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※世界はSRW設定です。
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☆XIV☆
「ねぇ、聞いても無駄だけど、総帥、辞めないよねぇ?」
「アムロ、当然だろう?だから就任前に一度聞いたではないか…。」
アムロは首を振った。この戦いが終われば、シャアにはまた連邦との先の見えない話し合いのテーブルに着く運命が定められているはずだ。差し当たり、この間自分が止めた捕虜の交換式典がまず第一の関門だろう。ブライトがネオ・ジオンやエゥーゴに代わって交渉役をしているらしいが、はかばかしい進展は見られないようだ。そのことを考えると、気が果てしなく重くなる。
「シャア、所属していた俺が言うのも何だけれど、地球連邦は汚い手も平気で使う。狸爺ばっかりだ。まともな交渉テーブルになんて着かせてくれるとは限らないぞ?」
だから正面から行くのは止めろよ、なんなら総帥辞めろ、と強めに言われた言葉に、シャアは苦笑して首を振る。
「シャア!」
アムロが苛々と声を上げたが、シャアの視線は揺るがなかった。
「私はここからは逃げられんよ。地位から、立場から、生まれから。…生きてきた年数だけ、降り積もったものがある。私は皆にとっての希望だ。そう易々と個人の幸福など、求めるわけには行かない。」
その言い方にカッとなってアムロが叫んだ。
「あなたが幸せにならなくて、誰が平気なものか!」
「平気だよ、存外にね。私の幸福は皆が幸福であることだと思いこませることが出来ねば為政者には成れんよ。」
ノーブレス・オブリッジ、特権に伴う義務を果たす準備は何時でも在るのだ、と。シャアはきっぱり言い切った。
「シ…。」
「アムロ、心配をかけてすまない。…私は私で在る事に、誠実に向き合わなくてはならない義務がある。だから、君とは行けない。行く夢を何度も見たものだが…。」
少し、切なそうに苦笑した。
「叶うのがあまりにも遅すぎたよ。」
微笑みは、儚すぎてシャアが泣き出すかと、アムロが思ったほどで。
アムロは、絶句した。彼がネオ・ジオンに自分を誘ったときに、あの手を跳ねつけなければ、別の道でも有ったのだろうか。
答えは、自問自答の海をどう巡っても出なかった。…今までだって出せなかったのだ、今更出せるものでもないだろうが。
それでも、アムロは何か男に言ってやりたかった。心境は手を跳ねつけたときからに比べ大きく変化している。少なくとも、悲しい顔はさせたくないと思うほどに。
手を伸ばして顔に触れてやろうとして、躊躇した。一番欲しいものを与えてあげられないのに、何を言えるというのだろう。それでも、アムロは彼の名前を呼んでやりたかった。
「…し、」
しかし。
無情にもデッキに第一級戦闘態勢のサイレンが鳴り響いた。デッキに寄りかかっていたシャアが夢から覚めたように顔を上げる。
「行くぞ、アムロ。最後の出撃になればいいものだな、お互い。」
タイムアップを悟り、諦めたようにアムロが伸ばしかけた腕を下ろした。
「っていうか、出るなって…言うだけ無駄なんだろ?」
「ああ、愚問だな。だが、今日は私は後衛だ。心配することはない。サザビーも未だ本調子ではないことだし、な。」
ほんの少し恨めしげになる男の口調に、アムロが肩をすくめる。
「綺麗に壊したから直すのも楽だった筈だよ?相手が俺だったこと、感謝して欲しいくらいだ。」
「…よくもぬけぬけと。」
言いながら、そのアムロが誰より先頭に立ってサザビーを修理していたことを知っているシャアは破顔した。
「仕方がない、今回は君にエースを譲ろう。」
「今回も、だよ。もう前線に出るなって言い渡されてるんだろ?地球連邦からヒットマンの一個師団が出てきてるって聞くぜ、『総帥』?」
「…それを言ってくれるな。」
つまらないものだな、総帥なんて、とこんな時だけ口を尖らせる赤いノーマルスーツの男に、アムロが笑いかけた。今の彼なりに精一杯の言葉を口にする。
「一機たりとも近寄らせないと約束するよ。あなたに獲物は分けてあげない。その代わり、これが終わったらまた何処か旅行でも行こうよ、二人で。」
男がふと目元を緩めた。張りつめた雰囲気が柔らかくなり、アムロの好きな『シャア』が姿を現す。
「…ああ、そうだな。駆け落ちでもするか。」
その整った口元から出る不穏な発言に、アムロが頭に手を当てて溜息をつく。
「ナナイさんにまた殴られるぞ…。」
