「世界中でいま雨が…」




「シャア、聞いて」

 夜中に揺り起こされ、私は重い瞼を上げた。

「どうした?」
「雨だ」

 僅かにカーテンを開けるアムロの方からはひやりとした冷気が流れてきて剥き出しの肌を刺す。寒いなと文句を言いたくなるのを抑えて、私は続いてアムロの方に身体を向けた。

「風邪を引くぞ」

 言っている内に覚醒を始めた意識はぱらぱらと窓を叩く雨の音を拾い上げる。
 道理で、寒い筈だ。水滴はどんどんさして厚くもない窓硝子を冷やしているに違いない。

「アムロ」

 もう一度窘めるように名前を呼び、何度か瞬きを繰り返す内に私の色素の薄い瞳は暗闇に慣れ始め、傍らで息を潜めて窓の外を眺める青年の姿を薄ぼんやりと拾い上げる。
 じっと真摯に直向きなまでに、彼の瞳では墨染めの闇以外何も見えないだろう景色に目を凝らし、雨音を拾っているのか時折耳を傾ける。燐光で浮き上がるかのような蜂蜜色の肌に私が昨夜散らした薄紅の花弁が見えないのをふと残念に思った。陽の光の下ならば、さぞやかし彼は綺麗だろうに。

「シャア」

 逸れた思考を咎めるように、短く名を呼ばれた。うん?と相槌を打つと、長いこと外気に触れて冷え切った手が探るようにこちらに伸ばされる。

 なので、私の方から捕らえて、握り締めた。アムロが安堵の吐息をつくのが聞こえる。

「雨が珍しい訳でもあるまいに、どうしたというのだね」
「煩かったから、…」

 言いながら冷え切った身体がするりと胸元に滑り込んでくる。何も言われなくても温めてやろうと抱き締めると、くすくすと忍び笑いが漏れた。

「煩かったから、これだけ雨が降れば、分からないかなと思ったんだ」

 何時でも俺の意識に触れる彼女や、彼やその他の雑多な人達にも、俺達の、こと。

 最後は囁くような言葉に混ぜ込み、アムロは素早く私の背中に腕を回してくる。

「シャア、しよう。今だったら誰にも分からないかもしれないから、…全身で」

 愛して、と言わせる前に覆い被さるように華奢な体躯を隠してしまう。誰にも密やかな営みが見られないように。

 彼の中に入っていく直前、溜息のような想いが意識の片隅に届いた。

『ねぇ、どれだけ雨に当たれば洗い流せるだろう、俺達の、ことは』

 私は暫く考え込んだが巧い切り返しを思いつかなかったので、ちゅ、と彼の額にひとつ口付けた。

 狡い私はとっくに彼の苦い後悔も自責の念も自らの甘い幸せの内に紛れ込ませて噛み砕いて飲み干させる術を覚えてしまっている。

「アムロ、愛しているよ」

 ほら、彼が一つしゃっくりをするように、紡ごうとした言葉を呑み込んだのが分かる。

 どうか私達二人のことも、この啜り泣くような音が包み込んで隠してくれますように。

 願いながら私はアムロに音のない静かな口付けをひとつ、贈った。


 世界中で、いま、雨が降る。




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