「君だけが望む全て」




「シャア、今なにか欲しいものはないかい?」

 ベッドとシーツの狭間から突然尋ねられた言葉に、赤い総帥服を身に纏い、優しくうねる金の髪を緩く撫でつけてすっかり出かける身支度を整えた男が、驚いたように青い双眸を瞬かせた。
「どうしたというのだね、急に。」
 尋ねてしまうのは、質問を発した青年が抑もその様な気遣いとはあまり縁の無い気性の持ち主だったからであった。シャアのもの問いたげな視線を受け、癖の強い赤茶色の髪の持ち主は寝台に横臥したままそれがさ、と照れたように言葉を続けた。
「この間開発したモビルスーツ用の素材理論が、なんだか特許申請通ったとかでさ、臨時収入が少しあったんだよ」
 その特許自体はアナハイムに売ってしまうつもりなのだが、それにしてもアムロの手元には少々のまとまったものが残るのだと言う。
「で、俺いつもあなたに贈り物を貰ってばかりだからさ、たまに、こんな時くらい」
 そこまで言った後でちらりと置き時計に目を遣り、そろそろ金髪の男が部屋を出ていく時間だと気付いたアムロは見送りをするべくうっそりとその上体を起こした。昨夜の房事の痕跡も生々しい鮮紅色の花弁があちらこちらに散った華奢ながらもしなやかな筋肉を纏う体躯に、床に落ちていた昨夜脱ぎ落としたままのシャツを拾い上げて羽織り、寝台を降りてシャアの元へと歩み寄る。
「…あなたに贈り物をしたいかな、って。」
 本来ならばこんな時は家族にでも贈り物をするのだろうが生憎青年は家族の縁が薄く、今となっては唯一生きている筈の母親の消息も杳として知れない。本気になって探せば或いは見つけだす事も可能なのかもしれないが…。ふと考え込んでしまった青年の表情が暗く沈んで行くのに眉を顰めたシャアが、白く優美な指を伸ばして手持ちぶさたなまま男性の割にふっくらとした口元に持って行かれようとする親指を途中で留めた。そのまま緩く手を握り込みながら、アイスブルーの瞳を細めて笑いかける。

「ありがとう、アムロ。君のその気持ちが、私にはなにより嬉しい。」

 ふわりと天上より使わされた御使いが福音を告げるかの如く紡がれる甘い調子のその声に、ふっとアムロの頬が薄紅に染まる。ああ、俺って本当にこの声とお顔に弱いんだと心の内だけでぼやき、いや、ともうむ、ともつかない呟きだけを発する青年に向けて、シャアはそれでは遠慮なく受け取らせて貰おうと続けた。
 互いに家族という存在に縁薄い人間である。薄幸を気取るつもりは毛頭無いのだが、それでも今この青年の中の位置付けで限り無く『家族』に近い位置に自分が居るのだと考えることは酷く気分が良かった。
「そう、良かった。じゃあ、…さ、何が欲しい?遠慮なく言ってくれよ。」
 最も、そう大したものを贈れる訳じゃないけど、さ?鳶色の大きな瞳を戯けたようにくるりと回して嬉しげに問いかけてくる子犬のような青年の姿につい相好を崩し、その赤茶の癖毛に指を差し込んで掻き混ぜてやりたい衝動をどうにか抑えつつ、シャアが殊更重々しい口調で己の希望を告げる。

「ふむ、それではまず、ハロの強化パーツだな。」
 その言葉に、ちょっと待てよとアムロが抗議の声を挙げた。
「話を聞いていなかったのか?俺が聞いているのはあなたが欲しいものであって、俺が欲しいものじゃな-…。」
「待ちたまえアムロ、まぁ最後まで話を聞きたまえよ。」
 不満げに口元を尖らせる子供のような青年に宥めるような微笑みを浮かべながら、シャアが言葉を続けた。
「手に入れたら、午前中一杯はハロを改造したり整備したりして過ごす。」
 勿論君がだ、と頭を撫でながら言われ、アムロは納得が行かないまでも不承不承頷いた。
「昼が来たら食事だ。テイクアウトの総菜やファーストフード、インスタントの類は許さないからそのつもりで。」
 そうだな、近場に新しくいいレストランが出来ていたじゃないか、未だ行ったことは無かったが、あそこなどどうだ?と勝手に立てられていくアムロの時間割に、遂に理解不能の域を超えてしまった青年は目を白黒させることになった。
 確か、当初の記憶が確かならば、自分はこの神々しいばかりの金髪の男に、何か欲しいものはないか、と尋ねた筈だったのだが。それがどうしてこんな事に、と考え込むアムロを余所に、青年の予定は金髪の美丈夫によって次々と決められて行く。

「昼食を摂ったら半時間ほど散歩をする。そう遠出はしなくていい、日中の日差しは後で身体に堪えるから。…帰ってきたら、軽く仮眠を取って…。」

 ちょっとまて、と其処で遂にシャアの計画は赤茶色の癖毛をがりがりと掻く青年の感情の飽和量を超えたらしかった。

「おい、待てよシャア。それは俺のする事ばかりで、あなたの欲しいものなんか何処にもないじゃないか!」
 その言葉に、したりとばかりに整った口元に笑みを浮かべながらシャアが答えてみせる。
「だから、今君に言った全てのことが私の欲しいものだよ、アムロ。」
 文句を付けたつもりがさらりと流され、アムロは思わず大きな瞳を真ん丸く見開いた。

「ヘッ?」
 童顔の青年の、シャアと二人の時だけに数多く見せられる色彩豊かな表情の変化を楽しみながら、シャアは低い声でくすくすと笑う。

「君、今日は非番だろう?…ゆっくり遊んで待っていたまえ。」

 そうして心の奥底から満足して私を待ち侘びた君を、帰ってきてゆっくり頂くとしようじゃないか。告げられた提案に、アムロがまず絶句し、惚けたように口を開き、次いで真っ赤に頬を染める。その様子に心底満足した様子で、シャアは予め用意されていたらしいとどめにも近い殺し文句をとろりと甘くアムロの耳元に流し込んだ。

「なっ、…あっ…。」
「いつも言っているだろう?私の欲しいものは君、それだけさ。」

 君だけが望む全てなのだから、と最後にもう一度アムロを魅了して止まないあの低くて甘い声と秀麗な顔に一段と輝きを添える心とろかすような微笑みでアムロの心を綺麗にノックアウトしてみせて、それでは私は仕事に行くよと済ました顔で素早くアムロのふっくらした頬に羽根のような口付けを落とす。

「今夜が楽しみだな、アムロ。…私が立てた予定、一つたりとも省略はしないでくれたまえよ?」
「ば、ばかっ…言われ、なくても。」

 掌の中で善い様に弄ばれて悔しいような、甘い苛立ちをゆるり噛み締めるように味わいながら、アムロはあなたには敵わない、と出ていく後ろ姿に向けて小さく呟いたのだった。




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