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※世界はSRW設定です。
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☆XV☆
ただ呆然と、言葉の羅列を聞いていた。余りに現実味が無くて、一層本当のことのように思えた。
戦場からはサザビーの破片すら発見されなかったが、映像は光線が確かにサザビーのコックピットを貫くところを捉えていた。機体は爆発、パイロットは恐らく…ではなく確実に死亡と断定された。
密葬だけがしめやかに行われ、総帥を失ったダメージの影響が懸念されるネオ・ジオンでの国葬は時期を見て、ということになった。
元々多くない敵の目撃機は既に全てアムロがその場で撃墜している。一度だけ、大丈夫なのですか、と尋ねたらあの人は完璧な人ですから、とナナイは淋しげに微笑んでいた。もうじき、あの国は連邦から独立を成し遂げるだろう。彗星のような奇跡の指導者の遺志を継いで。
ラー・カイラムのデッキから宇宙に向かって白い花輪が投げられる。リボンの色だけ、アムロのたっての希望で深紅のものが使われた。
そうして今、アムロは遺産相続のこの場に呼ばれて立ち会っていた。何故、と不思議に思う気力すら抜け殻のような今の彼には残っていなかった。
遺言はごくシンプルだった。顧問弁護士なんてのがシャアに居たんだな、とぼんやりと他人事のように見つめているアムロの前で、集められた全クルーとネオ・ジオン幹部関係者を前に、初老の穏和そうな弁護士はてきぱきと遺したものを振り分けていく。
彼が軍人であった以上当たり前の事だったとしても、自らの死を予感していたような手回しの良さは、堪らなくアムロの癇に障った。聞いてやるものか、と心を閉ざす。
シャアが生前全幅の信頼を置いていたという男は、銀行預金をニュータイプ救済の為の基金設立に振り分け、総帥の席を彼の身に何かあった場合の全権代理人に指名される事になっているナナイ・ミゲルが認めるものに譲り、不動産や株券その他の雑多な資産は全てネオ・ジオンに引き継がせた。その何処にもシャアの名前もクワトロもキャスバルでさえ残さないという徹底ぶりに公人としての彼の潔癖な人となりを垣間見て、人々は溜息をついた。相当な額の個人資産が次々に分類され振り分けられ、収まるべき所に収まっていく。
宝石や絵画を結構持っていたんだ、と読み上げられるリストのその殆どが美術館、博物館、極々一部がセイラやナナイ、ハマーンやミネバにまで譲られるのを聞いていたアムロは、最後に自分の名前が呼ばれたことにいっそびっくりした。
「”そして、アムロ・レイに私の夢と、このハロをお返しする。”…どうぞ。」
差し出された腕の先には、赤い球体コンピューター。この上なく赤が好きな男のために、演算速度もスペックも特別製でアムロが手ずから製作して贈ったものだった。
”アムロ、タダイマ。”
赤い球体が跳ねてきた。いつもアムロの代わりとばかりに嬉しそうに連れ回していた癖にサザビーの最後の出撃には搭載しなかったため、主と一緒に消滅する運命を免れたらしい。
じっと丸い瞳を見つめると、そこだけ青く光るようにダイオードを填め込まれた目がちかちかと点滅する。瞳だけ青くする、というのはアムロが唯一譲らなかったポイントだった。勝手にしたまえ、とシャアは苦笑していたが。
”アムロ、タダイマ。”
ハロが尚も一生懸命に語りかけてくる。
『アムロ、ただいま。』
―――ああ、その台詞をあなた自身の口から聞けたら、どんなに良かったか。
くしゃっと表情を崩して泣くのを堪えるアムロから、ブライトを初めとする友人達が耐えきれないように視線を逸らした。
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ぱいん、ぱいん。
