恋人はワイン色




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 そのパーティで出会ったのは偶然だった。

 ベタなことに、再会の方法まで出会ったときと同じだったのだから笑えてしまう。あの時と同じくゆっくりと軍服に広がる赤いワインの染みをぼんやり見ながら、アムロはただぼんやりとそんなことを考えていた。

「…すいません」

 やっと気付いて形ばかり口先で謝ると、向こうも苦笑していいえ、と言う。

「あちらで落とさせて頂きますから、一緒にいらして頂けますか?」

 服の替えをすぐにお持ちいたしますから、と礼儀正しく言いながら、口元が笑うのを抑えられない。台詞まで、同じだ。仕組まれたみたいだ。

「そんなことを言われると、口説かれているのかと思ってしまうな」
「あの時だって口説いてませんでしたよ、俺は。今も別に」

 かけられた言葉に苦笑して顔を上げると、向こうは一瞬痛いような表情を作った。

「参ったな、浮かれていたのは俺の方だけだったか」
「…メイドを呼びます」

 透明な色のない微笑みを浮かべ、礼儀正しく言うと、アムロは手を挙げて人を呼び、こちらへ、と男を促した。一緒について行こうとすると、男はアムロを押し留め、君は来なくていいよ、と言う。

「あの時の再現をしても良いことはなさそうだし、……この会場を生きて出たいからね、俺も」
「え?……ああ」

 男の言っている意味を感覚で感じ取り、アムロは気にしなくて良いのに、と笑った。アムロのあまりの屈託の無さに、男がいっそ諦めたように肩をすくめる。

「昔の男と今の恋人が鉢合わせたら良くないだろう?」

 そう言うと、男はほろ苦い笑みを浮かべながら、それじゃ、と手を振ってアムロの呼んだ使用人に連れられて姿を消した。床に落ちて空になったワイングラスを拾い上げながら、アムロは背後から強烈な威嚇のプレッシャーを出し続ける男を振り返る。

「そんなに睨むなよ、ワインを零しただけだぜ?」

 普通の人にも感じ取れるプレッシャー出すなよ、人が見ているぞ、とワイングラスを通りかかった給仕に渡しながら釘を刺すアムロに、遠くからハプニングの中心がアムロであることを見つけて心配して近付いてきたらしい金髪の男は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、絞り出すような低い声でアムロに尋ねた。

「彼は知り合いか?随分親しそうだったが」
「なぁに、ヤキモチ?」

 くすりと小さく笑うと、アムロは悪戯っぽい挑むような表情を作り、男を見上げた。

「昔いっぺんだけ寝た事があるかな」
「…ほう」

 すぅ、と男の目が細くなり、剣呑な色を浮かべるのを探るように見ながら、アムロは続ける。

「昔って言っても、シャイアンの頃だよ。なんかの軍主催のパーティで、ワインを零してね」
「よくある口説きの方法だな」
「彼が、じゃなくて俺が、だったから、完全に不可抗力だったんだけどね。で、謝って着替えさせるついでになんかそーゆーことになっちゃって」

 過去の出来事を寧ろあっけらかんと話すアムロに、男は不機嫌さは押し隠さないものの、些か毒気を削がれたようであった。

「君は、…私が」
「昔の話だし、その後何もないなら隠す方が変だろ。それくらいなら話してあなたの懐の深さを問おうかと」

 余りにも気に留めて居なさ過ぎるアムロの台詞に、流石のシャアも僅かに眉を顰めた。

「嫉妬深いのは承知していると思ったが?」
「あれ、許せない?」

 上目遣いに聞いてくる青年に、内心面白くないと思いつつも、アムロを手放すことなどできないと知っているシャアは観念したように首を横に振った。

「許すも許さないも、君の過去に私は踏み込めないからね」
「おや、気弱だね「ジオンの赤い彗星」ともあろう人が」
「茶化さないでくれたまえ。しかし、君は色事には慎重な人間だと思っていたのにな。行きずりの相手とは」

