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退屈していた。
こんな状態を他にどうやって言い表せばいいのだろう。寡聞にしてアムロは知らなかったが、雨がずっと降り続いていて、楽しみにしている手慰みの機械パーツは届かなくて、雑誌やテレビ番組さえも面白いものはなにもない。そんな自分が退屈していることだけは分かっていた。
クサってソファに座り込んでいたアムロが、ふと顔を上げる。そうだ、退屈なときは、シャアを構うに限る。どうせ、普段ハロの方が私より好きなんじゃないかだのなんだのと難癖を付けてくるほどアムロに構って貰いたがっている男だ、きっと素晴らしく歓迎してくれるに違いない、とアムロは名案を思いついたものだとほくそ笑んで、直ぐに立ち上がってソファを降りると、シャアの部屋にパタパタと走っていった。
ノックをしてドアを開けて、しかしそこでアムロは作戦の失敗を悟る。そういえば、家にいるのにこの男がアムロの側に居ないということは、きっとなにがしかの拠ん所ない側に居られない事情があるからだった。
そう、つまり―――シャアは思いきり持ち帰りと思しいデスクワークの真っ最中だったのだ。
部屋に一歩足を踏み入れたまま硬直するアムロに、仕事用の細縁の眼鏡をかけた男が顔を上げてどうしたのだね、と声をかける。
「用があるのなら時間を取るが……」
「あ、いや」
はたはたと慌てて手を振って、アムロは用なんかない、と告げた。用事がないのが用事だったのだから、当たり前といえば当たり前だが。そうか、と言ってシャアは再び手元の書類に視線を戻す。なかなか切羽詰まった仕事のようだった。アムロはその様子を見ながら部屋に入ってぱたんと後ろ手にドアを閉め、ぽくぽくと歩いてシャアの元に向かう。デスクに座るシャアの隣に来ると、シャアはちらりと顔を上げてアムロの方を見たが、それだけだった。
シャアがこんなにちょっとも俺のこと相手にしないなんて、とアムロはなんとなく面白くなくて、本日の退屈しのぎの命題を決めて、口を開いた。
「なぁ、シャア」
「なんだ?」
書類から顔を上げずに返事をするシャアに、アムロはデスクの上に行儀悪く腰を下ろしながら、俺のこと相手にしてないだろ、と唇を尖らせた。
と、同時に、心の中でこっそり決意もする。絶対、この仕事からシャアを取り上げてやる。切羽詰まっていようが後でシャアが困ろうが、そんなことはアムロの知ったことではない。今現在、この仕事よりもシャアの関心をアムロが得ることが重要なのだ。
シャアは勿論、普段通りのアムロの軽口などさほど気にも留めていないようであった。
「そんなことはない。なんなら、君をこの腕に抱いたままでも仕事はできるとも。こちらに来るかい?」
言いながら椅子を回して膝を叩いたシャアに、アムロはいいえ結構です、と丁重な断りをいれながら、ここのところトキメキが少ないよな、と言い始めた。シャアがそれを聞いて、今度はなんだと胡乱な視線をアムロに送る。
「君の口からときめきなどという単語が出てくること自体が驚きだよ、私は。今までに一度でも私にときめいたことがあったのかどうかを知りたいね」
「うわ、ひどい、そういう風に言うわけ」
がぁん、とアムロはさも傷ついたように大仰に胸元を押さえる。
「シャアの愛が見えない……」
ぶつぶつと呟くアムロに、君が言うか、とやや呆れたように返しながら、シャアはさらさらと休むことなく手元の書類にペンで書き込みをしている。
「溢れるくらいにあるとも、それは。あり過ぎて飽和して空気みたいになって、君には見えなくなっているだけじゃないのか」
「いや、まぁ確かに有り難みはなかったけど、なんかこう最近、俺の辺りにあるの薄い気がする」
言いながら顔の周辺の空気をわざとらしくぱたぱたと手で仰いで散らすアムロに、シャアは有り難みは感じてくれていないのだな、やはり、と深い溜息をついて、チェックの終わった書類を山の一番上に置き、次を手に取った。
「枯渇してきているのかな、君があんまりつれないから」
なかなか由々しき問題ではあるが、などと平気で言うシャアに、つれないのは今のあなただろうと言いたい気持ちを堪えて、アムロは懐の大きさの問題じゃないの、と返す。言葉に詰まったり本気で腹を立てたら負けだ、シャアにも既に分かっているだろう。
「そうだろうか。私は常々包容力はある方だと思っているが、相手がブラックホールでは、吸い尽くされるのも時間の問題の気がする」
もしも愛情が枯渇してなくなってしまったらどうしようか、とさして困ったようにでもなくアムロに尋ねる口調のシャアに、アムロはそうだなぁと言いながら首を傾げた。未だに書類からちらとも目を離さないのが悔しい。
もうひったくってキスでもした方が早いような気もしないでもないが、それではきっとシャアの思惑通りだ。そんなのは面白くない。
「もしも本当に全部なくなったら」
「なくなったら?」
「なくなったら、そうだなぁ」
アムロは暫く考え込む素振りをした後で、にやっと笑ってシャアの肩に手を置く。
「俺のを分けてやるから心配すんな。たっぷり用意してあるから」
言った後でぽんぽん、とついでのように肩を叩いて、くるりと踵を返し、じゃあなと短く言い置いて、振り返らずに部屋を後にする。
部屋のドアを開けたところで、背後で苛立ったようにシャアがデスクから立ち上がる気配がした。こちらへ向かってくる足音に、ひっそりとアムロの口元が緩む。どうやらこれで、もう退屈しなくても済みそうだ。
一秒後に伸びてきた二本の腕に背中から抱き締められるという瞬間、アムロの口が開いてほんのちっぽけな小さな言葉が零れる。
今回は、俺の勝ち。
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+++END
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