脳天気な音を立てて赤いハロが跳ねる。立ち止まった部屋はアムロの私室の隣で、そこじゃないよ、と言うのに躊躇した。その部屋にはもう、お前の主人はいないんだよ、ハロ、と。
部屋に引きずるような足取りで帰る。後を着いてくる赤いハロにも殆ど気を取られることはなくカードキーで部屋を開け、中に入ると鍵を下ろしてベッドに倒れ込んだ。
殺風景な部屋は、もう既にシャアが入り浸っていた頃の痕跡を消し去り始めている。
私物の中から貰った赤いTシャツを身代わりに抱きしめるかどうか暫く躊躇して、ぽいとサイドテーブルに投げ捨てた。
”アムロ、アムロ。”
ころころと深紅の球体が転がってくる。
”アムロ、元気ガナイゾ。チャントゴ飯食ベテイルカ。”
アムロは何もいわず、ハロを押しのけようとして止め、腕の中に抱きしめるように抱え込んだ。
彼専用に作ったハロが形見の品になるなんて、皮肉なものだ。
しかし。
「…お前、口うるさい所まで、あの人に似なくてもよかったのに。」
”アムロ、寝ナキャ駄目ダゾ。”
電子音が告げた瞬間、もう枯れ果てたと思った涙がまた迫り上がってくる。
来るなと言っても電子ロックをいつの間にか解除して侵入してくる、鬱陶しいと言っても蹴っても殴っても離れない、そういう男だったのに。本当に会いたいときは居ないなんて。
「眠り方なんて忘れちゃったよ、あなたが隣にいない、そんな夜なんて…。」
隣にいるのは当たり前だった、腕と背中。思っていた以上に依存していたことにやっと気付かされる。
でも、もう、それも。
「独りきり、だなんて…。」
血を吐くように呟き、赤いハロの額の辺りを小突いた。
丁度、彼の傷があった辺りを。ハロは一瞬よろめき、ぱくん、と大きく口を開けた。
”メッセージ、再生シマス。一件デス。”
ぎょっとしてアムロが顔を起こす。
「…通信回線?いや、留守録音のメモリか?」
電子音のアナウンスの後、ハロが聞き慣れた、あの懐かしい低く甘い声で語り出す。
『アムロ、聞いているか?…私は先に行く。楽園の名前を覚えているかい?あの、大きな樹の下で、君と会えるといいのだけれど。』
「…シャア?!」
思わず身を乗り出して赤い球体に迫るアムロの目の前で、ハロは無情な電子音を告げた。
”メッセージ、再生終了シマシタ。消去シマス。”
「ちょっと待った、おい、消すなよバカ!ハロ、待て……!!」
慌てたアムロが電源を落とすより先に、ピーッという甲高い音で、シャアの伝言は消されてしまったことが告げられた。
「嘘、だろう?…この世にたった一つ残った、俺へのメッセージなのに…!!」
愕然としてアムロが膝を突く。
VTRや、雑誌の記事や、彼の姿や声を追えるものは沢山あるけれど、当然ながらそのどれ一つとして恋人に宛てたものは存在していなくて。アムロは物臭な自分が写真もビデオも何一つ彼との記憶を残さなかったことを酷く後悔していたのに。
「そんな…。」
呆然とアムロは呟いた。途端に最後まで身勝手な男に、ふつふつと怒りが込み上がる。
「ふざけるな!!最後の伝言くらいちゃんと残せよ!聞かれて困る事なんて、何にも言ってなかったじゃないか!!大体あなたはいつだって、愛してるとか君が欲しいとかこの想いは永遠だとかクソ恥ずかしい台詞を山のように言っていた癖に!!」
思わず叫んで、ふっと気がついた。
ハロの周囲に、元の持ち主の優しい思念の残滓のようなものがこびり付いている。アムロほど感覚の鋭いニュータイプでなければ、感じ取ることなどできないような。
指でそっと触れると砕け散ってしまったが、指先から脳裏に再生されたのは、抜けるような青空と大木のイメージ。きっとそれは、シャアが先程のメッセージを録音するときに思い浮かべていた風景。
”アノ大キナ樹ノ下デ君ト会エルトイイノダケレド。”
「…あの、大きな樹……。」
そのフレーズに聞き覚えがある気がして思わず呟いたアムロが、ハッと顔を上げる。
他人に聞かれると本当に困るから、シャアがメッセージを消したのだとしたら?
