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暗闇
から
手を
伸ばせ
ベッドに寝転がって、間接照明の淡い灯りをぼんやりと見上げていた。
そのまま、ぐるりと部屋の中を見回す。豪奢な照明器具に、本物の天然素材の木でできた家。ヨーロッパ風の高価なアンティークの調度、大きなベッド。南向きに切られた大きな窓の向こうに見える、広大な庭園。プールも庭木の迷路も専用の滑走路も、何もかもがそこにはある。最も、いつもの如く大した感動は浮かんでこなかったが。
金ならある。地位も、そこそこの人脈もあるし、コネらしきものも持っている。自分を頼ってきたフラウ・ボウを日本へと逃がしてやれるくらい。
不満なんか抱いたら罰が当たるぜニュータイプさんよ、と以前基地で出会った若手士官に揶揄されたことを思い出す。そんなにつまらなさそうな顔をしていたかどうかも、もう覚えていない。士官学校も出ていない癖に、もう叩き上げの士官としては最高位の大尉まで昇進したアムロは、やっかみと畏怖の的でもあった。
―――あれが、ジオン軍に『連邦の白い悪魔』と呼ばれた伝説の機体、ガンダムのパイロット。
ハードが優秀だっただけで、ソフトはそうでもないんだろう、と言われたこともある。ニュータイプなんて、まぐれ当たりが続けば誰でもなれるさ、とも。アムロは曖昧に笑って誤魔化した。そうであればどれだけ良かったかと思いながら。
残念ながら、まぐれ当たりは三回続けばまぐれとは言わないのだ。本当に残念なことに。
だから、アムロはここに連れてこられて、閉じ込められてしまった。
ここの生活は柔らかい監獄で、静かな地獄だ。人の精神を縛り付け、堕落させ、平伏させようとしている。
屋敷のあちらこちらに仕掛けられた監視カメラや盗聴器、侵入者を防ぐ最新のガードシステムは、決してアムロを守るセキュリティの為のものではない。その逆だ。アムロをここから出さないための。逃がさないための。籠の鳥を宇宙へ返さない為の。
―――そらに、かえりたいのか、おれは。
照明の落ちた天井の向こうに、星空でも見えてくる様な気がして、食い入るように見上げてみたが、答えは出なかった。小さく溜息をつく。
カツの言葉で鋭く抉られた胸が痛んだ。じくじくと、塞がっていたと思った傷から新しい鮮血が沸き上がって流れ出す。
誰か一人の英雄になりたかった。なれるなら、フラウのヒーローが良かった。
夕食の時、綺麗にドレスアップして、見たこともないような穏やかな表情で温かく微笑むフラウを見て、ああ彼女は幸せなんだろうなと思った。それはとてもアムロにとって嬉しいことで、そうしてとても哀しかった。
ホワイトベースに乗っているうちに、彼女の方がアムロから離れたのか、アムロの方が彼女から遠ざかったのかは分からないけれど、二人の間の距離はとても遠いものになっていってしまった。
物心付いたときからのお隣さんで、幼馴染みで、世話を焼いてくれるのが当然だった栗色の髪の少女。
アムロがガンダムの整備やデータを弄るのに夢中になっていたら、着替えや食事を届けてくれるのは彼女の役目だったし、びしびしとフラウに叱られるから、アムロも人並みの生活を送っていたのかもしれなかった。なのに。
いつの間にか、アムロが一人でガンダムの整備をしていても、寝食を忘れていても、食事を運んできてくれるのはフラウの仕事では無くなっていた。
その事に僅かな焦りを覚えても、自分のことで手が一杯だったあの頃のアムロには、どうして良いかも分からなかったが。
今夜、はっきりと分かった。もう、彼女はアムロの腕など必要としていないのだと。
急に大昔のことを思い出して、きりきりと胸が痛み始める。僕の大好きなフラウ・ボウ、僕が大好きだったフラウ。僕が、君に値しない男に成り下がってしまったのは、一体何時の頃のことだったんだろう?あの頃は、走り続けることにただ夢中で、そんな些末なことに気付きもしなかったのに。
何時だって、本当に大事なものには無くしてから気付いてしまう。
アムロは腕を天井に向けて伸ばし、何かを掴み取る仕草をした。
ハヤトとのことを喜ばなかった訳じゃない。だけれど、それでも、何度かは、頭の中を彼の元を飛び出してきた彼女が、やっぱりアムロが一番だと泣きながら腕の中に飛び込んでくることを想像しなかった訳でもない。
やっぱり、あたしにはあなたしかいないわ、アムロ、と。
彼女は来た。アムロの空想とは随分違った姿で。しっかりした自分の意志を持って。アムロの頭の中では少女のままだったフラウ・ボウは、アムロの庇護など必要のない立派な大人の女性になっていた。
綺麗になった、チャームポイントだったソバカスも消えた。髪が伸びて、カツとレツとキッカの、そしてハヤトの子供の母親になったフラウ・ボウ。
腹に子供が居ると聞いて、アムロはふと一瞬フラウに触れるのを躊躇い、そんな自分に後から苦笑した。そりゃ、やることやれば子供も出来るだろう。ハヤトとフラウは夫婦だし、第一、新しい生命の誕生に、汚れたとか穢れたとか考える方が失礼だ。
アムロだって今まで「やることを」やらなかった訳じゃないし。寧ろ、清廉潔白とはほど遠い生活を送ってきた。幸いなのかなんなのか、金と名声には不自由していなかったので、言い寄る女が途切れることはなかった。
今更、彼女にだけ綺麗なまま、子供のままで居て欲しかっただなんて、虫が良すぎる。
それにきっと、自分にはフラウは抱けないことはアムロには分かっていた。ただの女として扱うには、彼女はアムロにとって大事に過ぎた。ホワイトベースに一緒に乗っていた頃もミニスカートから伸びるむっちりとした少女らしい太股をいつも見ていたが、欲情するとかそういう対象ではなかった。
フラウ・ボウは、フラウ・ボウだった。それでも。
それでも、あの時に某かのリアクションを起こしていたら、この未来は幾ばくかでも変わっていたのだろうか。
アムロはなにも始めようとしなかった。動いてこなかった。今宵カツに言われるまでもなく、そんなことはアムロ自身が一番よく分かっていた。もう、十分傷ついたということを言い訳に、新しく歩き出すことをひたすら拒否して、両耳を塞いで、目を閉じて、首を振って。歩き出すことにひたすら怯えて。
夢見るくらい大事だったのに、手を離して。奪い返しにすら、行かないで。
「結婚しなさい、だって。偉そうに、フラウ・ボウの癖にさ」
舌打ちをして、寝返りを打つ。果てのない明けない暗闇に向かって、それだけが今のアムロに言える精一杯の強がりだった。
手を伸ばせ、と頭の何処かが警鐘を鳴らしている。この、深い闇から手を伸ばせ、叫べ、もがけ、抜け出せ、歩き出せ。
古い物語が痛みを伴って終わり、新しい物語が始まるのに丁度いい季節になろうとしていた。
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+++END.
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Zアムロ考察月間(笑)今度はアムロとフラウです。シャイアンアムロは大好物です(しつっこい) |