「君だけが望む全て」




「やっと二人きりになれたね、シャア」

ふふっとちいさく笑いながら、アムロは男の顔に手を伸ばした。
その途中で、彼と自分を隔てる自らの手のパイロットスーツのグローブに気付き、首を傾げる。

「ごめんね…邪魔、だよね?」

呟くと、指先の辺りを噛んで手袋を引っ張った。
けれど。スーツとほぼ一体化している手袋は、アムロの思うようには脱げず、
青年はぶるぶると何度か、癇癪を起こした子供のように腕を振った。
それでもどうにもならない手袋に、諦めの溜息をひとつ、零して。
アムロはぺたんと地面に座り込んだ。

「ねぇ、シャア」

言いながら、男の顔を覗き込む。
ぺちぺちと、頬を軽く叩く。

「ねぇってば…ねぇ」

変わらず返事がないので、アムロはもう少し考えこんで、言った。

「もう、死んじゃった?」

死んじゃったんだったら返事はないか、とどこか他人事のように低い声で呟き。
アムロはゆっくりと、顔を、あげる。

「じゃ、急がなくちゃ」

言いながらごそごそと、傍らの?ガンダムから運び出した医療器具セットを引き寄せた。

「ふふ、オレと貴方、ふたりでひとりになるんだよ」

貴方だけが、オレの望む全てなんだ。やっと、かなった。

低い声でちいさく呟きながら。
アムロは医療セットの中からメスを取りだし、すぅと男の胸に当てる。
一瞬だけ、息を、詰める。

「いくよ、シャア」

声をかけると、胸に当てたメスを一気に下腹部まで引いた。
動脈が傷ついたのだろう。
ショック状態のまま硬直をしていた身体から、飛沫のように鮮血が飛び散った。
血は、余すところ無くアムロの白いパイロットスーツを深紅に染める。

「ああ、これも、邪魔…だよね?」

呟くと、手を止めて上半身だけなんとかパイロットスーツを脱ぐことに成功した。
血で赤く濡れた撥水性の素材が、それでも重たげに地面に落ちて水音を立てる。

ぴしゃり。

蜂蜜色の華奢な裸体を、次々と飛び散った赤い飛沫が汚していく。

「痛くない?…少しの我慢だからね。貴方がずっと欲しがってた…オレを。みんな、あげる」

ひとしきり話しかけながら男の胸を切り刻み。
稚拙な外科医の開腹手術の様相を呈してきた所でふと、手を止める。
ぐっと温かい体内に手を差し込み、心臓を探す仕草をした。

「ねぇ、シャア。怒りは貴方を幸福にした?」

教えてよ。アムロの語り掛けにも、男の鼓動は応えない。
熱さを感じなくなってきた躯に、不安を掻き立てられでもしたかのようにアムロは呟く。

「ね、オレにも、教えてよ…貴方のアツさを…さ」

睦言のように囁きかけて、微笑む。
次の瞬間、鋭利な刃先は青年の胸を次の目標に変え、易々と切り裂いていた。

ぴしゃり。

一段と激しい勢いで、赤い水溜まりの上に、油彩のように更に赤い絵の具が重ねられる。
ぼたぼたと滴り落ちる自らの血液に、アムロが凄絶に満足げな微笑みを浮かべた。

「シャ…ア、これで…オレたち、ひとつに…なれるよね」

届かぬ言葉を伝えるように、上体を曲げて。
冷たく固くなっていく男の身体を、自らの溢れる鮮血で温めるように、傷口を併せて覆い被さる。
青年が自らを切り苛んだ傷は、いうまでもなく致命傷であった。
流れ出る血は男のものと一緒になり、
混ざり合う事を拒んだのか、ゆるゆるとゼリー状の凝固を始める。
それを確認して、青年はやっと、安堵の息をついた。

「これ…いっしょ、…に、なって…かたまる、か…」

もう二度と離れないように。

呟きは唇と共に固まり、青い狂気を孕んだ瞳は焦点を失って硝子玉のように刻を止めた。




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