※こちらは裏・青砥屋茶寮にて連載中のシリーズがベースになっています





「激しく儚い夢のカケラ」




 ラ、ラ、ァ、と男の薄い唇は音を立てずに呟いた。

 男は、神に仕える神職にある存在だった。ゆったりと床に着く長い詰め襟の神官服は深紅で、胸の所に金糸で鳥のような文様の縫い取りがなされている。暫くじっと目を閉じて祈りを捧げていたが、やがてふいに目を開き、背後を振り返った。

「…ごめん、邪魔した?」
「いや」

 仄暗い部屋の中に躊躇いがちに入ってくる青年からは、足音の類は全く聞こえない。そういう風に気を使ったのだろうが、その事が何よりも色濃くこの青年が人外のものであることを示しても居た。
 最も、この青年の気質が本来は優しい質であることも、僅かな光の中に沈む鳶色の髪が、陽に透けると赤く煌めくのも、光源を拾って今は怪しく黄金に光る瞳が本来は琥珀の宝玉の色なのも、神官はよく知っていたが。

「何かあったのか?アムロ」
「いや」

 アムロと呼ばれた青年は僅かに目を伏せる。長い髪と同色の睫毛が子供のような丸味を帯びたふっくらした頬に長い影を落とすのを見るとはなく見つめながら、シャアはアムロの続きの言葉を待っていた。やがてアムロは決心したように顔を上げ、おずおずと切り出す。

「あの、…ララァの名前が聞こえた気がしたから」
「ああ」

 その言葉に、文字通りシャアが苦笑した。確かにその通りだったからだ。同時に、その真実の姿は竜であるアムロならば、シャアの声にしたかどうかすら怪しい言葉を容易く拾い上げられたであろう事も悟る。なので、ほぼ躊躇うこともせずに青年に話を始めた。

「ここのね、教会の」
「うん」
 シャアが指差す方向を見ながらアムロが相槌を打つ。

「聖母の像を見ていたら、彼女のことを思いだしたから、祈っていたのだよ。彼女の魂が安らかであるようにと」

 気になったかい?と微笑むシャアに、アムロはとっくりとその聖母の姿を眺めて、首を振る。
「似ていないよ、ララァには。ララァの方がずっと綺麗だ」
「そうかね?」
「忘れちゃったんじゃないの?」

 言うアムロの、シャアを眺める視線が一瞬だけ往事の激しく儚い記憶のカケラを思い出させるかの様に苛烈に光ってシャアを射抜く。―――お互いにとっての、癒えない傷。

 不思議な微笑みを浮かべたまま肯定も否定もせずにシャアは立ち尽くし、アムロもじきに興味を失ったように男の腕を取った。

「それよりも、こんな像より手っ取り早く思い出させてあげるから、今夜俺と一緒に寝ようよ。ララァは俺の中に居るんだし」
「そうだな、君が夜這いや妙な悪戯を仕掛けてこないと誓うなら考えても良い」
「だから、諦めて早く俺と契っちゃえばいいのに」
「そのうちにな」

 さらりと微笑みだけで拒絶の意志を伝えられて拗ねたように言いながら、アムロは絡めた腕にぎり、と爪を立てる。

「俺のものになればいい。そうしたら、二度と忘れさせなんかしないのに」

 あなたに何もかも刻み込んでやれるのに、と呟いた瞳がもう一度黄金に閃き、シャアは一言怖いな、とだけ言って。

 アムロの少し尖った耳の先を、擽るように指先でつついた。




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