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彼には気の毒な事だが、初めから用意されていた運命は哀れな獲物でしかなかった。
「離せよ」
炯々とした眼光で睨み付けられたが、生憎とそんなものは男の劣情を誘う起爆剤にしかならない。
この青年は、自分という者をよく理解していないようだった。周囲が、どれだけ彼という存在に触れたとき、彼を渇望するか、彼に惹かれるか。
それ自体が、安易な幻想でしかないと彼自身は考えているようだった。―――莫迦な話だ。
説得がまだ通じるとでも思っているのか、青年は今なら悪ふざけで許してやるというような主旨のことを口にした。
「第一、男を抱こうだなんて趣味が悪すぎるぜ」
「蓼食う虫がやってきたと思ってもらおう」
言うと、掴んでいた腕を引っ張って胸元に引き寄せ、片手で顎に触れ、仰向かせる。年齢の割りに童顔だということを気にしていると人づてに聞いてはいたが、十近く割り引いても通じそうな丸い琥珀色の瞳が、怒りを中で渦巻かせてこちらを睨む。
愉快になって一頻り嗤うと、青年は驚愕したような表情を浮かべ、次いで表情を暗く翳らせた。
「まともじゃない」
「生憎、私は元よりまともな人間などではないさ。当の本人が言っているのだから間違いない」
「口の減らない…!」
そうだ、もっと激情に駆られるといい。
クッと唇の端を吊り上げて嘲笑う。その表情が彼にどういう風に見えるかなど、既に計算済みだ。
「言っておくが、私を煽ったのは君だよ」
「なに、をっ…!言いがかりを」
「知らぬ顔をして、自分は関係など無いと思っているのだろう?」
その態度が気に食わないのだよ、と言いながらクワトロは顔を寄せ、びくりと硬直するアムロが反射のように目を閉じるのに、何を期待したのだと嘲りながらがじりと耳元に食らい付く。
あがった軽い悲鳴は無視して、強く歯を立てた耳朶から流れ出した赤いものを、舌先でちろりと舐めた。
「…っ、貴様、正気か!」
「それでは君は自分は正気のつもりなのか、アムロ・レイ」
舌の上に広がる鉄錆の味を愉しみながら、クワトロは自室の壁際に抑え込んだ細身の身体の、下半身に手を伸ばす。
「う、ンっ…!」
「一度己を鏡に映してみてはどうだ?被害者面をして、慰めて欲しいのだろう?」
だったら私と傷を舐め合うのも良い趣向だと思わないかと含み笑いと共に言われ、アムロは首を振る。
「馬鹿にするな、俺は貴様に慰めて貰うほど堕ちちゃいない」
「だったら今から堕としてやるまでのこと」
掴んでいた腕ごと部屋の中を引きずり、備え付けのベッドの上に引き倒す。跳ね起きる隙を与えずに抑え付けると、狩り場のど真ん中に飛び込んできた獲物を相手に舌なめずりをしながらその身体をゆっくりと手の平でなぞり、確かめる。
「娼婦を抱く程の愉しみもないだろうが、連邦の白い悪魔の身体を賞味させてもらおうか」
女の脂の乗った身体は何度も賞味したが、男のそれには未だ食指が動いた例しはなかった。しかし、アムロ・レイは違う。嗜虐心をそそるようなきつい眼差しと、長年の不遇の生活に草臥れ果てた精神。
ベッドの上で男に抑え付けられても、全身に怒りを漲らせつつも何処か諦めたような感情も漂っている。過去に何度も望まぬ行為を強いられた事があるのだろう、と素早く見当を付けた。だからといって、同情してやる義理はないが。
「何故、俺だ?」
「君が宇宙を怖がるからさ」
当たり前だろう、と言うように言い、これは罰だよアムロ・レイ、と囁く。アムロはしゃっくりでも呑み込んだような表情になった。
「罰って」
「忘れるつもりなのか?赦されたいとでも?生憎、君と私の犯した罪は贖える類のものなどではないよ」
囁くように言いながら下半身の衣服を引き剥がしに掛かると、アムロは抵抗するように暴れながら、ララァのことか、と呟いた。
抵抗の意志を奪い取るためには二、三発顔でも殴るのが適当だが、後が面倒だ。それよりも、精神の恐ろしく肥大して発達した彼には、心理的な重圧の方が効果が大きいだろう。
「聞くが、君の、そして私自らが招いたものは、なんだ?」
「俺が知るか」
「君が居なければ、私はダカールになど来なかった」
「だから、俺の所為にするな!俺が何をしたと言うんだ!」