 せめて精一杯の嫌味を込めて言ってやると、アムロは僅かに首を傾げて言った。

「いや、俺もああいうことは後にも先にもあれ一回だったような気はするんだけど…。んー、ちょっと似てたから、かな」
「似ていた?」
「うん、後ろ姿とか、声とか髪の毛の色とかが。…と、思ったんだけど、ちゃんと見ると全然似てなかったな」

 どこか懐かしそうに、まるで謎掛けのような台詞を口にするアムロに、シャアの機嫌は益々下向き方向に修正されていく。憮然とした口調でシャアは続けた。

「それは、当時君には思い人が居た、と言うことか」
「過去形にするね」

 けろりとした表情で踏んだ地雷を更に踏み抜いてから、ぐっと言葉に詰まったシャアに、アムロはあれ、と苦笑した。

「分からないのか?本当に」
「分かるものか。…君の心の中に住む人のことなど」

 完全に口調が不機嫌になっていて、大の大人が拗ねるなよ、とアムロは呆れた声で言ったが、大の大人だから気に障るのだ、と言い返された。
 そんなシャアを改めてじっくりと上から下まで眺めて、通りがかった給仕から新しいワインのグラスを受け取りながら、アムロが二つ取った赤ワインのグラスの内の一つをシャアに差し出す。

「それじゃ、今も昔も変わらずに俺の心の中に住んでる人に乾杯」

 戯けて言いながら、シャアの手に持たせたグラスに自分のグラスをぶつけて、シャアの顔を下から覗き込む。そして金髪の男の眉間に相変わらず寄せられた深い皺を見て、まだ気付かないのかとその鈍さについには溜息をついた。

(金髪で、青い目で。すらっとした背丈と軍人らしい体つきに、低くて甘い声。もしも俺が絆されるとしたら、そういう人種だけだよ)

 ここまで言って気付かなかったら、今夜から俺の部屋に出入り禁止にするからな、とまで思惟を叩き付けられて、やっと気付いたシャアは己の鈍さに苦笑してグラスを掲げると、その中身を一気に飲み干した。

「君に想われ続けているというその果報者が羨ましいな。君の心を留めておける秘訣を聞きたい位だ」
「そうかそうか、じゃあ鏡でも覗いてゆっくりとその魅力について話し込んでくれ」

 くそう、結局言わされるのか、と溜息混じりに呟いたアムロは、ふと何かを思いついたように瞳を輝かせ、男の名を呼ぶ。

「シャア」
「なんだ…ッ!!」

 丁度会場の余所の様子に心を取られていたシャアが名前を呼ばれて振り返った瞬間、アムロの腕に肘が当たって、シャアの服に派手に赤いワインが飛び散って、染みを作る。アムロが悪びれもせずにあっけらかんと謝罪の言葉を口にした。

「おや、ごめんよ、あんまり美形だからつい見とれて」
「…アムロ」

 シャアが唸るような声をあげながら、ニヤニヤと人の悪い笑顔を浮かべる青年を見下ろす。アムロは手を出してシャアの腕を取った。そのまま、悪戯っぽく微笑んで部屋を出よう、と促す。

「染みになる前に脱がないと。良かったら、別室で着替えをご用意させて頂きますけど」
「…君は、こういう強引な口説き方が常套手段なのかね?」
「さぁ、どうだろう?」

 そこまで手の内は見せないよ、知りたいなら大人しく着いてくるんだな、と軽く舌を出す青年に苦笑を零しながら、シャアは慌てて駆け寄ってくるボーイ達を制して、アムロに腕を引かれるままに会場を後にしたのだった。










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+++END

 

 

昔、オフラインゲスト原稿に書きかけて、上手く行かなかったものサルベージ。
アムロの昔の男登場、シャアが嫉妬して大変!という話の筈が、
アムロが余裕綽々すぎて思い通りにならず、没に・・・
挙げ句シャアが嫉妬に狂って連れ去るつもりが逆にアムロに連れて行かれてしまいましたアレアレ?
やっぱり私に可愛い子アムロたんは書けないと思い知りましたよ、特に29!

 

 

 

 

 

 

 

 

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