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※世界はSRW設定です。
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入ったばかりのネオ・ジオンからの通信を前に、ロンド・ベルの事実上の責任者であるブライト・ノアは普段から深く刻まれている眉間の皺を一層深くする。
深々と息を吐き、画面の向こうのナナイ・ミゲルに向かって再度事実確認をする様に言った。
「何故クワトロ大尉でなくてはならないのですか。ロンド・ベルには大尉クラスの軍人は他にもいます。アムロや葛城三佐でも宜しいではありませんか。」
『先方のたっての指名だそうで、何があってもクワトロ大尉を、と。』
ナナイの返答は事務的なものであった。この女は以前シャアの愛人だったそうだが本当だろうか、と関係のないことまで勘ぐってしまう。また、そうしたくなる程の機械的な対応と申し出であることも確かだった。
ブライトは承伏しかねる口調で続ける。
「それならばネオ・ジオンの総帥職を振りかざして辞退すれば宜しかろう?」
『…大佐は複雑なお立場で在られますので。』
その言葉に、ブライトは首を振った。きっと顔を上げ、画面のネオ・ジオンの女性幹部を睨み据える。
「だからといって、捕虜の交換の調印式に?!馬鹿げている、単独で連邦のテーブルに赴くなど、人質に取ってくださいというようなものじゃないか!!」
しかも飛び切りの極上の獲物が、とブライトは吐き捨てるようにモニターに向かって言い捨てる。納得のいく返答が得られない限り、例えクワトロがネオ・ジオンの総帥といえど、自分の手元から渡す気はなかった。
「莫迦な選択をするなとクワトロ大尉に言え。例え彼がクワトロとして赴こうとも向こうは大尉のことをネオ・ジオンのシャア・アズナブル総帥としてしか見なしていない。」
モニターの向こうのナナイ・ミゲルはあくまで表情を崩さない。
『重々御承知の上での行動だそうです。…ブライト艦長。』
くわっとブライトが瞳を見開いた。握った拳を、だんとアームレストに叩きつける。
「…殺されに行くおつもりか!!だったら艦長命令でクワトロ大尉自体の行動を制限して差し上げよう!!ネオ・ジオンの総帥として彼は貴女の上官かもしれないが、クワトロ大尉には私の命令を聞く義務があるはずだ!!」
モニターに映る実直な艦長の激怒する姿に、仲間想いの一軍人としての節を感じてナナイは微笑した。美貌の女性士官の初めて見せる柔らかい表情に、ブライトが怒気を削がれて絶句する。
しかし、ナナイは直ぐにまた表情をいっそ曇らせた、と言ってもいい無表情に戻した。そしてワン・トーン落とした声で漏らす。
「ブライト艦長、恐らくお引き留めしても無駄です。御自分が必要とされていると感じられれば、例えそこが死地でもあの方は必ず行かれるでしょう。諦めてしまわれたのです。総帥、は…。」
ナナイはそこまで言うと、流石に目を伏せた。彼女に向かっては何を諦めたとも誰を諦めたともシャアは一言も漏らさなかったが、分からない方がおかしい。あの強烈な精神と魂をこの世界に結びつけていた糸が断ち切られていて、彼の心は既に此処にはない。
「あの方は、全てを手にしておられるお方です。きっと、自分が本当に欲しいもの以外は全てを。けれど決してそれをご自分の為には使わず、如何に己を他者に与えるか、そればかりを考えておられる方です。」
本当に彼自身が切望したものだけはその腕をいつもすり抜けていたけれど、彼はそれすら追い続けた。…今までの彼ならば。
「…追うのを諦めてしまわれれば、あの方にはもうご自分の為に生きて行かれる理由がございません。他人のために全ての『私』を与え尽くしたら、あの方は何処に行くのでしょう?」
画面向こうのブライトからは返事がなかった。ナナイもそんなことは期待しておらず、静かに淋しげに締めくくる。
「もう、あの方にこの宇宙に未練が有るとは思えません。」
言いながら、数日前のシャアとの会話を思い出していた。
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ネオ・ジオンの総帥の執務室は、落ち着いた色調の赤で統一されている。その中心に据えられたデスクで、若き総帥は久々に所謂デスクワーク絡みの執務をこなしていた。普段自ら前線に出ることが多いので活動的に見られがちだが、シャア・アズナブルは政治家としての手腕についてもカリスマ性においても非凡な才能を認められている。
いくつかの決裁事項を承認し、稟議書を吟味していたシャアは、とある書類を手にして顔を顰めた。
「これは…連邦軍からか?」
脇に控えた女性がちらりと書類に目をやってはい、と返事をする。
「二週間後に行われる連邦軍と旧ジオン軍残党…といっても組織だってはおりませんので実際に出向くのは我々ネオ・ジオンですが、その捕虜交換の際、連邦軍側としては志気を鼓舞する為にも是非にエゥーゴの英雄クワトロ・バジーナ大尉のご出席をお願いしたい、と。」
シャアは苦笑し、手に持っていた書類をぽんと本物のマホガニー製の重厚な机の上に放り投げる。