以前二人で姿をくらませたとき、あのネオ・ジオンの女性高官は全く容赦をしてくれなかった。シャアはなんだか慣れていたようだが、ブライトよりも怖い、と一緒に雁首揃えて出頭させられたアムロが後から評したのだから、その怒りの姿たるや推して知るべし、というものである。
「いいパンチを持っている。女にしておくには惜しいよ、全く。」
シャアは肩をすくめ、口が減らないんだから全く、とアムロは苦笑した。
―――まぁいいか。これから先も多分ずっと一緒には居るんだろうから、説得する時間はまだまだたっぷりあるさ。
「行くぞ、さっさと終わらせようぜ。」
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なんだろう、嫌な予感がする。
νガンダムのコックピットで、アムロは白いパイロットスーツの詰め襟を少しだけくつろげた。
異様なくらい心拍数が高まっている。不安が鉛のように心を押し潰そうとする。ニュータイプの勘は悲しいかな、殆ど外れたことがない。なにか、…不吉なことを感じ取っているのだ。その中身までは分からないが。
「くそ、何だって言うんだ…。」
小さく悪態をついた。この戦いが終われば全ては解決するはずだった。
そう、あらかた掃討戦が終わったパイロット達のメイン回線に、ラー・カイラムのブライトからの労いの言葉のより先に飛び込んできた、後衛でのシャアと他の兵士達とのやり取りが飛び込んでくるまでは。
始めに気付いたのは、カミーユだった。しばらく通話に耳を澄まし、愕然としてアムロを呼び出す。
「アムロさん、大尉が、クワトロ大尉が大変です!!」
「シャアが、なんだって?」
「連邦軍の投降兵達に囲まれて…!!チャンネルを大尉のサザビーに合わせて下さい!!」
そこまで聞いて、アムロは急いで指をコントロールパネルに伸ばす。
飛び込んできたのは、不吉な音声と映像。
『…邪魔なんだってよ、ネオ・ジオンの総帥様は。あんた自身に恨みはないが、殺せば昇進と報奨金の上英雄扱いで名誉除隊だ。どうせ公開処刑なら、賞金付きで殺された方が世の中のためじゃないのか?』
言葉とともに、バズーカーランチャーの照準がサザビーに向いた。モニターからシャアの冷静な声が響く。
「…ゲスな俗物が、べらべらとよく喋る。」
声が聞こえたその瞬間、アムロはバーニアを全開にして急速回転し、後衛へ向かって一機飛び出した。
その後を変形したZガンダムなど機動性の高い機体が追う。戦いが終結した高揚感を味わう暇もなく、戦士達はラー・カイラムへ向けて全速力で次々後退していった。
会話は戦況を余所に続けられていた。
『その俗物にあんたは今から殺されるんだ、どうする総帥?命乞いでもしてみるか?』
二分割のモニターの片側に映し出されたシャアの顔が思いきり顰められた。
「願い下げだ。生憎、この期に及んで命乞い出来るほど低い矜持は持ち合わせていない。撃つなら撃て。」
いっそ傲慢に言い放つ、普段は狡猾な駆け引きを得意とする癖にこんな時だけ延命など全く考えても居ない金髪の男に向け、バーニアを必死に吹かしながらアムロが悪態をついた。
「あっの、馬鹿、こういうときは嘘でも交渉を引き延ばすんだよ…!俺が行くまで!!」
一番近いアムロでさえ、シャアのサザビーの所までは後10分は掛かるだろう。νの飛行性能がずば抜けているとはいえ、後衛を護る味方がまさか離反するとは思うまい。
いや、もしかして。
アムロははたと思い当たって舌を噛みたくなった。シャアは自分たちを思いきり戦わせる為に、前線に信頼できる精鋭のフル戦力を揃え、護られているからと安心させて少しでも不安要素のある投降兵達と後衛に行ったのだ。
おそらくはこういう事態が起こるであろう事も予測に入れて、裏切りの不安のある部隊が浮き足立たないように自ら金メッキの餌として、戦闘が終わるまで背後をたった独りで抑え、支えきった。
『総帥はよくよく頭を下げるのがお嫌いと見える。なら、連邦と協調する気もない、と。』
腹立たしげに言い放たれた台詞に、シャアが軽く肩をすくめる。
「どうせ公開処刑だといみじくもお前達がさっき言っただろう。」
『…そうですな。だったら何も遠慮することはない!!』
サザビーに向けられたバズーカーランチャーのエネルギーが発射前の集約を始める。
νガンダムも間に合わない、アムロも届かない。予測していた事態とはいえ、見る見るうちに目の前に出現する赤い熱源の光に、シャアは我ながら妙なところで誇り高い、と苦笑した。今更回避する気もなかった。一発や二発避けても多勢に無勢で嬲り殺しにされるのが落ちだし、何よりも、避けるとラー・カイラムに命中する。アムロ達が駆けつけてくるまでの時間稼ぎくらいなら出来ないでもないのだが。
