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※世界はSRW設定です。
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数日は平穏に過ぎた。少なくとも表面上は。
アムロはシャアとシフトが重なっていなかった事に、少なからずホッとしていた。別にわざとではないのだが、元々同じくらいの比重の責任が肩に掛かっているアムロとシャアは、別々の場所に割り振られることが多い。普段、どんなに二人がロミオとジュリエットでも少しでも顔を合わせようと必死で努力する赤い男がその熱意を放棄したのだから、二人が全く顔を合わせないのも当然のことといえた。
「アムロ大尉、ちょっといいですか?」
昼食のトレイを手に持って許可を得る前にもう座っている青年に、アムロが苦笑する。
「いいかって、聞く前に座ってるじゃないか。どうした?シロー。」
シロー・アマダ少尉は暫く黙ったまま自分のトレイに乗せられたシチューを眺めていたが、やがて決心を決めたように顔を上げる。
「アムロ大尉、クワトロ大尉との間に一体どんなトラブルがあったんですか?」
「……。」
アムロが一瞬にしてさっと表情を固くした。シローは怯むことなく言葉を続ける。
「俺、一昨日からずっとシフトがクワトロ大尉と重なっていたんですが、なんていうか、クワトロ大尉がどこか上の空というか、何かずっと思い悩んで居るみたいで。気になって仕方がなかったから昨晩、問いつめたんです。」
そこまで一気に言ってしまうと、シローはアムロの返事も待たずシャアとの会話について話し始めた。
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昨夜、明らかにシャアの様子はおかしかった。普段失敗とか凡ミスとは無縁の完璧さを誇る彼がブライトの指示を聞き損なっていて、哨戒部隊は一旦引き返した後に再出撃する事になったのだ。シャアは自分のミスだ、と隊員に謝罪したが、彼等が気にしたのはそんなことではなかった。
帰投後、遂に見かねたシローが所定位置のνガンダムの隣りに収まったサザビーから降りてきた男を待ち受けて口火を切る。
『クワトロ大尉、不躾で申し訳ありませんが、ここしばらくの大尉の様子はおかしくありませんか?さっきの巡回パトロールの時だってポイントJ982へ向かうように、というブライト艦長の指示をひとつ聞き漏らしていらしたでしょう。今まで絶対あり得なかったじゃないですか、そんなこと。…大尉らしくありませんよ。もしかして何かあったんですか?』
シャアはノーマルスーツのまま、ヘルメットだけを脱いで当たり障りのない返事をしながらシローの脇を通り抜けようとする。
『すまないな、アマダ少尉。君達にまで迷惑をかけるつもりではなかった。ちょっと考え事をしていてね。こんな時期に気も漫ろでは重大なミスを引き起こしかねない、と今自分を戒めていたところだ。もう二度と同じ事は繰り返さないと約束するから安心してくれたまえ。』
苦笑混じりの謝罪をされても、シローは彼からそんなことが聞きたいわけではなかった。無礼ついでと更に食い下がる。
『大尉、そうじゃないんです。あなたは此処の、自分達のムードメーカーなんです。皆、大尉には影響を受けるんです。失礼ですが、何かもしお悩みのことが有れば、ロンド・ベルの隊員は全員何があってもご協力します、だから…。』
シャアは苦笑しながらシローの話を手の動きで遮る。
『…私がムードメーカーだという話は初めて聞いたな。』
しかし、シローはそんなことでは誤魔化されないぞ、という決意を既に固めていた。何度も冗談に紛らわせようとするシャアの話の糸口を切り替えて本線に引き戻す。
『言う程のことでも有りませんから。周知の事実ですし。…大尉のムードメーカーがどなたなのかは知りませんけど。』
シャアが何か言い返そうとして、諦めたように首を振った。
『そんなに分かり易いかね?…まぁ、今更往生際の悪い真似をしてもみっともないだけだろうが。』