今まで『クワトロ大尉』は分類学的には連邦軍の所属ではあるが、連邦の関係各所には決して顔を出さないと言う不文律が存在していたのだが、今回はそれを真っ向から否定してきた。
「在籍の現役連邦軍人として扱われるのは初めてだよ。…なんとも馬鹿馬鹿しい申し出ではあるな。」
「はい。」
「…しかし、私の元まで回ってきたということは無視をする訳にもいかない、か。」
そこで急に表情を改め、『総帥』の顔で有能な作戦参謀官に尋ねる。
「ひとつ聞きたいが、私がもし行かなかった場合はどうなるのかね?」
「…無辜の民とは申しませんが、ジオン側の捕虜の安全はお約束出来かねる、と。」
シャアが皮肉げに唇を吊り上げる。吐き捨てるように感想を口にした。
「成る程、取引と言うより脅迫だな。」
黙って参謀官は頷いた。この書類がシャアの所まで回ってくるまでに、既にネオ・ジオン上層部と地球連邦との交渉は或る程度済んでいる。緩衝役にエゥーゴも加えたにも関わらず先方の態度は強硬で、裁定は既に総帥の判断ひとつに委ねられていた。
「大佐、どうなさるおつもりですか?」
暫くシャアは黙っていたが、やがて椅子から立ち上がると窓際に移動し、カーテンの影から窓の外を覗く。ネオ・ジオンの本拠地のあるコロニーは風光明媚で知られている。人工とはいえ緑の溢れる庭を見つめながら、シャアは口を開いた。
「エゥーゴの指揮者として連邦の捕虜をネオ・ジオンと交換に行けとは、穿った事を言ってくれる。よくよく悪趣味だな、連邦の狸どもは。」
苦いものの混じる言葉に、参謀官のナナイ・ミゲルが瞳を伏せる。
「全くです。」
あの乗り気ではなかったダカールでの演説がこんな所にまで余波を及ぼしたのかと思うと、苦笑が込み上げてくる。他に誰も人材がいなかったとはいえ、あそこでやむを得ず壇上に立ったことが、今ひとたびシャアをジオンの遺志の具現者、スペースノイドの希望の星として表舞台に引きずり出した。それが今後の自分にどのような影響を与えるのか。シャアには予想することは容易だった。
既にダカールで心の整理は着いたはずなのに。込み上げてくる無力感を振り切るように、強い口調で言う。
「…ネオ・ジオンの民ではないとは言え、彼等もジオンの遺したもので在り、スペースノイドであることに変わりはない…。そして、私はジオン・ズム・ダイクンの息子だ。」
「…はい。」
書類で確認した捕虜の数は数千人。余りに大規模なその数にはこの際、一気に片を付けてしまおうという連邦側の意志が明確に感じられる。勿論、シャアには自分の民を見捨てることは出来ないし、だからといって同じように連邦側の捕虜を質に取ったのでは、地球連邦と何も変わらないことになる。未だ国家が固まる途中のネオ・ジオンの足下を見た腹立たしい策だが、有効であることは間違いがない。
シャアはふっと表情を緩め、何かを諦めたように呟く。
「私と引き替えに…で、良いのかな。」
「…大佐?」
流石にぎょっとしたようにナナイが身を乗り出した。その彼女に向かって、淡々と退かない口調で決意を告げる。
「ナナイ、…今までよく、使えてくれた。礼を言う。もう自由になって構わない時期だ、君も。」
そして私も、と誰に言うとでもなく呟く。ナナイが信じられない、という表情で自らの主人に食い下がった。
「大佐、しかし…!!」
「私だけでネオ・ジオンが在るのではない。今、国が生まれようとするこの時期に義に悖るような行為をすれば、スペースノイドは己の国家に誇りを持てなくなるだろう。それだけは避けたい。」
「しかし、大佐はネオ・ジオンにもスペースノイドにとってもなくてはならないお方です!貴方がいらっしゃるから、ネオ・ジオンは国家として機能しているのですよ?!」
シャアは微笑んで首を振り、片腕とも頼んでいる女性士官を制した。
「だとしたら、私が居なくなった後、この国はどうなる?どんなに良薬であれ、過ぎた薬はかえって害にしかならない。シャア・アズナブルはそろそろ、舞台を降りる時期なのだよ。」
「大佐……。」
ナナイが言葉を無くす。シャアがこういう淡々とした話し方をするときは、もう交渉の余地はない、ということだった。
いっそ上機嫌と言ってもいいような表情でシャアは微笑んでみせる。
「私は道化だよ、この宇宙の。…そして道化師とは、いつも孤独なものだ。」
義務感や悲壮感すら伺えないその態度にナナイは何も言えず、けれど肯定することも出来ずに物わかりが悪い女のように首を振った。そんな彼女をやんわりと説得するように、シャアが近づいた。書類を取り上げて差し出す。ぽん、と軽く促すように肩を叩かれ、ナナイは思わずその胸に縋り付こうとして、止めた。彼は既に愛人としての彼女を望んでいない。…だとしたら、泣いて縋っても詮のないこと。
「…喜んで列席させて頂く、とそう、伝えてくれたまえ。」
それがシャアの決断だった。
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To be Continued.
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