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眠りにおちてゆくその横顔を
むさぼるように見つめ
胸の響き悟られぬよう
青く染まる部屋を抜け出した
すべてを盗みたいかすかに漏れる息まで
なのにいつかは離れて行くと男は呟いている
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「アムロ、アムロー?朝よ、起きなさい!」
何度声をかけてもドアを叩いても、中から少年のいらえはなかった。憤慨しつつ少女はドアを開けて中に入っていく。
「アムロ、起きなさいって。」
「”うるさいなぁ”・・・」
その返事の声が他人のようでびくっとしたフラウは、恐る恐る幼馴染みの名前を呼んだ。
「…アムロ?」
むく、とベッドの上で芋虫状の毛布の塊が動く。
「”もうちょっと寝ててもいいだろう、ゆうべはガンダムの整備にかかりきりだったんだ・・・”」
涸れたような音に、フラウは最初アムロが風邪でも引いたのかと思った。
慌ててくるりと身体を翻し、ばたばたと毛布にくるまったままのアムロを残して心当たりのある医学知識者の所へ走る。
「セイラさん、大変なんです、ちょっと来てください!!」
金髪の少女は朝食のテーブルからなにかしら、と優雅に立ち上がった。
+:+*+:+
「風邪じゃないわね。」
あーん、と大口を開けさせて子供みたいにむずがるアムロの喉を確かめ、セイラは言った。
「”そうですよ。風邪なんかひいてるわけないですよ、僕は健康です。”」
不機嫌極まりないアムロの言葉にセイラが苦笑する。その後でふと思いついたようにフラウを振り向いた。
「心配することはないわ、フラウ・ボウ。私も兄が居たから知っているの。これは多分…。」
「”セイラさん!!”」
何が気恥ずかしいのか、アムロが赤くなってセイラを止めた。
事情の分からないフラウはきょとんとしている。
アムロがそのまま二人とも出て行けと騒ぐので、これはどうもお騒がせしました、と嫌味をいいつつアムロのお説教は後回しにして、まずセイラを部屋を送り出そうとすると、アムロが見えなくなったところでセイラはフラウにこっそり耳打ちした。
「あれはね、声変わりよ。心配はいらなくてよ。」
「…声変わり?」
なんですかそれ、という表情のまだ幼い少女に向かって、僅かに年長の少女が苦笑する。
そういえばカイはもう大人の声だし、ハヤトも一丁前の声だった。アムロは少しあの年頃の男の子にしては成長が遅いのかもしれない。
「ああ、アムロも大人になったということよ。」
セイラの謎かけのような比喩表現は、益々もってフラウには通じないものだった。
「…はぁ。」
そして。
アムロが大人になるなんて、そんな天地がひっくり返るようなこと本当にあるんだろうか、とこの期に及んでどこかずれたことを考えるフラウが後には残された。
+:+*+:+
「ね、この間ホワイトベースを降りた後からでしょ、喉がおかしいの。何かあったの?」
その少女の問いに、フラウが入れてくれたホットミルク(声変わりしてもアムロはまだコーヒーをブラックで飲めなかった!)の湯気を顎に当てつつ、アムロは首を傾げた。
しばらく記憶の底を絞り出すように眉間に皺を寄せていたが、やがて何か思い当たったようにフラウの方を振り向く。
「…”白鳥を見たんだよ。”」
「……なにそれ。」
フラウが顔を顰めると、物事を説明するのが不得手なアムロは困ったように首を傾げた。
「・・・”あと、赤い彗星も。”」
今度はフラウにも何を言っているのかが分かった。瞳をまぁるく見開く。
「…うそ。」
「・・・”ほんと。”」
ずび、とミルクをすすりながらアムロは殆ど無意識に呟いた。
「”大人にならなくちゃ、僕も。”」
+:+*+:+
「そういやさ。」
青年の言葉に、金色の豪奢な髪の毛の男が振り返った。
「なんだ。」
言いながら、どうせなら名前を呼んで欲しかったなとふと思う。
もういい年の成人男性だというのに青年の声は甘く舌足らずで、確かに大人の男の声なのに、何処か少年の気怠さを残していて、男は青年に名前を呼ばれるのが好きだった。
「シャア、あなたっていつ頃声変わりしたか覚えてる?」
男は名前を呼ばれたことには満足したが、問いかけの内容には内心を言い当てられたようでぎくりとした。
「…声変わり、だと?」
「うん。俺、ちょっと遅かったんだ。フラウとかに散々からかわれたなぁ。変だって。しかも結局あんまり低くならないでさ…。」
どうやら声のことは彼にはコンプレックスらしい。シャアは、角が取れて丸みが出るような彼の舌の上で転がる音が大好きだというのに。
まぁ、「シャア」が「しゃあ」にしか聞こえない、等と言ったらそれこそ赤くなってぶん殴られそうだが。
だからシャアは、ただ笑った。
「遅かったのか。」
「…身長のことに言及したら殺す。」
「先に言い出すのはいつだって君だろう…。」
些か苦笑気味のシャアに向かい、アムロはぼんやりとシャアが淹れたカフェオレを口に運びながら呟いた。アムロは、今もってブラックのコーヒーが苦手なのだ。
外では無理をして飲んでいるらしいが、家ではセットでミルクピッチャーが出てこないと大騒ぎする。牛乳くらい自分で出せと言いたいが。
「…確か、ララァと出会った後だよ。」
シャアがまた、きょとんとした表情をした。
「何が…。」
言いかけて、おくればせながら声変わりの話だったことに気付く。同時に、胸にほろ苦い郷愁が僅かに芽生えた。押し殺すように低く言葉を紡ぐ。
「…そうか。」
アムロは相変わらずシャアを見ようとしない。
「あなたとも。」
青年から視線を逸らし、シャアはコーヒーのお代わりを淹れるために立ち上がった。しばし躊躇った後、声を掛ける。
「…もう一杯、付き合わないかね?」
「俺はいい。まだあるから。」
社交辞令を短く返し、アムロはもう一度、問うた。
「で、いつ。」
空のマグカップを軽く振って、シャアは簡潔にアムロとの会話を切った。
「忘れたよ。」
もう、遠い遠い昔のことだ。
胸の内だけで呟きながら、ふとシャアは自分のコーヒーがいつからブラックになったのか思い出そうとして、止めた。
どちらにしても、アムロがコーヒーにミルクを入れているうちは、自分たちはこのままだろうと思ったからだ。
―――大人にならなくても良いよ、君は。
真っ黒い熱い液体を口元に持っていきながら、金彩の男は糖度の全く感じられない声で、低く呟く。
視線の先では、アムロが相変わらず猫のように丸くなって両手で抱えたマグカップから温いカフェオレをすすっていた。
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何かを期待することで時にすれ違うけれど
無心に与えあい続けることは夢の道端に咲く花のようだ
誰にできることなのだろう
ひとつの想いだけを貫こうとすればするほど
愛とはほど遠い力に激しく揺さぶられる
とぎれた薄い雲が目の前をまた横切れば
密かにも大きな決心が今夜もぼやけてゆく
闇の中から柔らかに月は照らし続ける
少しづつずれながらも手探りで寄り添い歩く心を
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+++END
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