以外にあっさりと認める。にっこりと微笑んだ笑顔は、寧ろ憑き物が落ちた様でもあった。
『そうだ、私自身のムードメーカーだった男と決別してね。流石に少し不調なのだよ。…けれどアマダ少尉、心配には及ばない。じきに復調する。』
その言葉に、これ以上屁理屈を言われるようなら、と身構えていたシローの方がいっそ毒気を抜かれる。同時に、何故だか分からない焦燥感が彼を襲った。クワトロの覚悟を決めたような口調と態度。
まるでアムロと、ひいては自分自身…クワトロ・バジーナ大尉とこの部隊との決別をも決心した、ような。
彼が伝説の「赤い彗星」であることをシローは既に知っていた。この彗星が、自分の役目が終わると直ぐに姿を消す存在であることも。
次の言葉を探して焦るシローを残し、シャアはふわりとシャワールームの方へ体を浮かせる。ではアマダ少尉、ご苦労だった、お休み、と労いの言葉だけを置いて。
シローは迷ったまま、これが最後、とその後ろ姿に向かって言った。
『クワトロ大尉、後ひとつだけ教えてください!どうしてアムロ大尉と別れることになったんですか?!あなたの方から手を離すなんて、信じられない!!』
男は一瞬だけ立ち止まったが、振り返ることすらせずに直ぐに迷い無く先へ進み始める。
同時にシローに向かって返事代わりに残された言葉は彼をその場に凍り付かせ、後を追わせなかった。
『…そろそろ、自分の身の振り方を決めなければならない時期に来ているな、とそう思っていたのだよ。』
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「…という事が有ったんです。アムロ大尉、クワトロ大尉はなにか…なにか、決心しているような気がしませんか?俺達と別れて。」
アムロは自分の皿のパンをちぎりながら、殊更興味がないような冷めた口調で返事をする。
「さぁ?また何か悪巧みをしているんじゃないの?この戦いが終わったらネオ・ジオンで地球を征服してやろうとか。」
「アムロ大尉、俺は真剣にお話をしているんです。もしもクワトロ大尉が何か退っ引きならないような事情を抱え込んでいるとしたら、それが解決できるのは疑いもなくアムロ大尉だけじゃないですか。」
アムロが白けた瞳でシローの黒い瞳を初めて見上げる。
「なんで?俺には関係ないよ。」
「アムロ大尉!!」
苛立った様なシローの声に自分の方こそ刺々しくなる気持ちを抑え、アムロは冷えた口調で続ける。
「いいんだ、別に。シャアが何をしたって、元々あいつは自由なんだし…。」
「アムロ大尉、そうじゃないでしょう?離れていくあの人を止められるのはあなただけだって、誰よりあなたが一番良くご存じの筈でしょう!」
アムロとシローの視線が交錯する。
そもそもあなたが原因なのでしょう、とはシローは言わなかったし、アムロもシャアとの間に起こった出来事を彼に言うつもりはなかった。
先に耐えきれないように視線を逸らしたのは、アムロだった。
「シロー、早く喰わないと飯が冷めるぞ?」
白々と注意する。許容すらする気配のないアムロに、シローの眉がぴくっと吊り上がったが、直ぐに眉間の皺を解いて深く深く溜息をつく。
「アムロ大尉、…思ったより、冷たい方なんですね。それに臆病だ。」
「なんだって?!」
さっとアムロが顔色を変える。しかし、アムロからの怒ったようなプレッシャーも、いっそ透明なくらい哀しそうな表情になったシローには効果がないようであった。
「クワトロ大尉が離れていったらもう興味は有りませんか。自分を追いかけてこないクワトロ大尉に、もう価値はないんですか?一年戦争からの因縁って、ライバルってそういうものなんですか?追われているとか追わせているとか、そういう問題じゃないでしょう?本当に一緒にいたいと思ったら、相手が例え離れて行ったって…。」
そこまで言うと、言い過ぎたと思ったらしい。シローは失礼しました、と言って一礼して席を立った。そのまま早足で食堂を出ていってしまう。