「何をした?…私の前に現れたじゃないか」
淡々とした調子で言いながら、下着までをずり下ろし、現れたアムロ自身を片手で握り込む。そのまま何度か手で扱きながら、耳元でねっとりと囁いた。
「宇宙は、今からもっと、血を流すよ。―――君の、私の業が求めるままに」
「…っ、イカれ、てるっ!」
びくりと跳ねそうになる身体をなんとか誤魔化しながら、アムロが首を振ってクワトロを拒絶した。金髪の男は、誉め言葉だなと軽く受け流す。
「屈服などしてくれるなよ、アムロ・レイ。それでは面白くもなんともない。抱きたくもない相手を抱き、大切なものを壊し、愛するものを裏切り、理由など無くとも殺す。―――そうして全て失った先に、私達の答えはあるのだろうさ」
アムロの口唇から、耐えきれなくなった喘ぎが零れた。クワトロは不愉快そうに眉を顰め、明らかに達しかけた肢体を放り出すと、つまらないなと呟いた。
荒い息を整えようとしながら、屈辱に滾る瞳でアムロは男を見上げる。絶対に泣いてなどやるものか、と思っていたが、黒いスクリーングラスをかけたままの男の、そのグラスの表面に映る不甲斐ない己の姿を目にすると、目の奧が勝手に熱くなってきた。
感づいたのか、クワトロが揶揄するように問う。
「悔しいのか」
「殺してやる」
叫ぼうとしたのだが、出来もしないことをと鼻先で笑われ、出鼻を挫かれる。
「貴様はな、殺したいと思った相手も殺せない腑抜けだよ」
「違っ…!!」
「もういいか?いい加減問答も飽きたよ」
言いながら凄まじい膂力で両腕を封じて脚を割られ、アムロは男の慣れた行動に挫けそうになる意志の力を奮い起こして、辛うじて拒絶の言葉を口にした。
「やめ、ろっ!どうして、…だから、どうっ」
いいさす唇を手の平で煩わしげに抑え付けると、クワトロは自分の為に用意した潤滑剤を手に掬い取り、アムロの脚奧に塗り込めながら返事にもならないようないい加減な調子で諦めたまえと呟く。
「幸せ、等という空想は所詮私にも君にも縁はないものさ。満たされないことに慣れたまえ。極限まで飢えるといい」
―――作り上げた砂の城を崩すのは愉しいだろう?
違う、とアムロは言い返したかった。そんなことはない、自分は平凡さを何よりも願う、一介の男だ。それはあんたもだ。そこらにいる人間と、何も変わりはしない、そうじゃないか。それだけのことが、何故分からない!
視線に込められた思惟には、男も気付いたらしかった。気の毒そうにアムロを見下ろし、まだ夢を見ているのかと呟く。
「今宵は満月だ、…本性を思い出しても神だって咎めやしないさ」
言いながら髪の毛を掻き上げた男の頭髪が薄暗い照明の元にぎらりと一瞬輝き、男の発した満月という単語と相まって目の前が一瞬、乳白色の光で染め上げられる。
「月、はっ…!!」
ずるりと、男がアムロの胎内に侵入してきた。
挿入の衝撃で天井の上を彷徨ったアムロの視線が、嵌め殺しの窓の上で止まる。思ったよりは好い具合だと男は勝手なことを言い、そのまま奧まで腰を押し進める。
「地上では腐臭を放つ連邦の狗共が死肉を食らい、宇宙に在っては宇宙の意志の前に散った死人達が哭く、その前で悪魔を抱く。これはお前と私と二人で招いた狂気の宴だ。精々狂い叫ぶが良かろう」
アムロは、ひたひたと押し寄せる昏い絶望の波に、また足下の砂場を攫われて行くのを感じた。この海の果てに待っているものは、終末という名の虚無だ。後には何もない。
―――ララァ、どうしてこの男だったの。
がくがくと人形のように身を任せながら、頭の中で何度も繰り返し問いかける。鋭い内壁を抉られる痛みよりも、また間違えてしまったという衝撃の方が強かった。軌道修正の出来ないループスライダーをぐるぐる回りながら、上り詰めるのではなくただひたすら堕ちて行く。
―――答えなんか、なくってもおれはべつにかまわなかったんだ。
ぼんやりした仄かな光を纏う月は、アムロからは半分しか見ることが出来なかった。
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+++END
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