくれと縋り付かないように、慎重に己を律して行かなければならない。初めて見つけた己の弱さに目を向けないようにしながら、バーナビーは再び、記憶の底に沈む円環の蛇へと意識を沈めて行った。
(走り続けるしかない。たとえ、なるようにしかならないとしても)
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+++END.
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