わざわざ、私の夢という注釈付きでハロを残したのが、彼一流の気障なポーズではなかったとしたら。
他の人間には絶対分からないだろう、アムロにだけ宛てたメッセージ、それが存在するとしたら。
「まさ、か…!!」
思い出した。
遠い昔、旅行と称して立ち寄ったコロニーで彼だけに漏らしたアムロの小さな秘密。
偽名名義で土地を買い、小さなコテージを建てて退役後の生活に備えていると。教えなかっただろうか。
誰でもない、只のアムロになって暮らしてみたいと。もしもあなたが一緒にいるなら、過去は捨てないといけないね、と冗談で笑いあった。
もしもシャアが、あのときの約束を実行してしまったとしたら?
皆のための自分を捨てて、アムロだけの専用になってくれる決意を固めたとは、自惚れてはいけないのか?
あの、大きな木の樹の下には、アムロが用意した小さな楽園予定地がある。
”楽園ノ名前ヲ覚エテイルカイ?”
「…!」
思いついた名前を居もしない他人に聞かれるのを恐れて、アムロは唇に乗せなかった。
その、口元が。ゆるゆると弧を描いて、みるみるうちに笑顔を形作っていく。
「シャア、絶対会いに行く、どれだけかかっても、必ずあなたに会いに行くよ…!!」
今度こそ、俺が覚悟を決める番だ。
傷心を理由に除隊を申請して、正式に退役になったら年金生活ってやつをちょっと経験して、ほとぼりが冷めたら。
連邦とネオ・ジオンのメインコンピューターをクラッキングして書き換えてアムロ・レイとついでにあの男も存在していた痕跡ごと消して、追いかけていこう。そうしてその後はずっと一緒に居てやろう。
それまで待っていてくれるだろうか?
いや、待っているに違いない。十四年もかかって手に入れた恋人を、今更手放すものかあの男が。
「忘れるわけないだろう?シャア。」
返事は聞こえないが、ニヤリと不敵に微笑んでみせるいつものあの表情が見えるようだった。
―――"Fear can hold you prisoner, hope can set you free."
希望というのは麻薬のようなものだ、といつだったか当の本人が言っていたけれど。
アムロの瞳から、ぽとりと堪えきれなかった涙が一筋こぼれ落ちる。
嬉しいのだか悲しいのだか幸福なのだか不安なのだか、その全てがない交ぜになった雑多な感情の下で、アムロは天井を見上げて瞳を閉じた。
瞼の裏には、いつだって彼が。日の当たる丘の上で、きっとアムロを待っている人が。
ひとときだけこの麻薬のような至福の希望に身を委ね、思う存分味わい尽くして、再び歩きだそう。
この旅には、幸いにして果てがある。
もしも新たに始めることになっても、その時はきっと、もう独りじゃない。
また、会いましょう。絶対、いつかどこかで。
―――You remember the name of the "HEAVEN", don't you?
合い言葉は遙かな約束。
旅立ったその先に、あの人の姿が見えるといいのだけれど。
願わくばその顔が、穏やかな笑顔で輝いていればいいのだけれど。
祈るように呟くアムロの背中には、道標として純白の片翼がもう一度姿を現す。
大丈夫、あなたがくれた翼で俺はまだ飛べるから。
キラキラと光る木漏れ日が、見えたような気がした。
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愉快なときだけ思い出して
涙におぼれるたまにはそれもいい
ともに過ごした日々は僕らを
強くしてくれるよこの胸をはろう
ぜったい会いましょういつかどこかで
忘れるわけないだろう?Baby,You're the Only One.
陽がまた昇ってゆく
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END.
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