徐に指を伸ばして通信回線を開く。短縮の番号は既に指が覚えていた。
「アムロ、アムロ聞こえるか。」
途端、ノイズ混じりの焦った叫びが耳を打つ。
「シャア、今行く、今行くから…!!」
「ああ、いい。もうどうせ間に合わんよ。それよりも…。」
ふっと微笑んで、囁くように。
「最期まで側に居てくれて、ありがとう。」
呆然とするアムロを残して、ぷつんと回線が途切れる。状況を理解して、アムロは男の名前を絶叫した。
「シャアーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
渾身の叫びも虚しく、サザビーに向けて閃光が走り。
赤い彗星最後の愛機と唱われた華麗な機体は、新星の誕生のような爆発と共に、永遠にその姿を消した。
無抵抗な機体を撃つなんて、と余りにも惨い倫理違反に一瞬アムロの思考回路がショートする。
そして。フラッシュバックのように、喪失感が彼を襲った。
また、間に合わなかった。ララァだけではなく、シャアまでも。
目の前で、この世で一番愛している人が散って行くのが、分かっているのに…間に合わなかった…!!
「う…うわ、うわああああああぁぁぁ!!」
慟哭のような魂の叫びが、純白の片翼の機体のコックピットを引き裂く。
天使に比喩されるνガンダムは、今や厳然たる審判者へと変貌を遂げようとしていた。
「許さない、許さないからなお前達!絶対に、一機たりとも!!!」
遅れること、たった五分で現場に到着したアムロのνガンダムからありったけのファンネルが飛び出す。サザビーを撃った機体が、回頭する暇も与えられずにサザビーと同じ運命を辿った。
その背後の機体が怯えたようにライフルの銃口をνガンダムに向ける。しかし、引き金を引くより先にアムロはその懐に飛び込んで、ライフルの銃口を切り落とした。
「そこ、…そこもッ!!」
シャアが嘗て「アムロにしかできない」と称した戦い方そのままに。白い機体は銃口が向けられるより先に弾道を予測し、敵が動くより先に懐に飛び込んでゆく。
フル出力で光の柱のように見えるビームサーベル、抜き撃ちのように予測もつかない上に百発百中の射撃、まるで生き物のように意志を持ち正確無比に動き回るファンネル。真上だろうが真後ろだろうが、今のνガンダムに捉えられない敵影はひとつも無いようだった。
ふぁさり、と片翼のフィンファンネルが広がった。まるで消滅したもう片翼を探し求めるように。
一機、また一機と『連邦の白い悪魔』は鬼神のような強さで、次々に元連邦の兵士達のモビルスーツを沈めていく。
その、悲痛なまでの戦いぶりに誰も手を出すことも出来ず、遅れて追いついた味方ユニット達も、戸惑ったように閃光の中心の純白の機体を遠巻きに眺めていた。
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ラー・カイラムにふらふらと一機戻ってきたνガンダムとそのパイロットに、声をかけられる人間は誰もいなかった。
虚ろな瞳をしてアムロがゆっくりとコックピットから出てくると、整備主任のアストナージがデッキの上で敬礼をしていた。νガンダムの隣の、今は空虚となってしまった場所に向かって、見上げるように。
視線の先には、元はサザビーが有ったはずだ。白と赤、双子のように大事にされていたエース専用機だった。
アムロは首を振り、シャワーを浴びに去っていった。全身をべっとりと、重い虚脱感と疲労が包んでいる。シャワーで落ちる類のものではなかったかも知れないし、アムロは戦いの後のこの状態を鎮める方法を知っては居たが。
包み込んで癒してくれるシャアの腕がない今、それは望むべくもない方法であった。
此処は戦場で、前線で。死神が運命とワルツを踊るダンスホールのど真ん中だというのに。シャアと死神というのが余りに結びつかない組み合わせだったからか、あの男の生への執着が知らず知らずいつも隣にあるはずのダンス・マカブルの恐怖を忘れさせたのか。
―――これから先も、一緒にいる時間が無限に在るなんてどうして思っていたんだろう。
苦い自問自答は、熱いシャワーを以てしても拭い去ることは不可能であった。けれどアムロはひたすら、湯が水になるまでもただひたすらに、天からの涙にも似た水に打たれ続けていた。
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To be Continued.
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