気を削がれたようにその後ろ姿を見送ってから、アムロはふと思い出した。確か、シローの恋人のアイナ・サハリンはジオンの生き残りの没落貴族の令嬢で、彼とはモビルアーマー『アプサラス』で対決したと聞いたことがあった。
戦場と敵味方を超えて二人は出会い、惹かれ合い。…結果、連邦軍の軍法会議でその恋は裁かれた筈だ。
―――その恋は、有罪。
ジオン軍秘密基地攻略作戦終了後、アイナを連れて密林の奥に逃亡し、彼女と二人ジオンにも連邦にも裏切り者として追われながら隠遁した生活を送っていたシローを無理矢理に見つけだして再びロンド・ベルに加わらせたのは、ブライトだったかシャアだったか。この戦いが終われば、彼はまた日の当たる表舞台から逃亡者としての生活に戻るのだろう。
同じように戦場で出会った恋する少女を亡くしたカミーユは、この話に酷く感銘を受けたようで、今でもシローと彼は仲がいい。
出来るだけ人を傷つけたくないと戦場で主張し続け、自ら指揮するモビルスーツ小隊をその通りに指揮してのけたという希有な青年士官の残した全く手を付けられなかった食事のトレイをぼんやりと見つめたまま、アムロは食堂内に視線を走らせてある人間の人影を探した。勿論、居るはずもなかったが。
急に彼に会いたくなった自分の身勝手を戒めるように、アムロは膝の上で拳を強く握りしめた。
「この…は、有罪。」
呟いた言葉は、酷く震えていて、アムロはようやっとのことで自分が怯えていたことに気付く。
そう、アムロは怯えていた。
この場所から逃げ出したくて仕方がなかった。恐らくは、一年戦争でホワイトベースに乗ったあの日から。
自分が忌んでいる筈の戦場から、モビルスーツから、仲間達から、何よりもガンダムから。愛着を持てば持つほどそれらの嫌悪する存在から離れられなくなる、二律背反する気持ちにアムロは常に引き裂かれ続けていた。
そして出会ってしまったシャア・アズナブルという男。見えている部分の鮮烈さに比べ、あの地底の奥底まで落ちてゆくような、墜落するような強烈な孤独はなんだろう。余りに深過ぎるそれにブラックホールのように引きずられ引き寄せられて、アムロさえ先のないの奈落の底を一緒に見てしまうような。
怖い、と呟く。
臆病なのは本当のことだった。図星を指されて腹が立つほど。どんなに引き裂かれ、引きずられても、そこから逃げ出そうとする勇気さえ、今のアムロには無いのだから。
シャアに覚悟がないのなら来るな、と言われてアムロは酷く自分が惨めに思えた。皆、誰もが自分で自分の道を歩いていっているのに、アムロだけは未だに独りで他者の介入も影響もなく生きている気がしない。同時に、シャアの手を取る資格が自分には露程もないことを思い知らされる様で。
今更、去ってゆくシャアを追いかけて引き留めることなど出来る筈もない。アムロは結局、シャアだけを選ぶ覚悟もないし、彼と決別する勇気も持ち合わせていない。
ただ何となくそこに在るだけでも人は生きていけるはずなのに、何故自分だけがこうも決定と忍従と覚悟を強いられながら生きて行かねばならないのか、アムロにはどうしてもそれだけは承伏しかねることだった。だから、決めろと言われれば反発し、来いと言われれば突っぱねた。それだけが、アムロが自分が自分で在ると確認できる唯一の子供っぽい方法だった。
裏を返せば。強いられた人生のレールを覚悟を決めて歩き続け、脱線することもなく先を見据える潔い程のシャアという男の覚悟はどうだろう。彼は彼であることを楽しんですら居る。運命すら巻き込んで己のものにする強烈な重力の磁場は、アムロが焦がれ続けるなりたい自分そのもの。
アムロは、己の臆病が酷く惨めだった。
ずっと探し求めていた背中は、今はもう何処にも見つけることが出来なかった。
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To be Continued.
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